2017.6.9
都市のエネルギー利用を大きく変える!? 帯水層蓄熱システムのポテンシャル
地下水を空調に活用する技術を実証実験中!大阪市『うめきたプロジェクト』2期開発【後編】
大規模な再開発により、新時代の都市創造が進められている『うめきたプロジェクト』2期開発。後編では、“プランニングやデザイン等が優秀な提案”10者と併せて、この地で実証実験が行われている、全国の都市部エネルギーシステムを変える可能性があるという「帯水層蓄熱利用技術」についてレポートする。
INDEX
“うめきた”に描く未来都市の姿
「みどり」と「イノベーション」をテーマとした新しい都市開発が進行中の『うめきたプロジェクト』2期開発。
未来都市の姿を探るべく、後編では、前回紹介した民間提案「総合的に優秀な提案」に続いて、同じく2次提案への応募資格がある「プランニングやデザイン等が優秀な提案」10者を紹介する。
審査時には、「実現性や街の管理運営面での検討が必要」とされているが、いずれも特色の際立った内容ばかり。これらのプランから、未来都市のありようが浮かび上がってくるはずだ。
【プランニングやデザイン等が優秀な提案】10者
画像提供:すべて大阪市
※表記は上から受付順
※各提案名称は事務局が提案書から抜粋したもの
※寸評は、大阪市HP内資料『プランニングやデザイン等が優秀な提案の概要』より抜粋・要約
<空間・建物のデザインが優秀な提案>
「唯一無二の都市の大樹『GRAND TREE OSAKA』」
提案者:株式会社 日建設計
寸評:周辺から緑のファサード、内側から渓谷、最上段に桜並木の大回廊を形成するなどサイトを一体的に捉えた印象的な景観形成。建物の用途・構造について、時流の変化に柔軟に対応できる工夫がなされている点も評価できる。
「INTEGRATED GREEN PARK うめきたを『みどりのゲートウェイ』に」
提案者:野村不動産株式会社
寸評:対象エリア全体を都市に埋め込まれた新たな地形とし、中央部の都市公園と、連続する「みどり」を確保した一体感のある大規模な「みどり」の空間形成は評価できる。
「常に活力を保証し、歓迎的で安全である、大阪の独特の新しい『目的地』」
提案者:Massimiliano e Doriana Fuksas Design srl(イタリア・提案者代表)、Martha Schwartz Partners(イギリス)、Italferr SPA(イタリア)
寸評:全面に水面を取り入れた段丘状の「みどり」により、個性的で変化のある景観を形成している点が評価できる。
「永続するみどりのまちづくりショーケース、『Urban Agri.Fields』を世界に発信」
提案者:株式会社NTTファシリティーズ(提案者代表)、ペリ クラーク ペリ アーキテクツ ジャパン株式会社、株式会社E-DESIGN、株式会社 大広
寸評:「みどり」と建築物を一体化した起伏のある里山による象徴的な景観。バイオマス発電等を背景とする自立する森、植物工場を核とするビジネス創出・研究機能を「みどり」の機能として導入している点も評価できる。
「GREEN PLATFORM 大阪駅前に質の高い圧倒的な『みどり』の大地を創ります」
提案者:鳳コンサルタント株式会社
寸評:低層建築とオープンスペースが一体となり、都市のグリーン・インフラとなる「みどり」を形成する空間づくりが評価できる。
「OSAKA GREEN WEFT 織り込まれたみどりのランドスケープ」
提案者:Dominique Perrault Architect(フランス・提案者代表)、Mikan
寸評:都市の文脈を継承した中層の建築物を西側の沿道に配置し、JR大阪駅から西側に向けて徐々に高くなる空間構成とし、緑の多い景観を形成している点が評価できる。
<土地利用計画等が優秀な提案>
「UMEKITA CULTURE PARK」
提案者:RUR ARCHITECTURE P.C.(アメリカ)
寸評:低層の建築物は多層的で独特な形態。オープンスペースとの有機的なつながりを感じさせる空間構成が評価できる。
