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空想未来研究所2.0

マッハ840の日本刀で空気を斬る!? 阿弥陀流真空仏陀切りの仕組み

『シャーマンキング』で描かれたエネルギーについて考えてみた

マンガやアニメの世界を研究する空想未来研究所が、今回取り上げるテーマは「真空斬り」。10年以上前に本編の連載は終了したものの、2021年4月には新作アニメが放送されるなど、今もなお人気の高いマンガ『シャーマンキング』(1998~2004年)。日本刀で斬撃を飛ばす必殺技「阿弥陀流真空仏陀切り」について、エネルギーの視点から考えてみました。

迷える霊たちを救うシャーマンの物語

『シャーマンキング』は、心が温まる物語だ。

主人公の麻倉葉は、あの世とこの世をつなぐシャーマン。無念に死んでいった霊たちと合体し、自分の体を使って思いを遂げさせる。

殺された刀鍛冶に刀を打たせてやったり、看板完成前に事故で亡くなったペンキ屋さんに絵を完成させてやったり。学校では、気の毒な死に方をした学年トップの秀才、美術部員、ピアニストたちの霊と合体し、いい成績を上げるが、それも自分のためではなく、彼らに現世で活躍の場を与えるためなのだ。

阿弥陀丸との出会いも、胸を打たれるものだった。

葉は強いシャーマンになるために、強い霊を探していた。そこで出会ったのが、阿弥陀丸。「600年前に多数の侍を斬り殺して処刑された」と伝えられるが、それは前述の刀鍛冶・喪助を助けるための戦いだった。

孤児だった2人は幼いころから親友で、阿弥陀丸は剣術を、喪助は刀鍛冶の腕を磨いていた。ところが2人が仕えた領主は極悪非道で、喪助が打った名刀「春雨(はるさめ)」を唯一無二のものとするために、阿弥陀丸に喪助の殺害を命じる。阿弥陀丸は喪助を逃がし、喪助は阿弥陀丸に「お前のために最強の春雨を打つ」と約束して別れるが、2人は別々の場所で殺されてしまう。

その春雨を、喪助は葉の体を借りて完成させ、600年ぶりの約束を果たしたのである。こうして阿弥陀丸は葉の仲間になり、シャーマンの王・シャーマンキングを決める500年に一度の戦いに加わっていく。

注目したいのは、その春雨から放たれる必殺技「阿弥陀流真空仏陀切り」だ。技の名を叫びつつ、刀を左から右へ水平になぎ払うと斬撃のようなものが放たれ、相手がぶっ飛んだり、無数の氷の柱を切ったり、爆発が起きたり!

これはもう考えずにはいられない。刀を振るだけで、なぜこんなことが起きるのか? そして、そのとき放たれるエネルギーはどれほどか?

阿弥陀流真空仏陀切り…の前に少し歴史に思いをはせる

阿弥陀流真空仏陀切りについては、阿弥陀丸が、葉の口を借りてこんなことを言っている。

《剣は一人(いちにん)の敵学ぶに足りず。拙者があの弱肉強食の世で一度に万人と戦うためにあみだした剣術は―――空気を斬り裂き、間合いの外にいる敵を一度に相手にできるもの》(※句読点は筆者加筆)

「剣は一人の敵学ぶに足りず」については、マンガの中でこう解説されている。「剣術は1人を相手にするだけの代物で、学ぶほどの価値はない(万人を相手にする兵法を学ぶべき)という意味の格言」。

誰の言葉だろうと思って調べてみると、漢の劉邦と天下を争い、紀元前202年に垓下(がいか)の戦いで敗れ、故事成語「四面楚歌」を残して自刎(じふん)した最後の楚王・項羽の言葉だった。

