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空想未来研究所2.0

激坂を鼻歌交じりに上る小野田坂道の脚力/弱虫ペダル

『弱虫ペダル』で描かれたエネルギーについて考えてみた

マンガやアニメの世界を研究する空想未来研究所が、今回取り上げるテーマは「脚力」。高校生の自転車ロードレースをドラマティックに描く人気マンガ『弱虫ペダル』(マンガ2008年~)。自転車で急勾配な坂を上るシーンから、主人公とライバルの脚力をエネルギーの観点で考察してみました。

オタク少年がアスリートになる弱虫ペダルの面白さ

本コーナーで2度目の研究になるが、『弱虫ペダル』は本当に面白い。

オタクでスポーツ嫌いの高校1年生、小野田坂道(おのだ・さかみち)が、自転車での登坂力を認められ、自転車競技部に誘われて、ロードレースのクライマー(上り坂を得意とする選手)として才能を開花させていく。

その登坂力は、小学3年生のときから、ママチャリで秋葉原までの片道45kmを走ってきたことで培われた。マネジャーの寒咲幹(かんざき・みき)は「自転車で速くなる人はスポーツ経歴がさまざま」と言っていたが、オタクの経歴も、ロードレースに役立った……!

坂道の成長は、本人が自転車の楽しさに目覚めたことと、先輩たちのアドバイスやオーダー(作戦上の指示)を愚直なまでに守り抜くことで加速していった。

上り坂が大好きで、差し掛かると思わず笑顔になる!
「ケイデンス(1分間のペダル回転数)を30上げろ」と言われれば30上げる!
「100人抜け」と言われれば100人を抜く!

こうしてコーナリングもギアチェンジも未熟な坂道が、ケイデンスだけを武器に、ロードレースの道をひた走る。

改めて1巻から読み返して驚いたが、この物語は衝撃のシーンから始まっている。

坂道がアニソンを歌いながらママチャリで坂道を上っていたら、後ろから乗用車にはねられた! 坂道は放物線を描いて飛び、土手下に落下するが、すぐ起き上がり、慌てて駆け寄った運転手に「すいませんクルマ気づかなくて」と謝る。「見かけによらず丈夫な子だ……!!」と驚く運転手。

その車に乗っていたのは、後に坂道のチームメイトになる今泉俊輔(いまいずみ・しゅんすけ)だった。車に戻った運転手が「まさかこの道を自転車で走っている子がいるとは思わずに」と釈明すると、今泉は「『走ってる』じゃないだろ 『押してる』だろ ギア10枚のロードレーサーならまだしも 今のママチャリだったぞ 走れるわけないだろ ここは斜度20%以上の『激坂』だぞ!!」。

後日、今泉がロードレーサーでその坂を上っていると、前方に鼻歌を歌いながら上っている自転車がいた。追いついてみると、それはママチャリに乗った坂道だった!

今泉を、そして恐らくはロードレースに詳しい読者を驚かせたこの行為に、エネルギーの観点から迫ってみよう。

ママチャリで鍛えた坂道のケイデンスがスゴイ

最初にお断りさせてください。筆者はロードレースにはまっさらなドシロート。この競技に関する知識も、ほぼすべて『弱ペダ』で学んだ。そんな人間が、なぜロードレースマンガについて語ろうとしているかというと、エネルギーの観点から、非常に興味深いスポーツだから。

そういう次第なので、トンチンカンなことや、ご存知の方には当たり前過ぎることを書くかもしれませんが、どうか温かい目でスルーしてやってください。

さて、坂道はママチャリで、斜度20%の坂を上ったわけである。斜度が大きいほど大変なのは当然として、ママチャリというのがスゴイ。

【その1】ママチャリは重い。作中で今泉が出した例では、ロードレーサーの8kgに対して、ママチャリは20kg。
【その2】ロードレーサーは、空気抵抗や転がり抵抗(タイヤと路面の間に働く力)を極限まで小さくしているが、ママチャリではそれが追究されていない。
【その3】ロードレーサーはギア比が20段階(作中の例。フロント2枚×リア10枚)にも変えられるが、ママチャリは多くても3段階。変速機がないものも多い。

これで斜度20%の坂を上るのは、どれほど大変なのか。

その前段階として、まずは平地を一定の速度で走る場合を考えよう。実際に坂道は、入部後の「1年生対抗ウェルカムレース」にもママチャリで参加し、チェーンが外れるまでは、チームメイトたちのロードレーサーに必死でついていった。

この条件下では、自転車には空気抵抗と転がり抵抗が働く。空気抵抗は速度の2乗に比例し、転がり抵抗は総重量(体重+自転車重量)に比例する(速度には関係ない)。

計算には具体例が必要だが、『そうだったのか! 明解にして実用! ロードバイクの科学 理窟がわかれば、ロードバイクはさらに面白い!』(ふじいのりあき/SJsports)で、貴重なデータを見つけた。

