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コールドスリープは現実に可能!? 500年眠るために必要なエネルギーとは/望郷太郎

『望郷太郎』で描かれたエネルギーについて考えてみた

マンガやアニメの世界を研究する空想未来研究所が、今回取り上げるテーマは「コールドスリープ」。マンガ、アニメ、小説、映画など、あらゆるSF作品に登場してきた“未来へ行く方法”の一つだが、もし実現しようとしたら、どれくらいエネルギーが必要なのか考察してみました。

気が付くと500年後の世界だったら

目の覚めるマンガに遭遇した。『望郷太郎』(2019年~)だ。

38歳の舞鶴太郎は、創業一族で経営する舞鶴グループの一企業でイラク支社長をやっていた。ところが北半球が猛烈な寒波に襲われ、夏は気温が50℃にもなるイラクの都市バスラも程なく凍り付く。社員はサウジアラビアの南へ避難させたが、太郎と妻と息子にはもう移動手段がない。

そこで太郎は妻子と共に、グループが何百億も出資して造らせた「シェルター」で1カ月ほど眠り、天候の回復を待つことにする。目覚めればこのシェルターが世界に認知され、出資額の何倍ものリターンが見込めるというもくろみもあった。

ところが、太郎が目覚めたのは2525年6月11日! 眠りに就いてから500年もたっていた! 息子は200年前に、妻は300年前にシェルターの中で死んでいた!

一度は自殺も考えた太郎だが、500年後の世界を知ってから死にたいと考え、はるか日本を目指す。旅の途中で目にしたものは、文明が滅び果てた弱肉強食の世界だった…。

そこからの冒険譚もとてつもなく面白いのだが、科学のココロが引かれるのは、太郎が自分の状況を知るまでの1巻冒頭18ページである。果たして、人間が500年も眠り続けることなどできるのか。技術的に可能だとしたら、どれほどのエネルギーを要するのだろう?

冷凍保存とコールドスリープの違い

マンガでは、シェルターの原理については示されていない。明らかなのは、稼働には電力が必要なこと(妻と息子のシェルターは通電が切れていた)、そして電力さえあれば、500年でも眠り続けられるということだ。

ここから考えて、シェルターの原理は「コールドスリープ」ではないだろうか。まだ現実世界には実用化されていないが、古くから多くの空想物語に登場する。

人体を低温にして長い年月保存する技術には、大きく分けて2つのアイデアがある。冷凍保存とコールドスリープだ。

冷凍保存は、亡くなった人の遺体を冷凍して、未来の進んだ技術でよみがえらせようというもの。筆者はSFに暗く具体例をあまり知らないが、先ごろコミックス201巻の世界記録を樹立した『ゴルゴ13』の「未来への遺産」(1990年)が、この技術を焦点としている。

ある企業が、遺体を再生させる技術のめどが全く立たないまま冷凍保存ビジネスを展開し、7億5000万ドルもの大金をだまし取った。黒幕の暗殺依頼を受けたデューク・東郷は…ぜひ作品をお楽しみください(SPコミックス87巻、SPコミックスコンパクト75巻に収録されています)。

一方のコールドスリープは、体温を下げて代謝を極端に落とし、生存に必要な物資を節約すると同時に、体の老化を遅らせようという発想。はるか遠くの恒星系への旅や、未来へ行くためなどの目的で使われる。冷凍するわけではない(したら死ぬからね)が、慣用的に「冷凍睡眠」とも呼ばれる。

実際に、太陽系から最も近い恒星であるプロキシマ・ケンタウリでさえ、4.2光年=40兆kmの彼方にあり、アポロ宇宙船が月を目指して出発したときの速度・秒速11kmでも、11万4000年もかかる。もっと速いロケットができたとしても、眠ったり、世代交代したりしながら目指すしかないだろう。

コールドスリープは映画『猿の惑星』、『エイリアン』シリーズ、アニメ『機動戦士ガンダムUC』、マンガ『彼方のアストラ』など、多数の作品で重要な役割を果たした。アメリカンコミックスの『マーベル』シリーズでも、人為的に施されたわけではないが、キャプテン・アメリカが氷漬けになって何十年も眠った。

もちろん、筆者が読んだ範囲では、『望郷太郎』に「コールドスリープ」という言葉は出てこない。だが、生きたまま眠りに就いて、500年後に目覚めたのだから、それに近い状態になっていたと考えても大きな間違いではないだろう。

ここでは「太郎がシェルターの中でコールドスリープしていたとしたら」という仮定のもとで考えてみよう。人間が500年も眠り続けるにはどうすればいいのだろうか。

動物の冬眠に学ぶコールドスリープ

まず、冬眠する動物たちに学んでみよう。

哺乳類の冬眠は、2つに分けられる。リスやヤマネなどの小型の哺乳類は、普段は37℃の体温が5℃程にまで下がるが、クマなど大型のものは、37~38℃から低くても30℃程までにしか下がらない。

