空想未来研究所2.0

時速135kmで走るバスと同じ?鬼殺隊が「呼吸」で繰り出す技のエネルギー

『鬼滅の刃』の呼吸について考えてみた

マンガやアニメの世界を研究する空想未来研究所が、今回取り上げるテーマは「呼吸」。マンガからアニメ化、舞台化と広がり、現在人気急上昇中の『鬼滅の刃』(2016年~)で、強さの秘訣(ひけつ)となるのが「全集中の呼吸」という呼吸法。空想世界では「強くなる方法」が数々登場してきたが、鬼を滅するほど強くなれる呼吸のエネルギーとはどれほどか、考えてみました。

「呼吸で強くなる」はきわめて科学的な修行法

生身の人間が、いかにして強くなるか。

多くの作品では、人間は体内に、科学で言う「エネルギー」に近いものを宿すとされ、人々はそれを一気に放出することで、超人的な強さを見せてきた。

『ドラゴンボール』(1984~1995年)の「気」、『HUNTER×HUNTER』(1998年~)の「念」、『NARUTO』(1999~2014年)の「チャクラ」などが、それに当たるだろう。

いずれも、自然界では確認されていないが、物語で重要な役割を果たしてきたことに間違いはない。

これに対して、全ての生物が営む生命活動で、己の強さを飛躍的に増大させるのが『鬼滅の刃』だ。

人間を食らう鬼たちに、鬼殺隊と呼ばれる剣士らが立ち向かう物語。鬼は、力もスピードも人間を圧倒し、体のどこを損傷しても、たちまち再生する。倒すには、太陽の光を浴びせるか、「日輪刀」という特殊な刀で頸(くび)を切り落とすしかない。他に弱点といえば、藤の花の香りを嫌うことぐらい。この鬼と「呼吸」で戦う!

竈門炭治郎(かまど・たんじろう)は、留守中に家族を鬼に殺され、ただ一人生き残った妹の禰豆子(ねずこ。禰は正しくはしめすへん)も、鬼の血を浴びて鬼にされてしまう。炭治郎は、鬼殺隊の冨岡義勇(とみおか・ぎゆう)に出会い、人々に悲しみをもたらす鬼を倒すため、そして禰豆子を人間に戻すために、鬼殺隊への入隊を決意する。

そのために、狭霧山に棲む鱗滝左近次(うろこだき・さこんじ)に弟子入りする。左近次は、炭治郎に厳しい鍛錬を課すとともに、「全集中の呼吸」と、「水の呼吸」の10の型を伝授。「全集中の呼吸」は、身体能力を激烈に増大させる。

呼吸は、摂取した栄養分を酸素と反応させて、生きるためのエネルギーを取り出す営みだから「呼吸法を磨いて強くなる」というのは、しびれるほどに科学的だ。では、その全集中の呼吸とは、具体的にどのようなものか。そして、これを身に付けた炭治郎は、どれほど強くなったのだろうか。

先進的な高地トレーニングを取り入れる鬼殺隊

左近次が、炭治郎に課した最初の鍛錬は「山下り」だった。わなの仕掛けられた山を、夜明けまでに駆け降りる。

そのわなは厳しいものだった。野球ボールほどの石が6個も飛んでくる! 深さ5mはあろうかという落とし穴! 丸太が鐘突きの撞木(しゅもく)のように背中を直撃! 短刀4本が飛んでくる! 落とし穴の底にたくさんの包丁が上を向いてギラついている!

これは仕掛ける方も大変だろう。例えば、石を飛ばすわな。野球ボール(直径7.3cm)大の石は、重さが550gになる。6個で3.3kgだ。これが顔に向かって飛んでくる!

