2017.3.12
停電のない安定した電気供給のために
“がいし”の性能を評価する日本ガイシ株式会社 電力技術研究所・伊東敦
今や当たり前のようにあるエネルギー。それを私たちの手元に届けるために、陰ながら支えている人々にスポットライトを当てる企画「支える仕事」の連載第1回は「がいし」。仕事を終えて夜遅くに帰宅したとき、電気のスイッチを入れると部屋に明かりがともるのも、この“がいし”なくしてはありえない。
なくなった瞬間、日本は止まる
そもそも、“がいし”とは何か、知っているだろうか。
ふと空を見上げたときに目にする、電線の途中にある白色や茶色の茶碗を重ねたような装置で、送電線を流れる高圧電流が鉄塔や地面に流れ込まないように、絶縁するために取り付けられている。
もし、がいしがなければ、電気は途中で漏電してしまい、発電所から各家庭やオフィス、工場に届くことはない。テレビも電灯もエアコンも動かなくなり家は真っ暗。オフィスや工場ではパソコンや機械が使えず、日本はストップしてしまうだろう。
そのがいしを製造、販売している日本ガイシ株式会社の電力技術研究所(電技研)で入社以来約25年もの間にわたり、がいしの性能評価に打ち込む男がいる。それが伊東敦さん、43歳だ。
「がいしにとって一番必要なことは、壊れないことだと思っています」と、伊東さん。がいしは一度取り付けられると人の手でひんぱんにメンテナンスを行うことが難しいため、絶縁性能もさることながら、その強度も大切になってくるのだという。
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鉄塔と送電線をつなぎ、支えながら絶縁体としても働く送電用がいし
そのため、世界で使われている多くのがいしは絶縁性能や強度に優れ、そして太陽光や温度の変化に対しても劣化の少ないセラミックスで作られている。同社製の“がいし”もそうだ。
しかし、いくら強度に優れているとはいえ、絶対に壊れないわけではない。まして日本では通常の雨風や砂ぼこりに加え、台風による暴風雨や落雷、厳冬期の降雪、山中での濃霧、周囲の海からの潮風、そして地震など、過酷な自然環境にさらされる。特別なメンテナンスがなくとも、それらに耐え得るだけの強度が必要になる。
1919年の設立以来、より高い絶縁性能と強度を求め、品質改善を重ねてきた同社。そのために各製品の性能評価を行うのが電技研の役割であり、伊東さんの仕事なのだ。
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がいしの性能評価のスペシャリストである伊東さん
性能評価は地道な作業の積み重ね
電技研ではがいしが汚れた状態でも安定した性能を発揮できるかを調べる「汚損試験」、落雷時の耐電圧を調べる「インパルス電圧試験」、曲げたり引っ張ったりして強度を測る「機械試験」などを主に行っている。「私は入社してから20年以上になりますが、その間そんなに特別なスキルは身に付けてきていませんよ」と謙遜する伊東さん。しかし、これら全ての試験用設備を扱えるのは、電技研のメンバー約30人の中でも、伊東さんただ一人だけだという。
この日行っていたのは、「汚損試験」。鉄塔に取り付ける送電用がいしではなく、変電所で電線と機器、建物を絶縁する変電用がいしのための性能試験だった。変電用がいしは送電用がいしとは形状が異なりヒダの付いた管の形をしていて、大きいものでは全長11.5mにもなる。この日試験を行ったものは全長約4m。それでも送電用がいしよりかなり大きい。
砥の粉(とのこ)といわれる、山で砥石を切り出したときに生じる粉と塩を混ぜた汚損液をスプレーで変電用がいしにかけて汚した後に、電圧をかけて試験開始。「通常は霧を発生させた上で試験を行うことが多いのですが、今日は見えやすいように霧は発生させませんでした」と、伊東さん。その言葉通り、電圧をかけていくと付着した塩分を伝わって電流が流れ、バチバチバチとオレンジ色の光を発していく。
さらに伊東さんが電圧を上げると、ボン!と大きな音を上げて変電用がいしの表面に電流が走った。「これをフラッシオーバと呼んでいます。がいしの表面に沿って放電している現象です」と説明する。こうなると、停電してしまうのだという。
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電圧をかけ始めたばかりのときは、汚損液に含まれる塩分を伝わって電流が流れ、かすかにオレンジ色に発光(写真左)。さらに電圧を上げ続けると、大きな音と光を上げて放電し始め、最終的にはフラッシオーバする(写真右)
このように、どの程度の汚損のときに、どの程度の電圧をかけるとフラッシオーバするのかを調べていくのが「汚損試験」だという。がいしごとにこのデータを集めることにより、どのような自然環境下まで絶縁が保てるのかを検証していくのだという。
この日は汚損液を使った試験だったが、山中の鉄塔を想定して濃霧を発生させて試験を行ったり、ときには岐阜県から積もった雪を持ってきて冠雪時の試験を行ったりと、さまざまな自然環境を想定して日々試験を積み重ねている。見た目こそ派手だが、地道な作業だ。
意外な一面!伊東さんはスナイパー?
