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2020.2.22
二酸化炭素を値付けすれば社会が変わる!地球のために経済学ができること
早稲田大学 政治経済学術院 有村俊秀教授【後編】
二酸化炭素に価格を付けるカーボンプライシングの概念を、「早稲田大学パワー・エネルギー・プロフェッショナル(PEP)育成プログラム」(以下、PEP)で教える早稲田大学の有村俊秀教授。その重要な柱となる「排出量取引」には、どのようなメリットと課題があるのだろうか。前編に引き続き、日本の現状とその先について、話を聞いた。
※PEPについて詳しくはこちら
東京&埼玉で導入済!国内の二酸化炭素の排出量取引事情
二酸化炭素に価格を付けて市場の中に入れることで、排出量を抑制していくというのが「カーボンプライシング」の考え方。その柱となる二酸化炭素の排出量取引は既に世界各国で導入が進められているが、日本ではどうなっているのか。
※【前編】の記事はこちら
前編で記した通り、1990年代に米国に端を発したクレジット(削減量に相当する権利)を売買できるという仕組みは、今では世界各国が導入を開始、あるいは検討している。
世界最大の二酸化炭素取引は、欧州連合域内排出量取引制度(European Union Emission Trading Scheme、以下EU ETS)での市場で行われており、アジアの中では韓国が導入しているほか、環境配慮という点では消極的と思われがちな中国も、意外にも既に国内7つの省や市で二酸化炭素の排出量取引を始めているという。
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「カーボンプライシングの国際的な会合があるのですが、そこで中国の代表が口にしたことが面白いんです。『日本も韓国もマーケットメカニズムの良さが分かっていない。もっと活用すべきだ』と。中国は本当に現実的な国ですよね」と、有村先生は語る
二酸化炭素の排出量取引におけるクレジットは、それぞれの市場同士で合意すれば国境を越えて売買が可能になる。EU ETSが今のところ世界最大の市場だが、有村教授は「中国は日本、韓国と市場をリンクさせることを狙っていると思われます。じきに、中国が世界最大の二酸化炭素の取引市場になるかもしれません」と見ている。
大国が先を行く市場に、果たして日本は乗り切ることができるのだろうか。あまり広く知られてはいないが、実は、東京都と埼玉県では二酸化炭素の排出量取引が行われている。
二酸化炭素の取引、実際のところは?
東京都では2010年から、埼玉県では2011年から、各都県内の事業所やオフィスビルなどを対象に二酸化炭素の排出量削減目標が定められている(※東京都は義務)。東京都と埼玉県ではクレジットの市場もリンクしており、都県間での売買もできる仕組みになっている。
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東京都が定めた2020年度以降の二酸化炭素排出の削減目標
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埼玉県が定めた、第1期(2011~2014年度)と第2期(2015~2019年度)の二酸化炭素排出の削減目標。第3期(2020~2025年度)の削減目標は、第1区分①が22%、第1区分②と第2区分が20%に定められた
有村教授によると、この制度は現状うまくいっていると評価できるようだが、これまでは各事業所などによる努力で達成できる程度の削減目標が設定されていたため、あまりクレジットの売買は行われてこなかったそうだ。
削減目標が段階的に引き上げられてきている今、「そろそろ自分の努力だけではクリアできない事業所も増え始める頃です。ようやくクレジットの売買も盛んになっていくのではないでしょうか」と、有村教授は言う。
東京都と埼玉県の事例を見ると、日本社会とカーボンプライシングの相性は悪くないようだ。そうなると、今後の課題は、どう制度を広めていくか、になる。とはいえ、日本にはさまざまな業種があり、各種経済団体もある。業種によって二酸化炭素の排出量も大きく違い、削減の難易度もそれぞれだ。
例えば、電力業界は、現状発電するために二酸化炭素を排出しないわけにはいかない。しかし、二酸化炭素の排出を抑制する分、電気代を値上げしなくてはならないような制度設計にしてしまうと、その電気を使って作る工業製品や食品といったあらゆるモノの価格にも影響が及び、結果として海外との競争に勝てなくなってしまう可能性がある。“国力”という観点で見れば、それは避けなければならない。
また、日本の主要産業の一つでもある鉄鋼業界も、多くの二酸化炭素を排出する。電力業界の場合は、再生可能エネルギーで技術革新があれば、劇的な削減も想像できるが、現状の鉄鋼業には、その萌芽もない。日本で排出される二酸化炭素の約1割が鉄鋼業由来とされており、そのような国は世界で他にはない。日本の特殊な事情でもあるのだ。