炭治郎のダメージから、時速100kmは出ていただろう。物語の舞台は大正時代(1912~1926年)だから、おそらく竹などをたわめて飛ばしたと見られるが、たわめる距離が1mだとすると、260kgの力が必要になる。

左近次は毎日、炭治郎が山に上る前に、これらのわなを仕掛けて回っていたはず。左近次の方がいい鍛錬になったかも。

この山下りは、身体能力と反射神経を高めるとともに、「全集中の呼吸」の習得の準備でもあった。

初めての山下りで、炭治郎は気付く。空気が薄く、呼吸が苦しいのだ。

標高が高いと空気の密度(濃さ)が小さく(薄く)なり、人間は空気の密度が海面上の80%を切ると、酸欠の症状が表れる。その密度になる高度は海抜2300m。狭霧山は、中腹でもこれぐらいの標高があったのかもしれない。

ところが現実に、海抜5000m(空気密度は海面上の60%)にも、人は住んでいる。

これが可能なのは、体が環境に順応して、毛細血管が発達し、血液量そのものも、酸素を運ぶ赤血球も、赤血球の中で酸素と結び付くヘモグロビンも、筋肉中に酸素を蓄えるミオグロビンも、細胞の呼吸の場であるミトコンドリアも増えているためだ。

スポーツ選手にも、これらの効果で心肺能力を高めるために、高地トレーニングに取り組む人たちがいる。

高地トレーニングは、1960年のローマ五輪でエチオピア(首都アジスアベバは海抜2355m)のアベベ・ビキラ選手が優勝したことをきっかけに、取り組まれるようになった。鬼殺隊は大正時代から高地トレーニングを取り入れていたわけで、驚くべき先進性である。

「全集中の呼吸」でなぜ強くなれるのか

こうした鍛錬を積んだ上で、炭治郎は「全集中の呼吸」を学んだ。これについては、アニメでは左近次自身がこのように説明している(マンガでは説明していない)。

・体の隅々の細胞まで酸素が行き渡るよう長い呼吸を意識する
・自然治癒力を高め、精神の安定化と活性化をもたらしてくれる
・上半身はゆったりと、下半身はどっしりと構える

炭治郎の鍛錬を手伝った真菰(まこも:左近次のかつての弟子)も、このように説明している。

・体中の血の巡りと心臓の鼓動を速くする
・とても体温が上がり、人間のまま鬼のように強くなれる
・とにかく肺を大きくすることが必要
・血の中にたくさんの空気を取り込んで血がびっくりすると、骨と筋肉が慌てて熱くなり、強くなれる

2人の説明を分析すると、左近次は「全集中の呼吸の具体的な方法と、その効果」、真菰は「全集中の呼吸のもう一つの効果と、その原理」を述べていることになる。

そもそも「呼吸」とは何か。

人間の呼吸には「有酸素呼吸」と「無酸素呼吸」があり、下の右辺の[cal/秒/kg]で表されるエネルギーを生み出す。ここにおける[/kg]は、「体重1kg当たり」のことだ。

有酸素呼吸:ブドウ糖や脂肪 + 酸素 → 二酸化炭素 + 水 + 3.6[cal/秒/kg]
無酸素呼吸:ブドウ糖 → 乳酸 + 7.0[cal/秒/kg]
※出展)『トレーニングの科学』(宮下充正/講談社ブルーバックス)より引用

有酸素呼吸は、1秒・1kg当たりのエネルギーは小さいが、長い時間続けられる。マラソンなどのローパワー運動では、有酸素呼吸が行われる。

無酸素呼吸は、1秒・1kg当たりのエネルギーは大きいが、筋肉の収縮を妨げる乳酸が発生するので、33秒~2分(諸説あり)しか続けられない。短距離走や中距離走では、これが行われる。

さらに、筋肉に含まれる「クレアチンリン酸」からエネルギーを生み出す機構もあり、エネルギーは13[cal/秒/kg]と無酸素呼吸を上回るが、クレアチンリン酸が尽きると終わりなので、最大8秒しか続かない。垂直跳び、重量挙げ、短距離走のスタート、そして刀の振りなどのハイパワー運動は、これでエネルギーが供給される。