「水と緑が循環するまち このまちは多様な生命が集う樹木のように多様な叡智を集めながら成長する」
提案者:株式会社 日本設計(提案者代表)、株式会社 ランドスケープ・プラス
寸評:建築物の中層棟が「みどり」と一体となった特徴的な空間を構成し、緑の淀川への連続性や周辺へのにじみ出し等もある。建築・設備に先端技術を導入し、水の循環やエネルギーの効率的利用を提案している点も評価できる。
「Rachel’s Forest 大阪の中心に持続可能な新しい地域コミュニティをつくりだす」
提案者:株式会社 山下設計(提案者代表)、オーヴ・アラップ・アンド・パートナーズ・ジャパン・リミテッド、ラサール不動産投資顧問株式会社、UNStudio(オランダ)
寸評:「センス・オブ・ワンダー」という「レイチェルの森」をテーマに、循環都市のインフラや生態系再生の場となるとともに、地域コミュニティ育成の場となる特徴的な「みどり」を提案している点が評価できる。
<まちづくりの仕組みが優秀な提案>
「『百年の杜』へつなぐ ─国際水準のみどり創出から─ 『百年の杜』からつなぐ─国際水準をリードする都市景観へ─」
提案者:鹿島建設株式会社
寸評:都市の時間的変容を組み入れ、「みどり」を公民が連携して創出することで都市の更新と「みどり」の拡大を支え、周辺へ波及するダイナミックな提案。段階的なまちづくりに対応して、まちの管理運営についても体制・財源確保を段階的に整備する道筋を具体的に提案している点も評価できる。
“うめきた”を都市型エネルギーの実験に活用
『うめきたプロジェクト』2期開発に向けた民間提案を前後編にわたってお届けしてきたが、こうした未来都市の省エネに大きく寄与する再生可能エネルギー技術の実証実験が本エリアで行われている。
それが、『帯水層蓄熱利用技術』だ。
この事業の実施者は、大阪市、大阪市立大学、岡山大学、関西電力株式会社、三菱重工サーマルシステムズ株式会社などからなる産官学連携のチーム。担当する大阪市環境局の河合祐藏氏に話を聞いた。
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帯水層蓄熱利用事業を担当している大阪市環境局環境施策部エネルギー政策担当課長の河合祐藏氏。実証実験の現場にて
「帯水層蓄熱利用の実証事業は、もともと環境省の採択を受け、『CO2排出削減対策強化誘導型技術開発・実証事業』として、2015年4月から始まりました」
2017年度までを予定とするこの実証事業は、大阪市環境局がサポートする事業。スタートから2年、兵庫県にある三菱重工業の高砂製作所で技術開発を続け、技術的なめどが立った。そして、2016年10月からはうめきた2期区域にて実証を開始した。
「私たちとしては、この技術を大阪市域に広めたいという思いがありました。また、このシステムでは地下水の熱エネルギーを利用しますが、私たちの調査で、うめきた2期区域付近は地下水を多く含む帯水層が厚く、ポテンシャルが高いことが分かっていました。導入適地として考えられる市内中心部で実証を行い、効果を確認して、将来の普及へつなげるためには、これほどの大きな土地を活用できるうめきた2期区域の暫定利用は絶好の機会でした」
2016年10月から、うめきた2期区域内で実用化レベルの実証施設の工事に着手。ことしの6月から本格的に実証実験をスタートさせる。
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市域を250mのメッシュで区切り、分布図にした帯水層蓄熱情報マップ。メッシュごとに、地下水が持つ熱量を示しており、最も低い水色が0~50、薄青が50~140、紺色が140~240、黄色が240~330、オレンジが330~410、それ以上を赤で示している(単位:MJ/年/平方m)。大阪市域が帯水層蓄熱の高いポテンシャルがあることが分かる。『うめきた』がある北区~福島区エリアをはじめ、市内の西域は特に地下水が多い
資料提供:大阪市
天然のバッテリー・地下水の力で省エネを
この技術の特徴は、地下深くの帯水層と呼ばれる地層に含まれた地下水を利用することにある。
