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自転車で時速207km! 科学的にリスペクトしたい『弱虫ペダル』の超絶走法3選

『弱虫ペダル』に出てくる自転車のこぎ方について考察してみた

マンガやアニメの世界を研究する空想未来研究所が、今回取り上げるテーマは「自転車」。高校の自転車競技部を舞台にした人気マンガ『弱虫ペダル』に出てくる驚愕の自転車走法。マンガならでは感満載だが、実はエネルギー観点から見ればかなり理にかなっている。どれだけ科学的に勝てる走り方なのか、考えてみました。

自転車は人にも地球にも優しい

自転車は素晴らしい乗り物だ。森の緑や海面のきらめきを視界に収めながら、涼しい風を受けて、自分の足でスイスイとこぎ進む。その爽快さは、他ではなかなか味わえない。

そしてエネルギーの観点から見ると、自転車の素晴らしさは、いよいよ際立つ。同じ距離を進むのに必要なエネルギーは、徒歩のなんと5分の1なのだ。

二酸化炭素の排出量に置き換えてみよう。人間は1kmを歩くとき、体重1kgあたり1kcalを消費する。体重70kgの人なら70kcalであり、これを消費するとき、呼吸によって27gの二酸化炭素が排出される。自転車なら、その5分の1の5.4gだ。

これは他の交通機関と比べてどうなのか。国土交通省が発表している二酸化炭素排出原単位(乗客1人を1km運ぶときに排出する二酸化炭素の量)の2016年の値と比較すると、次のようになる。

乗用車=141g
航空=98g
バス =67g
徒歩=27g
鉄道=20g
自転車=5.4g

意外や意外、鉄道は歩くよりも環境に優しい! だが、その鉄道よりも自転車は3.7倍も優しい!

この自転車の魅力を、正面から描いたマンガが『弱虫ペダル』(2008~)だ。

オタクの小野田坂道が、高校で自転車競技部に入り、ロードレース選手として成長していく物語。坂道のオタク度は筋金入りで、千葉の自宅から45km離れた秋葉原まで、小学校3年生のときから毎週、ママチャリで通っていた。これで培った脚力に、正しい技術が1つ加わるたびに強くなり、才能を開花させていく。

仲間との友情、勝負の厳しさ、駆け引きのテクニックも面白いが、キャラクターたちが魅力的で、とてもいい。

ここでは、筆者がエネルギー観点で勝手に選んだ『弱ペダ』3大キャラの魅力的な走法に迫ってみよう。

余力が残せる巻島先輩のダンシング!

1人目は、坂道が所属する総北高校自転車競技部3年生の巻島裕介だ。坂道(主人公の名前ではない)を得意とする「クライマー」で、同じクライマーの坂道(主人公の名前)の憧れの先輩でもある。

その巻島先輩が、坂道を上るときに披露する独特のテクニックには目を見張る。もともとロードレースには、サドルから腰を浮かせてバイク(自転車)を左右に倒しながらこぐ「ダンシング」という走法(いわゆる立ちこぎ)があるが、巻島先輩はその倒し方がハンパではない。

ロードバイクの本で、ダンシングする選手の写真に分度器を当ててみると、バイクは鉛直線(重力に沿った上下方向)から13度傾いている。だが巻島先輩の倒し方は、そんなレベルではない。マンガのコマの中で最大に倒していたのは、本人から見て右側になんと54度。計算すると、倒した側のハンドルの下端は、地面から30cmしか離れていないはず!

これは、いくらなんでも倒し過ぎではないだろうか。

普通の立ちこぎでは、左足でペダルを踏むときは、体を左側へ移動させると同時に、自転車を右側に倒す。これによって、体の重心は、タイヤと路面の接触点(以下、接触点P)より左側に、自転車の重心は接触点Pより右側にくる。みんなそうやって、無意識にバランスを取りながら自転車をこいでいるのだ。

ところが巻島先輩は、バイクを54度も右に倒しているため、体がバイクの真上にきている。これでは、バイクの重心も、体の重心も、接触点Pの右側にきてしまい、右にドシャーンと転倒して、落車!

となるはずなのだが、巻島先輩はぐいぐい坂を上っていく。なぜだろう?

実は上述の体勢になっても、転倒しないケースが一つだけある。それは、カーブして進んでいるときだ。右にカーブすると、左向きに遠心力が発生し、バイクを起こそうとする。それが重力と釣り合えば、安定して走れるはずだ。

だが、ダンシングでは、バイクを右、左、右、左と、交互に傾けながら走るから、巻島先輩はこの直後、バイクを大きく反対側へ傾けることになる。つまり彼は、たとえコースが真っすぐでも、右へ左へとうねりながら進んでいかねばならない。

巻島先輩が1分当たり30回のペースでこぎつつ、時速25kmで走っている(どちらも一般的なクライマーの値)と仮定すれば、左右1m56cmの幅で、ウネウネ蛇行しつつ走っている計算になる。これによって、直進すれば1こぎで6.9m走れるところ、5.9mしか前進できない。なんと、1こぎごとに1mもロス! 比率でいえば18%。これは100kmのレースで、自分だけ118km走るという大ムダだ!

