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日本ロケット最前線

目指すは「家族で宇宙旅行」!名古屋発ベンチャー企業の挑戦

「未来を担う子供たちのために」。特許取得の新型エンジンで宇宙を目指すPDエアロスペース社の思いとは?

航空機スタイルのロケット「スペースプレーン」を開発し、2023年に宇宙への商業運航を開始する――。2016年12月、名古屋発のベンチャー・PDエアロスペースが発表した「具体性を持った宇宙旅行プラン」は、大手企業との資本提携もあり大きな話題となった。現在代表を含めわずか3名の所帯ながら、2月からは現事務所の10倍の設備提供を受け、人材も拡充するという注目のベンチャー企業。同社代表取締役でありチーフエンジニアでもある緒川修治さんを訪ね、多くの人を巻き込む「未来への思い」と、独自で研究・開発した「燃焼モード切り替えエンジン」の秘密に迫った。

目指すのは“1人39万8千円”の宇宙旅行!

地上から最もたどり着くのが困難な場所、宇宙。

重力に逆らって物体を宇宙空間に運ぶロケットは、長らく、全重量の90%が推進剤(燃料及び酸化剤)で構成され、その運搬コストは“1kgあたり100万円”とも言われてきた(いずれも平成25年3月内閣府宇宙戦略室作成『我が国宇宙輸送システムを検討する視点』より)。

アメリカやロシアは国を挙げての事業により、スペースシャトルなどで、これまで何度も人を宇宙に送り込んできた。しかし民間でそれを実現するのは、まだまだ先という認識があるはずだ。

だが現在、その常識が大きく変わってきている。民間企業が風穴を開けつつあるのだ。

きっかけは、2004年にアメリカで行われた、「Ansari X Prize」というコンテストだった。これは民間のチーム限定で有人弾道宇宙飛行を競い、成功したチームに賞金1000万ドルが与えられるというもの。世界中から26チームが参加し、見事、アメリカのスケールド・コンポジッツ社による「スペースシップワン」が世界初の偉業を成功させた。

同じくアメリカのスペースX社は、たった10年で国際宇宙ステーションに物資を届けることに成功し、ロケットの再使用も試験的に成功させている。既に、1200億円を超える契約をNASAと取り交し、今や3000人を超える会社となっている。驚愕なのは、彼らは、火星へ8万人の移住計画を本気で掲げているのだ。

今回訪ねたPDエアロスペース 社の緒川修治さんも、2004年のX Prizeの様子を、当時の勤務先であった自動車部品メーカー・アイシン精機で仕事仲間と共にテレビで見ていたという。

「コンテスト自体は知っていました。しかし、実際にたった50人規模の会社が成功させてしまったのには驚きでした。同時に、もう宇宙へ行くのは国の動きを待っている時代ではなく、自分たちで創って行く時代じゃないかというチャレンジ精神を想起させてくれるものでした。同僚に一緒にやらないかと声を掛けましたが、そこまで熱くならなかったようで、それなら一人でもやってやると思い立ちました」

緒川さんは空や宇宙への憧れを小学生のころからずっと思い描いてきた。中学、高校、大学、社会人と、パイロットを目指し年齢制限いっぱいまでトライするも、残念ながら合格できずいったんはあきらめ、航空機を造る側にまわった。しかしその後、宇宙飛行士の募集が始まり、今度はこれを志すようになったが、宇宙飛行士こそ典型的な狭き門。これも夢半ばになろうかというところだった。そんなときに目撃したのが「Ansari X Prize」の映像だったのだ。

「宇宙は、政府のものでも、お金持ちのものでもない。行きたいと思う人のものだと思うんです。だから、誰もが行ける料金で宇宙旅行を実現させたいのです。2023年に実現を目指している商用化では1人1400万円の料金を想定していますが、将来的には、日本からヨーロッパ旅行の費用と同じぐらい、1人39万8000円で宇宙旅行を実現したいと考えています。そうすれば、家族で宇宙に行けるようになる。子供たちに、眼下に広がる青い大きな地球を見せてあげたい」

緒川さんの原点は、父に勧められて参加した航空少年団だという(左写真の一番左が緒川さん:小学生時代)。飛行機を身近に触れることができたことで、パイロットへの夢を抱くようになった

写真提供:PDエアロスペース

エネルギー効率が高い独自エンジン

40万円で宇宙旅行――。
 
とてつもない夢だが、緒川さんにはそれを実現させる武器がある。彼が開発し、特許も取得した“燃焼モード切り替えエンジン”だ。
 
構造は簡素ながら、空気中ではジェットエンジンとして機能し、高度が高くなり空気が薄くなるとロケットエンジンとして機能する画期的な技術を持つこのエンジンは、緒川さんが大学院時代に着想。2007年の創業と同時に特許として出願し、2012年に特許化された。

大気環境に応じて、ジェット燃焼モードとロケット燃焼モードを切り替えるパルスデトネーションエンジンにて特許取得(特許第5014071号)

このエンジンは、ジェットエンジンとロケットエンジンの二つの機能を一つのエンジンでまかなえるため、宇宙機(ロケット)のシステムが極めて簡素に、そして軽量になる。同時に、宇宙機を航空機のように離着陸させることが可能となり、システム全体を再使用できる。

