1. TOP
  2. プロトタイプリポート
  3. 【生体認証の未来】ウィズコロナ時代のウエアラブルデバイスを変える「極薄イメージセンサー」
プロトタイプリポート

【生体認証の未来】ウィズコロナ時代のウエアラブルデバイスを変える「極薄イメージセンサー」

指紋・静脈・脈波を同時計測できる髪の毛より薄いセンサーが誕生。医療現場に革新も

普及が進むウエアラブルデバイス。今回リポートする「極薄イメージセンサー」は、その流れを加速させるものだ。さらに、進化したセンサーは医療分野にも好影響を与えるという。開発した東京大学 大学院 工学系研究科 電気系工学専攻・横田知之准教授が所属する研究室から、「生体認証の未来」をお届けする。

ウエアラブルデバイスの個人認証を変える極薄イメージセンサー

現在、Apple Watchをはじめとするスマートウォッチや、Google Glassに代表されるスマートグラスなど、コンピューターを身に着けて使用するウエアラブルデバイスの開発が加速している。

その利便性から、既に手放せなくなっているというビジネスパーソンも多いのではないだろうか。

そんなウエアラブルデバイスの普及をさらに加速させる可能性を秘めたシート型のイメージセンサーが開発された。東京大学 大学院 工学系研究科 電気系工学専攻の横田知之准教授と株式会社ジャパンディスプレイ(以下、JDI)の共同開発によるものだ。

東京大学 大学院 工学系研究科があるのは、東京大学浅野キャンパス内。「赤門」で知られる本郷キャンパスと同じ地区内に位置する

開発したイメージセンサーは、指紋や静脈の生体情報を画像(イメージ)として読み取って書き出すだけでなく、脈波(心臓が血液を送り出す際に起こる血流量の変化を波形で表したもの)も同時に計測できるというもの。

横田准教授は、元々ロボットなどに用いる人工皮膚の研究を進めていたため、薄いセンサーの開発は専門分野だった。そこに、JDIが持つ薄型回路の技術、読み取り、書き出しの技術を加えることで、極薄かつ一枚のシートに収めたイメージセンサーが完成した。

イメージセンサーと聞いてもあまり身近に感じないかもしれないが、うまく活用すると普段の生活の中で大きく役に立つ。ウエアラブルデバイスやスマートフォンの個人認証がより楽に、そして今よりもセキュリティーレベルを高められるという。

なりすましを防止!極薄イメージセンサーができること

早速、イメージセンサーを見せてもらった。

横田准教授たちが開発した、シート型のイメージセンサー。センサー部分を横田准教授が開発し、データを読み取り書き出す回路部分の開発をJDIが担当

幅約3cm、長さ約10cm。銀色の四角い部分で指紋や静脈の認証や脈波の計測を行い、茶色い帯状の部分は読み取ったデータを書き出す回路が組み込まれている。

特筆すべきは、その薄さ。15㎛(マイクロメートル:0.001mm)程度で、これは髪の毛の直径よりも薄く、ラップフィルムとほぼ同じ。少し気を抜いて扱うと、ラップフィルムのようにすぐクシャクシャになってしまうという。

今回完成させたのはこの形状だが、搭載するデバイスに応じてある程度変形させることも可能。その薄さを生かして、イメージセンサー部分と回路部分をデバイスに無理なく組み込むことができる。

薄さは15㎛。この日は手に持って説明できるよう、透明なプラスチックの板にイメージセンサーを貼って補強してくれたため、このように持ち上げることもできた

では、これがどのようにウエアラブルデバイスの普及につながるのか。

例えば、現在販売されているスマートウォッチの多くは、連動させたスマートフォンで指紋認証を行うか、パスコードを入力してロックを解除する必要がある。ウエアラブルデバイスに慣れるほど、スマートフォンを取り出すのも、小さなデバイスにパスワードを入力するのも面倒だと感じる人は少なくないだろう。