だが、坂を上るという目的に照らせば、極めて理にかなっている。坂を上るには、

【エネルギー=(体重+自転車の重量)×標高差】

で求められるエネルギーが必要だが、一方で、

【エネルギー=力×距離】

でもある。ここから、同じ人が同じバイクで同じ標高差を上るとき、「どんな経路や方法を使っても『力×距離』は変化しない」という「仕事の原理」が導かれる。

つまり、同じ坂道を上る場合、直線的に進むよりもウネウネと長い距離を走った方が、上るために必要な力は小さくて済むのだ。なんて科学的なのか、巻島先輩!

筋肉を爆発させる青八木副主将の酸素音速肉弾丸!

続いては、坂道の1つ上の先輩である総北高校の青八木一。巻島先輩たちが卒業し、3年生になってからは副主将を務めている。身長163cm、体重56kgと小柄だが、すうう……と大きく息を吸い込むと、上半身がモリモリッと膨らみ、まるで力士のような体形に! 名付けて「酸素音速肉弾丸」。これはいったいどういうコト!?

初めは、マンガならではの誇張表現かと思ったが、周囲を走るライバル校の面々は目を見張り、後輩の鏑木一差(かぶらぎいっさ)でさえ「すげえでかく見える!」と驚きを隠さない。この技が初披露された304話のタイトルに至っては「ふくらむ青八木」である。青八木の上半身は、本当に膨張しているのだ!

その上半身は、もはやまん丸。ロードバイクのタイヤの直径が70cmであることから計算すると、体幹(頭や四肢を除く胴体部分)の直径は67cm。胸囲は210cm、体積は156L!

青八木の体に、一体何が起きたのか? この疑問には、青八木自身が答えている。筋肉は使うときに膨張し、その落差が少し激しい、らしい。いやいや、ちょっとじゃないって!

スポーツ科学の知見から、青八木の体格なら、普段の体幹の体積は27L前後と見られる。これが156Lになったのだから、実に129Lもの増量。直後、青八木は前の選手を一気に抜き去り、あっという間にリードを広げるのだが、実はこれはとても納得できるシーンだ。

129Lの空気を吸い込んだとすると、肺活量は129L=12万9000mL。高校3年男子の肺活量の平均は4200mLだが、ロードレースで鍛えている青八木の普段の肺活量を5000mLと仮定すると、25.8倍にもなっている。同時に、最大酸素摂取量も25.8倍になったとすれば、筋肉の仕事率(1秒間に発揮するエネルギー)も25.8倍になるだろう。

【仕事率=比例定数×速度3

の関係があるから、速度は2.95倍。ほぼ3倍! 普段の青八木が時速70kmでスプリントできるとしたら、「酸素音速肉弾丸」を発動すれば、時速207km! 他校の選手にとっては、脅威以外の何物でもない。

エグいけど合理的な御堂筋翔の前傾ダンシング!

最後は、坂道と同学年でライバルの一人となる京都伏見高校の御堂筋翔(みどうすじあきら)である。1年生のときからエースで、平地にも坂道にも強い実力派だが、人間性がヒドイ。友情や仲間との絆を「キモ!」と言って否定するし、ライバルに「君の母親が死んだ」とうそをついて動揺させるし……。こんなヤツが、レースでは勝ってしまうのだから、も~本当に腹が立つ。

しかもその勝ち方が、エグイ。

それは、インターハイで、強豪校・箱根学園の新開隼人(しんかいはやと)とスプリント・リザルト(途中地点での1位)を争ったときのこと。ゴール直前、新開の方が前を走っていたが、御堂筋は上半身のほとんどをハンドルより前に出す極端な「前傾ダンシング」で走っていた。そしてゴール直前、その体勢から体を大きく後ろに引くことでバイクを前に押し出しフィニッシュ。見事に勝利した!

こんなことが可能なのか!?

ロードレースの勝敗は、バイクの前輪脇に取り付けられたセンサーがゴールライン(リザルトライン)を超えることで決まるが、直前のマンガのコマで測定すると、センサーは御堂筋よりも新開が41cm前方にあった。体を後ろに引けば、確かに「作用・反作用の法則」(押すと同じ力で押し返される)で自転車は前に出るが、問題は、この方法で41cmものビハインドを逆転できるのかということだ。

これは、御堂筋の体重とバイクの重量の比で決まる。体重は65kg、バイクは8kgほどと見られ、御堂筋はバイクより8倍重いことになる。この場合、バイクは彼が体を引いた距離の8倍だけ前に出るはずだ。

そしてゴール前後を比べると、御堂筋の体の重心は、バイクに対して171cmも後方に移動している。こんなに大きく体を引けるのは、極端な前傾ダンシングのおかげだが、これは、御堂筋が体を引いた距離と、バイクが前に出た距離が、合わせて171cmということだ。

ここから計算すると、御堂筋は体を後ろに19cm引いて、バイクを152cm前に出したことになる。新開との差は41cmだったから、わーお、余裕で逆転だー!

空想の世界では、科学的に納得できることも、不思議でたまらないことも起きる。そして、そのどちらもが物語を盛り上げ、読者を興奮させ、楽しませる。人間の想像力は、本当に素晴らしい!

※原稿では数字を四捨五入して表示しています。このため、示している数値を示された通りの方法で計算しても、答えが一致しないことがあります

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