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空想未来研究所2.0

「見えない速さ」ってどれほど速い? 天使の羽の飛行スピード/プラチナエンド

『プラチナエンド』などの空想作品で描かれたエネルギーについて考えてみた

マンガやアニメの世界を研究する空想未来研究所が、今回取り上げるテーマは「飛行能力」。『DEATH NOTE』『バクマン。』のコンビが再びタッグを組んだ『プラチナエンド』に登場する「翼で空を飛ぶ能力」ほか、さまざまな空想作品で描かれた飛行能力について、エネルギーの観点で考察してみました。

神候補になった者たちの人間ドラマ

2021年に完結した『プラチナエンド』(2015~2021年)は、空が舞台になる物語だった。

全ての発端は、なんと「神」。長く人間を見守ってきた神は、自らの次の座を「人間」に委ねることを決意。13羽の天使に「神候補」を選ばせ、999日のうちに次の神を決定するように指示する。具体的な選考方法は指定されていない。神候補になれるのは、一度は死にたいと思った人間たち。死の間際に天使が現れて、神候補になったことを告げられる。

その反応はさまざまで、他の候補を殺して自分が神になろうとする者、たとえ自分が神になれなくても人類に幸せになってほしいと願う者、天使にもらった能力で快楽を追求し続ける者……。

天使たちが与える能力は、目に見えない速度で飛べる「天使の翼」、刺した相手が33日間だけ自分を好きになり服従させることができる「赤の矢」、刺した相手を即死させる「白の矢」の3つ。これらと人間界の武器や機器などを駆使して、手に汗握るバトルや智謀渦巻く交渉が繰り広げられる。

あまりに面白くて全14巻を一気に読んでしまったが、科学の目で注目したいのは「天使の翼」だ。大空を自由に飛べたらどれほど素晴らしいだろう。しかし、「目に見えない」とは、どれほどの速度であり、それを実現するには、どれほどのエネルギーが必要なのか!?

翼で飛んで弾丸をよけるスピード

天使の翼の飛翔力は、主人公の架橋明日(かけはし・ミライ。以下、ミライ)が、初めて飛んだシーンに表れている。

ビルの屋上を蹴ると体が浮き、たちまち加速。ミライがうろたえる中、地面が猛スピードで後方へ飛びしさり、雲も後方へと飛び去る。

飛び立ったときは空が夕焼けに染まっていたが、いつしか満月が空高く昇り、気が付けばミライは飛ぶことの気持ち良さと、それまでどうしても手に入らなかった自由に涙していた。

具体的なスピードが推測できるのは、神候補の一人、生流奏(うりゅう・かなで)が強盗犯を取り押さえたシーンだ。正体を隠すために特撮ヒーローのコスチュームを着た奏は、犯人が5mほどの至近距離から撃ってきた散弾銃の弾丸を、翼で飛んでよけながら白の矢で仕留めた。

これはスゴイ。散弾銃の弾速は秒速400m。距離5mなら、わずか0.0125秒で到達する。散弾銃は何十発もの弾丸を放射状に放つから、全てをよけるには2mは移動しなければならないだろう。

すると平均速度は2m÷0.0125秒=秒速160mとなるが、静止した状態からの運動では、最終的な速度は平均速度の2倍になる。すなわち秒速320m=時速1152km

人間に見えない速度はマッハ4.1

では、これほどのスピードなら「目に見えない」のだろうか。

人間は視野の中心が最も視力が高いので、動く物体を見るときは6本の外眼筋で眼球を動かし、対象を視野の中心に置こうとする。対象の速度が遅いときは滑らかに動く「追跡眼球運動」をするが、速度が速いとピクピクと間欠的に動く「衝動性眼球運動」が行われる。そのスピードには個人差があり、追える角度は0.1秒に40~70度といわれる。

