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SAFの可能性

脱炭素時代のジェット燃料SAF、日本におけるグランドデザインとは

技術開発競争の中、資源の乏しい日本の活路は“ベストミックス”

各国で気候変動問題への取り組みが加速し、二酸化炭素(以下、CO2)削減へのシビアな規制が始まっている。その中でも特に実効性を求められているのが航空業界。国際航空におけるCO2排出量が、世界全体の約2%ともいわれているからだ。そのソリューションの一つとして期待されているのが、「SAF(Sustainable Aviation Fuel,サフ)」と呼ばれるバイオ燃料。SAFの開発が進んでいる欧米に比べて、後れを取っているといわれる⽇本では、どのようなグランドデザインを描いているのだろうか。国内におけるSAFの生産技術開発~導入をリードする、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、NEDO)新エネルギー部の矢野貴久主任研究員に話を聞いた。

国際航空業界の脱炭素の動きに呼応して高まる需要

SAFは、日本語で「持続可能な航空燃料」を意味する。バイオマス、廃食油、都市ごみなどを原料とし、従来の化石燃料よりCO2排出量の大幅削減を期待されている次世代エネルギーの一つだ。

SAFの需要が高まっている背景には、国際航空業界における脱炭素化への取り組みの影響が大きい。

国連の専門機関・国際民間航空機関(ICAO)は、 国際民間航空のためのカーボン・オフセットおよび削減スキーム「CORSIA」を採択。関連企業に対し2021年からのCO2排出に対する自主規制を求め、2027年から削減目標を義務化する旨を発表している。

世界の航空会社で構成される業界団体・国際航空運送協会(IATA)も、2050年までにCO2を含む温室効果ガスの排出をネットゼロにする目標を掲げている。国内ではANA(全日本空輸株式会社)とJAL(日本航空株式会社)の動きが象徴的だ。両社は2030年までに使用燃料のうち、最低10%をSAFに移行する目標を設定している。

国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 新エネルギー部の矢野貴久主任研究員

「各団体が掲げる削減目標を実現する手段としては、大きく3つの方法が挙げられます。(1)運航方法、航空管制などオペレーションの改善・効率化、(2)省エネルギーな機体の開発・運用による使用燃料の削減、(3)SAFの普及による燃料そのものの排出量削減、です。ただ(1)(2)によって削減できるCO2排出量には限界があるため、(3)がカギを握るという認識が広く形成されようとしています」(矢野氏)

SAFの普及に航空業界が期待を寄せるもう一つの理由は、その特性にある。

「既存の空港設備やインフラを全く変えず、従来燃料とも混合可能な『ドロップイン燃料』であるという特長も、SAFの将来性が見込まれる理由です」(矢野氏)

商業化しているのは廃食油由来のSAFのみ

SAFは具体的にどのように作られるのか。SAFの原料には、木くず、草、微細藻類、都市ごみ、廃食油などがあり、その製造・変換プロセスも多岐にわたる。

「例えば、木くずや草などのセルロース系バイオマスについては、糖化・発酵させアルコールにし、そこからエチレン(石油化学製品や液体燃料を作る合成ガスなどの基礎原料となる炭化水素)へ転換・重合してSAFを製造するATJ(Alcohol To Jet)というプロセスが用いられます。また、都市ごみは、ガス化とFT合成(※)を経て合成燃料として転換させる方法もあります。微生物である微細藻類からは炭化水素や油脂、バイオ原油などを抽出して転換できますし、廃食油については水素化処理を行うことでSAFに転換することができます」(矢野氏)

※FT合成:正式にはフィッシャー・トロプシュ法という名称。合成ガス(一酸化炭素と水素の混合ガス)から、石油代替燃料や化学品を合成する触媒反応を指す。

原料によっては複数の変換プロセスがあり、効率よい製造プロセスを確立するために複数の技術開発を並行して行っている

引用:NEDO「さまざまな原料からのSAF製造プロセス」を基にEMIRAが作成

現在、世界で商業化が可能かつ流通しているSAFは、廃食油由来の「水素化処理エステル・脂肪酸」(HEFA)系のみだ。フィンランドのエネルギー会社のNESTE(ネステ)が生産・展開し、日本では伊藤忠商事が同社と契約してアジア地域で販売していく計画を立てているという。

ただ将来的に、HEFAだけで、世界の航空業界全体の需要を賄うことは難しい。航空業界のサステナビリティを推進するグローバル連合「Air Transport Action Group」(ATAG)によれば、2050年に世界で需要が見込まれるSAFの供給量は最大5.5億kLとされている。将来的な世界のジェット燃料の90%に相当する量だ。

