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物理学の大いなる課題がついに解決!超難問「キログラム定義」改定の意義とは

国立研究開発法人 産業技術総合研究所 計量標準総合センター 工学計測標準研究部門 首席研究員 藤井賢一【前編】

昨秋、世界の“単位”を維持する国際度量衡総会で、130年ぶりに「kg(キログラム)」の定義が改定された。長年、科学史に残された重要課題と言われたこの難問に、半生を注いできた人物が日本にいる。定義改定の意義と、そこに向けた数十年にも及ぶ計量学研究者たちが歩んだ長い道のりを、産業技術総合研究所の藤井賢一氏に聞いた。

単位を変えることの難しさ…最新技術でも超えられない130年前の壁

2018年11月16日、フランスで開催された第26回国際度量衡総会で、「アンペア(電流)」など4つの基本単位の定義が改定された。その一つ、質量を表す「キログラム」の改定は、歴史的快挙と言っても過言ではないという。

「昨年、決議された単位の大幅な定義改定は、きっと科学史に残る出来事となるでしょう。その中でもキログラムは、1889年の第1回国際度量衡総会以来、130年ぶりということで大きく注目されています」

満面の笑みでそう語ってくれたのは、国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下、産総研)の計量標準総合センター 工学計測標準研究部門で首席研究員を務める藤井賢一氏。産総研入所以降、長きにわたってキログラムの定義改定に尽力し、大きく貢献した研究者の一人である。

第26回国際度量衡総会は、2018年11月13日~16日にフランスのベルサイユ国際会議場で開催された。キログラムの定義改定では、一国一票の投票制で60カ国が参加し、ほぼ全会一致で決議されたという藤井氏

単位と聞けば、身長や体重、距離や時間、気温や電気など、きっと日常にあるさまざまな事柄を思い浮かべるだろう。しかし、普段生活している中で、“単位の定義”を意識することは皆無と言ってもいい。そもそも単位の定義が変わるとは一体どういうことなのだろうか。

「キログラムで言えば、もともとは『水1リットルの質量を1キログラム』と決めていました。それが1889年に開催された第1回国際度量衡総会で、水1リットルの代わりに、世界に一つしかない『国際キログラム原器』という分銅を基準とすることになり、その定義が今回の改定まで続いてきました。つまり定義が変わるとは『1キログラムとは何か』という基準が変更されるということなのです。

国際キログラム原器の質量は1キログラムですが、基準とされてから100年以上たち、表面の汚染などで、50マイクログラム(1億分の5キログラム※µg;マイクログラムは100万分の1グラム)という質量の誤差が生じていることが分かっています。この変化は、人の感覚で感じ取れるものではありませんが、最新の質量計測技術では無視できない誤差になってきており、このままにすれば基準への信頼性が揺らいでしまいます。そのため、より安定性の高い定義への変更が求められてきたのです」

日常使う「キログラム」や「グラム」は質量を伝えるときの共通言語だ。この存在が精肉店での買い物から建築の資材調達まで、あらゆる場面でスムーズな情報伝達を可能としている。以前の定義では、「国際キログラム原器=1キログラム」であり、もし原器が増減しようとも、それが1キログラムというルールに変わりはない。つまり厳密に言えば、現在の1キログラムは130年前よりもわずかに重くなっているということだ。

この1億分の5キログラムというわずかな誤差は実際、一般生活に何の影響もない。だが、例えば、惑星のように膨大な質量や、微粒子のように極小の質量を量る場合、測定結果に大きな影を落とすという。また、数値の誤差以外にも、人工物を基準にしていることのリスクもある。

「かつて国際キログラム原器は、40個ほど複製されて加盟国に配られました。その中で、ドイツで保管されていたものは、第2次世界大戦中に戦火で損傷を受けました。現在、日本には4つの複製が産総研で保管されていますが、戦時中は紛失を恐れて疎開させていたほど。このように人工物であるがゆえの欠点も改定理由の一つです」

中央にあるのが、国際キログラム原器の複製として作られた日本国キログラム原器。直径と高さが約39mmの円柱形で、白金(はっきん)90%とイリジウムが10%が混ざった合金製。当時、「1万年は安定する」と触れ込むほどの出来栄えだったという

資料提供:産業技術総合研究所

現在、国際度量衡総会で定められた基本単位(SI基本単位)は、秒(時間)、メートル(長さ)、キログラム(質量)、アンペア(電気素量)、ケルビン(熱力学温度)、モル(物質量)、カンデラ(光度)の7つ。

長さを表すメートルはキログラム同様、1898年に「メートル原器」という人工物で定められていたが、1960年、1983年の2度にわたって改定され、現在は普遍性の高い基礎物理定数を用いて定義。またその他5つは、既に物理定数や物性定数などによって定義されている。そのような背景の中で、計量学の研究者たちの間では、実は50年前から基礎物理定数に基づいてキログラムを定義できないか検討されてきたという。

「キログラムの定義改定は、2012年のネイチャーという科学誌で、“宇宙人との交信”や“重力波の検出”などと並んで、『物理学で解決できていない5大課題』の一つに挙げられるほどの難題でした。私たちも、生きている間に実現できるとは思っていなかったのが本音だったんです」

