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安全離着岸支援システムが導く海運事業の未来とは

川崎重工業株式会社 エネルギーソリューション&マリンカンパニー 舶用推進ディビジョン 舶用推進システム総括部担当部長 杉本 健/川崎汽船株式会社執行役員 先進技術グループ長 亀山真吾【後編】

川崎重工業株式会社、川崎汽船株式会社、川崎近海汽船株式会社の3社で研究・開発が進められている「安全離着岸支援システム」。前編ではシステムの概要を俯瞰(ふかん)するとともに、それがもたらす安全性向上、人的負担の軽減といった効果について、川崎重工業の杉本 健氏と川崎汽船の亀山真吾氏に語ってもらった。後編では、システム確立に向けた具体的な手法や海運事業の未来について、引き続き両氏に話を聞く。

自動車と船の自動化における前提条件の違い

多くの船が行き交う港内を航行し、岸壁に接近。潮の流れや風など外力を考慮しながら速度を落とし、岸壁と平行になるよう船体の姿勢を整え、平行を保持したまま着岸し、係船。その後も係船するロープが切れないよう常時監視する──。

これまで熟達した船員が担ってきた一連の港内操船作業を最新センシング技術などによってデジタル化し、操船をサポートすることで人的負担を軽減、さらなる安全性向上につなげることが「安全離着岸支援システム」を開発する意義だ。

研究開発は「港内操船」「離着岸操船」「係船作業」「係船管理」という4つの分野ごとに進められるが、船員のスキルに依存してきた部分が多く、デジタル化は難しいようにも思える。実際、機関長として船の運航を長年経験してきた亀山氏によると、港に入ってからの操船作業はベテラン船員であっても緊張する時間だという。

一方、自動車の世界ではADAS(先進運転支援システム)が導入され、一定条件下での自動運転まで実現されているが、果たしてそれと同じような手法が船でも通用するのだろうか。
※【前編の記事】船の運航を先進テクノロジーで安全に。高難度の離着岸、係船を自動化するシステム

「人間が持っている技術を船の自動制御に落とし込むのは、自動車以上に難しい」と語る杉本氏

「自動車の場合は区切られた道路の上を走りますが、船が運航するのは何もない海の上。もちろん航路は決まっていますが、常に変化する風や波、潮の流れなどの影響を受け、さらに小型船などがいつ、どこから飛び出してくるか分からない状況です。また車はブレーキをかけるとある程度の距離できっちり止まってくれますが、ご存じのように船にブレーキはありません。そのため大きな船の場合にはプロペラを逆回転させることでブレーキ代わりにするのですが、それでも慣性で2~3kmは進んでしまいます。船のそうした特性が自動制御を難しくしているところですね」(亀山氏)

速度がのっているときなら舵(かじ)は利きやすいが、今回の「安全離着岸支援システム」が対象とするのは港湾内。速度が遅いため、舵が利きにくいのも難しいところだという。離着岸工程などでは船速や船の姿勢を緻密に制御する必要があるため、プロペラと舵に加え、船を横方向に動かすサイドスラスターという装置を備えていることも本システムの前提となる。

今回の実証試験では川崎近海汽船株式会社が保有する「豊王丸」が使われる予定。総トン数は1万3950トン。トラック貨物等の輸送などに使われてきた貨物船だ

画像提供:川崎近海汽船株式会社

自動化実現に向けて越えなければならないハードル

前編で紹介した川崎重工のKICS(キックス)は、外力の影響や推進力、各モーメント(物体を回転させる力)などをセンシングしながら将来の位置や船の姿勢を予測し、舵とプロペラ、サイドスラスターなどの推進機構を総合制御するもの。洋上で自動的に位置(船位)を保持し、定められたルートをトレースする機能が既に実装されている。それを複雑かつ緻密な制御が必要となる港内での操船、離着岸作業などに応用するのが本システムのハイライトだ。ベースとなるシステムはできているものの、より高度な将来予測、推進力制御が必要となってくる。

係船作業についてはカメラや各種センサーからの情報を基にKICSと係船機(ウインチ)を連携制御。操船と係船作業の双方をバックアップする。その後の係船管理についてもロープにかかる張力を係船機側でセンシングし、船内の任意の場所から容易に監視可能なものとなる。これらが実現すれば人的負担は大きく減ることだろう。

