- TOP
- 特集
- 世界のエネルギー事情2025
- 2025年は世界のエネルギー戦略の転換点になる?

2025.04.30
2025年は世界のエネルギー戦略の転換点になる?
アクセンチュア 巽 直樹氏に聞く、世界のエネルギー戦略最新動向
2025年1月、ドナルド・トランプ氏の大統領就任により大転換したアメリカのエネルギー戦略が、世界に影響を与えつつある。世界のエネルギー供給はどうなるのか? 気候変動対策はどうなるのか? 本特集第1回は、2025年の世界のエネルギー戦略の最新動向を、世界最大級の総合コンサルティング会社、アクセンチュア株式会社ビジネスコンサルティング本部マネジング・ディレクターの巽 直樹氏に聞いた。
(<C>メーン画像:imageteam / PIXTA<ピクスタ>)

- 第1回2025年は世界のエネルギー戦略の転換点になる?
- 第2回
- 「世界のエネルギー事情2025」に戻る
世界に影響を及ぼすアメリカのエネルギー戦略
ロシアがウクライナに侵攻してから約3年。米露が停戦に向けた協議を始めているものの、依然として膠着状態が続いている。また、イスラエルとイスラム主義組織ハマスとの戦闘はいったん停戦合意したものの、その後の協議は行き詰まり、停戦合意は崩壊の危機に瀕している。
これらの争いは世界のエネルギー供給にも影響があるのだろうか。
世界のエネルギー戦略・戦略事情に精通し、数々の分析、提言を発信してきた巽氏は、この状況について「全体的に適応し、エネルギー市場は比較的安定してきている」と語る。
「天然ガスについては、米国産LNG(液化天然ガス)などの代替供給源が確立し、価格の不安定さは残る可能性があるものの、欧州のロシア依存度は低下しています。また、中東情勢から懸念された石油供給の不安定化もアメリカのロシアに対する制裁緩和の可能性やOPEC(石油輸出国機構)の生産調整など、全体的に供給安定化の方向です」
このような状況のなか、世界情勢において大きな懸念材料となっているのが、アメリカの輸入関税の強化だ。
-
2025年4月、トランプ大統領が世界中からの輸入品に新たな関税を課すと発表し、連日関連ニュースが報じられている。この動きに対し各国の報復関税や金融市場の乱高下が注目を集め、世界関税不況の懸念が高まっている
(C)Graphs / PIXTA(ピクスタ)
関税強化による不況が現実性を増すことで、エネルギー供給が均衡安定から過剰になり、エネルギー価格は低迷する可能性もあり得る。エネルギー供給においてもアメリカの動向は見逃せないが、巽氏は「今年3月に行われたエネルギー国際会議「CERAWeek」において、基調講演に登壇したクリス・ライト米エネルギー長官の発言から、特に次の3点に注目している」と解説する。
米エネルギー省(DOE)公式YouTubeより、「CERAWeek」ライト氏の基調講演(上)と記者会見(下)「ライト氏はまず『エネルギーは経済の基盤であり、あらゆるセクターを可能にするセクター』と定義づけていました。私も、エネルギーはすべての産業のピラミッドの頂上に位置するものと考えていますので、エネルギーに対してとても正しい認識を持っていると感じました。
次に、『バイデン前政権の気候変動政策は米国民に無限の犠牲を強いた』と主張しましたが、自身を『気候変動否定論者や懐疑論者ではなく“気候現実主義者”』と位置づけている点に注目しています。気候変動は『グローバルな物理現象』として扱うべきであり、感情的な政策ではなく、現実的なアプローチが必要だと強調しているので、アメリカのエネルギー戦略がどのように変化するか、注意深く見る必要があります。
3つ目の注目点は、再生可能エネルギー(以下、再エネ)への見解です。『再エネが天然ガスの多様な用途を代替することは物理的に不可能』と断言する一方で、記者会見では『手ごろで信頼性の高いエネルギーであれば何でも支持する』というAll-of-the-above戦略を掲げています。要するに、再エネ開発も完全否定はしておらず、あらゆるエネルギーを活用する姿勢を示しているものの、補助金頼りの再エネには逆風が吹くと考えられます」
中国も推進、クリーンエネルギー活用をめぐる背景
アメリカのエネルギー戦略について、気候変動対策の国際枠組み「パリ協定」からの再離脱の影響も見逃せない。
アメリカからの環境対応資金の提供が減り、世界の環境規制とのズレなどが懸念される一方、中国がクリーンエネルギー推進の立場を堅持している。しかし、巽氏は「中国や世界の気候変動対策の本気度については額面通りに受け取れない」と指摘する。
「中国は、国連やWTO(世界貿易機関)のカテゴリーでは開発途上国のため、『3060目標』※などで先進国並みの責任を負う必要がありません。自国の再エネの発電容量も大きいためクリーンエネルギー推進国の側面もありますが、日本の石炭火力発電所の合計出力(約45GW)と変わらない規模の石炭火力発電所を1~2年間で新増設している 現実を見る限り、クリーンエネルギー推進の目的は気候変動対策よりも、自国の産業政策とエネルギー安全保障にあると考えるべきでしょう。このように、各国においても気候変動対策の優先順位には矛盾点が多く見られます」
※CO2排出量ピークアウトを2030年、カーボンニュートラル達成を2060年に設定
-
中国の発電設備容量内訳の変遷。同国は2020年に「3060目標」表明後、分野ごとの低炭素化計画を策定。風力・太陽光発電設備を急速に増やし、再エネ、EV(電気自動車)、電池の分野で海外市場含め著しく成長を遂げている
