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世界のエネルギー事情2023

ロシアの軍事侵攻が世界のエネルギー事情に及ぼす影響とは

エネルギー輸出大国・ロシアによるウクライナ侵攻。世界のエネルギー市場に起こる変化を予測する

2022年2月に始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻。ロシアへの経済制裁に対する反発から起こったエネルギー輸出削減の動きが、これまでロシア産のエネルギーに依存してきた各国に大きな打撃を与えている。今回は、ロシアの軍事侵攻が世界経済やエネルギー情勢にどのような変化をもたらしているのか、また、2023年以降に起こり得ると予測される問題点について、一般財団法人日本エネルギー経済研究所 専務理事・首席研究員の小山 堅氏に聞いた。

ロシアへの制裁によって生じた市場の揺らぎ

世界でも有数のエネルギー輸出大国であるロシア──。

2021年時点では石油輸出が全体の12%、ガス・LNG(液化天然ガス)の輸出は24%と世界シェア1位。さらに石炭輸出でも全体の18%で同3位と、まさに世界最大の輸出国となっていた。

特にヨーロッパにおける石油・ガス輸入相手国として、ロシアは大きな比重を占めてきた

資料提供:小山 堅

こうした中、ロシアが引き起こしたウクライナ侵攻は世界のエネルギー事情に大きな影響を与えている。一般財団法人日本エネルギー経済研究所 専務理事・首席研究員の小山 堅氏は現状を次のように解説する。

「2021年に入ると、それまで新型コロナウイルス感染症拡大の影響下にあった各国が経済活動を再開し始めたことによってエネルギー消費が増え、エネルギー価格は全体的に上昇していました。そこへ重なるようにして起こったウクライナへの侵攻と、ロシアへの経済制裁=輸入制限によって国際エネルギー市場の需給がひっ迫し、エネルギー価格が高騰したのが実情です」

日本エネルギー経済研究所 専務理事・首席研究員であり、世界のエネルギー事情に精通する小山氏

ロシアのウクライナ侵攻を受けて、日本をはじめ世界各国はロシア産エネルギー資源に輸入制限を課した。しかし、供給が不安定になったことで、エネルギー価格は軒並み上昇。結果としてロシアではなく、自分たちを苦しめる形になっている。

ヨーロッパやアジアでの天然ガス・LNG取引スポット価格は2021年に入ってから上昇を始め、2022年ではさらに高騰しているのが分かる

資料提供:小山 堅

「エネルギー価格の高騰には、こうした政治的な動きだけでなくロシアと欧州各国を取り巻く地政学的なリスクも影響しています。ウクライナ周辺では実際に武力衝突が起きており、その中でヨーロッパ向けのエネルギー輸出インフラに損傷が発生する事象も起きました。さらにロシアが自ら他国へのエネルギー輸出を削減・停止する動きも出ています。こうしたリスクや不安が、世界のエネルギー市場を大きく揺さぶっています」

EU諸国やアメリカ、日本はどう対応しているのか

エネルギーは、われわれの生活にとって欠かせないものだ。たとえ値段が上がっても「買うのをやめる」とはいかず、エネルギー価格が上がれば生活者が支払うコストは増える。また企業にとっても生産コストがかさみ、経営を圧迫する要因になる。

「中でもエネルギー価格上昇による影響を受けやすいのが低所得層です。エネルギー価格が上昇したとき、富裕層は家計にまだ余裕がありますが、所得が低い人ほど支出に占めるエネルギー料金の割合が高くなり、生活を圧迫します。この『逆進性』は国単位でも見られ、先進国と比べて新興国や開発途上国の方が経済的に苦しい状況にあるといえます」

各国は、こうした一連のエネルギー価格の高騰にどのような対応をしているのだろうか。

「ロシアに大きく依存してきたヨーロッパが、やはり最も大きな影響を受けています。現在はロシア依存によるエネルギー供給から脱するために、再生可能エネルギーの普及や省エネルギーへの取り組み、さらに原子力発電も駆使してロシア産エネルギーの割合を下げています。また、当面はアメリカからLNGを購入する、サウジアラビアや中東諸国から石油を購入するといった対応で急場をしのいでいます」

ヨーロッパ諸国のエネルギー輸入はロシアに大きく依存してきた。脱ロシア依存を進めるには、ロシアに代わる輸入相手国を見つけるか別のエネルギー生産へのシフトが必須と言える

