剣を振る速さは時速7730km!? 最初からだいぶ強かった信のエネルギー／キングダム

『キングダム』が本当にオモシロい！

春秋戦国時代（BC770～BC221年）、日本がまだ縄文・弥生時代だったころの中国大陸を舞台に、人々が戦乱を生き抜いていく物語。その戦いには、武があり、智謀があり、理（ことわり）がある。「生きるとは何か」を考えさせてくれるマンガである。

魅力の一つは、個性豊かな登場人物たちだろう。

用兵にたけるばかりか、一武人としても猛烈に強く、彫刻までたしなむ秦の怪鳥、王騎将軍！

その副官で、穏やかな笑顔で剣を“ファルファル”と振る、騰（とう）将軍！

美しい女性でありながら、荒々しい山の民をわずか数年で束ねた“山の王”楊端和（ようたんわ）！

筆者の推しベスト3である。

王騎将軍にはまだまだ活躍してほしかったが、実在した人物で史実として戦死したため、その願いが決して届かないのが残念だ。

この壮大なマンガは、主人公・信の成長物語でもある。

戦災孤児で、幼いころから里典（りてん・集落の長）の下僕として使われながら、大将軍になることを目指して、親友の漂（ひょう）と剣術の試合を重ねてきた。その数、1254戦！

漂は死んでしまったが、信は2人の夢をかなえるべく、秦の第31代王・嬴政（えいせい・後の始皇帝）の下、戦場で武勲を重ね、名を上げていく……。

マンガを読み返すと、驚くべきことに気付く。信は、かなり初期の頃から、モノスゴク強いのである。

信じられない高さをジャンプする！
土壁にパンチで穴を開ける！
木剣の一振りで数人をぶっ飛ばす！
相手の体の11カ所を同時に斬る！

信の初期のころの身体能力に、エネルギーの観点から迫ってみよう。

視界から消える信のジャンプ！

類いまれな信の身体能力は、マンガが始まってすぐ明らかになった。

信が木剣を横薙ぎに振るうと、これを木剣で受け止めた漂が数メートル飛ばされた！

驚いたのは、着地した漂が「この馬鹿力が!!」と叫んだこと。当事者がそう言うからには、この驚異の怪力はマンガの誇張表現ではなく、物語世界における事実なのだろう。

それだけではない。次の瞬間、信は漂の視界から消える。漂は「!?」と驚き、脂汗を流す。やがて漂が「こっち!?」とヤマを張って右に身をかわすと、信が空中から降りてきて、木剣でズドンと地面をたたいた。どうやら信は、かなり長い間、宙を舞っていたらしい！

時間の分かるアニメで測定すると、滞空時間は7.34秒。空気抵抗を無視すれば3.67秒で上昇して、3.67秒で下降したことになる。上昇（または下降）時間と高度の間には、次の関係がある。

上昇高度＝1／2×重力加速度×上昇時間²

重力加速度とは重力の強さを表す数値で、地球の場合は9.8［m／秒²］。ここから計算すると、信がジャンプした高度は

1／2×9.8×3.67×3.67＝66ｍ！

仮面ライダー1号（ジャンプ力25ｍ）はもちろん、仮面ライダーV3（同60ｍ）すら上回る！　恐るべき14歳である。

壁を打ち破る信のパンチ

信の人生が大きく動いたのは、漂が都へ行った3カ月後だった。夜、小屋で寝ていると、扉に何かがコンと当たった音がする。扉を開けると、血まみれの漂が倒れていた！

漂はいまわの際に地図を渡し、「黒卑（こくひ）村へ行け」と言う。漂は「二人は一心同体だ。お前が羽ばたけば俺もそこにいる。俺を天下に連れて行ってくれ」と言い残して事切れる。信の悲しみを想像できるだろうか。

「何でだよ！」と叫び、のけぞって、木の扉を「ゴス」と真っ二つに折る！
扉の横の土壁を殴り、「ビキ」とヒビを入れて、「ボゴッ」と半円形に打ち抜く！

漂の死を悼み、信の悲嘆に涙しつつも、ああ、性（さが）とは悲しいもので、計算せずにはいられない。扉の破壊は解析が困難なので、土壁の打ち抜きから、信のパンチ力を求めてみよう。

壁は厚さが15cmほど、半円の直径が50cmほど。密度がコンクリート（2.4kg／Ｌ）と同じすると、打ち抜いた壁の質量は35kgである。どんなパンチなら、こういうことが可能なのか？

破壊の状況から推測して、この壁を破壊するには1kg当たり50Ｊ（ジュール）ほどのエネルギーが必要と見られる（コンクリートは1kg当たり100Ｊ）。35kgなら1750Ｊであり、パンチ2発で破壊したから1発当たり875Ｊである。

キックボクサーの実測値から計算すると、パンチのエネルギーは、体重の6％の物体が拳と同じ速度で衝突したのと等しくなる。信の体重を14歳男子の平均に近い55kgとすると、体重の6％とは3.3kg。

