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2018.11.12
日本に1台!全地形対応車“レッドサラマンダー”を完全分析
海外の軍事車両をベースにした消防車の秘密に迫る
6月の大阪北部地震、7月初めの西日本豪雨、9月初めに上陸した台風21号、そして9月6日未明に発生した平成30年北海道胆振東部地震……。ことしだけでも、地震による土砂災害や大雨による水害など、自然災害の発生は枚挙にいとまがない。また、遡ることおよそ7年半。東日本大震災では、地震はもちろん、それに伴う津波によって東日本の沿岸部が広範囲にわたり泥濘地(でいねいち)となり、一般的な車両では入ることができず、救助活動は困難を極めた。そこで2013年3月、災害現場での救助資機材や負傷者の輸送、情報収集活動を目的に、総務省消防庁が国内導入を決めたのが、全地形対応車、通称「レッドサラマンダー」だ。
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近い将来の大震災に備えるために
真っ赤なボディに、いかついフロントマスク。
大きなクローラー(無限軌道)がついた大型の車両が2台連結されている。
どんな場所にでも乗り込んでいけそうなたたずまいが、頼もしく見える。
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普段は愛知県岡崎市消防本部のガレージに鎮座する、レッドサラマンダー。「サラマンダー」とは、四大元素を司る精霊のうち、“火をつかさどるもの”という伝承が残る。実在の生物では、両生類の一種のことで、日本ではサンショウウオとされることが多い
正式名称は「全地形対応車」、通称「レッドサラマンダー」。
大規模災害発生時、通常タイヤだけの車両では走行が難しい場所に乗り込み、さまざまな救助活動をするために総務省消防庁が配備した、特殊消防車両だ。
きっかけは2011年3月11日に東日本全域を襲った、東日本大震災にある。未曾有の災害に対応するため、警察、自衛隊、そして消防の隊員たちが日本全国から集結した。彼らの救助活動を困難にしたのは、津波によって現地が泥だらけ、ヘドロだらけだったことだ。
この辛く苦い経験を生かし、激しいぬかるみでも走行できる全地形対応車の導入が決定。日本全国に1台となる車両の配備先として、岡崎市消防本部が選ばれた。
「2013年3月に配備されましたが、ここ愛知県岡崎市への配備理由は、日本の中央に位置しているなどいくつかあります。最大の理由は、何と言っても南海トラフ地震の可能性が危惧されていることです。愛知県沿岸部は津波被害が予想されていますが、岡崎市は内陸部に位置するので津波は来ないと想定。その分、津波にすぐに対応できるだろうということで選ばれたと聞いています」
そう教えてくれたのは、岡崎市消防本部 消防課消防企画係 主任主査 消防司令補の宮ざき(※「ざき」の字は「碕」の右上「大」が「立」)孝直さんだ。
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岡崎市消防本部の宮ざきさん。手にしているのは、トミカ社製のレッドサラマンダーのミニカー
各地域の消防署は地方自治体の管轄となる。だから「岡崎市」消防本部なのだ。当然、隊員の雇用から消防車、救急車といった装備は各地方自治体の予算でまかなわれる。
しかし、レッドサラマンダーのように消防庁が配備を決定したものは、消防組織法第50条(国有財産等の無償使用)に基づき、総務省の予算で導入される。ちなみにレッドサラマンダーの購入費用はおよそ1億円だ。
「しかしレッドサラマンダーの管理・維持・運用については、岡崎市消防本部で負担します。ですので、それを含めて対応できる自治体の消防署が受け入れを立候補するわけです。消防署の体力という意味では、予算だけではありません。
例えば、昨年の『平成29年7月九州北部豪雨』では大分・福岡県に9日間、ことしの『平成30年7月豪雨』では岡山県に6日間にわたって車両、隊員が被災地入りしました。その間、地元の災害にも備えるだけの体力がある消防署でなければならないのです」
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前車に4人、後車に6人が登場可能となる
画像提供:岡崎市消防本部
燃料容量500Lで、燃費はリッター1km
レッドサラマンダーとは、どういう車両なのか──。
