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2025.12.18
エッジAI技術が鉄道の保守・管理の現場を大幅効率化!
業界をリードするTokyo Artisan Intelligence(TAI)に聞く最新動向
鉄道の保守管理の現場では、ここ数年でAI技術を活用したDXが広がっている。AI が人に代わり“日本の大動脈”の安全をどのように支えているのか──。その驚くべき新事情について、エッジAIプロダクトを開発するTokyo Artisan Intelligence(トウキョウ アーチザン インテリジェンス)株式会社代表取締役CEO・CTOの中原啓貴(ひろき)氏に聞いた。
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魚の養殖で培ったDXを、鉄道インフラへ応用
鉄道業界では近年、運行本数の削減や終電時間の繰り上げが進んでいる。直近でも東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)が2026年春のダイヤ改正で東北新幹線と上越新幹線の東京発の終電を10~20分ほど繰り上げることを発表し、話題になった。
この背景には、業界が長年抱え続ける人手不足への対策がある。
国土交通省が全国の鉄道、軌道、索道事業者の統計について編集した「鉄道統計年報」によると、全国の鉄道事業者の職員数は、1989(昭和64・平成元)年の27万7,092人から減少し続け、2021年時点で19万1,136人と報告されている。

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鉄道事業者の職員数の推移
減少は言わずもがな、少子高齢化の進行に伴う労働者不足がある。さらに、鉄道の軌道メンテナンスは主に運行時間外、つまり深夜に行われるため、職員は真夜中の限られた時間帯に業務を遂行しなければならず、体力的にも負担をもたらしてしまう。
こうした課題解決に向けて、メンテナンスを人の手からAIへ委ねる技術開発が加速。2020年創立のTokyo Artisan Intelligence 株式会社(以下、TAI)は、2023年ごろよりメンテナンス 業務の 一 つ「線路巡視」をAI技術で担う提案、現場導入を支援している。
同社の代表取締役CEO・CTOの中原啓貴氏は、会社の成り立ちを次のように話す。

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「元々の専門は半導体で、2009年にチェコで開催された学会で、『AIが伸びる』という話を聞き、AIに興味を持ちAI半導体チップの研究を始めました」(中原氏)
「弊社は大学発 のスタートアップとして、日本発のAIとFPGA※を組み合わせた新しい半導体チップの開発・製造を通じ、産業のDX推進を行っています。
設立当初はマルハニチロ株式会社と養殖DX推進プロジェクトに取り組み、魚の尾数自動計測を行う『AIトラッキング魚体計数機』システムを共同で構築、2020年より実用化されました。弊社のロゴデザインが魚の形なのも、漁業関連DXが最初のプロダクトだったからです」
※:Field-Programmable Gate Arrayの略。⽬的に合わせ内部ロジックを現場で書き換えができる汎用LSI(Large Integrated Circuit:集積回路)

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「AIトラッキング魚体計数機」システムのイメージ
資料提供:マルハニチロ株式会社
「AIトラッキング魚体計数機」は、既存の画像処理技術では困難だった動きの激しい生魚の個体認識にAIによる画像認識技術を応用している。魚体の特徴を学習したAIをFPGAチップ上にハードウェア実装し、カメラから送られてくる映像から魚体を認識してカウントし、魚体数をタブレットにリアルタイム表示する。それまで沖合生簀上で人の手で行っていた尾数計数作業を自動化した。
「システム開発時、海上で使うコンピューターは潮風、雨など厳しい環境にさらされるため、壊れやすいという課題がありました。そこで防水用に密閉したパッケージ装置で課題であった排熱を抑え、Wi-Fi通信が可能な耐環境性の高いLSIの一種であるFPGAチップにAIを組み込んだ装置を開発しました」
このシステムに人手不足の課題に直面していた九州旅客鉄道株式会社(以下、JR九州)が興味を示したことを発端に、TAIの業務は大きく展開。「線路点検に応用するための改良を進めていくことになりました」(中原氏)。
現場のリアルタイム処理を可能にした“エッジAI”技術
鉄道インフラの保守・管理業務の一つに、沿線の環境変化やレールの変状を目視で点検する「線路巡視」がある。JR九州は毎月1回の全線の線路巡視を、2人1組で1日8kmを 歩いて実施。これをひと1カ月当たり延べ90組程度、約180人を要して行うため、 多大な労力を要していた。
「AIトラッキング魚体計数機の技術を応用し、AIカメラを搭載、目視点検を補助する軌道モニタリング装置を開発しました。これまで目視点検の際、巡視用のカート走行時にレールを締結しているボルトが見えにくくなっていたため、装置でレール周りのボルトを検知し、緩みの判定ができる仕組みを組み込みました」