ある程度の深さにある地下水は、温度が一定している。その特徴を生かして、開発した2本1組の大容量熱源専用井戸によって、帯水層から地下水をくみ上げて熱を取り出し、主に業務用ビルの空調に利用するというもの。そのため、空調に使う電力が大幅にカットできる。
「空調で言うと、夏場の冷房時は室外機から、ヒートアイランド現象の原因でもある熱風が出ますよね。このシステムでは、熱エネルギーを地下水と交換するので、熱が大気に伝わることがありません。そのため、ヒートアイランド現象の緩和にも有効と考えています」
このシステムでは、夏には冷水を作り、冷房用の熱源として利用し、冷水を作る際に生じる温排熱は地下へ蓄えて、冬の暖房用熱源となる。冬に温水を作る際も同様に、生じた冷排熱を蓄え、夏の冷房に備える。蓄電池は、昼夜間で充放電してもエネルギーの20%弱が失われる。しかし、地下水は半年置いておいても、80%の熱回収が可能。天然のバッテリーのようなものだ。
「季節間の切り替え運転によって、従来のガス吸収式の空調エネルギーシステムと比較して、約35%の省エネの実現を目指しています」
しかし、地下水のくみ上げといえば、地盤沈下が懸念されるところ。実際に、大阪市では戦前から産業用水のくみ上げにより、地盤沈下する地域が頻発。大阪市では全国に先駆けて、1959(昭和34)年に「大阪市地盤沈下防止条例」を制定するなど、規制は今も厳しい。
「地盤沈下は、地下水を取り出すことで地下水の水位が下がり、地層中の粘土層から水が絞り出されて縮むことで起こります。このシステムでは、くみ上げた地下水から熱エネルギーだけを取り出し、水は地下へ返すため地盤沈下の危険はないと考えられます」
外気と比べて夏は涼しく冬は暖かい特徴を持つ地下水と熱交換を行うため、効率が大幅に向上し、電力消費の削減により、CO2排出削減につながる点も大きなポイントといえる。また、夜間電力で作った冷水を地下へ蓄え、昼に利用することで、年間で最も消費電力のピークを迎える夏場のエネルギー抑制も期待できる。特に、産業施設の多い都市部にとって最適な省エネシステムといえるだろう。
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帯水層蓄熱システムの仕組み。地下水をくみ上げ、空調に利用。その水を再度地下へ戻す循環システム。うめきた2期区域で採集できる地下水は18~20℃と温度は一定しており、夏は涼しく冬は暖かい
資料提供:大阪市
国内最高レベルの技術力で実用化を目指す
では実用化には、どの程度近づいているのだろうか。帯水層蓄熱利用技術の研究開発に携わり、現在、うめきた2期区域で実証実験を行っている大阪市立大学の複合先端研究機構特別研究員・中曽康壽氏に実験の現状を聞いた。
「実験現場では、約110m間隔の井戸2本を設置しています。大阪の平野部には、天満砂れき層という帯水層があります。主に、深さ約50~60mにある第2天満砂れき層から水をくみ上げ、もう一方の井戸から戻す実験を行っています。最大で1時間に100tの地下水の揚水・還水を繰り返し、水質の変化や地盤、機器への影響などを調査しています」
こうした2本の井戸で揚水・還水を行うシステムの場合、還水井の目詰まりが問題になるという。目詰まりを起こすと、大量の水を安定的に地中に還水することができなくなるためだ。
中曽氏らは、粒径1mm程度の石英砂をフィルターに使い、井戸の洗浄を1週間近く続けることで、目詰まりを大幅に削減している。また、目詰まりのリスクを軽減するため、井戸の掘削にも工夫を凝らしているという。
「掘削時に泥が帯水層に混入し、目詰まりの原因になることもあるんです。そこで、回転式ドリルの真ん中から泥を吸い上げるリバースサーキュレーションという方式により、泥をなるべく帯水層に入れない技術も開発しています」