また、国土交通省の検討会では、日本国内では2030年に最大560万kL、ANA・JALの共同レポートでは、2050年には最大2300万kLの需要が見込まれると試算されている。一方、2020年時点で世界のSAFの供給量はわずか約6.3万kL。これは世界のジェット燃料供給量の0.03%にすぎない。

そこでHEFAに加え、大気中のCO2と水素などを使って燃料を合成する技術「PtL」や、前述のATJなど多彩な製造方法によるSAFの量産化が、各国および航空業界全体の共通目標となっている。

日本における最大の課題は原料調達

SAFの普及には量産以外にも、多くの課題が横たわっている。量産と併せてイメージしやすいのは、コストの問題だ。

あくまで現段階の数値ではあるものの、前述したHEFAという廃食油由来のSAFの製造コストは200~1600円/Lとされている。既存の石油由来のジェット燃料が約100円/Lなので、少なく見積もっても2倍以上もコストがかかる計算となる。

SAF給油の様子

提供:NEDO

しかも、HEFAはSAFの中でも製造コストが安い部類に属しており、他の原料や製造方法を使う場合、1万円/Lほどのコストがかかるケースもあるという。

SAFにはコストの他にも、原料調達・製造・輸送・給油までのサプライチェーン、検査体制、法整備などさまざまなハードルが待ち構えている。

原料調達から機体への給油まで多くの工程で法整備などを含めた課題が山積している

引用:一般財団法人運輸総合研究所の「我が国における SAF の普及促進に向けた課題・解決策/SAFに係る課題の全体像」を基にEMIRAが作成

「数々の課題の中でも、特にネックとなるのが原料調達です。SAFへの転換技術や、触媒の改良、微生物の活用など開発要素はたくさんありますが、原料さえうまく調達できれば何かしらの形でSAFを製造することは可能です。調達できる原料の性質や量、状態によって製造プロセスの規模が決まります。当然、大規模工場で効率良く製造すれば、コストは抑えられます。つまり、SAFを普及させるには、大量かつ安価、安定した原料調達が何より必要となるのです」(矢野氏)

原料調達を考慮した際、現実的な活路として廃食油に注目が集まったものの、実際にはその量にも限りがある。現在、国内に38万トンの廃食油があるとされているが、大部分が動物用飼料や工業用原料など従来から使用用途が決まっており、SAFとして転用可能な量は数万トンほど。代替となる輸入エタノールも比較的多く調達できるが、潜在的需要を全て賄うにはやはり限界がある。

そこで日本政府やNEDOは、一つの資源に頼らず、全ての可能性を同時に追求し組み合わせる、“ベストミックス”の方針に解決策を見いだそうとしている。

「資源が乏しい日本においては、全ての利用可能なエネルギーを組み合わせていくことが最善の道です。SAFは量や製造方法によって実用化を見込める時期が異なります。そのため、複数の製造方法を並行して開発・商業化を目指すべきだと考えています。バイオマスだけでなく、大気中のCO2や排気ガスなどさまざまなものがSAFの原料となり得ます。あらゆる資源を組み合わせて持続可能な航空燃料を作っていくことこそ、日本にとっては非常に有益になるはずです」

SAF実用化のカギはサプライチェーンの構築

※写真はイメージ

NEDOでは、国内石油大手企業が進める最先端のATJプロセス技術を用いた実証設備の開発や、CO2と再エネ由来水素を原料とする合成燃料の製造技術開発など、さまざまなプロジェクトを支援している。川上から川下までまさしく“SAF全方位”といった支援体制だ。

「SAFはサプライチェーンの構築も始まったばかりですし、開発途上にある技術要素もたくさんあります。CO2削減効果の検証や関連規制の綿密な検討も必要になるでしょう。将来的に世界各国が課すSAF関連の規制やルールに適合できなければ、日本の飛行機が海外の空港に着陸できなくなるというリスクがある一方、ビジネス的には有望で潜在力の高い成長産業です。官民一体、業界横断的な取り組みを着実に進めていくことが、大きな商機をつかむ上で欠かせません」(矢野氏)

最近では2022年3月に、日揮ホールディングス、レボインターナショナル、ANA、JALの4社が幹事企業となり、国内企業が業界横断でSAFの商業化と普及に取り組む有志団体「ACT FOR SKY」が設立されている。SAFは夢の次世代燃料であるが、一方で航空業界のみならず日本の主要産業の生き残りを懸けた必須テーマという一面も併せ持つ。2030年のSAF使用率10%という目標に向け、各プレーヤーの取り組みにも注目していきたい。

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