司馬遷によって書き残された歴史書『史記』は、こう伝える。項羽は若いころ、学問に励んだが成就できず、学問をやめて始めた剣術も上達しなかった。これを養い親の叔父・項梁が叱ると項羽は答えた。「文字など自分の名前が書ければ十分です。剣術のように一人を相手にするものは学ぶ価値がない。私は万人を相手にするものをやりたい」。そこで項梁は項羽に兵法を教えた。項羽は喜んで学んだが、一通りのことを知ると、それ以上は興味を示さなかった。

なんてイマドキ! 2200年以上も前の人なのに。というか、筆者の若い頃にもたくさんいたような気がするなあ。もちろん歴史書の常として、負けた方の項羽はあまりいい書き方をされていないのかも。しかし、ならばと兵法を教えた項梁は度量が広い。さすが、天下を争うまでになる人の叔父さんだ。

寄り道はこの辺にして、阿弥陀流真空仏陀切りである。

阿弥陀丸の言葉から分かるのは、阿弥陀流真空仏陀切りは間合いの外から大勢を倒す剣術ということだ。普通、剣というものは間合いに入って1人を倒すための武器だが、阿弥陀丸は、その正反対を目指したわけだ。

科学の世界にも、普通の反対をやって大きな業績を上げた人がたくさんいるし、最後の相場師・是川銀蔵(1897~1992年)も、「野も山も 皆一面に黄色なら 阿呆になって白を買うべし」という短歌を残した。それもまた新境地を開くための道なのかもしれない。

だが、どうすれば間合いの外から万人を倒せるのか。阿弥陀丸の言葉を科学の目で見ると、ヒントは1つしかない。「空気を斬り裂き」。これを足掛かりに、阿弥陀流真空仏陀切りの神髄に迫ってみよう!

シャーマンキング・阿弥陀流真空仏陀切りの原理

そもそも、空気を斬り裂くとは、どういうことか。筆者にはもちろんできないし、これができる達人の話も聞いたことがない。

科学的に考えると、こうなる。

空気中には、窒素78%、酸素21%のほか、無数の分子がある。1mm3あたりに2京5000兆個という膨大な数だ。ここへ刀を斬り込むとどうなるか?

空気の分子は刀に押しのけられて、後方に隙間ができるだろう。「空気の隙間」とはすなわち真空だ。

ただし、空気の分子は、秒速500mというものすごい速度で飛び回っているので、その隙間にはたちまち分子が押し寄せて、埋められてしまう。だが、とてつもない速さで刀を振れば、分子が集まるまでの間は、ほんの一瞬ながら真空が残されるはずだ。

日本刀の厚さは7mmほど。水平に振る場合は、上下から分子が3.5mmずつ押し寄せると、真空は埋まってしまう。そうなるまでの時間は、次の式で求められる

【 0.0035m÷秒速500m=0.000007秒 】
※3.5mm=0.0035m

その間に、阿弥陀丸が春雨の切先を2m動かせば、刀の後方2mに真空ができるはずである。これこそまさに「空気を斬り裂く」というイメージではないだろうか。

ただし、当たり前だが、これには想像を絶するスピードが必要だ。

【 2m÷0.000007秒=秒速28万6000m=マッハ840 】

どはははは! あまりのスピードに思わず笑ってしまった。こういう猛烈な速度でないと、空気は斬り裂けないわけだ。自分にできない理由が、よく分かりました。

日本刀で生み出す衝撃波と熱

では、空気を斬り裂ければ、間合いの外にいる万人が斬れるのか?

