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525回/秒のバタ足で空を飛ぶ!? マッシュが見せた筋トレの成果/マッシュル-MASHLE-

『マッシュル-MASHLE-』で描かれたエネルギーについて考えてみた

マンガやアニメの世界を研究する空想未来研究所が、今回取り上げるテーマは「筋力」。昨年連載が完結した中、この冬に第2期アニメ放送が開始した人気マンガ『マッシュル-MASHLE-』。物語の主人公・マッシュが見せる筋肉アクションを、エネルギーの観点から考察しました。

魔法界で魔法が使えないマッチョな主人公

2023年に完結した『マッシュル』は、本当に楽しいマンガだった。

舞台は、誰もが当たり前のように魔法を使う「魔法界」。人々の顔には、使える魔法のレベルに応じて、1本から3本の線状のアザがある。ここでは、魔法を使えない者は「魔法不全者」と呼ばれ、生きる権利さえ認められず、発覚すれば社会から排除される。ところが、主人公・マッシュの顔にはアザがない。すなわち魔法が使えない!

育ての親のレグロ・バーンデッドは、マッシュが自分の身を守れるようにと、幼い頃からモーレツな筋トレを課し、森の中でひっそり育ててきた。しかし、マッシュはシュークリームが大好きで、ある日、町へ買いに行ってしまう。すると「アザのない者が歩いている」と通報され、魔法警察のブラッドが家に来た。ブラッドは魔法でマッシュを攻撃するが、マッシュは表情一つ変えず、ことごとく筋力で跳ねのける!

そこでブラッドは「取引」を提案した。「魔法学校に入って『神覚者(しんかくしゃ)』になれ。それに付随する金品を自分に渡すなら、魔法を使えないことは黙っていよう」と。「神覚者」とは1年に1人だけ選ばれる最も優れた学生の称号で、貴族の階級と大金が授与されるのだ。こうして、全然魔法の使えないマッシュは、レグロとの平穏な生活のために、魔法学校に入り、神覚者を目指すことになる。

あまりに無謀では……という気がするが、マッシュは全く動じない。入学試験では魔法の迷路を体でぶち破って一直線に進み、錠前を開ける呪文の授業では、腕力でぶっちぎり、魔法のホウキを使った球技では、バタ足で空中に浮かぶ!

こんな調子で、どんな状況も筋力だけで乗り切っていくのだが、マッシュは決して頑張るそぶりを見せない。鍛え抜いた彼には、どれもたやすいことなのだ。

胸を打つのは、徹底した身分社会の魔法界にあって、自分が当然と思っている「弱い者を守る」「友達を大切にする」という姿勢を貫くこと。森の中でのレグロとの生活が、マッシュを健全に育てたのかもしれない。戦いが激化し、物語の空気が変わった中盤以降も、その姿勢は変わらない。これが、またいい。

ただ、勉強は苦手なようで、学校では筆記試験で苦労していたし、強大な敵を相手に「僕の筋肉に不可能の2文字はないんですわ」と言って、仲間に「3文字!!」と突っ込まれたりする。それも、すごくいい!

そんなマッシュの筋力プレーを、エネルギーの観点から楽しく検証しよう。

マッシュの筋トレがすごい!

マッシュの筋トレは壮絶だ。最初に見せたのはベンチブレス。プレート(バーベルに付ける円盤)を重ね過ぎて、太い円筒のようになったバーベルを、無表情のまま「フンフンフンフンフン」と何度も上げ下げする。身長171cmの彼と比較すると、円筒は片側だけで直径93cm、幅が86cmもある。鉄製なら左右2つで9.2t!

ベンチプレスのノーギア種目(特殊なシャツを着用しない)の世界記録は354.7kgだというから、世界記録の26倍である。

しかもこれを、何度もやるのだから驚く。筋トレには最大筋力を増強するためのものと、持久力を養うためのものがある。前者は最大筋力の65~100%の負荷で少ない回数をやり、後者は20~40%で何度も反復する。

マッシュは相当な回数をこなしているから、9.2tが最大筋力の20~40%なのだろう。すると、最大筋力は23~46t! このヒト、その気になれば、大型観光バス(上限25t)や、N700系新幹線(1両44t)でベンチプレスができる……!

