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いま、知りたい“ALPS処理水”の話

何をどのように取り除くのか? ALPS処理水の基礎知識

放射性物質を除去する多核種除去設備(ALPS)とは

福島第一原子力発電所の建屋内に存在する放射性物質を含んだ水は、ALPS等の複数の浄化設備で放射性物質を取り除き、敷地内のタンクに保管されている。そのALPSとはどのような設備で、除去の仕組みはどうなっているのか。また、ALPS処理水の海洋放出に至る経緯や理由など、ALPS処理水に関する基礎知識を、九州大学大学院工学研究院エネルギー量子工学部門の出光一哉教授に解説してもらった。
メインおよびカルーセル画像:東京電力ホールディングス株式会社

試行錯誤を経て誕生した多核種除去設備

福島第一原子力発電所(以下、1F)の廃炉作業では事故当初から1~3号機の冷却作業が継続的に行われている。これは原子炉建屋内にある燃料デブリが熱を発するため、冷却によって安全性を維持する必要があったからだ。
(第1週「海洋放出はなぜ必要なのか? 福島第一原子力発電所、廃炉へ向けた道程」参照)

この際、冷却水が燃料デブリに触れることで放射性物質が含んだ水が発生するが、それをいかに除去・処分を行うかが大きなミッションとなる。

九州大学で核燃料工学、放射性廃棄物処理・処分の研究を行っている出光教授は、2013年から経済産業省による汚染水処理対策委員会に参加。さまざまな処理対策の方向性やビジョンの確立などに当たってきた。

「事故当初は炉心周辺の温度が高く、冷却するための水を大量に注入したため短期間でタンクが満杯になってしまいました。注入する量の削減、さらにタンクから水が漏れないようにする漏えい対策などが主な議題でした」(出光教授)

「1Fの場合、津波の影響で冷却に用いる水に塩分やゴミ、油分が混ざり、薬剤やフィルターを用いた化学的な除去がなかなかうまく進みませんでした。このため放射性物質除去の前段階の処理施設を整える必要がありました。

水に含まれた放射性物質は特にセシウムが多いですが、『サリー』や『キュリオン』といった吸着装置を使ってストロンチウムという物質とともに取り除いていきました。それでもまだ放射性物質は物理的に残ってしまいます。こうした問題の解決と、廃炉に向けた継続的な処理を考慮して、1Fに適した処理設備を整えていきました」

冷却するために用いられた水は、現在「サリー」を含む複数の設備を通して処理されている。その中でも効率的かつ効果的な除去の手段・順序を試行錯誤した結果開発された設備が、多核種除去設備・ALPS(Advanced Liquid Processing System)だ。

ALPSは複数の吸着塔の集合体から成る設備だ。吸着塔ごとに吸着剤とフィルターを通すことで、汚染水に含まれる63種類の放射性物質のうち、セシウムを含む62種類を除去する。これらの浄化装置を通すことで、トリチウム以外の放射性物質を国の規制基準値を下回るまで取り除いた水を「ALPS処理水」と呼ぶ。

CGを用いた多核種除去設備(ALPS)による浄化作業の解説動画

「ALPSでは、水を構成する原子の1つである水素(1H)の同位体であるトリチウム(三重水素:3H)という物質のみ取り除くことができません。“水から水を除去する”こととなり化学的な除去が困難なのですが、62種類は国の規制基準値以下まで除去することができます」
(トリチウムの詳細は第3週にて解説)

ALPS処理水は、なぜ海洋放出されるのか

1Fの冷却作業は建屋から燃料デブリを回収するまで続くと想定される。その間、放射性物質を含む水はALPS等を通して浄化した上で1F敷地内のタンクに保管され、その数は増していくばかりだが、出光教授は「これ以上のタンク増設は現実的に難しく、燃料デブリの取り出しにも影響を及ぼします」と危惧する。

「2023年3月現在、タンクの数は1000基以上、合計約130万tのALPS処理水等が保管されていますが、燃料デブリの一時保管施設など、廃炉事業に必要と考えられる施設を敷設する準備が必要で、そのためにもタンクを解体し、他の作業が安全に行えるスペースを確保し、整えなければならず、廃炉作業を次のステップへ進める上でとても重要だと考えられます」

複数の設備で浄化処理を行うことで放射性物質によるリスクを低減した処理水をそのまま保管し続けることは、廃炉へ向けた作業全体を俯瞰(ふかん)して見たとき、別のリスクを引き起こしかねない。

