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いま、知りたい“ALPS処理水”の話

福島第一原子力発電所のALPS処理水に含まれるトリチウムとは

長年にわたり人体への影響を調査する研究者が語るトリチウムのいろは

福島第一原子力発電所のALPS処理水の安全性について、科学的な根拠に基づく説明が求められる中、多核種除去設備(ALPS)では取り除くことが非常に難しいとされる放射性物質・トリチウムに注目が集まっている。今回は核融合を研究テーマとし、長年トリチウムの研究に取り組む茨城大学大学院理工学研究科の鳥養祐二教授に話を聞いた。

トリチウムは飲料水にも含まれている

トリチウムは水素(H)の仲間で自然界にも存在する。

水素には同位体である軽水素(1H)、デューテリウム(重水素:2H)、トリチウム(三重水素:3H)の3種類が存在し、化学的性質はほぼ同じだが、トリチウムのみ放射線(ベータ線)を放出する。このトリチウムの特徴について、鳥養教授は次のように解説する。

「自然界の元素には陽子2個と中性子1個、陽子1個と中性子2個というように、質量数(核子の数)が同じ元素が複数存在します。陽子と中性子の質量の違いから質量数が同じでも重い原子は軽くなろうとして壊れていく特性があります。トリチウムもこの特性により壊れて少しだけ軽いヘリウム(3He)に変わり、この際に放射線を出します。原子が壊れて半分になるまでの時間を“半減期”と言いますが、トリチウムの場合は12.3年となっています。従って、東日本大震災から12年経過し、当時福島第一原子力発電所(以下、1F)に存在したトリチウムの量は半分になっています」

3種の水素のうち99.985%が軽水素(一般的に指す水素)。0.015%が陽子1個と中性子1個のデューテリウム、数値に表せないくらい少量の、陽子1個と中性子2個のトリチウムが自然界に存在する

資料提供:鳥養祐二

トリチウムは、宇宙から降る宇宙線(中性子)と地球の窒素が衝突して生成、上空で酸素とつながり水(トリチウム水)の形となって地表に降りてくる。そのため、雨水からも日常的に計測されるものだ。

「雨水に含まれるトリチウムは、1960年代前半に高い数値を示し、70年代以降は低い数値で推移しています。60年代の高い数値は米国など国連の安全保障理事会常任理事国が大気圏内で核実験を頻繁に行ったためです」

東京都と千葉県における雨水に含まれるトリチウム濃度の推移。「1963(昭和38)年に部分的核実験禁止条約が結ばれ、核実験が減少したことで大気中の濃度が下がってきました」(鳥養教授)

資料提供:鳥養祐二

日本の飲料水は通常、雨水由来の河川水を利用しているため、私たちは日々トリチウムを体の中に取り込み、60年代に生きた人は、トリチウム濃度が高い水を飲んでいたことになる。

「水道水中のトリチウム濃度も0.5Bq/L(Bq=ベクレル)程度です。私たちは1日約2.25Lの水を飲んでおり、河川や水道水の数値を計測すると毎日1Bqほどのトリチウムを体に取り込んでいる計算になります。毎日水を飲んでいるので体の中には常にこの量のトリチウムが存在します」

国際放射線防護委員会(ICRP)は人体に多大な影響を及ぼさないトリチウム水の基準濃度を6万Bq/Lと定めている。この基準で人間が1年間摂取した場合の被ばく線量は0.89mSv(ミリシーベルト)。同様に、世界保健機関(WHO)のガイドラインでは1万Bq/Lと定められ、これを1年間飲み続けると被ばく線量は0.15mSvとなる。

「海洋放出される処理水のトリチウム濃度は1500Bq/Lですので、仮に1年間飲み続けた場合の被ばく線量は0.022mSvほど。国際的なガイドラインに照らし合わせても心配するような濃度ではありません」

トリチウム放出に関する世界の現状

「トリチウムは自然由来のもののほか、原子力施設内で、主にウラン235(235U)の三体核分裂という反応で生成されます」と、鳥養教授は説明する。

「通常、ウランは中性子がぶつかると2つに分離しますが、まれに3つに分離したものがトリチウムに変化します。この他、原子炉内の制御棒中のホウ素と中性子の反応、デューテリウムと中性子の反応でも生成されます」

「現在、自然界には100kgほどのトリチウムが存在し、自然由来のものは毎年約20g、原子力発電所や再処理施設からは約32g生成されているといわれています」(鳥養教授)