7つのSI基本単位のうち、新定義に改定されたのは「キログラム」「モル」「ケルビン」「アンペア」の4つ。原器という人工物を基準にしていたのは質量だけだった

資料提供:産業技術総合研究所

40年前から始動したキログラム定義改定の研究

「130年もの間、なぜキログラムだけ改定されなかったのか。それは、国際キログラム原器の安定性が非常に優秀だったからなのです。誤差といっても、100年間で1億分の5キログラム。最新の技術を駆使しても、なかなかそれを上回る精度で新定義にふさわしい基礎物理定数の値を測定することができなかったのです」

当時、世界の計量学者たちがキログラムの新定義の候補として挙げていたのは、質量を求めることができる「アボガドロ定数」と「プランク定数」という、相関する2つの基礎物理定数だったという。

基礎物理定数とは、光の速度や万有引力、物質を構成する粒子の数など、ある自然現象を数式で表すために必要となる普遍的な数値を指す。これは、実験や理論などから得られるさまざまなデータを基に、結果を比較、評価して導き出され、定められているが、“普遍”ではあるものの、“絶対”ではない。指標となる計測結果の誤差による“不確かさ”を内包しており、逆に言えば、測定精度が高まるほどに、より精密な数値となっていく。

つまり、キログラムを定義できる基礎物理定数の誤差範囲を、原器の変動幅である50マイクログラムより小さく収められれば、より正確な質量の基準として用いることができる。そして、定数を基準とすれば、人工物のように劣化もないため、絶対的な安定性を持たせることが可能となるのだ。

産総研が定義改定に動き始めたのは、今からおよそ40年前。藤井氏が入所した1984年時点で、アボガドロ定数を測定し、プランク定数を導き出そうという研究が始動していたという。

「けれども入所した当時、私はその研究グループと関わっていませんでした。そのころのテーマは、学生のころから興味を持っていた省エネです。熱効率を上げるために、蒸気や水、フロンガスなどの冷媒(れいばい)の密度を精密に測定する研究をしていました。4年ほどその研究を続けていたところ、たまたまシリコンの結晶の密度を基準にすれば、他の物質の密度を比較できることが分かり、一生懸命その密度を測っていたんです。すると、定義改定プロジェクトチームが目指すアボガドロ定数の測定にも、シリコン結晶の密度を測定することが重要視されていて、私に声が掛かったんです」

それからは、X線結晶密度法という計測技術を用いて、アボガドロ定数を導くために必要となるシリコン結晶の格子定数(原子間距離)やモル質量(物質の原子・分子の量)、密度などを測定していった。結果は厳しく、求められた定数の誤差は、国際キログラム原器に及ばない1億分の30。その後も、測定機器を改良、調整し、ただひたすら精度向上に邁進していく。着実に技術は進歩していったものの、10年以上がたってもなお、国際キログラム原器には及ばなかったという。

プロジェクトチームに参加して2年がたった1990年に撮影された写真を、照れながらも見せてくれた。写真の中で赤いセーターを着ているのが若き日の藤井氏

ブレイクスルーは世界の研究者が集結した国際プロジェクト

プロジェクト参加から10年以上がたった1990年代。藤井氏は、思うような成果が出ず苦悩の日々を過ごしていた。同時期に研究を進めていた米国、英国など他国の研究状況も似たり寄ったりだったという。

「測定に使用するシリコンという物質は結晶構造が安定しており、アボガドロ定数の測定には向いているのですが、不幸なことに質量数が異なる原子(同位体)が3種類存在しています。その影響で、1億分の30の誤差より精度が上がらなかったんです」

そのような折、2004年に同じ方法で研究を進めるドイツから、現状を打破するために、国際的な協同組織を作ろうという話が舞い込んできた。多国間で協力して、より精度の高い測定ができる1種類の同位体のみを濃縮したシリコン単結晶を作製し、よりよい結晶材料を作ろうというものだった。研究のために必要だと分かっていた濃縮シリコン単結晶。しかし、作製するためには、一研究機関では賄えないほどの途方もない費用がかかる。そのため、国境を超えてそれを実現しようと考案されたのだ。

参加したのは日本、ドイツ、イタリア、オーストラリア、米国、英国、EU、国際度量衡局の8つの研究機関。協同組織は「アボガドロ国際プロジェクト」と名付けられ、藤井氏は当時から日本代表のコーディネーターを務めている。

「ちなみに、濃縮したシリコン単結晶を作製するために、米国や英国、フランスなどに見積もりを取ったのですが、予想外にもロシアに破格で請け負ってもらえたんです。と言っても億単位には変わりませんが(笑)。完全な平和的利用と理解してもらえて、承諾してもらえました」

5キログラムの濃縮シリコン単結晶を製作し、その中からシリコン球などを削り出した

資料提供:産業技術総合研究所

藤井氏は各国間の調整役となり、同位体濃縮シリコン単結晶の作製や測定などそれぞれの工程をまとめた。

「参加していた半数の国は、精度が求められる測定の工程に入ると脱落してしまいました。結局残ったのは日本、ドイツ、イタリア、オーストラリア、国際度量衡局。ですが、それぞれの国がお互いの長所を生かして、着実に精度の高い測定結果を出していったのです。そして7年後の2011年ごろ、見事に国際キログラム原器を超える精度でアボガドロ定数を測定することができたのです」

長い時間とたゆまぬ努力があって、ようやくたどり着いた研究の成果。後編では、定義改定に貢献した産総研が誇る世界最高の技術力や、この歴史的快挙がもたらす未来について聞いていく。

<2019年3月12日(火)配信の【後編】に続く>
技術革新が続出する!?単位の新定義がもたらす未来社会を予測

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