昔から、マンガや小説には刀で真空を作って攻撃する人がよく出てくるが、本件で考えている真空は0.000007秒で消えるから、攻撃には使えない。

だが、物体が空気中を超音速で運動すると、衝撃波が放たれると同時に空気との衝突で熱が発生する。ここでは、相手が阿弥陀丸から20m離れた地点にいると仮定して、それぞれの威力を求めてみよう。

まずは衝撃波。

日本刀の刀身は、長さが70cm、幅が3cm。この大きさの物体がマッハ840などという高速で運動すると、とてつもない衝撃波が発生する。

衝撃波には、本件のように超音速運動で発生するものと、爆発によって生じるものがある。衝撃波面の圧力に注目して比較すると、マッハ840の日本刀から放たれる衝撃波は、爆薬295kgの爆発に相当する。半径27m以内の家屋が全壊する破壊力だ。

この衝撃波によって、20m離れた地点に186dB(デシベル)の炸裂音が鳴り響く! 人間は130dB以上の音で失神するから、相手は枕を並べて大失神! その圧力はガラス窓が割れる衝撃波の30倍で、鼓膜も無事では済むまい。

続いて熱。

日本刀の形をしたものがマッハ840で運動すると、空気との衝突によって刀身が117万℃に加熱される。地球上での他の現象では発生し得ない高温であり、刀がそんなに熱くなって大丈夫か心配だが、喪助が魂を込めた春雨なのだから、大丈夫と考えよう。

その高温の刀身からは、20m離れた地点に真夏の太陽の16億倍の熱が放たれる。16倍じゃないよ、16億倍だよ!

ただし、光や熱の強さは1秒あたりのエネルギーで表され、これを受ける時間は、阿弥陀丸が刀を振るのと同じ0.000007秒でしかないため、相手が受ける熱の量も1130kcalにとどまる。

いや、「とどまる」なんて言っている場合ではない。体重が70kgなら体温は19℃も上昇! 人間は体温が6℃以上高くなると命が危ないから、間違いなくオダブツであろう。

しかもこれは、熱が全身にまんべんなく伝わった場合の上昇幅で、0.000007秒ではとてもそんなヒマはない。熱を受けた側の皮膚とか水分とか、モロモロ焼けたり焦げたり蒸発したりするでしょうなあ。

語るもオソロシイことになってきた。空気を斬り裂くマッハ840という速度が、どれほど常軌を逸しているかシミジミ分かる。

阿弥陀丸、横を向いて斬れ!

だが、阿弥陀丸には、刀を振る方向に気を付けてもらいたい。

衝撃波はクサビ形に発生し、物体の速度が速くなるほど先端が鋭くなる。マッハ840ともなると、先端角は0.136度だ。そして、衝撃波はクサビ形を作る2枚の面に垂直な方向へそれぞれ進んでいく。真空仏陀切りのように刀を水平に振ると、ほぼ真上と真下に進むのだ。これは、熱も同じである。熱は面積の広い刀の側面から大量に出るので、振った方向と垂直に放たれる。

つまり、刀を水平に振ると、どちらも相手に当たらない!

相手に当てるためには、相手に対して横を向き、上から下へ振り下ろすか、あるいは下から上へ斬り上げるか。これによって、左右どちらかの衝撃波や熱が相手を粉砕してくれるだろう。相手にしてみれば、「あいつ、なんで見当違いの方向に振ってるんだ?」と思っていたら、衝撃波がドバーン、熱がジュワーッと来るわけで、効果抜群の不意打ちになるだろう。

そういうことになると、味方も注意が必要だ。阿弥陀丸=葉の戦いを横でボンヤリ見ていると、相手に飛んでいったのと反対側の衝撃波や熱が自分たちの方にも飛んでくる! これを避けるには、常に葉の真後ろにいるべきだろう。葉が西向きゃ仲間は東、逆を向いたらササッと反対側へ。葉も阿弥陀丸もうっとうしくてたまらん!

「空気を斬り裂く」。たった一つの言葉を科学で徹底的に考えていくと、必殺技の恐るべき威力が明らかになる。その結果、作品の描写とは違うものになってしまうこともあるが、それも「劇中の言葉」がパワフルな意味を内包しているからだろう。人間の想像力は、本当に素晴らしい!

※記事では数値を四捨五入して表示しています。このため、示している数値を示された通りの方法で計算しても、答えが一致しないことがあります。

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