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全体の1割、産業部門だけに限れば4割を占める、鉄鋼業の温室効果ガス排出量(2016年時点)
出典)経済産業省 資源エネルギー庁『水素を使った革新的技術で鉄鋼業の低炭素化に挑戦』より引用 ※データ出所:国立研究開発法人国立環境研究所
このように、日本ならではの事情も複雑に絡み合うことが、二酸化炭素の排出量取引が広がっていく上でのネックになっている。そのため残念ながら、まだ国や他の地方自治体がこの制度を導入しようという動きはない。
有村教授は、「一からこの制度を設計するのは本当に難しい」という。
国内で初めて導入した東京都は、相当な人員を割いて制度設計したのだとか。比べて埼玉県は、東京都の制度を参考にしているため、比較的少ない人員でこの制度を設計、導入し、継続している。
「もし、地方自治体の首長が二酸化炭素の排出量削減に熱心なら、東京都と埼玉県のまねをすればいいと思います」と、有村教授は力を込める。
かつて公害問題では、地方自治体が先んじて対策を講じ、国がそれを追いかけるという構図があった。
「二酸化炭素でも根本的には同じことができるはず。そうして市場が広がっていけば、さらなる二酸化炭素排出の抑制につながり、同時にクレジットの売買で経済も活性化されるようになると考えます」
PEPからクリエイティブな人材が生まれてほしい
環境と経済。一見、反するような2つを関連させることで、社会問題を解決へと導く環境経済学。有村教授はなぜこの学問に着目したのか。
環境経済学という学問は、有村教授が大学生だった1980年代後半にも既に存在していた。しかし、有村教授は経済学を求めて入学したわけではなかった。それどころか、大学入学時には理系学部の学生だった。
「どうしても実験が苦手で、それで途中で文系に転籍したんです」と、少し恥ずかしそうに振り返る。
転籍後も、すぐに環境経済学に進んだわけではなく、科学史を専攻した。
「当時興味があった公害問題の原因を振り返っていくと、科学者が悪いことをしていたという場合もあって。それで、科学の歴史を学ぼうと思ったんです」
大学卒業前には、ジャーナリストとして公害問題を追及することを志し、新聞社の入社試験を受け、実際に内定ももらっていたという。
「でも考えに考えて、内定を断って環境経済学の研究の道に進むことにしたんですよ」
違う方向に進んでいれば、有村教授はジャーナリストとして地球温暖化問題を追及しているという現在もあったのかもしれない。
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「高校時代の友人からは、よく今の場所に収まったね、なんて言われます」と有村教授は笑う
そのような紆余曲折があったからこそ見える、今の日本の問題点があるという。
「これまでの日本では、ものづくりが神聖視されていた部分がありました。特に研究者たちと話をすると、“ものじゃないモノに価格を付ける”という点に違和感を覚える人が多いように感じます」
しかし、「ものづくり」の考え方だけでは、地球温暖化のような問題は解決しない。かつての公害問題がそうであったように、これまで二酸化炭素の排出量を削減するためには企業や家庭のモラルに頼るしか方法がなかった。
そのモラル頼みの結果が、現在でもある。二酸化炭素に価格という分かりやすい評価を付ければ、これまで意識にのぼらなかった人を含めた全員が、排出量の削減にようやく真剣に取り組めるようになるのだろう。
「電力・エネルギーの世界は、自分の研究に没頭するだけでは解決できない現実的な課題を抱えています。これは、学生のうちから知っておく必要があるんです。学生には、市場で価格が付いていないものに値付けすることが、実は社会全体にとっていいことなんだと理解してもらいたいと思っています」
有村教授は普段、早稲田大学で文系分野の学生を中心に指導している。理系分野を研究するPEPに参画しても、電力・エネルギー系を専門とする教授陣と比べると自身の研究に直接役立つ部分は、そう多くない。
「それでも、いいんです。カーボンプライシングの考え方を進めていけば、日本が世界に先駆けられる新しい産業を生み出すことができるかもしれない。PEPから、そういうクリエイティブな人材が生まれてほしいんです」
カーボンプライシングによって、二酸化炭素の排出を抑制しながら経済発展させ、劇的なイノベーションの誕生を促す。そして、そのイノベーションはPEPから巣立つ次世代研究者に起こしてほしい。そんな理想的なサイクルの実現を、有村教授は思い描いている。
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text:仁井慎治(エイトワークス) photo:野口岳彦
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