トリチウムはALPSで除去できないため、通常は海洋放出により処理される(第2週「何をどのように取り除くのか? ALPS処理水の基礎知識」参照)。除去できない理由について、鳥養教授は「トリチウムは水素の仲間であり“水そのもの”だからです」と話す。

「ALPSでは吸着剤やフィルターを通すことで、水に含まれているセシウムなどの放射性物質を分離・吸着できます。しかしトリチウムは酸素と結びつき、水とほぼ同じ形で存在するため、吸着させることができません。ただし、濃縮する技術はあり、『濃縮してトリチウムだけを取り除くことはできないのか?』といった質問を受けることがあります。濃縮技術は、例えば濃度100のトリチウム水を莫大なエネルギーを使って濃度110と90のトリチウム水に分けることはできますが、トリチウムのみを取り出すことはできず、単純に希釈するのと変わりません。また、トリチウムの量は自然と減衰するため、1Fのタンクに保管されている水も震災から10年以上経過し、濃度は事故当時の半分に減っています。今後30年以上かけて海洋に放出することを考えると、90%以上のトリチウムはタンクの中でなくなってしまいます」

こうした実情から、トリチウムの処理は世界的に海洋放出で行われているのが実状だ。

世界のトリチウム年間放出量。フランスの再処理施設が1Fの約521倍、イギリスの再処理施設は約21.8倍。アジアでも中国の原子力発電所が約11倍、韓国の原子力発電所が約6.4倍と高い値になっている

資料提供:鳥養祐二

これだけ既に各国で海洋放出されながら、海の生態系への影響を調査したデータは少なく、鳥養教授は「1FではALPS処理水による海の生物の飼育実験を行っており、注目しています」と語る。

「トリチウム濃度の高い水の中に生物を移すと体内のトリチウム濃度が上がるため、濃縮を懸念された方などから質問を受けることがありますが、体内のトリチウム濃度は水中の濃度より高くならず一定となり、生物を通常の水に移すと濃度が下がっていきます」

東京電力が計測した処理水中の海洋生物のトリチウム濃度の推移。「この結果を見ると濃度は一定となり、通常の海水に戻すと濃度がしっかりと元に戻っているため、濃縮は起きないと私は考えています。実際にわれわれはトリチウムを含んだ水を飲んで生活していると説明しましたが、私の体の中のトリチウム濃度を調べた限り、50数年生きた私の体の中では、トリチウムの濃縮が起きている証拠は見つかっていません。この結果を見ると非常に納得できます」(鳥養教授)

出典:東京電力ホールディングス株式会社

大切なのは“計画通りに進んでいるか”と“適切なタイミングで情報が届けられているか”

海洋放出を前に、鳥養教授はトリチウムについて一般的に理解すべき点を次のように挙げている。

「まず、トリチウムは自然界にたくさんあり、繰り返しになりますが私たちは毎日、飲料水として体内に取り入れています。危険性も低く、1960年代には現在より高濃度の水を飲んでいました。海洋放出される水のトリチウム濃度は基準値を大幅に下回ります。ALPSで放射性物質を取り除いた水は、さらに大量の海水で希釈するため、より安全で確実に処理されます。そのため海洋放出が計画通りに行われれば全く問題はありません」

鳥養教授はそう断言するが、一方で次のように課題を指摘する。

「トリチウムの分析に時間がかかることが課題として挙げられます。例えば、海水の成分測定で1週間ほど、魚の測定になると1カ月ほどの月日を要してしまいます。理想としてはサンプリングしたら、その日中にデータが示されるようにすべきだと思います」

この課題の解決には、トリチウムの計測方法の改善が必須であり、鳥養教授は計測方法の短縮を研究、実績を重ねマニュアル化、正式採用の実現を目指している。

「魚に含まれる水分を短時間で測定する“マイクロ波加熱法”という計測方法を研究しています。これは測定対象の魚をさばき、切り分けた魚肉をレンジ対応容器に移し、電子レンジの加熱により自由水(分子が自由に動き回ることのできる水)を回収する方法です。これなら手順が簡単な上、魚の血液や懸濁した液などの不純物の少ない水を早く回収することが可能です」

鳥養教授の研究室では、マイクロ波加熱法を行うために学生が魚をさばくことも

生産者にも消費者にも納得のいくデータを早く正確に届けることは、トリチウムへの理解を深めること、そして風評被害を防ぐことにもつながるはずだ。

これまでの取材で、鳥養教授をはじめさまざまな学術研究者が福島の復興を胸に、ごまかしのない正しい知識を、広く一般に正しく理解してもらうことを願っていることが分かった。

そうした方々に支えられながら、ALPS処理水の海洋放出は、安全に、適切に進められなければならない。

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