それでも、30℃とは危険な体温だ。人間は体温が35℃を下回ると、体が機能不全に陥る「低体温症」となり、30℃になると命が危ないと言われる。

冬眠する動物たちが、そんな低体温でも生きていられるのは、冬眠中は体のシステムが変わるからだ。例えばクマは、冬眠中は摂食せず、排便も排尿もしない。体に蓄えた養分と水分を徹底的に利用し尽くすのだ。

小型哺乳類の冬眠はさらにすごく、WEBマガジン『生命誌ジャーナル』に掲載された「年を刻む冬眠物質」(近藤宣昭)に驚くべきデータが示されている。

シマリスは冬眠中、代謝が通常の50分の1以下になるという! 具体的には以下の通りだ。

体温  :活動中は37℃→冬眠中は5℃
心拍数 :活動中は毎分400回→冬眠中は同10回以下
呼吸数 :活動中は毎分200回→冬眠中は同1~5回
代謝速度:活動中は体重1gあたり毎分0.2cal→冬眠中は同0.002cal

代謝速度に至っては、普段の100分の1! それでも生きていられる理由の一つが、「普段は血中に多い『冬眠特異的タンパク質』が、冬眠中は脳に移動する」ことである。

ここから想像されるのは、人間も体温を下げただけではコールドスリープすることはできず、なんらかの別の措置が必要ということだ。ただし、哺乳類4000種のうち、冬眠するものは180種ほど。人間の脳には、そうした措置を受容する機能が備わってない可能性が高い。いずれにしても、これからの研究が待たれる分野である。

コールドスリープによる変化と必要なエネルギー

太郎がコールドスリープに成功して、代謝速度をシマリスと同じ100分の1にできたとしよう。そのとき、彼の体には何が起きるのだろうか。

代謝速度は加齢に大きな関係がある。仮に両者が比例するとしたら、500年眠った太郎は、5歳しか年を取らない!

そういう目でマンガを読むと、ナルホド納得である。

眠りに就く前、太郎は38歳だった。目覚めたときの太郎は、確かに43歳ぐらいに見える気が…ヤツレただけかもしれないが。

また、不思議なこともある。人間の髪や髭や爪は、1カ月に1cmほど伸びる(爪は個人差が大きい)。すると1年で12cm、5年で60cm! しかし、目覚めた太郎はいずれもサッパリと短い。シェルターに、それらを切ったり、伸長を抑えたりする機能があるのかもしれない。

代謝が遅くなるとはいえ、ゼロになるわけではないから栄養分は必要だ。500年でどれほど必要なのだろう。

人間は全く動かなくても、基礎代謝と呼ばれるエネルギーを消費する。計算式は次の通りだ。

基礎代謝[kcal/日]=基礎代謝基準値[kcal/kg/日]×体重[kg]

基礎代謝基準値は、性別と年齢によって変わり、38歳男性の場合は、22.3[kcal/kg/日]。体重が70kgなら、基礎代謝は1561[kcal/日]となる。代謝が100分の1なら、1日15.61kcalでいいわけだ。

ブドウ糖は、1gあたり4kcalのエネルギーを出すから、1日3.9g。おそらく点滴などで摂取させるのだろう。腕の血管から点滴するブドウ糖液の濃度は10~15%。仮に10%だとすれば、1日あたり39gのブドウ糖液を点滴すればいい。それでも500年=18万2625日で285万kcal。ブドウ糖液にして7.1t!

これが用意されていなかったら、太郎は500年を待たずして餓死してしまっただろう。逆に言えば、シェルターの管理室スタッフがそれだけのブドウ糖を用意していてくれていたおかげで500年も眠れたわけで、スタッフの先見の明に感謝してほしい。

500年となると、コールドスリープを維持した電力量も大変なものになるだろう。

体温を5℃ぐらいに保つのだから、冷凍庫は必要なく、冷蔵庫で充分だ。業務用の冷蔵庫を調べてみると、人間が入れそうな容量1632Lの製品は、使用電力量が年間660kW時。500年で33万kW時だ。

「電力量」とはエネルギーの形の一つなので、その単位[kW時]は、やはりエネルギーの単位である[J]に、そして[kcal]に変換することができる。

[J]=[kW時]×1000×3600
[kcal]=[J]÷4184

ここから計算すると、33万kW時は、2億8400万kcalだ。

なんと! 前述した数値を見てください。代謝速度を100分の1にして500年生きるためのエネルギーは285万kcalだった。そして、500年のコールドスリープを維持するのに必要な電力量は、その100倍。

つまり、代謝速度を100分の1にすると、体が消費するエネルギーは100分の1になるが、代わりにその100倍の電力量=普通に生きるのと同じエネルギーを必要とする!

う~む、人間が生きるとは、そういうことであったのか…と、根源的な何かを看破しそうになるほどの数字の一致である。

人間が500年眠る。それだけでも科学的に驚異的なことなのに、それは序章に過ぎず、真の戦いはそこから始まる。死線をさまよいながら、いつか太郎は、生きるとは何かを見いだし、それが人の心を打つのだろう。人間の想像力は、本当に素晴らしい!

※記事では数値を四捨五入して表示しています。このため、示している数値を示された通りの方法で計算しても、答えが一致しないことがあります。

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