クリーンエネルギーにおいては近年、原子力エネルギーの活用が世界で増えており、巽氏はこの点にも注目している。
例えば、2023年9月に開かれた「世界原子力シンポジウム」では、AmazonやGoogle、Metaなどのビッグテックをはじめ、多様な業界から参加した企業が“2050年原子力発電3倍増”を支援する大規模エネルギー利用者誓約に署名した。
また、同年にドバイで開催された「COP28(国連気候変動枠組条約第28回締約国会議)」でも、再エネ拡大の誓約が採択されるとともに、2050年までに世界の原子力設備容量を3倍化する宣言が出され、日本もこの両方に賛同している。
「2025年4月時点で、世界には約417基の原子力発電所が稼働中で、総容量は377GW(IAEA<国際原子力機関>PRISデータ)となっています 。これを3倍にするには、新増設の加速やこれまで以上の技術革新が不可欠となるでしょう。一方、日本は原子力発電の川上から川下まで、国内でサプライチェーンが完結している数少ない国の一つです。私は、このアドバンテージを維持し、生かしながら原子力エネルギーの活用を再考する必要があると思います。そのためには、原子力産業に若い研究者が惹きつけられるような、未来に向けたビッグピクチャーを描く必要があると思っています」
脱炭素から“低炭素”へ。視野を広げたエネルギー戦略
世界の原子力需要の高まりに対し、国内の原子力利用は慎重に進められている。気候変動対策についても、日本ではSDGsやGXへの意識が継続して高いが、欧州ではその意欲が減退傾向にある。
巽氏は「日本はもっと世界の状況を注意深く見定める必要がある」と指摘する。
「例えば、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の参加企業数は、日本企業が圧倒的に多いです。こうした現実を見ると、気候変動対策における世界各国の本音は日本とは異なるものが見えてきます。また、クリーンテックにおいてもアメリカの再エネ投資の鈍化により、グローバルでの供給減少と価格上昇を通じた負のスパイラルから、再エネ導入におけるさらなるコスト増など、再エネの拡大推進には強力なアゲンストになっています」
-
「日本は一次エネルギー資源が乏しく、安全保障面において再エネの開発は重要です。しかし今後、補助金頼りの取り組みは見直しの必要性が高まっていくと思われます」(巽氏)
このような従来型の気候変動対策への意欲の減退は、「各国の政治動向や要人の発言にも見られる」と巽氏は語る。
「個人的には、欧州ではまずドイツの新政権が経済立て直しや米国対応に絡んだ防衛問題に対処する過程で、エネルギー政策をどうするのかに注目しています。ことし2月に行われたドイツの総選挙で、過去最高の投票率で第2党となった右派政党『ドイツのための選択肢(AfD)』は、現行の気候変動対策に反対しています。また、イギリスでも野党に回った保守党のケミ・ベーデノック党首が『2050年までのネットゼロ達成はファンタジーな政策である』と断じています」
そして、イギリスのメガバンクHSBCも2030年までに事業全体で二酸化炭素排出量を実質ゼロにする目標を断念すると発表。2050年までに温室効果ガスの排出ゼロを目指す国際的な金融機関の連合「NZBA(ネット・ゼロ・バンキング・アライアンス)」からも、日本を含む各国の金融機関が続々と離脱している。
このような状況のなか、巽氏は今後の世界のエネルギー戦略において「脱炭素化に固執するのではなく、低炭素化にも視野を広げるべき」という考えを挙げる。
「英国の石油大手・シェルが発表した『LNG Outlook 2025』では、『2040年までにLNG需要が60%増加の見通し』といった題目に注目が集まっており、『低炭素ガス普及』がテーマになっています。HSBCでも事業への投資検討に際し脱炭素化よりも低炭素化をキーワードに掲げています」
CO2排出量をゼロにする脱炭素化の取り組みは重要である。
しかし、技術的に脱炭素化は難しくとも、CO2排出量を現在可能な術で無理なく減少させる低炭素化の取り組みをより許容、推進することが、地球の温室効果ガスの吸収量と排出量を均衡にするカーボンニュートラル社会の実現への近道になり得る。
その可能性や筋道を、あらためて見直したエネルギー戦略が世界的に求められるのではないか──。
これまでSDGsやGXを懸命に推進してきた日本にとって、今がその視点の見直しの機会なのではないか。巽氏の提言にはそうした考えが込められている。
「低炭素化を意識したエネルギー戦略が国際的なコンセンサスを得られれば、化石燃料利用の位置付けも見直されるでしょう。そうなると世界最大のLNG消費国である日本は、国内で培った技術やビジネスリレーションを最大限に活用することで、国益に叶うとともに世界のエネルギー安定供給に貢献できると考えられます」
低炭素化への意識が高まることで「将来的に、2025年がカーボンニュートラル達成へのターニングポイントだったと振り返ることになる可能性がある」と巽氏は示しつつ、その議論が広まることを期待している。
本特集第2回は、昨今、世界のエネルギー需要拡大の要因の一つにもなっている生成AIの普及拡大と、国内外の対策について取材する。

- 第1回2025年は世界のエネルギー戦略の転換点になる?
- 第2回
- 「世界のエネルギー事情2025」に戻る
-
この記事が気に入ったら
いいね!しよう -
Twitterでフォローしよう
Follow @emira_edit
- TOP
- 特集
- 世界のエネルギー事情2025
- 2025年は世界のエネルギー戦略の転換点になる?