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妄想✕論理。ビジョン・ドリブン型思考で切り開く未来事業

「OPEN MEALS」クリエイティブディレクター、Future Vision Studio代表 榊良祐【後編】

「OPEN MEALS」のプロジェクトを通して斬新な食の未来を描き、専門家を巻き込みながら“データ食”を社会に実装する方法を探ってきた榊良祐氏。今後はOPEN MEALSで得られたビジョン・ドリブン型の事業開発メソッドをさまざまな業界で生かすことにも力を入れていくという。全てのビジネスパーソンが身に付けるべき、未来を描く妄想力とは。

気象データから生まれた「サイバー和菓子」を発表

「SUSHI TELEPORTATION」 や「SUSHI SINGULARITY」といったプロジェクトを通して、データ食産業の可能性を示してきた「OPEN MEALS」。2020年には、初の実食できるコンテンツである「CYBER WAGASHI」を発表した。プロジェクトを牽引する榊氏が狙いを語ってくれた。

「当時の技術では3Dプリンターで寿司を表現することが難しく、専門家と相談しながら手始めに和菓子のデータ化に着手しました。本来、和菓子は季節を先取りして味わうことが粋とされていますが、昨今は気候変動によって暦と実際の旬がズレてしまい、職人さんも悩んでいるそうです。そこで、当日の気温や風速、気圧といった気象データを用いた独自のアルゴリズムにより、和菓子の形状、素材などのデザインに自動で落とし込む仕組みを作りました」

衛星データプラットフォームが提供する気象データを使い、独自のアルゴリズムでデザインされた和菓子を3Dプリンターで出力。画像の和菓子は、1876年の東京の観測史上最も寒い日のデータからデザインされている

CYBER WAGASHIは実食できるアート作品ではあるものの、この技術を応用すれば将来的に多様にパーソナライズされた食を提供できる可能性がある。例えば気象データを人のヘルスデータや嗜好データに置き換えて、和菓子の素材の選定や加工を行うことも考えられる。また、和菓子に限らず、さまざまなジャンルのデータ食に拡張させることも不可能ではない。

「今後はパーソナライズ食を自動で量産する仕組みも作りたいと考えています。
ECサイトで自分の誕生日を入力すると、誕生日当日の予測気象データから和菓子が生成されて自宅に届くなど、新たな食の体験を提供していきたいですね」

CYBER WAGASHIは榊氏が現在も研究開発に力を入れているプロジェクト。洋菓子のデータ化も視野に入れ、チョコレートなどデータ化も検証しているという

広告クリエイターのスキルで未来を可視化する

データ食産業をけん引するキーマンとして注目を集めている榊氏。従来の広告クリエイターの役割に縛られず、これまで磨き上げてきたデザインやクリエイティブのスキルを社会のために生かすことを原動力としている。

「大学の研究者やエンジニア、企業や行政など、業界の垣根を越えた専門家とチームを作り、ディレクションしながら未来を作っていくことに僕はやりがいを感じています。OPEN MEALSも、食のデータ化や3Dプリンターのエンジニア、ヘルステック領域の専門家、シェフやデザイナーなど、幅広い業界の人を巻き込んでいます。さまざまな才能を集めて一緒に新しい未来を作るのが楽しいですし、僕がその起点になっていきたいと思っています」

広告クリエイターのスキルは、多様な人の知見、技術を総合して一枚の絵にビジュアライズできること。榊氏が「SUSHI SINGULARITY」で手掛けた「超未来食レストラン」のイメージビジュアルも、インパクトを重視して好き勝手に仕上げたわけではなく、各領域の専門家から集めた科学的なエビデンスを基に描かれている。

SUSHI SINGULARITYは、カウンターの奥に3Dプリンターやロボットアームといった製造マシンを設置。マシンの形状や細かな造形の描写、マシンの配置などに専門家の知見が反映されている

「解像度の高いビジュアルを制作することのメリットは、目指すべきゴールが明確になり異分野同士でもスムーズに議論が進むことです。ビジュアルは、言語や文化の壁を越えて分かり合える最強の共通言語なんですよね。僕がチームメンバーの話を聞き、それらを総合した絵を描くと、イメージが明確になって各領域の方と意見を交える手助けになります。プレゼンにおいても自分たちが目指す未来が伝わりやすく、賛同してくれる人が集まり、研究開発を加速させることができる。OPEN MEALSの活動を通して、そんなビジョン・ドリブン型の事業開発の可能性に気付きました」

前例のない事業開発を進めるためには、ビジョン・ドリブン型の事業開発が有効であると考えている。そのメソッドを幅広い業界で役立てるために2020年に立ち上げたのが「Future Vision Studio」だ。

体系化された“妄想学”を義務教育に組み込みたい

榊氏が代表を務める「Future Vision Studio」は、独自の可視化メソッドで未来事業を共創する専門チーム。OPEN MEALSのプロジェクトで得られた経験も盛り込みながら、「飛躍的なアイデア」「未来の兆しデータ」「緻密なビジュアライズ」「迅速なプロトタイピング」を掛け合わせ、未来のビジョンを高解像度に可視化するメソッドを開発した。

「VUCA時代といわれる現代において、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、ビジネスの未来はますます可変性が高く複雑なものになっています。実際に僕も、広告クリエイターとして働く中で、クライアントから『どんなビジョンを掲げるべきか分からない』『自社の技術を生かせなくて悩んでいる』といった相談を受けることが多いです。そこで我々は、まず実現したい未来を鮮明に描き、そこからバックキャスティングして今必要なアクションを導き出し、事業をドライブさせていく手法を確立しました」

このメソッドを応用することで、Future Vision Studioはこれまでのコンサルティングとは違った、実現可能でありながらも目新しいさまざまな未来事業構想を手掛けている。代表的な先行事例は、地球と宇宙の食の課題を解決する共創プログラム「SPACE FOODSPHERE(スペース・フードスフィア)」だ。

SPACE FOODSPHEREは約50の企業・団体・個人で構成される共創プログラム。多分野にわたる研究者、専門家の意見を基に、2040年の月面におけるサステナブルな食ソリューションを高解像度に可視化した

完成した未来構想のビジュアルは誰もが一目で分かる「事業の目標図」となるだけでなく、世の中の興味や話題、資金やパートナーも引きつける「世の中を実際に動かす力」を備えている。また、Future Vision Studioは未来事業構想のビジュアル化後も、プロトタイプ開発や事業コンサルティング、WEB・EC・製品開発までを一貫して提供することができる。

「全ての業界や企業にとってビジョン・ドリブン型の事業開発が有効であるとは限りません。ただ、世の中のあらゆるデータを基に未来を妄想する力は、新規事業を手掛けるビジネスマンだけではなく子どもたちにも学んでほしいし、個人的には小学校で“妄想学”を義務教育にするべきだと思っています」

今後、榊氏はOPEN MEALS やFuture Vision Studioで得られたビジョン・ドリブン型の事業開発のノウハウを体系化し、ワークショップや書籍を通して広めていきたいと考えている

榊氏がけん引するデータ食の技術が進化すれば、「自然エネルギーを活用した自動運転のキッチンカーで、ロボット店員がクオリティの高い料理を振る舞う」といった新たなサービスも検討できる。世界全体の温室効果ガスの排出量の3分の1を食の分野が占めるといわれている中で、あらゆるカタチでカーボンニュートラルの実現に大きく貢献できる可能性が高い。

元々優れた技術を持つ日本企業が“妄想力”を磨けば、今後も社会課題を解決するアイデアが次々と生まれるかもしれない。

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