この筋トレで消費したエネルギーはどれほどだろうか。物体を持ち上げるのに必要な「位置エネルギー」は、次の式で求められる。

位置エネルギー[J]=質量[kg]×重力加速度[m/秒2]×高低差[m]

重力加速度とは重力の強さを表す式で、地球の場合は9.8[m/秒2]。筆者がベンチプレスのポーズを取ってみると、バーベルを動かす高低差は50cmほどだ。すると、1回持ち上げるのに必要なエネルギーは……

9200×9.8×0.5=4万5100J

となる。

普通のケースでは、ここまでの計算で充分なのだが、マッシュはものすごい勢いで往復させているから、運動エネルギーも無視することはできない。

運動エネルギー[J]=1/2×質量[kg]×速度[m/秒2

マッシュが1秒に1回のペースで上げ下げしているとしたら、往復1mを1秒で動かしていることになり、平均速度は秒速1mだが、このような往復運動では、最大速度は平均速度の2倍になる。エネルギーに関わるのは最大速度なので……

1/2×9200×22=1万8400J

合わせて6万3500Jだ。

ところが人間が運動するとき、外部に発揮したエネルギーの4.67=14/3倍のエネルギーが体内で消費される。すると消費されたエネルギーは296万J。日常生活で使うkcalに直す(1kcal=4184J)と708kcal。

食品成分/カロリー計算サイト「カロリーSlims」によれば、生姜焼き定食(724kcal)より少し少ないぐらい。たった1回の上げ下げで!

マッシュが100回上げ下げしたとすると、7万800kcal。この後、マッシュは「筋トレ後のシュークリームは格別である」と言って、その好物を堪能した。彼のシュークリームはやや大きめに見えるので、1個100gとすれば、前掲のサイトから185kcal。消費したエネルギーを補うには、383個食べないと!

マッシュ、525回/秒のバタ足で空を飛ぶ!

そして、冒頭でも紹介したバタ足飛行。これは、魔法のホウキに乗って空中でボールを奪い合う「ドゥエロ」の寮対抗戦で見せた。残り時間わずかで途中出場したマッシュは、ジャンプして空中高く跳び上がると、その後はずーっと足をバタバタさせて、空中にとどまり続けたのである!

周囲の人々も「なーんか 足めっちゃバタバタしてますけど!!」と驚いていたが、科学的に考えると、空中でバタ足をすることによって空気を下向きに送り、その反作用で自分の体重を支えたのだろう。水泳のバタ足で、水を後方に送り、その反作用で推進力を得るのと原理は同じだ。マッシュが空中でバタ足をすることによって、体重と同じ反作用を生み出せば、空中にとどまっていられるはずである。

バタ足による反作用の強さは、理論的には「流体(液体や気体)の密度×毎秒のバタ足回数2」に比例する。『スポーツバイオメカニクス入門』(金子公宥/杏林書院)に、恐らく大学生の水泳選手を被験体にした「クロールの脚の動きで発生する推進力は5kg」というデータがある。マッシュの体重は66.5kgで、その13.3倍だ。

また、クロールには、腕の1ストローク(両手を1回ずつかく)の間に、足を2回蹴る「2ビート」と、6回蹴る「6ビート」の2つの泳法がある。前者は長距離向き、後者は短距離向きだ。インカレ男子100m自由形決勝の動画を見ると、選手たちは6秒で5ストローク(キックは30回)している。ここから計算すると、1秒に5回のバタ足で、5kgの推進力が生まれると考えて、大きな間違いではないだろう。

そして、気温20℃のとき、空気の密度は水の830分の1。この軽い空気の中でバタ足をして、13.3倍の反作用を生むには、選手たちの√(830×13.3)=105倍のペースで足を動かさなければならない。すなわち、1秒に525回!

