トップランナー

世界でただ一つの視点から、全固体電池の新たな研究領域を切り開く

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 一杉太郎教授【後編】

全固体電池の実用化にあたり、超えるべき大きな課題の一つである“固体電解質と電極の界面での抵抗をいかにして減らすか”──。その分野において革新的な研究成果を出し続けているのが東京工業大学の一杉(ひとすぎ)教授らの研究グループだ。なぜ従来分からなかったことが分かるようになったのか? それは一杉教授が持つ研究への独特な視点と、独創性にあふれた実験設備にあった。前編に引き続き一杉教授の研究室で話を伺った。

電気化学と固体物理・固体化学がクロスする場所

全固体電池の研究はこれまで、ほとんどが電気化学分野で培われた方法からアプローチされてきた。ある意味で研究対象が電池なのだから当然といえる。

しかし、一杉教授が専門とするのは、ミクロの視点から物質の特性を解き明かす固体物理学や、新物質を発見して性質を明らかにする固体化学の分野だ。研究職に就く以前には、企業で光記録技術の研究開発を行っていた経験もあるという。
※【前編】の記事はこちら

「シリコンウェハーのような薄く切った固体上に回路を形成し、その回路を何千個、何万個、何億個と集積することで瞬間的に自動計算ができたり、現代ではそれがさらに進歩して人工知能にまでなろうとしているのは、よく考えると不思議ですよね」

そう感慨にふける一杉教授だが、全固体電池は中身が固体であるがゆえに、これまで研究室や企業で培ってきた固体物理学、固体化学の知見が役立っているのだろうか。

「研究の基盤となるようなところで共通する部分があるので、この電池研究を始める前に得た知識や技術が直接的にもちろん役立ちます。しかし、電池技術に近付くほどわれわれのアプローチを用いた研究は少ないので、途方に暮れながら自分たちで道を切り開いていくしかありませんでした。でも、途方に暮れるからこそいいんです」

企業では製品の研究開発だけでなく、営業にも携わっていたという一杉教授

例えば、大学でAという分野を学ぶ。その分野には専門家がたくさんいるかもしれないが、その知識を持ってBという新たな分野に進むと、AとBを組み合わせて考えられる研究者は案外少ない。

「もちろんB分野に進んだら、これまでとは違う考え方や知識に出合い、自分の無力さを感じて途方に暮れるでしょう。しかし、Bの知識とAを組み合わせると、独創的なことができるでしょう」

さらにC、Dと研究機関を移っていけば、唯一無二の視点が生まれる。つまり、一杉教授が言っているのは、途方に暮れる経験が多いほど、独創的なことができる可能性が高くなるということ。これは研究者としての“個性を作る”ともいえる重要な要素だ。

「私が教えている学生たちには、常に“世界で自分にしかできない研究をしよう”と言っているのですが、大抵の学生は“そんなことできるはずがない”という顔を最初にします。でも、自分のキャリアの中で、異なる分野にいかに挑戦し、途方に暮れてきたかという経験が研究者としての武器になります。組み合わせられる武器を持てば持つほど、世界でまだ誰もやったことのない研究ができるんだ、と説明するとみんな納得しますよ」

アトムエンジニアリングの知識と技術を軸に界面抵抗の研究を行っていくのは、これまで誰もやってこなかった未開拓の分野。まさに世界中で一杉教授たちにしかできない研究だ。東京工業大学内で全固体電池の固体電解質について研究している菅野了次教授たちと常々交流や情報を交換し、電気化学の分野と交わることも良い経験になっているという。

「研究に限らず、異なる考え方や文化が重なり合う場所では面白いことが起きるものです。常に新しい視点を取り入れていくことが、研究者にとって最も大切なことだと思っています」

人と同じ実験装置では他の人と同じ研究しかできない!

全固体電池の研究において一杉研究室が他と違っているのは、そうした視点の新しさが一つだが、それだけではない。

独自に開発した実験設備も、今後、革新的な研究成果を生み続ける大きな助けとなるという。これが実にユニークな装置で、複数の原料をセットしておけばロボットアームが自動的に実験、評価を行ってくれるというものだ。

「研究する時間の多くは実験で手を動かす作業に費やされてしまいます。もちろん、研究を始めた段階の学生は手を動かして学ぶことも大事なのですが、ある程度、経験を積んでくると学ぶことが少なくなり、時間と能力の浪費でしかなくなってしまいます。つまり単純作業に時間が奪われ、研究者としての成長を阻んでしまうのです。だからこそ、繰り返し作業はロボットに任せて、学生や研究者はより創造性の高い研鑽に取り組むべきなのです」

一杉研究室が独自に開発した、自動で実験を行ってくれる装置。ネーミングは検討中だという

人間に代わり、ロボットが膨大な原料の組み合わせを24時間365日にわたって試してくれる。しかも超真空下での成膜・物性評価など、人間の手ではできない実験までも可能としている。

「先ほども話したように、研究者にとって一番大切なのは『創造性』です。人間にしかできないことに集中するため、この装置を開発しました。この装置ができたことで、研究者が楽になるわけではありません。むしろ頭脳を使わなければいけないので大変になります(笑)。創造性を発揮する時間が得られるのですから、これからの学生たちは今までの研究者よりももっと忙しくなりますよ」

偶然を意図的に起こすことで生まれるインスパイアが大事

また、実験装置は単に実験を肩代わりしてくれるロボットとしての役割だけにとどまらない。条件を与えると、自ら考えて物質の合成などの作業を開始し、実験して評価するという人工知能の機能も組み合わされているのだ。

実験結果の分析や解釈を与えるのはあくまで人間だが、「人間とAI・ロボットの間で連続的に情報がやり取りされることで、間断なく実験を繰り返すサイクルを実現できるようになります。そして、AIロボットの結果から研究者がインスパイアされ、新しい物質観の構築が期待できますね」と一杉教授は言う。

研究者がAI/ロボット実験装置に指令を与え、自動的に実験して評価、また違う条件を与えて延々と実験が繰り返される概念を図で示したもの

「例えば、固体電解質の材料を考えるとき、前提として5つの元素があるとします。その組み合わせは膨大なんですね。これまでは人間の手でパターンを組み替えてきたのですが、網羅的に研究者自身が行っていたら、時間がいくらあっても足りません。特に全固体電池のような日々新しい発見がある分野では、置き去りにされてしまいます」

人間の思い込みによって調査対象が限られてしまう問題についても、AI・ロボットを活用すれば克服できる可能性があるという。

重要な発見は時として失敗など偶然によってもたらされることがあるが、偶然を偶然でなくそう、という新たな発想だ。

「ロボットやAIを活用することで重要なのは、最終的に目標とする物質に到達することではありません。思い込みを排除した広いパラメータで実験することにより、思いも寄らぬ物質が生まれることがある。こんな特性の物質ができるんだ、と知ることで、研究者は新たなインスピレーションが得られるわけです」

発想、着想は人間にしかできない行為。研究者はそこに特化するべき、と語る一杉教授

物質の特性を明らかにする基礎研究と、産業界に役立つ応用研究の分野を縦横無尽に行き来し、これまで電気化学の分野だった全固体電池の研究に固体物理学、固体化学の立場から挑み続ける一杉教授。

全固体電池というフィールドを超え、実験という行為そのもの、研究者の在り方を変えんとする開拓者だ。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

Twitterでフォローしよう

この記事をシェア

  • Facebook
  • Twitter
  • はてぶ!
  • LINE