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TAIが共同開発した軌道モニタリング装置(左)とタブレットへ送信される映像
画像提供:Tokyo Artisan Intelligence株式会社および九州旅客鉄道株式会社
装置を設置したEVカートがAIカメラでレール直上からボルトを撮影しながら走行し、リアルタイムに緩みを判定。判定結果は作業員の手持ちのタブレットにリアルタイムで表示され、その場で緩みが補修できるようになった。
こうした問題解決に、TAIの技術が注目された背景には、同社が提供するエッジAI技術が秀でている点が挙げられる。
「従来、情報書類は映像やデータをクラウド上のAIに通信することで行われてきました。一方、エッジAIは業務に合わせて学習(ディープラーニング)させたAIをカメラなど端末側(エッジ)で直接実行させる技術です。当社のエッジAIは東北大の私の研究室で開発したニューラルネットワーク圧縮技術とハードウエア実装技術を用い、さまざまな現場でクラウドを介さずAIによる情報処理をリアルタイムで行い、かつ、低消費電力で実現できます 」
エッジAIは、データセンタなどネットワークを介さずAI情報処理が現場の端末で完結できる点が優れている。近年、エッジAI技術の進化が企業側の設備投資やコストなどの負担を大幅に削減し「人手不足に悩む鉄道業界でもインフラ保守・管理の分野に利用しやすくなった」と中原氏は話す。
「人手不足やコロナ禍に見舞われた鉄道業界は、インフラ保守・管理のDXを進めようにも、開発・導入になかなか着手できず、AIの利用もここ2~3年でようやく本格化しました。また、競合他社が提案するソリューションは、カメラで撮影したレールの映像を事務所に持ち帰って人力による目視で確認する二度手間のシステムでしたが、弊社のエッジAIであれば現場でリアルタイム検知し、作業が大幅に軽減できます」

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軌道モニタリング装置導入前と導入後の比較イメージ
画像提供:Tokyo Artisan Intelligence株式会社および九州旅客鉄道株式会社
JR九州は2023年4月より軌道モニタリング装置を九州新幹線と西九州新幹線の線路点検に導入。徒歩で行っていた点検がエッジAI化したEVカートにより、1日当たり18km程度の点検が可能となり、線路巡視に要する1カ月の巡視組数が約4割削減された。
発展し続ける鉄道インフラのエッジAI活用
JR九州と共同開発した軌道モニタリング装置は、2023 年 11 月に開催された「第8回鉄道技術展」に出展され、鉄道各社から注目を集め、以来、TAIはJR九州の他、さまざまな鉄道会社と鉄道インフラへのエッジAI技術の導入を多角的に進めている。
「JR九州とは業務提携を交わし、踏切の交通量調査をエッジAI技術で自動化したシステム『CrossEYE』を共同開発するなど、鉄道現場の安全と効率化を追求するソリューションの研究・開発を続けています。現在、列車に搭載可能なエッジAI技術を開発・導入できる国内企業は珍しく、鉄道技術展での展示以来、2年ほどでさまざまな導入相談、提携をいただいています」

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「CrossEYE」利用イメージ。踏切を通過する車両や歩行者をエッジAIが自動カウントし、交通流調査をリアルタイム実施。大型・小型車や歩行者を自動的に分類・記録する
画像提供:Tokyo Artisan Intelligence株式会社
JR九州以外とも鉄道インフラのDXは具体化を遂げている。「資本業務提携したJR東日本コンサルタンツ株式会社とは駅のホーム上の危険をリアルタイムでモニターする『駅モニエッジ』を開発しました」

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現在、TAIが進めている鉄道事業会社との取り組み事例
資料提供:Tokyo Artisan Intelligence株式会社
現在、TAI社にはさまざまな相談が舞い込み「今後はより多くの鉄道会社への展開と、鉄道分野以外へのエッジAI技術によるDXを展開していきます」と話す。
「鉄道インフラはもちろん、他分野へ活用を広げるには、エッジAIコンピューターの排熱とバッテリ容量の向上が技術面で非常に大きな課題です。より複雑な情報処理を行うにはAIプログラムを複数動かす必要があり、それにより装置が発熱し、故障の原因になります。また、AIコンピューターを車両やさまざまな機器に設置する上で重量が制約され、バッテリの重量がボトルネックとなる場合もあります。これらの課題を解決するため、消費電力の少ない半導体チップの開発を進めています」

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TAIの主力プロダクトであるFPGAを搭載したエッジAIコンピューター。海上から鉄道まで幅広い産業での採⽤実績を経て年々バージョンアップ。より過酷な環境へ適応する改良が施されている
人手不足の解決を目指し、TAIでは引き続きエッジAI技術による鉄道インフラのDXを進めている。
第2週は、私たちの生活を支える重要なインフラ“電力”を巡るDXの最先端を取材する。
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