では、全集中の呼吸で、心肺機能が驚異的に高まるとどうなるか。酸素を消費するローパワー運動はもちろん、乳酸は酸素で分解されるので、ミドルパワー運動も向上する。

さらに、クレアチンリン酸のもとになるクレアチンは、肝臓と腎臓で作られて血流で筋肉に送られるから、ハイパワー運動も向上する。なんと、全てのタイプに効果があるということだ。

炭治郎は、戦いが長引くと「もう体が動かない……呼吸を整えなければ……」という状態によく陥るが、明らかに乳酸が蓄積している。全集中の呼吸で、速やかに分解した方がいい。

炭治郎はどれほど強くなった?

こうして全集中の呼吸を身に付けた炭治郎は、どれほど強くなったのか。

全集中の呼吸には「炎」「水」「風」「岩」「雷」の5つの基本があり、炭治郎が学んだのは「全集中・水の呼吸」。これを使った「型」には、使用された順に次のようなものがある。

肆(し)ノ型 打ち潮:流れるような軌道で複数の鬼を一呼吸で斬る
弐(に)ノ型 水車(みずぐるま):前方宙返りしながら斬る
壱(いち)ノ型 水面(みなも)斬り:大きな軌道で刀を水平になぎ払う
捌(はち)ノ型 滝壺:上から刀を振るって前方にいる鬼を攻撃する
陸(ろく)ノ型 ねじれ渦:水中で上半身と下半身を逆にねじり、激しい渦を起こす

中でも最大のエネルギーを発揮するのは、「陸ノ型 ねじれ渦」だろう。

自分の体や刀を動かすだけでなく、水中で渦を起こすのだから! マンガでは「渦は鋭く大きな刃となり周囲を巻き込んで切り裂いていく」と説明され、これを食らった2体の鬼は、体がバラバラになっていた。

これには、どれほどのエネルギーが必要なのか。

発生した渦は弦巻バネのような形で、直径60cm前後の水流が、直径2mほどの螺旋を6段に巻いていた。

水中でこのような渦が発生したら、周囲の水も巻き込まれて運動すると思われるが、ここでは螺旋6段の水流を発生させるエネルギーだけを考えよう。

渦巻く水の総量は10.7tである。

問題は速度だが、消防のポンプ車の強力なものから放たれる水流は、至近距離なら木造家屋などを破壊する。その放水圧力(140万パスカル=13.8気圧)から計算すると、放水速度は時速135km。

ねじれ渦の水流の速度がこれと同じだとすると、炭治郎は上半身と下半身を逆にねじることによって、時速135kmで走る車重10.7tの路線バスと同じエネルギーを水に与えたことになる!

そのエネルギーは1780kcal。『鬼滅の刃公式ファンブック 鬼殺隊見聞録』(集英社)によれば、炭治郎はこのとき15歳で、身長165cm、体重は61kg。この体格でよく運動する少年が1日に消費するエネルギーは2800kcalだから、炭治郎はその6割強を一瞬の体のねじりで消費した!

1秒・1kg当たりのエネルギーは32.4[kcal/秒/kg]=3万2400[cal/秒/kg]。ハイパワー運動で使われるクレアチンリン酸の分解でも13[cal/秒/kg]だから、その2500倍である!

1秒当たりのエネルギーが2500倍なら、走る速度は14倍、力は184倍!

人々のために、そして愛する妹のために、命懸けの鍛錬を積んで、身体能力を常人の2500倍にまで高めた15歳の少年。しかもその方法は呼吸。われわれが普段何気なくやっている呼吸も、極めれば恐るべき可能性を秘めているということか。人間の想像力は、本当に素晴らしい!

※原稿では数値を四捨五入して表示しています。このため、示している数値を示された通りの方法で計算しても、答えが一致しないことがあります。

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