資料提供:小山 堅

日本も含めた燃料資源に乏しいエネルギー消費国は、いずれも今回の価格高騰で大きなダメージを受けている。一般にエネルギー消費が大きくなる冬場を乗り切るのが喫緊の課題だが、備蓄に取り組んで春を迎えられても、次の冬をどう乗り越えるか見通すことは難しい。

「一方で、エネルギーを自国で供給することができている国もこの問題と無縁ではありません。アメリカはシェール革命によって大量の天然ガス生産に成功し、国内で消費されるエネルギーの自給自足をほぼ実現しています。ある意味、生産国として強いポジションを確立していると言うこともできますが、原油などの価格は国際市場の動きによって決まるため、自国だけが独立した動きを取ることができません。原油価格はあらゆる企業の経済活動に関わるので、価格が上がるのは避けたい。そんな思惑もあり、産油国トップのサウジアラビアへ増産を要請するなど、価格の安定を目指す動きを取っています」

各国の対応として重要なのは、こうしたエネルギー供給の不安定化がまた起こるかもしれない、という危機感を共有し、有事に備えた協力体制を構築することだと小山氏は続ける。

市場の安定化に向けては、各国の協調が欠かせないと語る小山氏

「ロシアへの依存から脱却することだけでなく、再生可能エネルギーや原子力を含め、国内で生産できるエネルギーの拡充が急務です。日本でも原子力発電所の再稼働や運転延長、次世代の原子炉といわれる“革新炉”など、自国内でのエネルギー生産に国を挙げて取り組んでいます」

化石燃料を主としたロシアからのエネルギー供給が不安定になり、各国が別の方法によるエネルギー生産や別ルートからのエネルギー調達に目を向ける中、これまで取り組んできたカーボンニュートラルへの推進にも影響があるという。

「短期的には、カーボンニュートラルに対して逆行するような動きが見られる可能性は大いにあります。ヨーロッパでも石炭火力発電所を稼働させないと冬場のエネルギー不足を乗り切れないと言われていますし、新興国では低コストな石炭火力を主力としている所も多い。また、エネルギーの消費と生産で大きなウエートを占める中国の動きも気になるところです。2022年はゼロコロナ政策(同年12月上旬に緩和)によって経済活動が比較的緩やかだったこともあり、化石燃料の輸入は鈍化・低迷していました。しかし、2023年以降、また活発に経済活動を行うようになれば、化石燃料輸入が再び増加に向かい、世界のエネルギー需給問題はさらに深刻化するかもしれません」

エネルギーを巡る関係悪化が最大の懸念点に

最後に、今後のエネルギー市場ではどのような動きが見られるかを予測してもらった。小山氏はまず、エネルギー確保を巡る国家間の関係悪化を懸念材料として挙げた。

「まず思い起こされるのが1970年代に起こった第一次石油危機(オイルショック)のような状況です。現在は各国が国民生活を守るためにエネルギーの確保に心を砕いています。その極限状態の中で『自国さえ良ければ』という考えになってしまい、エネルギー消費国間の信頼関係にヒビが入ってしまうのが最も心配なシナリオです。オイルショックの頃よりも消費国は増えていますし、中国のような巨大な新興国も交えた争奪戦になると、さらに事態は悪い方向へ転がるかもしれません」

ロシアへの制裁はさらに強硬さを増す可能性も高い。

2022年12月にはEUとG7、オーストラリアがロシア産原油の輸入価格を1バレル当たり60ドルに制限することに合意した。ロシアからの報復措置として輸出の完全停止も考えられる状況で、市場ではまだまだ厳しい状況が続きそうだ。

「ロシア依存からの脱却を図る過程においても、世界のどこかで供給がストップしてしまうようなトラブルが起こるのも心配です。災害によって供給インフラがダメージを受けることや、先に述べた通り中国のような大消費国の動きによっても、市場価格は揺さぶりを受けることになるでしょう。また、原油産出量トップのサウジアラビアの動きも気になります。必要に応じた産出量調整で市場の安定に寄与してきたサウジアラビアですが、アメリカのバイデン政権との関係があまりうまくいっていないように見えます。中東は紛争やリスク事象の起きやすい地域でもあり、地政学リスクによるエネルギーへの影響もないとは言えません」

ウクライナへの軍事侵攻に端を発した、今回のエネルギー価格の上昇。

停戦の目途がいまだ見えない中、ロシア周辺国のみならず、ロシアが生産するエネルギーに頼っている国や、エネルギー市場に参画する全ての国が無縁とは言えない状況が続きそうだ。

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