特集

人はいかに選択し、意思決定しているのか?

成功体験を積み重ねることで、脳が判断する精度は上がる?

人生は選択することの連続だ。好きな食べ物を決める、進学する学校を決める、就職先を決める、結婚相手を決める、仕事相手の意思をくみ取り対応を決める…。脳は、その決定をいかにして行っているのか? 「脳エネルギー」特集の第3回は、この難問に挑んでいる玉川大学脳科学研究所の工学博士・鮫島和行教授に「意思決定」に関する脳の仕組みを聞いた。

“人はなぜ選ぶことができるのか”を調査

東京では現在、4月にもかかわらず早くも25℃を超える夏日が数日続くなど、暑さ厳しい夏が来るであろうことが容易に予想できる。ビジネスパーソンたちは、今年のクールビズはどんなスタイルにしようかなど、あれこれ考える時期ではないだろうか。

そんなビジネスパーソンに向けて、アパレルメーカーでは多くの品をラインアップする。シャツには生地、体裁などさまざまなスタイルがあり、われわれはその中から欲しいものを選ぶ。

普段、無意識に行っている、その「選択」という行為。そのために「脳」がどんな働きをしているのかを研究しているのが、鮫島和行教授だ。

「僕がやっていることはすごく単純で、プリミティブな意思決定です。Aという選択肢とBという選択肢があります。どっちを選びますか、というね。そのときに脳の中でどういう神経回路を通じて、どのように決定が下されているのかを見ているんです」

鮫島教授はシンプルに説明するが、実際には複雑だ。先ほどの「シャツを選ぶ」にしても、人は多くのことを考えているだろう。

・去年買ったものは良かったのか、悪かったか?
・年齢的に見合ったデザインはどれか?
・ことしの流行はどんな色で、どんなデザインなのか?
・予算に見合ったものか?
などなど…。

人の脳は、瞬時のうちに多くのデータを引っ張り出し、それを比較・検討し、選んでいるはずだ。

鮫島教授の研究室が入る、玉川大学脳科学研究所。学術研究所、量子情報科学研究所と併設されている

「日常生活の中にはさまざまな要素が入ってきます。でも、それを科学として扱おうとすると、とても難しい。

“一回性”という言葉があります。

例えば、僕がこれまで生きてきた中で、“今”というのは一回しかありません。そして、そのときに選択するのは、脳に何らかの働きがあって選んでいるはずです。

では、そのときに選んだ理由を調べようと思って同じ状況をもう一度作ったとします。

でも、それはすでに2回目なんですよ。いくら同じような状況だとしても、脳が同じように働くかは分かりません。だって1回やってしまったら、その経験は反映されるかもしれないわけですから。だから観測不可能なんですよ、基本的には」

しかし、そう言ってしまっては身もふたもなく、脳の研究は始まらない。

「だから、できるだけ検討する要素をそぎ落とすんです。再現可能なものだけにした上で何回も検証する。そして、脳の中のどの回路が動いているかを検証し、その役割を推定していくというのが、僕がやっている研究なんです」

これを“一回性”に対して“再現性”と呼ぶ。

再現可能なことを繰り返し、客観的な手続きに基づいて、何度やっても同じことが起きるかどうかを確かめる。それこそが科学の方法であり、それを脳においても実行しているのが、鮫島教授の取り組みだ。

研究室のメンバーとディスカッションを重ねながら、研究に取り組む

仕組みが複雑な“脳”だけに実験はシンプルに

“一回性”を再現することで、脳の働きを観察していると鮫島教授は言うが、例えば、一つの実験で得られたデータというのは、別の事象にも当てはまるのだろうか?