次は機械性能を測るための場所に向かった。「ちょっと変わった試験も行っているんですよ」と話す伊東さんに連れられ、離れの建物に入る。そこで伊東さんが物々しい保管庫から取り出してきたのは、なんとライフル。
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ライフルは許可証を持つ人のみが触ることができるため、このライフルを保管庫から取り出し使っていいのは、社内で伊東さんただ一人だという
がいしの性能試験にライフル?あまりの事態に困惑していると、伊東さんが説明してくれた。どうやら、同社の海外展開に関係しているようだ。
同社のがいしは国内だけでなく海外でも高く評価されており、100カ国以上に輸出されている。その中には、日本とは違い比較的簡単に銃を所持でき、山中で猟を行う人がいる国もあるという。
そのような国では、猟が満足いかない結果に終わったときに、山中の鉄塔に取り付けられているがいしを狙い撃つ人がいるそう。海外では低品質のがいしが採用されていることもあり、ライフルで撃たれると粉々になってしまい、結果停電を引き起こしてしまうのだという。
伊東さんは「弊社のセラミックス製のがいしは、ライフルで撃たれても壊れにくいです。その評価のために、ライフルでがいしを撃つ試験も行っているんです」と笑う。射撃試験は、海外向けの製品のためだったのだ。
しかし、ただライフルでがいしを撃てばいい、というわけでもないという。がいしは表面積が大きいほど、絶縁性能が上がる。そのため表面に多数のヒダが付けられている。茶碗形の送電用がいしも例外ではなく、裏側を見ると茶碗とは異なり、多くのヒダが付けられている。このヒダとヒダの間の数cmしかない肉厚が薄い部分を狙い撃たないといけないのだそう。
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茶碗のような形をした送電用がいしの裏側。いくつものヒダが付けられているのが分かる。伊東さんはこのヒダとヒダの間の数cmの隙間を狙撃する
実直で真面目な雰囲気の伊東さんだが、スコープをのぞいてがいしを狙い撃つときの表情はまるでスナイパーのよう。「入社以来、特別なスキルは身に付けていませんよ」という発言は謙遜だとは思っていたが、まさか狙撃のスキルまで身に付けているとは思いもよらなかった。
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伊東さんはライフルを取り扱うために研究用として「銃砲所持許可証」を発行されている
停電で大事になるのを防ぐ
伊東さんの仕事は、その業務内容も、がいし自体の役割も、社会における必要性とは裏腹に、華やかな表舞台で注目を集めているとは言い難い。「がいしがあって良かった」と感謝されるなんてことは、まずない。
「目立たないのは、いいんです。普通の人は分からない製品ですから。外国では停電になってもなんてことない場合もあるんですが、日本では停電になるとニュースでも報道されて、大事になりますよね。そうならないよう、これからも電気の安定供給に貢献する信頼性の高い製品を提供し続けていきたいですね」と力を込める。
今後は、壊れないがいしはもちろん、さまざまな新しい製品づくりにも取り組んでいきたいという。
深夜でも夜明け前でも、猛暑日でも大雪の日でも、私たちの家や職場には変わらず明かりがともる。これまで当たり前のようにしていた生活は、陰ながら働く人たちの仕事によって陰で支えられている。
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text:仁井慎治(大空出版) photo:長谷川朗