運動エネルギー＝1／2×質量×速度²

この式から計算すると、信のパンチのスピードは秒速23ｍ＝時速83km。プロボクサーのストレートが時速40kmと言われるから、その2倍！　パンチの衝撃力はその2乗で4倍！

信に殴られると、そのダメージは体重55kgのスーパー・バンタム級（53.52～55.34kg）のボクサー4人に「せーの」でストレートを食らったのと同じ！　想像したくもありません。

木剣で人間をぶっ飛ばす！

黒卑村で信は、さらなる身体能力を見せる。盗賊3人に襲われると、木剣でたちまち倒す。しかも、そのうち1人は、2mほどの高さにまで打ち上げられている！

マンガやアニメでは、木刀や逆刃刀などの「切れない刀」で、人間をぶっ飛ばすシーンがよく出てくるが、実は大変ことだ。人体は刀より何十倍も重いため、相手が飛ぶ速度の何十倍もの速度で打たなければならない。

驚きながら読み進めると、もっとスゴイのがあった。信が「超怪力！」と叫びながら木剣を一振りすると、4人がぶっ飛んだ！　せっかくなので、こちらで計算してみよう。

日本の木刀は600ｇほどの重さだが、信の木剣はそれより太い印象なので、重さを1kgとしよう。相手の平均体重を70kgとすれば、4人で280kg。

マンガのコマを見ると、相手が飛んだ高さは平均3ｍほどだ。これには秒速7.67ｍ＝時速27.6kmで打ち上げる必要がある。すると信が木剣を振るった速度は、その280倍の秒速2150ｍ＝時速7730km＝マッハ6.3！　ライフル弾の速いのでさえマッハ3なのに！

だが、エネルギーに着目すると、さらにオドロキの事実が浮かび上がる。

前述の「運動エネルギーの式」から、剣と相手のエネルギーを計算すると、次のようになる。

信の木剣の運動エネルギー＝1／2×1×2150×2150＝231万1250Ｊ

飛んだ4人の運動エネルギー＝1／2×280×7.67×7.67＝8236Ｊ

差の230万3014Ｊは、どこへ行ったのか？

物体の衝突では、多くの場合、運動エネルギーが失われ、熱、音、そして衝突した当事者のダメージに変わる。この中で、ダメージに変わる割合がダントツで大きい。木剣は折れでもしない限りダメージは受けないから、230万Ｊ余りは全て相手のダメージに！

1人当たり57万5000Ｊ。ライフル弾のエネルギーは2500Ｊだから、全員ライフル弾を230発ずつ食らったのと同じ！

同時に11カ所を斬る！

だが、これですら名もなきザコとの戦いである。信も本気を出してはおらず、本格的な強者が現れたら、さらに驚異のアクションが出るのでは……と思っていたら、スゴイのが現れた。

それは、朱凶（しゅきょう）の一人。朱凶とは、“暗殺200年”の歴史を持つといわれる刺客一族である。信の前に現れたのは、頭巾から無表情な顔をのぞかせた巨漢であった。

この朱凶こそが漂を殺した犯人で、それを知った信は真っ向から立ち向かう。

信の刃が朱凶の脇腹をかすめる！
朱凶は、信の体の6カ所を同時に斬る！
信は11カ所を斬る！

おお、信の方がスゴクてうれしい限りだが、これは一体何が起きているのか？

それぞれ1コマの画において、前述の数で「今斬られたばかり」という感じの血飛沫（ちしぶき）が上がっている。剣はそれぞれ1本ずつだから、一振りで1カ所しか斬れないはずだが……。

科学的に考えられるのは「残像」である。信は、最初の血飛沫の残像が消えないうちに、残り10カ所を斬ったのではないか？

人間の目に残像が残る時間は0.1秒といわれる。信が一振りで剣の先端を3ｍ動かしたとすければ、「1カ所目を斬ってから11カ所目を斬るまで」に、剣の先端は3×10＝30ｍ動いた（※）ことになる。

※1カ所目から2カ所目まで、2カ所目から3カ所目まで……10カ所目から11カ所目までと、長さ3ｍの軌道が10本描かれることになる。

この距離を0.1秒で動いたとすれば、剣の速度は秒速300ｍ＝時速1080km！

えっ、確かにスゴイけど、4人をぶっ飛ばしたときは時速7730kmだったから、あっちの方がスゴイのでは……。人もそうだけど、現象は見かけによりませんな。

命を命とも思わぬ時代、1人の少年が、親友や尊敬する人たちと別れながら、自分の夢に向かって駆けていく。幼い頃からの鍛錬で、少年は初めから途轍もなく強いけれど、それだけで勝ち抜けるほど戦乱の世は甘くない。我々は見守るしかないだろう。「友が見ているぞ！」と応援しながら。人間の想像力は、本当に素晴らしい！

※記事では数値を四捨五入して表示しています。このため、示している数値を示された通りの方法で計算しても、答えが一致しないことがあります