・体重70kgの人が重量8kgのロードバイクで時速40kmを出すとき、仕事率は300W
・時速15kmで空気抵抗と転がり抵抗は等しくなる

※『弱ペダ』では「ロードレーサー」、『ロードバイクの科学』では「ロードバイク」と呼称されている。本稿では『弱ペダ』に敬意を表し、引用部分以外では「ロードレーサー」と表記する。

仕事率とは、1秒間に発揮するエネルギーのこと。ここから計算すると、詳細は省くが、ロードレーサーが一定の速度で走るとき、「自転車を前進させる力」は、次の式で求められる。

自転車を前進させる力[kg重]=0.06075×速度[m/秒]2+0.0135×総重量[kg]……【式1】

総重量78kgのロードレーサーが時速40km(秒速11.1m)で走るとき、空気抵抗は7.5kg、転がり抵抗は1.1kg、合わせて8.6kgになる。

ただし、これは「自転車を前進させる力」であり、必要な脚力は、これに「ギア比×タイヤ半径÷クランク長(ペダル半径)」を掛けたものになる。

これも『弱ペダ』知識だが、ロードレーサーの場合、リムの内径は33.5cmと決まっている。するとタイヤの半径は36cmほどか。クランク長は17.5cm前後が標準のようだ。ギア比(フロントの歯数÷リアの端数)を仮に4とすれば、必要な脚力は8.23倍の70.4kgとなる。

では、ママチャリはどうか? 正確なデータがないので、ここでは「空気抵抗も転がり抵抗もロードレーサーの2倍」と仮定しよう。すると、こうなる。

自転車を前進させる力[kg重]=0.1215×速度[m/秒]2+0.027×総重量[kg]……【式2】

公式設定によれば、坂道の体重は54kg。ママチャリの重量が20kgだとすれば、総重量は74kgだ。ウェルカムレースで、彼も時速40kmを出していたとしたら、前進させる力は空気抵抗が15.0kg、転がり抵抗が2.0kgで、合わせて17.0kgになる。

自宅のママチャリで測定すると、ギア比は2.5、タイヤ半径は30.5cm、クランク長は18cmで、必要な脚力は、自転車を前進させる力の4.23倍となる。ここから、坂道の脚力は72.0kgだ。

こうしてみると、ロードレーサーとママチャリで、必要な脚力はそれほど差がない。だが、ケイデンスには大きな差が出る。タイヤ半径とギア比が違うからだ。

タイヤ半径36cmのロードレーサーが時速40kmを出すには、タイヤを1分間に295回転させる必要があり、ギア比が4なら、ケイデンスは295÷4=74。

タイヤ半径30.5cmのママチャリの場合、タイヤの回転数は毎分348回で、ギア比が2.5なら、ケイデンス、つまり1分間の回転数は139!

ママチャリで鍛えた坂道が、ケイデンスに優れるのも、よく分かる。

ママチャリは重い……激坂を鼻歌交じりで上るための脚力

その上、斜度20%の坂を上るには、自分の体重と自転車の重量を、斜面に沿って持ち上げなければならない。その分だけ、大きな力が要求される。

斜度20%とは、「水平に100m進む間に高度が20m上がる」という、まさに激坂。角度としては11.3度で、この坂に沿って持ち上げるには、総重量の19.6%の力が必要になる。

ただし、転がり抵抗はやや小さくなり、先ほどの【式2】の「0.027」が「0.0265」になる。ここから、斜度20%の坂を上るための「自転車を前進させる力」は、次の通り。

自転車を前進させる力[kg重]=0.1215×速度[m/秒]2+0.0265×総重量[kg]+0.196×総重量[kg]

さすがの坂道も、鼻歌を歌いながら、斜度20%の坂を時速40kmで上れたりはしないだろう。普通の人でも、平地ならママチャリで時速20kmほどが出せるが、それさえ無理ではないかと思われる。

そこで、時速10km(秒速2.78m)で上ったとすると、空気抵抗は速度が遅いため0.94kgに激減する。転がり抵抗は微減して1.96kg。新たに加わった「持ち上げるための力」が14.51kgと大半を占める。合計17.41kgで、必要な脚力は、その4.23倍の73.7kgになる。

おお、平地を時速40kmで走るのと、それほど変わらない。平地においてママチャリで時速40kmが出せる人は、ちょっと頑張れば、斜度20%の坂も上れるということだ。

しかし、これはあくまで理論上の話。坂道の場合は、平地での時速40kmを必死で走り、斜度20%の激坂は鼻歌交じり。よっぽど坂が好きなんだなあ。

エネルギーにも注目しよう。73.7kgの脚力を出しながら、ママチャリで時速10kmを維持するための仕事率を計算すると(詳細省く)、1190W。なんと総重量78kgのロードレーサーが、平地で時速40kmを出す(300W)ときの4倍近い!