地盤沈下の調査も行っているが、「研究者の方々には、帯水層の水位が10mほど下がると地盤沈下が起こるとうかがっています。今回の実証で構築した2本1対の井戸では、1時間に100tの揚水・還水を行っても、1本目の井戸は、揚水時で最大3mの水位低下、還水時で3m上昇です。2本目の井戸は1.5m程度とさらに小さい値です。日本で井戸にかかわっている人からすると、驚くはずですよ」とデータは良好だ。
このシステムでは、1組の井戸で延床面積1万平方mの建築物の空調用熱エネルギーをまかなうことが可能。井戸1本の掘削には1週間ほどしかかからず、本数も最小限とコストパフォーマンスも高い。導入メリットや性能を考えると、実用化は近いようだ。
「今後は、ヒートポンプを使った蓄熱試験も行います。そうしてあと1、2年、実験を続けて、性能や安定性が実証できれば、実用展開に入っていく形になるでしょう」
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地下水は、大阪平野の地中に広がる天満砂れき層からくみ上げている。このシステムでは、より深い地下60mの第2層から地下水を採取している
資料提供:大阪市
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地下水をくみ上げる大容量熱源専用井戸のパイプ。写真は現場に展示されている模型で、周辺の砂も給排水する深さの地層を再現している。パイプ本体の0.6mm幅の縦長のスリットがフィルターの役割を果たし、地下水への砂れきの混入や揚水・還水時の目詰まりを防ぐ。スリットは、揚水・還水を行う層にだけ設置されているため、他の層に水が流入することはない
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『うめきたプロジェクト』2期開発の区画内に設置している実証実験施設。CO2削減や省エネルギーなど、都市部でのメリットが多い技術のため、実験場所としては最適。現在、『うめきたプロジェクト』2期開発の暫定利用事業者として、2017年度いっぱいまでの利用が決まっている
次世代の省エネ技術を全国の都市へ
このシステムが、『うめきたプロジェクト』2期開発に導入されるかどうかは、2次提案で選ばれた事業者次第となる。また、地下水利用の規制が厳しい大阪市で導入するには、現在市が国と進める新たな制度の実現も必要となるだろう。
都市レベルのエネルギー創出量があり、地域環境に対する汎用性も備えた技術が期待されるところであるが、これまで日本国内では、たった2本の井戸で地下水を揚水・還水できる帯水層蓄熱技術は確立されていなかったのも事実だ。
そのため、この技術は、都市の中でも安定して使える再生可能エネルギー技術として、全国の都市を変えるポテンシャルがあると中曽氏は語る。
「地形的に、平野部の地下には帯水層があります。日本の都市の多くは平野部にあるため、全国の都市に応用することができます。特に、ここの地下水は鉄分が多く、若干の塩分も含まれています。鉄分が酸化してできるフロックや細かな砂粒も含まれる、目詰まりが起きやすいハードな水質環境ですから、ここで問題がなければ、他の地域でも十分に使えるはずです」
大阪市の河合氏も、この技術の成功には大きな期待を寄せている。
「私たちとしては、まずこの技術が成功してほしい。エネルギー消費の旺盛な都市型の技術ですし、成功して実用化につながれば、社会への貢献度も高いと思います」
未来の日本の都市では、このシステムがスタンダードになっているかもしれない。
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帯水層蓄熱利用の実証実験を行っている大阪市立大学複合先端研究機構の中曽康壽氏(左)。帯水層蓄熱利用事業を担当している大阪市環境局環境施策部エネルギー政策担当課長の河合祐藏氏(中)と、同担当係長の和田祐宏氏(右)。実験中の帯水層蓄熱エネルギー設備を前に
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text:櫻井徹也 photo:田村和成
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