ジョイスティックで操作すると、自動で任意の位置やルートを保持してくれる機能を持つ川崎重工業のKICS。「安全離着岸支援システム」はこの技術を応用、さらに発展させる

画像提供:川崎重工業株式会社

「実際に船を動かす海運会社では、こうした一連の操船を長年、人の手で実現してきました。高度なスキルと大きな人的エネルギーを要し、神経を使う作業の連続です。状況ごとに人間が何を見て、どのような判断を下しながら操船しているのかのノウハウを、川崎汽船や川崎近海汽船に協力してもらいながら安全離着岸支援システムの開発に活用することに取り組んでいますが、熟練の船員が行う作業をそのまま機械に置き換えることは極めて難しいものです。あらゆる情報は人の頭の中に入っていて、彼らはそれを特に意識することなく、長年の経験の中でごく自然に体が動くよう訓練されているからです」と杉本氏は語る。

複数の動力を操りながら岸壁と平行な角度にゆっくりと向きを変える、大型船の接岸工程。これらは船自体の慣性、風や波の影響も考慮しなければならない。高度な操船スキルのデジタル化は、人間が持つ能力の高さを改めて思い知らされる作業でもある。

人がテクノロジーを駆使して安全と省人化を目指す

「安全離着岸支援システム」は2025年春のシステム確立を目指して研究・開発が進められているが、もう少し先の未来についても2人に話を聞いてみたい。

「海運の将来というと操船・係船作業の完全自律自動化、無人化が話題に上ることが少なくありませんが、現在の技術では相当難しいと思います。というのも、海上にはAISと呼ばれる船舶自動識別装置を搭載しない手こぎボートのような船も往来しており、船員はそれらを見逃さないように細心の注意を払いながら操船しているわけです。前述のように着岸作業、係船作業などは操船の中でも特に繊細な操作が必要です。そうした一連の作業を一気通貫的に行う技術は、今のところ確立されていません。

また仮に操船を自動化できたとしても、ディーゼルエンジンなどの動力機関を監視する人間は必要です。そのようなもろもろの状況を考えると、まずは人間が乗船している条件下で安全管理をサポートする先進技術を導入し、人間の負担を減らし事故を極力ゼロにするのが当面の目標になります。ただ、今回開発するシステムは将来の完全自律自動操船にもつながる技術であることは間違いありません」(亀山氏)

「たとえAISなどが全ての船舶に搭載されたとしても、海洋生物や漂流物などの障害物はある。ゆえに船の自動航行はハードルが高い」と語る亀山氏

将来的にAISなどが小型船も含めた全ての船に搭載され、かつ自動船専用レーンのようなものができたなら、無人航行も不可能ではないかもしれない。また元機関長である亀山氏が言うように、外洋に出る長距離運航では必ず機関を監視する人員が必要となるが、将来、船の動力が電気モーターに置き換わるようなことがあれば、そうした状況も変わることだろう。ただ、必ずしも無人航行がベストな選択とは限らない。人と機械が協力して安全な運航を管理するシステムを作れるなら、それが理想だ。

杉本氏に海運の将来について尋ねると「今から50年100年たっても、他の輸送手段と比較して、大量の物を安く運べるという船のオーセンティックな価値は恐らく変わらないでしょう。輸送に時間がかかるとしても、それを逆手に取って有効に活用する方法はあります。さらに今回開発する『安全離着岸支援システム』のようなものが確立され、港内の作業時間が短縮されたなら、たとえ外洋をゆっくり走ってもトータルの輸送時間は変わらない、つまり省燃費性を重視した航行が可能になるかもしれません。現段階では人的エネルギーに頼る部分が大きい分野だけに、さまざまな発展性が残されています」と語ってくれた。

今回の「安全離着岸支援システム」はあくまで船の安全な運航、人的負担の軽減や省スキル化を目的とするものだが、杉本氏が言うように、省エネルギーにも貢献する技術となる可能性がある。

未来に向けて今まさに出港した海上輸送。

世界を革新する技術の確立に期待したい。

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