自分の体格と比較すると、身長171cmのマッシュの足の爪先までの長さは87cm。その爪先を、幅50cmで1秒間に525回振動させると、爪先の最高速度は秒速825m=時速2970km=マッハ2.4に達する!

この激しすぎる運動によって、体内で消費されるエネルギーは17万8000kcal。たった1秒で! マッシュが終了5分前から出場したとしても、5330万kcal、シュークリーム28万8000個分!

マッハ6.1!? 怪物を空の彼方へ飛ばすマッシュの払いのけ

平和な学校生活が続いていたとき、わが目を疑うシーンがあった。

「森サソリを倒す」という課題が与えられた野外授業の最中に、シルバという2年生が、チョッカイを出してきた。上級生であることをカサに着て、友達のドットにも手を出してくる。マッシュがついに反撃に出て、圧倒的な力の差を見せつけたとき、超巨大な森サソリがマッシュの背後に現れた。それはもう驚異の巨体で、目だけで直径がマッシュの身長の半分ほどもある!

シルバが卑怯にも「マッシュが森サソリとやり合っているドサクサに紛れて逃げよう」と思ったそのとき、マッシュは森サソリをバチィと片手で払いのけ、空の彼方へぶっ飛ばす! そして、「いま取り込み中だから…ごめん」と、たぶん森サソリに謝って、シルバとの続きをやろうとした。巨大な森サソリも、マッシュにとってはケンカの邪魔でしかないのだ。

マッシュとの比較から、森サソリの体長は40mほど。自然界のサソリの中で最大のダイオウサソリ(体長20cm、体重30g)を基に計算すると、体重はなんと240t。マンガのコマでは、これが豆粒のように小さく見えるほど遠くまでぶっ飛ばされていた!

遠近法と縮尺から計算すると、その時点で2080mほど彼方まで飛ばされていたと思われる。これが、マッシュが払いのけてから1秒後のシーンだとすれば、森サソリが飛んだスピードは、秒速2080m=時速7490km=マッハ6.1。

飛ばされた角度が仰角(地面からの角度)45度だったら、空気抵抗を無視すれば、森サソリは5分後、440km彼方に落下する。東京からの距離でいえば、兵庫県明石市か、岩手県釜石市くらいです。わはははは、もう笑うしかない~。

もちろんこれも、エネルギーを計算しよう。起こっていることがスゴすぎて、腹筋が痛くてたまらないけど。

注目は、体重240tの森サソリに、秒速2080mの速度を与えたこと。

「質量×速度」を「運動量」といい、人間のパンチでは、体重の6%の物体が拳と同じ速度でぶつかったのに等しい運動量を相手に与える。体重66.5kgのマッシュの場合、体重の6%とは3.99kgだ。「払いのける」でも同じことが成り立つとしたら、次の式が成立することになる。

3.99[kg]×マッシュの手の速度[m/秒]=240000[kg]×2080[m/秒]

ここからマッシュの手の速度を求めると、秒速1億2500万m! これは光速(秒速3億m)の42%だから、もはや上のような単純な式ではなく、特殊相対性理論を使う必要がある。

結果だけを示すと、秒速1億1550万m=時速4億1570万km=マッハ33万9600!

マッシュの体内で消費されたエネルギーは9兆3800億kcal。シュークリーム507億個分! そんなにたくさんのシュークリームがあるかなあ、魔法界に……いや、地球に。

平穏な生活を望むだけなのに、絶望的に苦手な分野で結果を残さざるを得なくなった若者。しかし、そこでも自分の生き方を曲げず、培ってきたもので戦い抜く。同じ立場に置かれたら、我々もそうするしかないだろうし、実際にそうしている人たちもいるだろう。それを貫いた果てに、特殊相対性理論でなければ解明できない高みに到達した。そうして作品が手にしたのは、読者の笑いという無上のもの。人間の想像力は、本当に素晴らしい!

※記事では数値を四捨五入して表示しています。このため、示している数値を示された通りの方法で計算しても、答えが一致しないことがあります

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