以下のスペックを見てもサイズ感はうまく伝わらないかもしれないが、「氷点下35℃及び水深1.2mまで走行可能」という情報に、“全地形対応車”であることが表れている。
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「平成30年7月豪雨」の災害救助のため、岡山県に派遣されたレッドサラマンダー
画像提供:岡崎市消防本部
■レッドサラマンダー 仕様諸元
・全長 …8.72m
・全幅 …2.26m
・全高 …2.66m
・車両総重量…1万2130kg
・総排気量…7240cc
・駆動方式…連結ゴム製クローラー方式
・エンジン…4サイクルディーゼル
・燃料搭載量…500L(前車40L、後車460L)
・乗車定員…10名(前車4名、後車6名)
■レッドサラマンダー 走行性能
・最高速度…50km/h
・最大登坂能力…50%
・最大乗越え段差…0.6m
・最大溝乗越え幅…2m
・最小回転半径…8m
・燃費…約1km/L
・氷点下35℃で使用可能
・水深2mまで走行可能
■主要装備
・電動ウィンチ
・ライフジャケット
・バスケットストレッチャー
・小型船舶用救命浮環
製造したのはシンガポールのSTキネティクス社(現在はST Engineering and Systems.Ltdに社名変更)。
元々は軍事車両として開発されたものを、日本最大の消防車メーカー、株式会社モリタ(兵庫県三田市)が輸入。メンテナンスも同社が担当する。
「通常、クローラーで動く車両にブレーキはありません。しかし、レッドサラマンダーにはハンドル、アクセル、ブレーキがあり、さらにサイドブレーキまで付いています。動力エネルギーはディーゼルエンジン。油圧を介して、クローラーの一番前に付いている車輪を回し、走行します」
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レッドサラマンダーのコクピット。左側にあるモニターはカーナビと車両前後に付くカメラの画像を写す。ハンドル右下に見えるレバーがサイドブレーキ。ペダルは右がアクセル、左がブレーキ。画面中央に見える黒いレバーはATレバーと、一般的な自動車とほぼ変わらない
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ゴム製のクローラーを採用。公道を走行できることがメリット。一番前の車輪(写真左端)が駆動輪。ブレーキもこの車輪に対して作用する
“一般車道を走ることができる”ということは“車検を通している”という意味だが、現場まで行く場合は専用の搬送車に載せて移動する。
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レッドサラマンダー専用搬送車。災害現場までは、この搬送車で運び入れる
画像提供:岡崎市消防本部
気になる燃費は約1km/L程度だという。
用途と利用頻度があまりに違うので単純な比較にはならないが、例えば一般的な路線バス(日野ブルーリボン/クリーンディーゼル)は、車両総重量約1万4000kgで燃費は約4.6km/Lというところ。
レッドサラマンダーは、よりハードな使用環境であることを考えれば、エネルギー効率がよく、決して悪い燃費ではないのかもしれない。
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レッドサラマンダーのエンジンルーム。黄色の部分がエンジンブロック。黒いケーブルの中にオイルが流れ、油圧ダンパーへとつながる
「その他のコストも普通の大型自動車と変わりありません。むしろ大型の消防車よりかからないかもしれません。というのも、レッドサラマンダーは『9』ナンバーのため重量税が免除されるのです。タイヤをスタッドレスに変える必要もありませんしね」
搭載できる燃料は500L。前車に40L、後車に460Lだ。エンジンは前の車両の後部に搭載されており、そこから油圧ケーブルなどを通して後車のクローラーも回転させる。
「だから後車が切り離されても、前車だけで走れます。ただ、それだと曲がれないんです…」
一般的にクローラーのついた車両は、左右の回転数を変えることで舵を切る。しかしレッドサラマンダーの場合、押し出す方向を変えることで舵を切るのだ。
「前後のクルマの境目に油圧ダンパーがあり、その押し出し方を変えることで曲がります。ですので、運転には慣れが必要ですね」
レッドサラマンダーは、何ができるクルマなのか?