結果、製造コストや運用コストが削減できる上に、簡素なシステムのため信頼性や安全性の向上につながるという。

「燃焼モード切り替え」の発想は、東北大学の大学院時代にさかのぼる。緒川さんはそこで、超音速燃焼を行うスクラムジェットエンジンの研究に従事していた。

「スクラムジェットエンジンの作動中、強燃焼と弱燃焼という2つのモードが現れるんです。自宅に張られていたパルスジェットエンジンの構造図を見ていて、『パルスジェットって、爆発したときに、一瞬、ロケットになっているな』と思ったんです。そこで『ひょっとするとパルスジェットエンジンは、パルスロケットエンジンにできるのでは?』と発想したのが、そもそもの始まりですね」
 
現在、パルスジェットエンジンよりもさらに高効率な“パルスデトネーションエンジン”をベースにして、開発を進めている。パルスデトネーションエンジンの特徴は、筒状の単純な構造にある。

非常にシンプルな構造

ジェットエンジンやピストンエンジンのように、未燃ガスを機械的に圧縮するのではなく、未燃ガスを燃焼波によって圧縮させる仕組みで、燃焼波は音速を超える爆轟(=デトネーション)となり、大きな推進力が得られる。
 
ただし、このエンジンで推進力を得るには、デトネーションを何度も高速で繰り返す必要があり、推力アップに向けて、さまざまなアイデアを試している段階だ。

シンプルなエンジンであるがゆえに、単一エンジンで空気を取り込むジェット燃焼モードと、酸化剤を混合するロケット燃焼モードを切り替えられる

写真提供:PDエアロスペース

パルスデトネーションエンジン

大手企業も乗っかる夢、宇宙旅行を現実に!

諦めずに持ち続けた宇宙への熱意、そして画期的なエンジンという武器。

「その夢に乗っかりましょう!」という賛同者が集まってきた。

特に話題となったのは、先述したH.I.S.とANAホールディングス(ANA HD)との資本提携である。

この3社が民間主導による宇宙機開発を行い、宇宙旅行をはじめとする宇宙輸送の事業化を進めるプロジェクトだ。

機体の運用をANA HDが、サービスの提供をH.I.S.が担当する形で、PDエアロスペースは開発に専念できる。この大手2社を味方に付けたことは、今後出資を募る際に非常に大きい。

「将来的には170億円の開発費用を見込んでいます。両社には、今後も段階に応じた出資をお願いしています。また、ベンチャーキャピタルや事業会社、個人投資家などからの出資も募っていきます」

さらにJAXAとの共同研究のほか、多くの大学の研究室や企業が事業パートナーとして名を連ねるなど、緒川さんの情熱により、プロジェクトは大きく育ってきている。

H.I.S.、ANA HDと、宇宙旅行をはじめとする宇宙輸送の事業化に向けての資本提携。2023年の有人運用を目指すとあって、大きな注目を集めた

写真提供:PDエアロスペース

民間主導の宇宙ビジネスがもたらすもの

同社は、宇宙旅行を実施するための本格的な訓練「宇宙旅行のための事前訓練プログラム」もスタートさせている。

宇宙飛行士ではない一般人が、安心、安全に宇宙旅行が楽しめる事を目的に、メディカルチェック、座学、実地の3部構成から成る訓練だ。

実際に航空機に乗って約20秒間の無重力環境を作り、体が宙に浮いている状態で写真を撮ったり、移動したりすることがいかに難しいかを体感してもらう。2017年4月にも第2回の実施を予定している。

 スペースプレーンを飛ばすという緒川さんの夢。それはさらに多くの夢の実現につながっていく。

「宇宙旅行が安く、安全に、そして頻度高く実施できる私たちのスペースプレーンは、ロケットに例えるなら、通常途中で切り離され使い捨てとなるロケットの1段目を、再利用可能な形で作ったのと同じです。将来的には宇宙旅行者の代わりに、衛星を搭載したロケットを搭載して、高度100kmの宇宙空間から“空中発射”するということも考えています。機体は帰ってきますから、1段目としてもう一度使える。そうすると、宇宙空間に物や人を運ぶことが、今よりもずっと、安く、安全にできるようになる。その結果、宇宙空間に太陽光発電所を造ることもできるし、宇宙ホテルへも行けるようになる。小惑星など、ほかの天体へ鉱物資源を採集しに行くこともできるようになる。さらに、ジェットとロケットを切り替えられるシステムは、空港から離陸して、宇宙を経由して別地点に着陸する超音速二地点間飛行に適している。例えば、日本とニューヨークを数時間で結ぶことを技術的には可能にします」
 
大きく広がる可能性、どれも緒川さんの中では実現への道筋が見えているのだ。

これまで挫折しながらも数々のハードルを乗り越えてきた緒川さんの夢は、遠くない将来に実現するはずだ。

PDエアロスペースが2023年の実現を目指す約90分間の宇宙旅行イメージ。空港からジェット機として飛び立ち、高度15kmでロケットモードに切り替え、高度100km以上の宇宙空間へ飛び出したのち、再び大気層へ突入して空港へと着陸する

写真提供:PDエアロスペース

機体のラフスケッチ(写真左)と完成予想CG(同右)。当初から次世代宇宙飛行機:スペースプレーンによるビジネスモデルを思い描いていた

写真提供:PDエアロスペース

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