特集
宇宙の歩き方

宇宙は究極の癒しスポット?宇宙飛行士・金井宣茂が教える宇宙旅行の心得

食事にお酒、トイレに睡眠・・・「ホテルISS」宿泊の楽しみ方と注意点

特集第1回で既報した通り、米航空宇宙局(NASA)が国際宇宙ステーション(ISS)の商業利用方針を打ち出したのはことし6月のこと。現段階で想定されている旅行代金は6000万ドル以上と超高額だが、それでも人類が“普通”に宇宙に出かけられる日が遠からず来る。では、ISSや“宇宙ホテル”に滞在できるとしたら、一体どのような時間を過ごすことになるのだろうか。今回は、実際にISSで6カ月ほど生活した宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙飛行士・金井宣茂氏に、宇宙空間での暮らしのあれこれについて聞いてみた。

熟睡&肩こり解消!宇宙空間はリラックス効果抜群

「宇宙空間で生活する前は、とても不安が大きかったんです」

JAXA宇宙飛行士・金井宣茂氏はまず、行く前の正直な心情から切り出した。地上で厳しい訓練をしてきたものの、宇宙に行ってみないことには本当の「無重力生活」を体験することはできないからだ。

食事や睡眠、それにトイレやお風呂はどうなるのか。前もって知識は得られても、実際にどのような生活になるのか想像はできなかったという。われわれも、もし宇宙旅行に出かけることが決まったら、おそらく同じ不安を抱くのではないだろうか。

しかし、いざ宇宙空間に飛び出してみると、戸惑いや恐れはすぐに晴れたそうだ。

「宇宙では重力がないため、上半身にも血が巡りやすくなります。いわば逆立ちしているような体の状態になるので、頭が重く感じたり、鼻づまりになったりするケースがあります。『宇宙酔い』という言葉を聞いたことがある方もいるかもしれませんが、乗り物に酔ったときのような状態が、数日から1週間程度続く人もいます。

でも、人間の体はとても不思議なんですよね。普段、重力がある地球で生活しているのにもかかわらず、無重力になったらしっかりと対応できるようになる。私は慣れるまで1週間くらい時間がかかりましたが、体調は元通り。宇宙に行くことは、特別なことではないというのが私の実感です」

ソユーズ宇宙船に搭乗する直前に地上で撮影された金井宣茂さん(右)ら3人のクルー。2017年12月17日にカザフスタンから打ち上げられた

写真:@NASA Johnson_flickr

金井氏が滞在したISSは、地上から約400km上空を高速で移動しており、90分間で地球を一周する。そうすると、45分周期で明るくなったり、暗くなったりを繰り返すため、そのままだと地上でいう朝や夜という時間感覚はない。

「ISS内での起床や食事、仕事の時間、照明の点灯・消灯時間は、全てグリニッジ時間(世界標準時)に合わせて管理されています。最近、NASAでは気の利いた照明も開発されていて、朝はブルーでさわやかな光、夕方はオレンジで休まる光など、自動調光される照明で一日の太陽の動きを表現してくれています。宇宙飛行士は仕事の時間や日々の生活を厳密に規則正しく管理されるので、地上にいるときよりも、体内周期がむしろ良くなるというような研究報告もあるんですよ」

その中で、とりわけ「快適だった」というのが、宇宙空間での睡眠だ。科学的に証明されているわけではないものの、先輩宇宙飛行士の経験談でも、地上より熟睡できるという人が多いそうだ。

「熟睡できるので、地球にいるときよりも短い睡眠時間で体が回復します。地球なら8時間は眠りたい私が、宇宙では6時間くらいですっきり目覚めることができました。それに、重力のある地上では体を筋肉が支えていますが、宇宙空間ではその必要がない。重い頭を支える首にも負荷がかからないので、寝違えや肩こりも一切ありません」

また、ISS内は常にファンを回して空気の循環、入れ替えを行っているため、温度や湿度が快適に保たれている。汗ばむこともなく、365日Tシャツに短パンで過ごせるほど非常に過ごしやすいのだとか。唯一残念なのが、静かに思えるISS船内だが、実際にはファンや実験装置が四六時中稼働しているため、そこそこうるさいらしい。

