
2026.9.17
JAMSTECの新装置が可能にする、海洋プラスチックのモニタリング
国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC)物質地球科学研究部門 主任研究員 中嶋亮太【後編】
世界中の海を漂い続け、海の生き物の命を脅かす存在となっている海洋プラスチック。代替素材への切り替えや排出量の制限など対策が急がれる昨今、海洋プラスチックの調査・研究に取り組む国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC)が開発したマイクロプラスチック分析装置に大きな期待が寄せられている──。後編では引き続き、同機構の物質地球科学研究部門 中嶋亮太主任研究員に、自ら開発に携わった新しい分析装置と、その効果、さらに各国の参加が期待される「プラスチック条約」の先行きを聞く。
この記事のポイント
- マイクロプラスチックを効率的に分析できる新装置「MARS」を開発
- 全自動モニタリングによって、海洋プラスチック対策の効果を「データ」で評価できるようになる
- 海洋プラスチック問題には、排出削減・国際協力・代替素材の開発が必要
プラスチックごみの海洋流出を防ぐことの難しさ
既に世界中のあらゆる海に拡散していると言っても過言ではない海洋プラスチック。海へ流れ出たプラスチックの全てを回収するのは、現在のテクノロジーでは現実的ではないと言わざるを得ない。
それでも私たちにできることはないのだろうか。
海洋プラスチックの調査、研究を続ける中嶋氏は次のように現状を語る。
「日本は世界でも有数のプラスチック回収率を誇り、ごみの総量を減らすことが課題であると言えます。回収率を100%にすることは難しい。不可抗力としてこぼれ落ちてしまうものはありますし、漁具など回収が難しいものがあります」
※【前編の記事】深海に沈む大量のプラスチック。JAMSTECが明らかにする海洋汚染の実態

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JAMSTECの調査によると、房総半島沖の黒潮続流・再循環域全体で年間2.8万tのマイクロプラスチックが表層から水深4900 mまで沈降、蓄積されていると推定された
資料提供:国立研究開発法人 海洋研究開発機構
集積場のごみを動物が荒らしたり、風で飛ばされたり、しまっていたはずのお菓子の包み紙がついカバンからこぼれ落ちたりするなど、仮に99%が回収できていても防ぎきれない1%のごみが存在する。1%でも8万tに相当する。そのためプラスチックごみの排出量を減らすことが、一人ひとりに求められる。
マイクロプラスチックの分析効率を飛躍的に高めた発明
一人ひとりの削減目標だけでなく、中嶋氏が期待を寄せているのが「プラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書」、いわば「国際プラスチック条約」の締結だ。
2022年から策定に向けて各国政府の関係者が集まり協議が続いている。G20大阪サミットでは、2050年までに海洋プラスチックによる追加汚染をゼロにする目標を掲げており、海洋プラスチック汚染をこれ以上進めないための動きが活発化することが期待されている。
「脱炭素、カーボンニュートラルという言葉が浸透しました。次はプラスチックが同じレベルで議論され、汚染を食い止める世界的なムーブメントへとつながることを期待しています」
こうした政府の動きに欠かせないのが、専門家や研究機関による研究データだろう。「どこを重点的に守ればよいのか」「施策の効果はどの程度か」などを調査・予測し、具体的な行動指針として政府が使える情報を提供するのが、JAMSTECのような国立研究機関に課せられた使命の一つでもある。
マイクロプラスチックによる汚染がどの程度進んでいるのか、将来的にどうなるのかといった予測のための一助として、JAMSTECは半自動でマイクロプラスチックを分析する装置「MARS(Microplastic Analyzer using Reflectance-FTIR Semi-automatically)」を開発した。

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マイクロプラスチック半自動分析装置「MARS」を構成する画像処理ユニット(左)と測定ユニット(右)
資料提供:国立研究開発法人 海洋研究開発機構

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「MARS」を構成する分析ユニット
画像提供:国立研究開発法人 海洋研究開発機構
この装置は、物質に赤外線を照射、吸収される様子を調べることで分子構造や材質を分析する反射型FTIR(Fourier Transform Infrared Spectroscopy:フーリエ変換赤外分光法)という技術を採用。これに画像解析技術を組み合わせ、多数のマイクロプラスチック粒子を高速かつ非破壊的に測定・材質判別が可能となった。
採集網などで集めた試料から拾い出したマイクロプラスチックらしい多数の粒子をサンプルプレートにまとめてのせて装置の測定開始ボタンを押すだけで、多数のマイクロプラスチックのサイズ・個数・材質を自動測定し、結果はExcel形式で出力される。

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画像処理ユニットでは、サンプル(粒子)を金属プレートにのせて撮影し、その大きさや色を自動測定する。サンプルを置くプレートと、プレートを動かすための電動XYステージ、粒子を撮影する同軸落射照明顕微鏡カメラを組み合わせる
画像提供:国立研究開発法人 海洋研究開発機構

