2018.8.9
自然の知恵を取り入れた“フラクタル日除け”!酷暑の救世主になり得るか?
自然に近い木陰を人工構造物で再現!その効果は絶大
都市の発展とともに顕著になりつつあるヒートアイランド現象。首都圏を中心に高温域が広がっており、そこで生活する人たちへの健康面の影響が懸念されている。その解決策の一つとして、低コストかつエネルギー効率が高い対策として期待される「フラクタル日除(よ)け」に関心が集まっている。記録的な暑さが続く日本の夏の救世主となるか、要注目だ。
都市部が熱く感じられる原因は気温ではなく表面温度!
気象庁の発表(8月1日)によると、ことし7月の東日本は例年と比べて平均気温差が+2.8度を記録。1946(昭和21)年の統計開始以来、最も気温の高い月となった。同庁の竹川元章予報官は、「30年に一度以下で起こる異常気象」としつつも、「将来的にその発生頻度は増加すると予想される」と発表している。
こうした現状を踏まえた上で懸念されているのが、開幕まで2年を切った2020年の五輪東京大会だ。猛暑の中での大会開催となれば、選手はもちろん世界中から訪れる観客の体調が危惧され、小池百合子東京都知事も打ち水の協力を呼びかけるなどさまざまな暑さ対策を推し進めている。
そんな中、注目を集めているのが京都大学大学院 人間・環境学研究科の酒井敏教授を中心とする研究グループが取り組んでいる「フラクタル日除け」だ。
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鹿児島県・マルヤガーデンズの屋上に設置された布タイプの「フラクタル日除け」。最近では、7月中旬に横浜赤レンガ倉庫で行われた、低炭素社会の実現やサステナブル・エコ、都市の暑熱問題を考える「さまざまな涼活を体感できるイベント」においても「フラクタル日除け」が設置された
これは、樹木が持つ姿形全体と相似な形を含むような図形(シェルピンスキー四面体)の集合体=“フラクタル構造”に着目した暑さ対策技術の一つ。
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シェルピンスキー四面体のイメージ図
ヒートアイランド現象の名で知られているように、一般的に都会は暑いといわれている。
しかし、実は日中の気温は都市部も郊外もほとんど差はない。決定的に違うのが地表面温度だ。アスファルトで舗装された道路やビルなどの建造物は表面温度も総じて高く、発せられる輻射(ふくしゃ)熱も強い。これらが多く存在するため、都市部は郊外と比べてより暑く感じてしまうというわけ。
つまり、都会を快適にするためには、気温ではなく表面温度を下げることを考えなければならないのだ。
人工的に作り出した“木漏れ日”が暑さ対策の切り札
樹木がこれほどの暑さにも耐えられるのは、植物が大気中に水分を放出する“蒸散効果”によって自ら温度調整を行っているためといわれている。
そして酒井教授は、それだけではなく構造にも要因があると考えた。
大きな面となる都会の道路やビルとは異なり、郊外では樹木に無数に生い茂る一枚数cmの小さな葉っぱが太陽光を吸収している。実はこの“小さい”というのが大きく関係するポイントで、酒井教授によれば「単位面積あたりでは同じ熱量を吸収するが、それを大気に伝える伝導効率が大きく違うため、小さなものは熱くならない」というのだ。
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樹木を見上げると、直射日光を遮りかつ隙間が生じているのが分かる
しかし、一つ一つは小さな面であっても、重なり連なることで大きな面となってしまうと思われるかもしれない。
ここで注目してほしいのが葉っぱの生え方。樹木は前述のように“フラクタル構造”を備え、ところどころにある隙間が風の通り道を確保している。風通しがいいため、葉っぱが吸収した太陽熱を効率よく大気に放散できると考えられるのだ。
この自然に備わる樹木の知恵を応用し、同じフラクタル次元を持つシェルピンスキー四面体の形に小さな“葉っぱ状の構造物”を並べて、人工的に木陰を作るのが「フラクタル日除け」の仕組み。
直射日光を遮り、直下の地表面温度を上げないのと同時に日除け自体の温度も上がらないという、まさに樹木と同様の特徴を持たせることに成功したのだ。
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実験に用いられたシェルピンスキー四面体。実際には小さな図形の集合体であるが、角度によって隙間がない大きな面(写真右)のように見える
実際に気温約30度の環境下で行われた実験では、PET板で制作したシェルピンスキー四面体を組み合わせた「フラクタル日除け(07モデル) 」とトタン屋根、それぞれの下の表面温度を測定した。
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写真上がトタン屋根、下が「フラクタル日除け」の実験結果
すると、トタン屋根の表面温度が60度以上となったのに対して、「フラクタル日除け」は40度程度。
トタン屋根の下では感じられた輻射熱が「フラクタル日除け」では感じられず、かつシェルピンスキー四面体の間を吹き抜ける心地よい風を浴びながら快適に過ごせるという結果を得られた。これにより、「フラクタル日除け」は表面温度に対して効果的であると結論付けられた。
「フラクタル日除け」は現在、積⽔化学⼯業株式会社と株式会社ロスフィーが京都大学とライセンス契約を結んで製品化されており、主に積水化学工業は樹脂製、ロスフィーは布製と金属製という素材の特徴が見られる。
積水化学工業製(商品名:「エアリーシェード」積水テクノ成型株式会社製)は 愛知県の中京競馬場や栃木県の矢板北パーキングエリア(東北自動車道)などに設置されている。また、ロスフィー製は、羽田空港第二ターミナルビル展望デッキをはじめ、東京都の暑熱対策事業の一環で京橋エドグランなど多くの人が訪れる公共施設や大型施設の他、一般住宅や海外の酷暑地域にも採用された実績があるそうだ。
「フラクタル日除け」について酒井教授は、「クーラーのように積極的に温度がコントロールできるわけではないものの、人工物でありながら、自然の木陰のような涼しさをつくり出すことができます。都会に生きた大きな樹木(高木)を大量に導入するのは困難ですが、フラクタル日除けを都会の風景に積極的に取り入れることで、都会の環境をより自然に近づけることができるのではないかと期待しています」とのこと。
うだるような暑さが続く日本で誕生した、樹木の知恵を活用するエネルギー効率の高い「フラクタル日除け」。
地球温暖化が進む中、今一度、自然の力を見直すことが求められているのかもしれない。
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text:安藤康之