われわれの生活には、日々さまざまな出来事があり、そのたびに選択している。その仕組みを探る手掛かりとなりえているのか。

「確かに、実験と日常生活の接点を見いだすのは難しい。ただ、物事には物理法則がありますよね。そのルールに従えば、何回やっても同じことが起きえるはずなんです。

人間の脳も物理法則で動いているのだとすれば、同じような状況であれば同じように動くはずだと考えることはできます」

これは確率と言えるかもしれない。脳科学では、日常生活であなたが選択したことの理由を説明することはできない。

しかし、脳の神経回路の働き方として、あなたの経験から次に選択するものを予測することはある程度できる。

「1回じゃなく、100回やったら50回はこっちを選ぶのか、いや90回かという、確率的な予測は、脳の研究をすることでできるようになると思います」

実験では動物を用いて行われる。脳波や心電図を測り、脳の働きを解き明かしていく

それが実験科学というものだ、と鮫島教授は言う。

「これは観測技術によることでもあります。人間の脳には千数百億個の神経細胞があると言われています。

その全ての神経細胞が、一つの事象に対してどんな働きをしているかを観測することは、現在の技術では不可能なんです。

僕自身が研究しているのは、その中の一つの神経細胞を観測すること。すると、千数百億個に対して一つを調べて何が分かるのか、という話になりますよね。

だから、同じような状況を何回も作り出し、検証することが必要なんです」

鮫島教授は、
「もし、千数百億個の神経細胞の活動の仕方が俯瞰(ふかん)できれば…世の中が変わるかもしれませんね」
と言う。

しかし、今それを語るのはSFの世界に等しい。

「だから単純な方向の研究をする。例えば、ハエの幼虫を使う。彼らの脳の神経細胞の数は数千個レベル。それくらいならなんとか一度に測ることができます」

幼虫の前に餌を置き、どの時点でそれに気付き、向かっていくかを実験する。

「もちろん、それが人間の意思決定とどのようにつながっているのかは別の話です。

でも、人間では実験できないのでね。そんな実験を繰り返し、“知能とは何か”ということを解き明かしたいと思っているんですよ」

これまでの研究成果を学生に解説する。そうやって得た知識を伝えていくことも、現在の鮫島教授の務めだ

“瞬時に”選ぶことと“時間をかけて”選ぶことの違い

物事を決める場面として、2つのシチュエーションについて鮫島教授に聞いてみた。

“瞬間的に考えて決定する場面”と“ある程度時間をかけ、検討してから決定する場面”での、脳の働き方の違いについてだ。

「確かに意思決定するときに“1秒で決めろ”という場面と、“ゆっくり悩んでいいよ”という場面はありますよね。それぞれでは、脳の働き方や使うエネルギーは異なると思っています。

前者…つまりリアルタイムに意思決定していくシステムで、限られた時間内に決定する場合は、脳の中の“大脳基底核”という回路が使われています」

大脳基底核とは、大脳皮質と視床・脳幹を結び付けている神経核の集合体。運動調節や認知機能、感情、動機づけ、学習などの機能をつかさどっている。

「一方で後者のように、それまで経験してきたことを踏まえ、場合によっては推論を立て、検証して決定する場合は、大脳皮質の方が使われているんじゃないか、と。

まだ仮説の域を出ないところもありますが、それは公に言ってもいいんじゃないか、というデータが集まってきています」

大脳皮質とは、脳の表面部分を指す。前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉に分かれ、人間の思考の中枢を担う。

そのように異なるシチュエーションでは、脳の中で使う神経もエネルギーも異なるという鮫島教授。

しかし、ここで一つの疑問が。

その脳が持っている経験や知識は同じはずだ。それがシチュエーションの違いによって使い方が変わるということなのだろうか?

「人は全ての体験を記憶しているわけではありません。脳の中にはシナプス(神経情報を出力する側と入力される側の間に発達した、情報伝達のための接触構造)があり、それが変化している。

そこには良い記憶も悪い記憶もたまっていて、それら全部を含めて“今はこれを選べ”というシステム(大脳基底核)になっているんです。

その一方、一回一回いろいろなことを思い出しながら“これを選べ”と決定するシステム(大脳皮質)もある。

それぞれが別々の回路になっているんだろうなというくらいのことは、分かってきています」

ということは、使う回路は違うがそれぞれの脳が経験してきた記憶が、基となっているということか。

日常生活でわれわれが選択するときは、“成功したい”と思う場面だが、それを選び取る力は積み重ねてきた経験に依存しているのか。

「経験している回数が増えるほど、選択する確率は増えるし、予測も立ちますよね。そして、そういう予測は当たる傾向にある。

だからせかすほど経験に依存するとも言えるし、せかさない場合も検討する材料が多いほどいいとも言える。

いずれにしろ、そうやって検討し、選択した後で、きちんとした行動が取れるのかということが、日常生活では大事なような気がしますけどね」

“人間は考えるアシである”
思考する存在として人間は偉大──とは、哲学者・科学者のパスカルはよく言ったものである。

鮫島教授の研究室にはポストドクター(研究員)1名と学生1名。他の研究機関や企業の研究所とも連携しながら、「意思決定」の仕組みを解明しようとしている

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