これを超える速度で動く物は目で追えない。これが「見えない速度」と考えていいだろう。

奏が周囲の人から見て「0.1秒に70度を移動」する速度で動いたとすると、0.0125秒で動く角度は8.75度。実際に動いた2mがこの角度に見えるのは、13m離れた位置である。

これより近くでは角度が大きくなるから目では追えず、遠くでは角度が小さくなるから見えることになる。

だが、13mとは強盗犯を見るには近過ぎる距離。ここから考えると、奏はもっと速く動いた可能性がある。明らかなのは、「見えない速度」は距離によっても変わってくること。もし、神候補たちが100m離れた人にも見えないとしたら、どうなるのか?

100mの距離から、70度の角度に見える「視線に垂直な距離」とは140m。これを0.1秒で移動するのだから、速度は秒速1400m=時速5040km=マッハ4.1

これはもう、大変なエネルギーを要したはずだ。

運動エネルギー=1/2×質量×速度2なので、奏の体重を70kgとすると、加速に必要なエネルギーは 6864万J(ジュール)=1万6400kcal。成人男性が6日ほどかけて消費するエネルギーが、たった0.1秒間で発揮されたのだ。天使の翼、恐るべし!

すると、スゴイのはミライだ。夕焼け空を飛び立って、気が付くと満月が高く上がっていたのだから。仮に5時間飛んだとしたら飛行距離は2万5200km!

地球1周は4万kmだから、地球の裏側を回って、南米コロンビアか南極点(真っすぐ行けばどちらも1万4800km)まで行ったことになる。

このような長距離飛行は、空気抵抗との戦いになる。人間が体を水平にしてマッハ4.1で運動するとき、体が受ける空気抵抗は5.9t。これと戦いつつ5時間にわたって飛ぶのに必要なエネルギーは、1兆4600億J=3億4900万kcal。コンビニのおにぎり(120g)にして162万個(195t)分である!

この莫大なエネルギーを難なく出せる天使の翼。さすが、神が与えた能力である。

現実的に空を飛ぶ4つの方法

こういう飛翔力を見せつけられると、思い起こすのは空想の世界で空を自由に飛び回っているヒトビトの姿だ。

空を飛ぶには重力に対抗する力が必要で、現実の世界では4つしか方法がない。速度の遅い順に、こうなる。

①空気の「浮力」(気球)
②翼に働く「揚力」(飛行機、ヘリコプター)
③ガスを噴射する「反作用」(ロケット)
④地球を周回する「遠心力」(人工衛星)

ちょっと分かりにくいのはヘリコプターで、ローターで下向きに風を送る反作用で飛んでいるように見える。そう考えることもできるが、ローターは日本語で「回転翼」という。つまり、飛行機が前進することで翼に風を受けるのに対し、ヘリコプターは翼を回転させることで揚力を発生させている。よってここでは、揚力のグループに分類した。

この4つに加えて、空想の世界には「⑤科学を超えた力」で飛ぶヒトたちもいる。

ウルトラマンは反重力ジェットで飛び(『ウルトラ怪獣大図解 大伴昌司の世界』小学館)、アンパンマンはマントで飛び、桃白白(タオパイパイ)は自分が投げた柱に乗って飛び、ラピュタは飛行石の力で天空に浮かぶ。『プラチナエンド』の神候補たちも、そのスピードから考えて、揚力ではなく天使の不思議な力で飛ぶのだろう。

では、空想世界でも現実的な方法で飛んでいるのは、どんなヒトビトだろうか。

浮力で飛んだのは『ウルトラマン』に出てきたメガトン怪獣スカイドンだ。

体重が20万t(ウルトラ怪獣の中でも特段に重い)もある怪獣を、科学特捜隊がなんとか宇宙に帰そうとさまざまな作戦を試み、最後に決行されたのが体内に水素を注入すること。名付けて、怪獣風船化作戦!

