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船の運航を先進テクノロジーで安全に。高難度の離着岸、係船を自動化するシステム

川崎重工業株式会社 エネルギーソリューション&マリンカンパニー 舶用推進ディビジョン 舶用推進システム総括部担当部長 杉本 健/川崎汽船株式会社執行役員 先進技術グループ長 亀山真吾【前編】

自動車などと異なり、船舶の操縦は経験を積んだプロにしかできないというのがこれまでの常識だった。しかし、そんな常識を覆す技術が今、開発されつつある。それが川崎重工業株式会社、川崎汽船株式会社、川崎近海汽船株式会社の3社で研究・開発を進める「安全離着岸支援システム」だ。同システムがもたらす効果や船舶の未来について、川崎重工業の杉本 健氏と川崎汽船の亀山真吾氏に聞いた。

実現間近、操船自動化の未来

日本は四方を海に囲まれた国であり、貿易量全体の実に99.6%を船舶が担っている。海上輸送の重要度は非常に高く、船体の設計開発、海上での測位など周辺技術の向上に以前から力が注がれてきた。

また、世界における船の建造量のうち2割近くは日本の造船会社によるものであり、総トン数(船全体の容積)100トン以上の商船の約10%は日本籍の船だ。日本の造船技術はトップレベルであり、世界に及ぼす影響力は決して小さくない。

船体そのものの性能向上が進む中で、操船技術の自動化が今、注目されている。国土交通省は2018年に「自動運航船」の実用化を目指すロードマップを策定。先進的なバッテリー船による自動操船、陸上施設からの遠隔操船、自動離着桟といった技術の実証が進められることになった。今回、船舶を製造する川崎重工業、船を運航する川崎汽船、川崎近海汽船の3社が研究・開発を行う「安全離着岸支援システム」も、そうした海事業界全体の流れに沿ったものだ。

「操船技術については一部自動化しているものもあるものの、現状では人的エネルギーや船員個人の経験に頼る部分がかなり大きい」と杉本 健氏は言う。

川崎重工業で船用エンジンの電子制御システム開発、技術営業にも携わってきた杉本氏。現在は「安全離着岸支援システム」実証試験のプロジェクトマネージャーを務める

「当社製品の中にもKICS(キックス)という総括操縦装置がありまして、船体の位置と向きを設定した位置(船位)に自動で保持する自動定点保持機能や、設定航路上を自動的に航行するルートトラッキング機能までは実装できています。ただ、それはあくまで人間が決めた位置を維持したり、決められたルートを航行したりする機能でした。今回、私たちが開発する『安全離着岸支援システム』はKICSの技術を大きく発展させ、船員の操船作業を全面的に支援し、狭い港内での安全な航行を目指すものです」(杉本氏)

「安全離着岸支援システム」の概要は次の通りだ。

システムは大きく「港内操船」「離着岸操船」「係船作業」「係船管理」という4つの分野ごとに開発が進められる。

このうち「港内操船」は大小多数の船が行き交う港内での操船作業を高度な船体運動予測モデルと精密な船位測定、距離計測といった最新のセンシング技術で支援し、操船者に将来の進路・速力や停船位置といった高精度な船体運動予測情報を提供する技術。

また、「離着岸操船」は繊細な操船が求められる離着岸工程を前述のKICSに船体運動予測情報を加えたシステムでサポートし、変化する気象・海象などの外力に影響される船速や船体姿勢を最適に自動制御するものだ。

システムは、停止位置や進路を予測し、船速や船体の姿勢を自動保持する「操船支援」と、係船機の遠隔操作と操船を連携制御する「操船/係船統括支援」、係船時のロープ張力を監視する「係船管理支援」の大きく3つで構成される

資料提供:川崎重工業株式会社

離着岸作業は岸壁に対して船の向きを平行に整えて保持したまま、最適な距離まで寄せる繊細な作業。万一、勢い余った船が岸に接触してしまうと船体や岸壁を傷付け、大きな損害が生じてしまう。さらに風や波の影響もあるため、操船には船員の熟練した技術が求められてきた。

