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老化は防げる? 加齢現象を劇的に改善するメカニズムを医学研究者が発見

東京大学医科学研究所 癌防御シグナル分野 教授 中西 真【前編】

人類は将来的に肉体の老化を防げるようになるかもしれない──。思わずそんな期待を抱いてしまう研究成果がことし1月、アメリカの科学雑誌「Science」で公表された。それによれば、老化細胞の生存に必要な酵素「GLS1」を特定し、その働きを阻害する薬剤を発見したという。今回、この研究を主導した東京大学医科学研究所 癌防御シグナル分野の中西 真教授を訪ね、明らかとなった老化細胞の性質について話を聞いた。

細胞の老化にはちゃんと意味がある

古くは秦の始皇帝も望んだといわれる「不老不死」。

しかし、その実現はまさに雲をつかむような話であり、永遠に達成できない願望と思われてきた。ところが「不死」はともかく、「不老」については近年の科学的研究で、かなり現実味を帯びてきているというから驚きだ。

「老化に関する研究はここ数年で急速に進み、それを対象とする研究者も増えています。社会的注目が集まっている分野と言えるでしょう」と語るのは、今回の老化細胞に関する研究を率いた中西教授。

教授が専門とする「癌防御シグナル分野」は、発がん防御システムを解明し、がんの予防法や治療法、そして加齢による疾病の治療法などを研究対象としている。教授によると「がんと老化細胞には密接な関係がある」という。

癌防御シグナル分野の中でも、ここ数年は老化細胞に注目し研究を続けてきた中西教授

「人間はもちろんのこと、生物の多くはがんにかかります。がん遺伝子が活性化したときに大きく3種類の防御機構が働くといわれています。1つ目はがん遺伝子により傷ついたDNAを修復する方法で、2つ目はアポトーシス(細胞の自然死)に導く方法。そして3つ目が細胞老化です。これは、不具合のある細胞を老化細胞にすることで、それ以上増殖できないように誘導するのです」

“老化”というとネガティブなイメージだが、がん細胞が増殖するのを防ぐ、という重要な役割を担っていることが近年の研究で分かってきた。

そうした密接な関係があるからこそ、中西教授は「癌防御シグナル分野」の一つとして、老化・老年病が起きるメカニズムの解明を研究対象としてきたのだ。

あらゆる老化細胞に共通する特徴とは

今回、「Science」誌に投稿、公表された研究内容によると、老化した細胞内で起きている事象が明らかにされ、その上で老化細胞だけを選択的に除去する薬剤までもが発見にいたっている。

では、その概要を見てみよう。

研究はまず老化細胞に共通する性質を見いだすことから始められた。十把ひとからげに老化細胞と言われるが、その成り立ちは複雑で、前述のがん防御は一つの理由にすぎない。DNAが損傷したり、酸化的ストレスが加わったり、あるいは細胞分裂を繰り返しても老化が始まる。さらにどこの組織や臓器にできるかによっても性質は多様で、これまでは共通性を見いだせずにいた。

今回、中西教授らの研究グループは、老化細胞はリソソーム膜が傷ついており、それが原因で細胞内pH(水素イオン濃度)が低下(酸性化)している事実を新たに発見した。リソソームとは細胞内にある膜に包まれた小さな器官の一つで、外から取り込んだ物質を消化する役割を担っている。

「細胞自体も一つの生き物として活動しているので、物質を生命維持に有用な物とそうでない物に分け、不要な物は焼却あるいは分解する器官が必要です。その役割を担うのがリソソームです。ところが、老化細胞では不具合が生じ、リソソーム内にタンパク質の凝集体ができてしまいます。それがリソソーム膜を損傷させることが分かりました」

中西教授は今回の発見以前の2020年9月にも、生体内で老化の原因となる細胞を特定することに世界で初めて成功。加齢に伴いさまざまな臓器に老化細胞が蓄積することも突き止めている

