2017.6.29
電線をつなぐための必需品!オーダーメイドの機械を作る仕事
株式会社安田製作所 技術本部技術グループ係長 松本 慧
電気、ガス、水道――。今や当たり前のように使うことができるライフライン。それらを私たちの手元に届けるため、陰ながら支えている人々がいる。今回スポットライトを当てるのは「送電線工事用機械」。電気を使う暮らしを維持するために、人知れず活躍する機械なのである。
巨大鉄塔に電線を張るために生まれる道具
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鉄塔の送電線延線工事の様子。送電線は発電所から変電所に電気を送っている
写真提供:株式会社安田製作所
山間部を抜ける高速道路上から、電線が張られた大型の鉄塔を目にすることがあるだろう。この鉄塔は発電所から各家庭に電気を届けるために必要な通り道で、安定した電力供給を支えるまさに土台のような存在なのである。
ここで考えてみてほしいのは、あの巨大な鉄塔に、長い電線をどうやって引いているのかということ。これだけの規模の工事となると、多くの人の手と、さまざまな機械の力が使われることになる。
その送電線工事に用いられる機械や工具類の製造に携わっているのが、安田製作所の松本慧(けい)さんだ。松本さんは入社して以来約10年間、発電所から変電所へと送る送電線工事に用いる架線用機械工具の開発・設計を総合的に手掛けている。
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安田製作所の藤代工場で、技術本部技術グループ係長を務める松本慧さん。架線用機械工具類の開発・設計を担当する
10t超のパワーで電線を張る大型機械
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茨城県取手市にある藤代工場では、設計、製造、検査まで一貫して行っている
この安田製作所は、戦後すぐの1946(昭和21)年に創業し、70年以上の歴史を持つ会社。そこで作られているのは架線用機械をはじめ、延線用の機械、工事道具類で、国内では唯一となる架線用機械の総合メーカーなのである。
製造している機械工具は、数百種類を超える。とりわけ大型なのが、送電線の架線工事に必要となる延線車と呼ばれる機械だ。これは、鉄塔間に電線を引く際に、一方で巻き取った線が垂れ下がらないようにブレーキをかけるために使用される。
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送電線を張る際に、線自体を送り出すために用いる機械・延線車
写真提供:株式会社安田製作所
「海峡部に建てる鉄塔間は長い場合で1km以上という長距離。そのため、電線のサイズにもよりますが、延線車には10t近くの引っ張る力が必要になります」
また、送電線は張る距離が長い分、電線にかかる張力が弱いと自重で大きく垂れ下がってしまう。電線は一見するとわずかに垂れているように見えるが、実は鉄塔と鉄塔の間では常時1t以上もの力で電線を引っ張り合っており、あの状態が成立している。
つまり、張るためには、それ以上の力が必要になるのだ。同社の延線車の中には、本体重量70t、最大延線張力25tという世界最大の海峡横断工事用のものもあるという。
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延線車の赤い部分に電線が巻かれていく。線を傷つけないよう、ウレタン素材でできている
工事では、各鉄塔に金車という滑車をつって電線を引いていく。引き終えた電線はそれぞれ鉄塔につなげなければならず、そこで必要になるのが電線をつかんで鉄塔との接続部に引き込むための道具。それがカムアロングと呼ばれる器具だ。
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カムアロング本体。左下の穴が開いてある部分に、くさびに挟み込んだ電線を通す
このカムアロングは、電線をくさびにかませて挟み込む本体部分とワイヤーをつなぐアームの部分からなり、電線とワイヤーをつなげる“かすがい”のような役割を果たす。ここでカギになるのが、電線の種類だ。
「カムアロング内にあるくさびの部品は、その送電線の種類に合わせて一つ一つ作ります。近年、電線の種類が増えてきて、言いづらいですが、正確に数を把握できていません…膨大なので。うちに保管してあるテスト電線だけで、200種類以上はありますから」
設置される環境によって、用いられる電線は変わる。風による騒音を防ぐために突起がつけられたヒレ付きと呼ばれる電線をはじめ、海に近い場所に張られる腐食防止電線、オイルがたっぷりつけられたものなど、一口に電線と言っても、実はその用途によって太さどころか形状までもさまざま。
電線の種類がそこまで多岐にわたっていたことも衝撃だが、工事に用いる工具も、種類が変わればその都度新たに開発しているということにも驚く。電線の多様化は、開発者や技術者にとって頭の悩ませどころであり、腕の見せどころでもあるそうだ。
「くさびで挟むとき、きつく締め過ぎてしまうと電線が傷ついてしまうし、ゆるいと滑ってしまいます。電線を傷つけることと滑ることは、技術者としては絶対に避けなければならないんです」
機械加工が難しいくさびの部分は、手作業で熟練工がミリ単位で削り、研磨する。そうしてでき上がった製品は、性能確認試験を経て、納品されていく。
「1回で200個ほど納品することもありますが、全て一つずつ検査しています。たった一個の不具合品も出してはいけませんので」
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電線を挟むくさび。電線の種類によって、サイズが変わったり、溝が彫られたりする。一つずつ手作業で研磨されている
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完成したくさび部分は全て検査にかけられる。3tもの力で引っ張っているが電線は微動だにせず
時代と共に変わる送電線工事
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工場内には検査用の鉄塔や電柱があり製造から検品まで一貫して行う。中央にそびえるのは、送電線試験用の門形鉄塔
安田製作所は、送電線架線工事用機械の総合メーカーであるため、関連機械の製造にまつわる相談が数多く持ち込まれるという。
送電線機器のノウハウから新幹線や在来線の架線工事に用いる巻取延線車や架線用工具が生まれ、電柱用の装柱金具の知見から安定的に設置できるブドウ畑用の垣根の鉄柱を造るなど、その範囲は広い。
中には、耐久力の弱いケーブルを地下に通すための工具を開発したものの、ケーブル自体の強度が増してしまい、その役割を一瞬で終えてしまったという悲しいものもあるそうだ。
それら開発した機具のうち、今一番好評を博しているのが、電線上で作業員が乗る宙乗器(ちゅうのりき)と呼ばれる機具。
電線に引っ掛けて高所作業するためのものなのだが、これまでは電線を手で引っ張りながら移動するというアナログ品だった。それに電動アシスト機能を付けて、自動で移動できるものを開発したのだ。腕力のみで移動していた工事関係者からは「かなり楽になった」と絶賛の声が相次いでいるとか。
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高所作業する作業員がまたがっている機械が宙乗器。ブランコのような人一人が座れるほどのサイズ
写真提供:株式会社安田製作所
「山の近くに行くと、ついつい上を見上げて鉄塔や送電線を探してしまいます」という松本さん。架線工事を支えるプロフェッショナルならではの職業病なのかもしれない。
送電線などの張り替え工事は、日々、全国のどこかで必ず行われている。もし、作業現場を見かける機会があれば、高所作業するたくましい男たちと共に、そこで使われる機械や工具にも目を向けてもらいたい。
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text:高橋ダイスケ