「海上を航行する船は風や波、潮の流れといったさまざまな外力にも影響されます。そうした外力をセンサーで検知し、船の姿勢や位置にどう影響するかを予測、将来の位置を補正する機能までは現段階のKICSでも実現できています」(杉本氏)

自身の海上勤務経験も踏まえ、今回のプロジェクトを川崎汽船の亀山真吾氏は次のように評する。

「今回のプロジェクトは岸壁、その他の構造物、他の船などさまざまな障害物がある港内で安全操船を支援し、岸壁へ係留して係船管理までを一気通貫に安全性向上を実現しようというものです。世界的に見ても珍しい今回の試みに、挑戦しがいを感じています」(亀山氏)

最新のセンシング技術を活用することで、船員のスキルに依存しなくても安全に離着岸できるシステムの構築を目指すという。

アナログな手法に頼ってきた係船作業も自動化へ

「係船作業」とは、岸まで寄せた船をボラード(波止場などで地面から出ているくい)などにつなぎ留めることで、今回のシステムではKICSによる船側の制御と係船機(ウインチ)を連携させ、船員と係船作業員の双方を支援する。また、「係船管理」とは、つなぎ留めた船が潮の変化などによって動いてしまったり、ロープが切れたりしないように管理する工程だ。

これら一連の港湾内離着岸工程は操船作業の中でも特に難しいとされ、船固有の操縦性能や係船設備の特性などを熟知した船員のみが担ってきた。しかし、現代では船舶の大型化による操船の高度化や船員の人材不足といった社会課題が生じている。

「大きな船になると係船に要するロープは20本近くにもなります。ロープにかかる張力を適切に管理していないと船が岸から離れてしまう、あるいはロープが切れて船が移動してしまう、といった事態が起こり得ます。そのためロープの張力管理は非常に大切な作業に位置付けられますが、これまでは作業員がロープに直接触れて張りを確認するという確実ながら原始的な方法に頼っていました。しかも係船管理担当者は、昼間だけでなく夜間や荒天時も常に見張っていなければなりません。今回のシステムが確立することで、そうした労働負荷が軽減されることに期待しています」(亀山氏)

川崎汽船の亀山氏は機関士・機関長として実際に船の運航に携わってきたキャリアを持つ人物で、自動運航船など先進技術にも詳しい

港湾内の操船、係船は危険を伴う作業でもある。亀山氏が提供してくれた海上保安庁のデータによると船全体の容積が500トン以上の船で発生した事故件数は9年間でおよそ1900件。そのうち約2割が岸壁周辺で起きたもの。つまり離着岸や係船の作業中だったという。その内訳は、約6割が操作ミスなどの人的要因、約2割が突風などの自然要因だった。

係船作業については張力のかかったロープが切れ、作業員に当たってけがをする事故もある。人が動かすものだけに誤操作は避けられない。また、自然が相手だけに突発的で不可避な状況も避けられないが、近年、先進安全技術の導入が進んでいる自動車の例を見ても明らかなように、テクノロジーで人間のミスをカバーし、突発的要因による事故のダメージを低減することはできる。

「現在起きてしまっているような岸壁周辺の事故をゼロにするぞ、という意気込みで取り組んでいます」と亀山氏は語る。

多くの船に導入できる汎用性の高いシステム

欧州などでは磁力や吸盤を利用して船を岸壁に係留する独創的な離着岸システムも研究開発されているが、今回の「安全離着岸支援システム」が目指すのは、これまで人が担ってきたのと同じ方法で操船し、離着岸するもの。船を丸ごと入れ替えたり、岸壁に大規模な改良を加えたりすることなく、導入するだけで安全性が高まる汎用性の高いシステムになる予定だ。

また前述の4分野全てを導入する必要がない場合、いずれか一部の機能だけでも導入できるよう計画しているという。

目標は2025年春までのシステム確立。造船、海運事業で長い歴史を持つ3社共同の取り組みだけに確かな現実味がある。

後編では「安全離着岸支援システム」の具体的な実現方法、さらには海上輸送の将来について、引き続き両名に話を聞いていく。



<2023年5月29日(月)配信の【後編】に続く>
最先端システムを開発・導入するその先、海運事業の未来とは

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