レッドサラマンダーが得意なことは、泥濘地を行くことだ。放水ができるとか、はしごを延ばせるということはない。
「隊員、救助資機材、負傷者の輸送が主なミッションです。さらにもう一つは被災地など現場での情報収集活動ということになります」
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レッドサラマンダーは、高度救助隊と呼ばれる部隊が運用している。岡崎市消防本部では10名ほどの隊員を擁している
例えば、昨年の「平成29年7月九州北部豪雨」では、発生直後から大分県に派遣された。
その時点では依然として特別警報が発令されており、大雨が降り続いていた。到着した時点で山間部における集落の分断が始まっていたが、悪天候のためにヘリコプターを飛ばすこともできず、安否確認もできない状況にあった。陸路を使って探索することが検討されたが、二次崩落の可能性もある中、安易に隊員を派遣するわけにもいかない。
そこで登場したのがレッドサラマンダーだ。強固なボディに守られているので隊員も安心して災害現場に向かうことができる。実際に何度もピストン輸送することで隊員たちを現場まで送り届けた。
「偵察しつつ、同時に次の活動方針を決める。なおかつ地元の災害対策本部とも連携しながら動くなど、現場の最前線を走っていたのがレッドサラマンダーでした。その意味では災害の初動時にとても活躍できるクルマだと思ったんです」
しかし、その認識はことしの『平成30年7月豪雨』では通用しなかった。
「すぐに岡山県の真備町に入ったんですが、その時点では道路などの水かさが5~6mほどありました。そこまでの水深ですと、さすがにボートでなければ無理なのです。レッドサラマンダーが動き出せたのは、3日ほどたって水位が下がってからでした。
それでも慎重に進めましたよ。水深1.2m程度であれば入っていけるのですが、水が濁っていて、底に何があるか分かりませんでしたから。クルマが沈んでいるかもしれないし、もしかしたら人がいる可能性だってありますからね。それを経験することで、レッドサラマンダーは災害初期から使える場合もあれば、初期は難しくとも状況の変化で対応できるようになるということを学びました」
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「平成30年7月豪雨」で出動した際は、水が引くまで思うような活動ができなかった
画像提供:岡崎市消防本部
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後車の車内。折りたたみ式のシート、救命胴衣やストレッチャーが装備されている
使える状況、使えない状況を理解できたことは、レッドサラマンダーに対する知見が増えたことだと宮ざきさんは言う。
「救助資機材には適材適所があるんです。レッドサラマンダーもオールマイティではありません。活躍できる得意な場面もあれば、他の資機材の方が得意な場面もあります。われわれ消防官は状況を見て、そのときに使えるベストな資機材を選んで救助に当たっています。その意味では使える道具が増えるほど、救助の可能性も広がるといえますね」
さらに救助資機材には、実際の活動以外に被災地を励ます役割があることを知った。
「被災地での活動を終えてしばらくしたら、現地の子どもたちから感謝の手紙をもらったんですよ。『レッドサラマンダーの姿を見ただけで、頼もしくって、元気が出ました』と。僕らの仕事には、そういう側面もあるんですよね」
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かぶとをイメージしたレッドサラマンダーのフロントマスク
レッドサラマンダーのフロントマスクは、侍のかぶとをイメージしたものだという。
まさに戦隊モノに出てくるような姿やパフォーマンスは、『正義の味方』そのもの。
2台目以降の導入予定などは、国家・国防に関わるため今のところ不明だが、1機の購入額が100億円以上とされる航空機「オスプレイ」や、1基1000億円ともいわれる地上配備型ミサイル防衛システム「イージス・アショア」を複数配備するのであれば、1台約1億円のレッドサラマンダーが主要都市に配備されてもよいのではないだろうか。
災害は起こらないのが一番だが、いざというときに備えてレッドサラマンダーは今日も静かにメンテナンスを受けているはずだ。
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