「ISS内では、洗濯はできません。Tシャツは1週間で1枚、下着は3日に1枚といったペースで『着たら捨てる』ルールになっています」と金井氏

このように快適な空間を提供しているISSだが、地上の旅行ではあまりやらないことが必須になるらしい。「筋トレ」だ。

「重力がないので体は楽なのですが、その分、筋肉や骨が弱くなるという一面もあります。私の場合は6カ月にわたりISSに滞在していたので、地上に帰ったときのために、毎日2時間ほどの筋力トレーニングが“仕事のスケジュール”として組み込まれていました。地上なら、毎日2時間も筋トレしたらきついですよね。けれど宇宙では、普通に動いている時間は全て、筋肉が休んでいる状態なのであまり疲れることはありません。例えば、パソコンで作業しても、無重力なので頭や手を支える首や腕に負荷が掛からないんです。地上で厳しい訓練をしていたという前提はありますが、宇宙空間では、たとえ筋トレをしても筋肉痛になったということはありませんでした」

さまざまな業務をこなして忙しい日々を送っていたが、「体に負荷はかからないし、よく眠れるうえ、疲れがたまったとしても回復は早い」と金井氏。肉体をリラックスさせるという目的なら、宇宙は旅行先として、かなりいい場所なのかもしれない。

宇宙飛行士の筋力トレーニングのために、ISS内には運動器具も用意されている

写真:@NASA Johnson_flickr

ラーメンやカレーライスも?宇宙で選べる食事

さて、誰もが挙げる旅行の楽しみといえば、「食事」ではないだろうか。

とはいえ、今のところ、宇宙の食事にはメニュー制限がある。衛生・健康管理の側面はもちろんだが、地上から“上”までの輸送コストを考慮すると、保存期間など細かい要件をそろえることが必須となるからだ。現状、ISSで働く宇宙飛行士たちは、NASAが開発したり、JAXAによって「認証」された宇宙食を食べているという。

「宇宙飛行士が食べる宇宙食には、『標準食』と『ボーナス食』というものがあります。標準食は栄養配分などが考慮された決められたメニュー、ボーナス食は認証された食品の中から自分で好きなものを選べるメニューです。食べる割合は標準食が85%、ボーナス食が15%くらい。私はボーナス食として、JAXAが用意してくれている『宇宙日本食』を食べていました。白飯とか、サバの味噌煮とかですかね。ラーメンなどもありますよ。ちなみに、私は海上自衛官だったこともあり、宇宙食の中でもカレーライスが大好きです。生命線ですね(笑)。ロシアのクルーも好きで、よく物々交換していました」

JAXAでは、宇宙日本食の新規認証申請を常時受け付けており、宇宙食は今、種類が増えている段階だと言える。民間人が宇宙に行くころには、メニューのバリエーションが大幅に増えている可能性は十分にあるだろう。

JAXAが認証している宇宙日本食の一例。写真左はお湯を入れたら復元できる尾西食品の白飯。写真右は飛散しないようにスープと麺が宇宙仕様になっている日清食品のしょうゆラーメン。他にシーフード、カレー味も

写真協力:JAXA

仕事と休みはほぼカレンダー通りで、平日は仕事をこなし、金曜日の夜は全員そろって食事会。土曜日は、午前に掃除、午後に家族と電話、夕方からはムービーナイトを楽しんでいたISS滞在。軌道上には、映画やドラマが多数用意された宇宙飛行士たちのための専用データサーバーがあるそう

写真:@NASA Johnson_flickr

ちなみに、残念ながらISS内では飲酒は禁止。身体・健康上の理由と思われがちだが、アルコールがISS内の機器に及ぼす悪影響と関連している。ISSには、空気や水を再生する装置が備え付けられており、アルコールがそれらに「悪さをする」(金井氏)のだという。地球を見ながらお酒を楽しむためにはアルコールに強い再生装置の開発が不可欠となるが、近い将来に向けて、そこはエンジニアの皆さんにぜひ頑張ってほしいところだ。

「また、アルコールがダメなので、化粧品もほとんど使うことはできません。女性クルーはあまりお化粧をしないんじゃないかな。それに、水が浮くのでシャワーもできません。ISSには石鹸を含ませたタオルが用意されていて、お湯を含ませながら体をこすります。シャンプーは、ノーリンスシャンプーというもので頭をカシャカシャと洗い、タオルで拭き取ります。洗濯もできませんし、服も使い捨てなので、そうした環境を考えると、宇宙では『おしゃれをする』というのは難しいかもしれないですね」

同じく水回りの「トイレ」は、一見すると地上のものとほぼ同じだが、水で流すことはできない。便座があり、その下に貯蔵タンクが備え付けられていて、排泄物を空気で吸引するタイプだ。個体成分は廃棄され、液体成分は再生装置を通じて生活用水としても再利用されるという。

