2020.10.12
宇宙をきれいに! スカパーJSATがレーザーによる宇宙ごみ除去衛星の開発に着手
宇宙ごみを除去して宇宙開発が安全に行える未来を目指す
宇宙開発を阻む宇宙ごみの問題は、今や地球温暖化やマイクロプラスチックと並ぶ環境問題として認知され始めている。しかし、いまだ抜本的な対応策はない。そんな中、2020年6月11日に衛星通信事業を手掛けるスカパーJSAT株式会社が、「宇宙ごみ除去用の衛星」の開発着手を発表した。
宇宙のごみ掃除に動きだした日本の衛星通信のパイオニア
昨今、宇宙ごみの増加が問題視されている。宇宙ごみとは、何の目的もなく宇宙空間を浮遊する人工物を指すのだが、故障や役目を終えて使われなくなった人工衛星や、ロケットの本体、部品などがそのまま残されることで発生する。
それらの物体は、高度によっては秒速約7.5kmという銃弾よりも速い超高速で飛んでおり、常に衝突の危険をはらんでいる。そのため宇宙開発ミッションの遂行を困難にさせ、人命を脅かす事態ともなっているのだ。
また、宇宙ごみ同士の衝突事故が発生すると、破片が散らばり、宇宙ごみを増加させる。実際にこれまで何度も起きており、1mm以上のもので、その数は1億個を超えると言われている。
現在、人類はこの問題を解決する手段を持っておらず、このまま放置すれば状況は悪化の一途をたどる。
もちろん世界の国々も、対策を怠ってきたわけではない。2007年には国際連合で「国際スペースデブリ低減ガイドライン」が採択。高度2000km以下の低軌道に打ち上げた人工衛星などは、25年以内に軌道上から大気圏に再突入させ燃え尽きる設計を施すようにと規定している。しかし罰則はなく、3分の1程度しか守られていないと言われている。
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1960年の宇宙環境のイメージ図
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2020年の宇宙環境のイメージ図。現在の観測技術では10cm以下の宇宙ごみを地上から観測できず、挙動予測が困難
そんな中、1989年に日本の民間企業初となる通信衛星「JCSAT-1号」を打ち上げて以来、現在まで長年、国内の衛星通信事業をけん引してきたスカパーJSAT株式会社(以下、スカパーJSAT)が、不用衛星などの宇宙ごみを除去する衛星の開発に着手すると発表した。
その除去方法とは、宇宙ごみに向かって遠方から小電力のレーザーを照射して、対象の軌道を長い時間をかけて少しずつ下げ、大気圏に再突入させるというもの。大気圏に落下させてしまえば対象物は燃え尽きる。
この壮大なプロジェクトは、全体を統括するスカパーJSATが国立研究開発法人 理化学研究所やJAXA(国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構)、名古屋大学、九州大学とそれぞれ連携し、チームを組んで進められる。レーザーは理化学研究所との混成チーム、衛星と地上システムの検討はJAXAとのパートナーシップ、照射方法は名古屋大学、宇宙ごみの軌道や速度、回転などの動きに関する研究は九州大学がそれぞれ担当するという。
スカパーJSATの福島忠徳氏は、宇宙ごみ問題に対する世界の動向をこう予測する。
「恐らく、将来的には宇宙ごみを出さないためのルールが今よりも厳しくなっていくと思われます。そうなれば、打ち上げた国や所有権を持つ企業などが宇宙ごみに対し責任を持つこととなるのですが、打ち上げ技術はあっても廃棄する技術が備わっていなかったり、故障で制御不能になってしまい宇宙ごみ化したりする事態は必ず出てくるでしょう。そうしたときにわれわれの技術が求められるようになると考えています」
レーザーの技術で宇宙ごみをなくす!
レーザーと言うと、SFアニメで描かれるような破壊兵器的なものをイメージしてしまうかもしれないが、実はそうではない。
「当技術は、宇宙ごみに短時間でレーザー照射を繰り返し、長い時間をかけて物体を動かして落下軌道へと導いていくものです。シミやそばかすなどを消すための“美容レーザー”に近いイメージ。搭載するレーザーは地上では1円玉すらも動かせない程度の力ですが、宇宙空間ではこのわずかな力でも物体の運動に影響を与えることができ、当て方次第でその運動を制御することが可能です」
実際、プロジェクト発表前に名古屋大学で行われた実験では、模擬宇宙空間で回転する物体をレーザー照射で停止させることに成功している。
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名古屋大学で行われた実験。左の映像を見ると、レーザーを照射することで物体の回転を止める力が働いていることが分かる
回転している物体を停止させるために利用した原理が、宇宙ごみ除去にも応用される「レーザーアブレーション」という現象だ。ある物体にレーザー光を高密度で照射すると、照射された部分の物質が気化、もしくはプラズマ化して物体の表面から放出される。すると発生したエネルギーによって物体に推力が生まれ、これをコントロールすれば、回転する物体を静止させたり、任意の方向に動かしたりすることができるのだ。
安全&コスパがいい! 宇宙ごみのレーザー除去
ちなみに、宇宙ごみの除去方法は、他にもさまざまな試みが世界中で提案されてきた。
2017年には宇宙ステーション補給機「こうのとり」で導電性のひも(テザー)に電流を流して速度を落とし、落下させる実験が、また、2018年には欧州のグループにより網で捕獲して落下させる実験が行われている。
他にも、アームや銛(もり)、粘着剤などで宇宙ごみを捕らえ、除去衛星とともに落下させる方法などが考案されているが、いずれも実用化には至っていない。
これらの手法と比較した場合、今回のレーザー除去手法には数々のメリットがあるという。まず挙げられるのが、宇宙ごみに直接触れなくていいという点だ。
アームや銛など標的と接触する手法は、接近時の衝突によって新たな宇宙ごみを増やしてしまう可能性が懸念される。当然、宇宙空間で制御されていない標的に対して安全に接触するのは簡単ではなく、小さいほどに捕獲の難度も上がる。
その点、レーザーは対象物から距離がとれるため、レーザー衛星が衝突する危険性も低い。安全性が高いのだ。
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安全な距離からレーザーを照射する想定だという
また、コスト面でもメリットがある。宇宙へ物を運ぶ際、重ければ重いほどコストは高くなる。つまり、除去衛星が軽量であるほど、宇宙へもっていく費用は安く済み、除去サービス料も安価に設定できる。当然ユーザーとしては、結果が同じなら利用料は安価な方がありがたい。
スカパーJSATの福島氏は、開発を目指す除去衛星のコストパフォーマンスの高さについてこうアピールする。
「捕獲して一緒に落下するタイプは、いわば宇宙ごみを背負って落下するようなものです。そのため除去対象物を動かすための燃料まで必要になります。その点、レーザー衛星は除去対象物の表面材料をアブレーションさせて推力を発生させるので、自機を動かす分の燃料だけで済みます」
プロジェクトの全体を統括するスカパーJSATは、今後、民間宇宙開発が活発化することでロケットの打ち上げが急増し、宇宙ごみも加速度的に増えると予測。まずは小型衛星にターゲットを絞った除去衛星の完成を目指し、宇宙空間での実証試験を経て、2026年にもサービス提供開始を実現させたい考えだ。
「将来的には、技術力を向上することで除去対象の範囲を広げていきたい。このプロジェクトを実現し、持続可能な宇宙環境の維持を目指していきたいと考えています」
宇宙空間のごみ除去サービスは、将来的にニーズが見込める。あと数年で世界をリードできる日本の新たな産業が生まれるかもしれない。
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text:伊佐治 龍 photo:スカパーJSAT