「そのためにもトリチウムが国の規制基準値以下になるよう希釈した上でALPS処理水を処分する必要があり、汚染水処理対策委員会で対応が検討されました」

そこでは、海洋放出、地層注入、コンクリートに混ぜて個体化した上での地下埋設、水素として放出、水蒸気として放出するという5つの処分方法が議論されたというが、出光教授は「最も安全でリスクがない海洋放出を提言してきました」と話す。

汚染水処理対策委員会で検討されたALPS処理水の処分方法と検討結果

出典:経済産業省の公開資料より

「他の方法はそれぞれに無理が生じます。地層注入と地下埋設はそれぞれ地下水と混ざる可能性があり、処分後の追跡調査(モニタリング)が難しくなります。場合によっては処理水が地表に表出する可能性も否めません。また、水素と水蒸気にする案は、いずれも変換に膨大なエネルギーが必要で、時間とコスト両面で困難です。そもそも処理水は既に約130万tに達し、土に染み込ませる、沸騰させるようなレベルの処理ではないのです。海洋放出は、既に他の原子力施設でも行われ、安全性も実証されていたことも決め手になったと思います」

海洋放出に向けて、安全性の確保と⾵評影響の抑制の徹底を前提に運⽤を検討してきた。処理水は海洋放出前にも国の規制基準値を確実に下回っていることを確認し、陸地から1km沖合へ海底トンネルを経由して放出される

資料提供:東京電力ホールディングス株式会社

海洋放出を正しく知るための“ものさし”

こうしてALPS処理水の海洋放出が決定し、1Fの敷地内では放出に向けた準備が進められている。

シールドマシンによって処理水を沖合へ放出する海底トンネルが掘進された

画像提供:東京電力ホールディングス株式会社

シールドマシンを制御・管理し、安全に作業は進められている

画像提供:東京電力ホールディングス株式会社

しかし、海洋放出に至る汚染水処理対策委員会での議論では、風評被害の懸念なども当然話し合われ、この問題に出光教授は現在も向き合っている。

「処理を施し問題はないとしても、海洋に流すのは『地元の方々は許容し難いのではないか?』という声も多く挙がりました。こうした意見には、トリチウムを含む水の海洋放出は世界中の原子力発電所や関係施設で既に行われていること、1Fはそれらの前例以上にトリチウムを希釈して放出することなど、安全への配慮と共にご理解いただきたいと伝えました」

その上で出光教授は、「消費者が問題をどう捉えるかが重要となるので、安全性をどう伝え、理解していただくかも考えなければなりません」と語る。

「一般の皆さんにとってなじみのない放射性物質は『あれば危険』『なければ安全』という0か1の存在です。ですが本来、安全性は『どのくらいの量あるいは濃度があるか』という“ものさし”にかけて判断されるのです。この『ものさし=リテラシー』がきちんと伝われば、風評被害は起きなくなり、その波及や学びの機会が今後の大きな課題と言えます」

東日本大震災から12年。廃炉作業における課題は尽きない。「それでも廃炉作業は着実に前に進んでいることを実感しています」と出光教授は改めて話す。

「リテラシーを浸透させる必要性はありますが、個人的には農産物に対する風評被害なども少なくなったように感じています。私の地元(福岡県)のスーパーでも、福島県産の野菜が他の産地よりもプッシュされ、先に売り切れになる光景を見かけたりします。時間はかかりましたが、多くの人が安全性を理解された結果だと思います。それだけでも大きな進歩だと思っています」

そうした進歩にとどまらず、「古い情報やイメージ、うわさではなく、日々アップデートされる情報を正しく理解することを大切にしてほしい」と強調する。

「明治から昭和初期を生きた物理学者にして随筆家の寺田寅彦は『物事を必要以上に恐れたり、全く恐れを抱いたりしないことはたやすいが、物事を正しく恐れることは難しい』という言葉を残しています。この言葉が示すように、正しく、賢く物事を恐れて、何が危なくて、何が危なくないのかを一人一人が判断していくことを、皆さんにもお願いしたいと思っています」

ALPS処理水とはどういうものか、なぜ海洋放出が行われるのかといったことについて、説明を聞くことができたが、まだ分からないこと、“正しく恐れる”ために知らなければならないことも残っている。

ALPSで処理できない放射性物質トリチウムについてだ。

本特集ラストは、このトリチウムについて理解を深めていきたい。

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