パンパンに膨らんだスカイドンは、空高く上っていった。一体どれほどの水素を注入すれば20万tを空に浮かべることができるのだろうか。

浮力の大きさは「体積×空気の密度」で求められ、これが「スカイドンの体重+水素の重さ」を上回れば、上昇できることになる。「水素の重さ=水素の体積×水素の密度」だから、次の不等式が成り立てばよい。

スカイドンの体重+水素の体積×水素の密度≦(スカイドンの体積+水素の体積)×空気の密度

作戦が行われたのは梅の咲く春先だった。そのときの気温が、東京の3月の平均気温(9.5℃)に近い10℃のとき、空気の密度は1.247[kg/m3]、水素の密度は0.087[kg/m3、スカイドンの体積は人形を水に沈めた実験結果から9900m3

以上を上の式に代入すると、スカイドンに注入したとみられる水素は、1億7240万m3以上。東京ドーム(124万m3)の139倍! 球形に膨らんだとすれば直径は690m。東京スカイツリー(634m)よりデカイ!

科学特捜隊のムラマツ隊長は「水素供給車をできるだけたくさん集めろ」と言っていたから、この水素は民間業者から購入したものとみられる。

1億7240万[m3]×0.087[kg/m3]=1500万[kg](1万5000t)で、現在水素の価格は1kg当たり1000円。当時も同じなら、科学特捜隊は150億円を投じたことになる! 平和のためと思えば、国民も納得するであろう。

揚力で飛ぶマジンガーZのスゴイ軽さ

揚力で飛ぶヒトビトはたくさんいるが、印象深いのはマジンガーZである。

元々飛行能力がなく、空飛ぶ機械獣(敵ロボット)との戦いで苦戦していたため、光子力研究所の弓弦之助教授がジェットスクランダーを開発。以後、最大速度マッハ3で自由に空が飛べるようになった。

マジンガーZの身長18m(当時のロボットの体格は「全高・重量」ではなく「身長・体重」で示されていた)と比較して計算すると、ジェットスクランダーの翼は、片方の長さが10.7m、幅の平均が2.7m。この翼で、体重20tを支えられるのか。

揚力の大きさは、翼面積×速度2に比例する。ある種のジェット戦闘機の翼はマッハ2.5で飛行するとき、1㎡当たり585kgの揚力を生むという。マジンガーZの速度はその1.2倍だから、1m2当たりの揚力は1.44倍の842kgだ。両翼合わせた面積は65m2なので、得られる揚力は5万4700kg=54.7t。おお、飛べる。楽勝で飛べる!

これは、マジンガーZが軽量なおかげでもある。マジンガーZの身長は人間のほぼ10倍。もし体の平均密度が現状のまま人間大になったら、体重は1000分の1の20kgになる。なんとマジンガーZは、身長180cm、体重20kgという人と同じ体格!

もし180cm・70kgの人と同じバランスだったら、体重は70tになり、とても飛べなかった。弓教授も、これに気付いたときは、ポンと手を打ったことだろう。

また「反作用」で飛ぶのは、鉄腕アトムをはじめとした、足の裏からの噴射で推力を生む多くのロボットたち。そして「遠心力」で飛んでいたのは宇宙空間で戦うガンダムたちで、そこからは現実の宇宙空間で起きていることも学べる。これはまた別の機会にお伝えしたい。

空を飛ぶ。言葉で言うのはたやすいが、実際にやるのはなかなか大変だ。現実的な方法にしても、科学を超えた方法にしても。だが、どちらも空を飛びたいという夢想から始まった。問題を一つずつ解決しながら実現してきたのが現実の飛行方法で、想像をさらにたくましく広げてきたのが空想の飛行方法だ。それらは車の両輪のようにわれわれが考え、夢見る世界を広げてくれるだろう。人間の想像力は、本当に素晴らしい!

※記事では数値を四捨五入して表示しています。このため、示している数値を示された通りの方法で計算しても、答えが一致しないことがあります

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