リソソームは消化のために、内部が酸性の液体で満たされている。通常はその液体が外に漏れ出すことはないが、老化細胞ではタンパク質凝集体によってリソソーム膜が傷つき、その液体が外に漏れ出して細胞内全体のpHが下がってしまう。

そうなると細胞は生きていけない。そこで老化細胞は自らの生存本能を働かせ、pHを上げる措置を取るのだ。

「pHを上げるにはアルカリ性の物質を新たに作り出し、酸性化した細胞内液を薄める必要があります。体内で作られるアルカリ性の物質はごく限られていて、その最たるものがアンモニアです。実は、代謝燃料であるグルタミンをグルタミン酸に変換する過程でアンモニアが産生されることは以前から分かっていました。ただ、それ自体にあまり意味はないと思われていたのです」

老化細胞が下がってしまったpHを回復するために、グルタミンをより多くグルタミン酸に変換し、アンモニアを作り出す。そのグルタミン代謝に関わる遺伝子GLS1を同定できたことが、この研究におけるハイライトだ。

遺伝子の同定には、最新の遺伝子スクリーニング方法(多くの遺伝子の中から、特定の遺伝子を探し出す方法)であるレンチウイルスsh(short hairpin)RNAライブラリースクリーニングが用いられた。

今回の実験では老化細胞をウイルスに感染させ、特定の遺伝子を機能させないようにした。これにより、どの遺伝子が老化細胞の生存に関連しているのかを解き明かした

「単に外から観察しただけでは、どれが老化細胞なのか特定できません。そこでまずはp53という遺伝子が細胞分裂の特定の時期に活性化すると老化細胞が生じる事実を見つけ出し、恣意的に老化細胞を作成する方法を構築しました。この純化した老化細胞にレンチウイルスshRNAライブラリースクリーニングを用いて老化細胞の生存に必須の遺伝子をスクリーニングしたところ、グルタミン代謝を活性化する遺伝子GLS1を同定しました。こうした個々の先端技術進化が重なって、今回の発見につながっています」

老化にも、がんにも効果がある夢の新薬

老化細胞は自らが生き残るためにグルタミン代謝を活性化し、KGAというGLS1アイソフォーム(特定の遺伝子に由来するタンパク質群)の発現が増加する。この事実をマウスだけでなく、老化したヒトの皮膚でも確認することができた。

このように老化細胞はそれ自体が単体の生物として生存本能を発揮し、生き残ろうと画策するが、人間にとって“老化”は都合が悪い。それならば、GLS1の働きを阻害しアンモニアの産生を抑えることができれば、老化細胞だけを効果的に除去し、老化を防ぐことができるはずだと中西教授らの研究グループは考えた。

通常であればそこからGLS1を阻害する新薬の開発を、となるところだが、実はその働きをするものが既に新たながん治療薬として存在しており、フェーズ1の臨床試験中だったという。

傷ついたリソソーム膜に反応するマーカーを投与することで、老化細胞の判別に成功した

がん細胞は自らを増殖させるために、より多くのDNAを複製する必要がある。DNAの元となる核酸はグルタミンから代謝されてできるため、老化細胞と同じくGLS1の発現が顕著化する。

がん細胞と老化細胞でプロセスはそれぞれ異なっているが、GLS1という遺伝子がカギを握っていることは共通していた。がんと老化の関係は深いとはいえ、驚くべき偶然の一致と言えるだろう。

「老化の抑制に効果があると思われる薬が、既に人間を対象として投与されている実績があることは大きな後押しになるでしょう。ただ、がんを対象にした場合と老化を対象にした場合では目的が異なるので、GLS1阻害剤が抗がん薬として承認されても、そのまま老化防止薬として世に出せるわけではありません。個別に治験を行う必要はあります」

実験では、老齢化したマウスにGLS1阻害剤を投与したところ、老化細胞の除去が確認でき、かつ加齢に伴うさまざまな症状の改善が見られたという。

後編では、老化細胞を除去することで人体にどのような効果が期待できるのか、また老化と寿命の不思議な関係について、引き続き中西教授に話を伺う。



<2021年5月7日(金)配信の【後編】に続く>
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