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金属プレートのせる粒子は、条件を満たせばどんな形や数でも対応可能
画像提供:国立研究開発法人 海洋研究開発機構
「これまで、マイクロプラスチックの分析は手作業で行われてきました。海で採取してきたサンプルから自然由来の有機物を取り除き、さらに1mmにも満たない細かな粒をピンセットで取り分けて画像撮影し、一粒ずつ分析装置にかけ、そこで初めてサイズや材質が分かる。採取してきたサンプルには1000粒以上の粒子が含まれていることも多く、途方もない時間と労力を要していました」
そこで中嶋氏をはじめとするJAMSTECの研究チームは、ライフサイエンス分野で用いられる分析機器を開発するサーモフィッシャーサイエンティフィック ジャパン社との共同でMARSを開発。プレート上にサンプルをのせて装置にかけるだけで500µm(マイクロメートル/マイクロは100万分の1)以上の比較的大きなマイクロプラスチックのサイズや材質、個数を自動で割り出せるもので、作業効率は6倍にまで向上した。

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撮影した画像から粒子一つひとつを認識
資料提供:国立研究開発法人 海洋研究開発機構

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認識後、粒子の長さ・幅などを自動計算。顕微鏡を使って手作業で測定していた従来の手法に比べて大幅に速くなった
画像提供:国立研究開発法人 海洋研究開発機構

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測定ユニットは、粒子の赤外反射スペクトルを取得。赤外線を発する装置(FTIR)、赤外線を粒子に集中させる特殊なミラー、カメラ、焦点調整するダイヤルなどで構成
画像および資料提供:国立研究開発法人 海洋研究開発機構

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測定中の粒子の様子はCCDカメラで確認できる
画像提供:国立研究開発法人 海洋研究開発機構

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分析ユニットでは、各サンプルの専用フォルダをPC上に作成し、測定結果を整理・保存する
資料提供:国立研究開発法人 海洋研究開発機構

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分析ユニットで整理・保存される粒子のサイズ(長さ、幅、比率、面積)と材質(左)、顕微鏡カメラで撮影された粒子の画像(右)
資料および画像提供:国立研究開発法人 海洋研究開発機構

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分析ユニットで整理・保存される反射スペクトル測定時のCCDカメラの画像(左)、赤外スペクトル測定から得られたデータ(右)
画像および資料提供:国立研究開発法人 海洋研究開発機構
「MARSの開発により、研究者は大量のマイクロプラスチックの測定を簡単に短時間に処理でき、測定結果のエクセル表への手入力も不要となります。従来の標準手法に比べて、正確さは変わらずに、はるかに早く結果を得られるようになりました」
定量モニタリングで海洋プラスチック対策への行動指針を作成
マイクロプラスチックの分析効率を向上させたMARSに続き、中嶋氏の下で新たな装置の開発も進行中だという。
「全自動マイクロプラスチック分析装置の開発に着手しています。マイクロプラスチックが含まれる海水の採取から分析、結果の出力までを自動化するシステムで、これの社会実装を目指します」
例えば、この装置を岸壁や船舶など、常時海水がとれる場所に取り付けることで、その水の中にあるマイクロプラスチックを自動でモニタリングすることが可能になる。
「広い海洋を網羅的にモニタリングできるようになれば、プラスチック汚染のホットスポットの特定や要因も分かるようになります。特定の海域でモニタリングを続ければ、マイクロプラスチックの増減を知ることができるため、汚染対策の効果の科学的な検証ができます。そういったデータとして見えるようになると、国として取り組みの成果も見えやすくなります」
海洋プラスチックによる汚染は今すぐにでも食い止めるべきフェーズを迎えている。日本だけでなく、プラスチックごみを排出する全ての国が対策に取り組むべき課題であり、プラスチック条約の策定とそれを受けての各国の動きに注目していきたい。
「全自動分析装置の開発は私の大きなミッションです。一方で、海洋プラスチック汚染の調査も継続していきます。海洋プラスチックが生態系にどのような影響を及ぼすのかもその全貌はまったく分かっていません。マイクロプラスチックの増加によって物質循環のバランスが崩れるのはどのラインなのか、次に何が起こると予想されるのか。未知のことばかりなので、ていねいに調査して信頼できるデータを提供していかねばなりません」
最後に興味深い言葉があった。
昨今の軍事衝突や情勢不安からナフサ不足が叫ばれている。さまざまな企業でも事業への影響が懸念されているが、海洋プラスチック問題に対してはプラスに作用するかもしれないという。
「ナフサが足りないことでプラスチックの製造ができなくなる未来もあり得ます。皮肉ですが強制的に『脱プラ』が進むかもしれない。JAMSTECではセルロースやカニ殻に含まれるキチンをはじめとした生分解素材の研究が活発に進んでおり、プラスチックに代わる素材が生まれる追い風となる可能性はあります」

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2026年3月、群馬大学大学院食健康科学研究科・大学院理工学府・食健康科学教育研究センター(GUCFW)とJAMSTECの研究グループがカニ殻副産物を活用し、海洋生分解性プラスチックの表面の微生物群を変化させ、海水中での分解速度の制御に成功。カニ殻の研究が多角的に進んでいる
一人ひとりの努力だけでは防ぎきれない海へのプラスチックごみの流出。
代替素材はこうした「出さざるを得ない」ものへの利用が効果的だという。
また、海は世界中でつながっている。
これ以上の汚染を食い止めるためには各国による取り組みが必要になってくるだろう。
中嶋氏らの地道な調査によって集められたデータが未知の脅威への研究を一層進め、日本や世界にとってポジティブなステップになることを願いたい。

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text:藤堂真衣 edit:大場 徹(サンクレイオ翼)