また、坂道が上っていた坂は「裏門坂」と呼ばれ、距離は2km。これを時速10kmで上っていくと12分(720秒)かかる。すると、坂道が発揮したエネルギーは、次のようになる。

1190[W]×720[秒]=85万6800[J]=205[kcal]
※1kcal=4184J

さらにさらに、人間が外部にエネルギーを発揮するとき、体内ではその4.67倍のエネルギーが消費される。すると、坂道が消費したエネルギーは956kcal。人間は9kcalを消費すると、体脂肪が1g減るから、坂道は、この12分間で体脂肪が106g減ったハズ!

ライバル・真波山岳の脚力は1t超!?

こんな坂道に、続々とライバルが現れる。

その一人が、箱根学園の真波山岳(まなみ・さんがく)。彼もまた1年生クライマーで、上り坂に差し掛かると笑顔になる。坂道と共通点が多く、心の通じ合った良きライバルだ。

真波には、驚くべき技がある。風を感じて、追い風になった瞬間に加速するのだが、あまりの加速に、追い抜かれた選手の目には、真波の背中に羽が生えたように見える! 坂道も、確かにその目で羽を見た!

これはいったい、どういうことか。

人間の脳は、自分が見たものに意味を与えようとする。車の前面や、壁の染みが人の顔に見えることがあるのはこのためで、「パレイドリア効果」と呼ばれる。真波の異常な加速を見た者も、それに意味を与えようと、パレイドリア効果で翼が見えてしまうのかもしれない。

だがこれは、科学的にも納得の技だ。

「対地速度」「対空速度」という言葉を聞いたことがないだろうか。旅客機の運航などで使われ、地面に対する速度が対地速度、空気に対する速度が対空速度だ。パイロットがコントロールできるのは対空速度だが、目的地までの飛行時間は対地速度で決まるから、両方がモニターされる。

空気抵抗に影響するのは、対空速度。体が追い風に包まれれば、対空速度は遅くなるから、空気抵抗も小さくなって、その分だけ加速に回せる。

例えば、真波が時速50km(秒速13.9m)で走っていたとすれば、11.7kgの空気抵抗を受ける。ここで風速10m/秒の追い風が吹けば、対空速度は秒速3.9mとなり、空気抵抗は0.92kgに激減。この機を逃さずにぺダルを回せば、大きく加速できるだろう。

だが、真波の加速力はこの理論を超越しているかもしれない。京都伏見の御堂筋翔(みどうすじ・あきら)との競り合いでは、抜いた次のコマで3m、その次のコマでは10mほども引き離していた。描写の雰囲気から長くても1秒ほどの出来事とみられ、追い風を利用するだけでは、これほどの加速力を得るのは困難と思われるのだ。

真波は元々脚力が強く、坂の頂上が近づくと、ギアを上げる(速度は出るがペダルが重くなる)。このときも羽が見え、坂道との一騎打ちでは、なんと最大の10段にまで上げた。

御堂筋を抜き去ったシーンが1秒の出来事だったとすれば、真波の脚力はどれほどか?

実は、この計算は容易ではない。真波は速度を上げていったが、すると空気抵抗も強くなる。その一方で転がり抵抗は一定、真波の脚力も恐らくは一定。しかも風速10m/秒の追い風が吹いている。このような場合、数式だけでストレートに解くことはできないのだ。

そこで、0.01秒刻みで数値シミュレーションしたところ、恐るべき結果が出た。

真波が発揮した脚力は1.27t! 1秒後の速度は時速96km(秒速36.7m)!

ロードレーサーは、下り坂では時速70~80kmが出る(これまた『弱ペダ』知識)が、上り坂でそれを上回っている!

エネルギーに注目しても、オドロキの数値が出る。仕事率は3万700W(坂道は1190W)!

しかし時間が1秒と短いので、発揮したエネルギーは7.3kcal、体内で消費したエネルギーは34.2kcal(坂道は956kcal)。

ケイデンスの小野田坂道、脚力の真波山岳。それぞれの脚質が、クッキリ表れている。得難いライバルである。

知らず知らず身に付いた能力が、新しい世界で花開く。しかし、その世界は深く、持てるものだけで進めるほど甘くはない。できないことを多く抱えながらも、できることを全力で貫く主人公、絶対の信頼を置く仲間、立ちはだかるライバルたち。ロードレースという科学に満ち満ちた世界で、こうした青春群像が描かれるのだから、読み始めたら止まらない。人間の想像力は、本当に素晴らしい!

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