「再生された水は、実験にも使いますし、宇宙食の調理(湯煎など)にも使います。宇宙ステーションって、“小さな地球”のようなものなんですよ。地球でも生活排水が海に流れて雨になり、最終的に飲み水になりますから。ただ、ISSでは100%リサイクルできるわけではありません。再生率は70%くらいでしょうか。そのため水はためてあったり、時に『こうのとり』のような宇宙ステーション補給機で運び込むこともあります」

閉鎖空間で長期間をほぼ同じメンバーで過ごすことになるため、精神面のケアはかなり重視されている。クリスマスや誕生日などのイベントは、地上の管制室と一緒に盛大に祝い、生活にメリハリをつけていたという。その際には、ワイン代わりにブドウジュースで乾杯するのだとか

写真:@NASA Johnson_flickr

余談になるが、無重力下、ISS内では、火の使用など他にもできないことが多くあり、その一つに性行為も数えられている。

「生殖行動については、植物の繁殖実験は行われていますが、まだ動物の繁殖までには至っていません。宇宙空間で長期間過ごしたマウスが地球に戻ってから繁殖活動できるか、宇宙空間で保存していた精子の生殖機能が落ちないかという実験は進められつつあるものの、人間でトライするのはいつになるのか・・・。無重力で接触すれば飛んでいってしまいますから、月面基地や『ガンダム』のようなコロニーを作って、人工的に重力を生み出さなければ行為自体が難しいかもしれませんし、無重力空間で受精できるのかも分かっていません。この分野は、まだまだ未知数ですね」

宇宙旅行で必要になるのは帰還後のアフターケア

こうして話を聞くと、宇宙での生活は快適さもある反面、地球での暮らしと比較すると不便もまだまだ多いという印象だ。やはり、地上での旅行のような自由度はあまり感じない。イメージとしては、キャンプや合宿に近い気もする。それでも、ISSから地球を望む喜びは、他の何ものにも代えがたいと金井氏は言う。

「私は、写真や映像で『宇宙から見た地球』を見たことのある世代です。そのせいか、あまりに見たままの光景だったので、ISSに到着して最初のころは、正直、地球を見てもあまり大きな感動がなかったんですよ。でも、しばらく地球を眺めていると、波や雲の形、太陽の光加減、地形も色もめまぐるしく変わっていく。二度と同じ表情を見せてくれません。そのことに気がついた瞬間、ISSから地球を見る時間がとても贅沢なひと時になりました」

カナダの白、アマゾン地域の緑、中東やアフリカの砂漠、ヒマラヤ山脈のとがった山々など、「地球は青かった」というよりも、むしろ色と形が多様だったという

写真:@NASA Johnson_flickr

地球の眺望を満喫したら、いよいよ地球に帰らなければならない。宇宙旅行を考える際に、意外と意識されていないのが「地球に帰還した後のことだと思います」と、金井氏は続ける。人間は1Gから0Gの変化には案外早く適応できるが、逆に0Gから1Gの変化による体への負担は想像以上だという。

「私は宇宙空間に1週間で慣れましたが、帰ってきた後、正常な状態に戻るまでに1カ月くらいかかりました。地球に帰ると、しばらくはめまいがしたり、足元がふらついたりするので、旅行者の方は用心しないとケガをするかもしれませんね。個人的な考えですが、宇宙旅行のランディングサイト(着陸エリア)にラグジュアリーなホテルを用意しておいて、体調を整えながら旅の思い出を振り返るというようなアフターフォローサービスがあってもよいと思います。もちろん私は半年も滞在していたからということもありますが、宇宙に行く際には皆さんにも気をつけていただきたいです」

ISSに世界中から集まったクルー。「本当に仲が良く、いい年のおじさん同士が冗談を言い合ったりして、笑いが絶えなかった」という

写真:@NASA Johnson_flickr

宇宙に飛び出すということは、「文明開化の際に、日本の侍が、小さな島を飛び出して大陸や新しい文化に触れたことと根本的には同じ」と金井氏は言う。

「たとえ地球上では国家間のしがらみがあったとしても、宇宙に行けばそんなものは関係ありません。みんな『地球代表』として宇宙に行き、そこでは互いに助け合わなければならないし、とても仲良くなります。それはすごく良いことだなと感じました。きっと、同じように宇宙に出てみたら、皆さんも目を開かされるはずです。もしチャンスがあったら、ぜひ多くの人に宇宙に行ってみてほしいですね」

地球上の旅行で、人生を変える新しい発見や出会いを経験する人は少なくない。宇宙という旅行スポットは、人間にどのような変化をもたらすのか。地上同様、これだけは行ってみないことには分からない。宇宙旅行が現実となる日がとても楽しみだ。

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