また、近年、寝ている間に勝手に指紋でロックを解除されたり、指紋の写真から3Dプリンターで作った“偽指紋”で解除されたりするケースが発生している。高度なセキュリティーと思われる指紋認証も不安視され始めており、この先、ウエアラブルデバイスがより便利になれば、不安も同時に大きくなっていく。

横田准教授が開発したイメージセンサーは、そういった現状の認証システムが抱える課題を解決に導く可能性を秘めている。

このイメージセンサーは、個人特有の指紋や静脈といった生体情報と、バイタルサイン(生命の兆候)である脈波を同時に計測できる。複数のパーソナルデータを同時に照合することで、“生きている人間が、身に着けた状態で、個人認証をしている”ことが分かる。これにより、“なりすまし”のロック解除は簡単に防ぐことができるのだ。

今回のイメージセンサーで撮像した指紋(左)と静脈(右)。今回の形状のものを手首に付けた場合は、逆の手の指で指紋のセンサーに触れれば同時計測が可能だ

画像提供:横田知之准教授

これまで、生体情報とバイタルサインを同時に測ろうとすると、もっと大きく、重く、曲げることもできないセンサーが必要だった。薄型化に成功したことで、スマートウォッチやスマートグラスにも組み込めるようになる。

このイメージセンサーが組み込まれたウエラブルデバイスをメインにして、連動させた他のデバイスのロック解除を担わせれば、認証は楽に、セキュリティーレベルは格段に上がりそうだ。

「ただ、実は元々別の目的があって開発を進めていたものなんです」と横田准教授は話す。

極薄イメージセンサーが人命を救う

当初の用途として、何を想定していたのだろうか。

「医療分野です。実は医療の現場では、以前から人が違和感なく身に着け続けられる薄型センサーが、とても求められていました」

医療現場では、ごくまれではあるが、手術室へ搬送する際に患者の取り違えが発生することがあるいう。病状などで患者自身へ本人確認できないこともあるからだ。

このイメージセンサーをリストバンドなどに組み込んで常に装着してもらえば、たとえ意識のない患者であっても、事前に取得しておいたデータと生体認証したデータを照合することで、取り違えを防ぐことができる。

試しに、手首にイメージセンサーを着けてみると、まさにラップフィルムをのせているような感触で、重さは感じない。ウエアラブルデバイスに組み込んでも、この薄さと重さなら邪魔にならないだろう

また、在宅医療でもその力は発揮される。

2020年に入り、全世界にまん延した新型コロナウイルス感染症の影響で、通院がままならなくなった人も少なくない。この先の超高齢社会、そしてウィズコロナの時代になると、頻繁に病院に行くことができない人も増えるだろう。

そうなると、在宅医療や遠隔医療の必要性がさらに高まる。自宅にいながら血圧や脈拍などを測定し、病院側もそのデータを取り違えないようにしなければならない。

常に身に着けられる測定器具にこのイメージセンサーを組み込み、生体情報と測定データをひも付けられれば、人的なミスを減らすことにつながる。

「在宅医療を受けている患者さんにデバイスを身に着けてもらえれば、不整脈や心不全などのサインを事前に感知し、命を救うことにもつながるかもしれません」

さらに、このイメージセンサーは保険の分野でも応用が利く。

生命保険や医療保険では、血圧の数値などは疾病リスクを考慮する上で大事なデータとなる。このイメージセンサーを搭載したデバイスがあれば、個人認証を伴った健康データの管理も可能になる。

まさに、“三密”を警戒して外出しにくいウィズコロナの時代に求められている研究ともいえる。

イメージセンサーが生活の中に溶け込む未来

さまざまな可能性を感じさせる極薄のイメージセンサーだが、直近の現実的な目標はどこにあるのだろうか。

「まずはスマートウォッチなど、世界中で売れているウエラブルデバイスに採用されることを目指しています」

現状、これが実現すれば成功だと横田准教授は話す。その先に見据えるのは、生活の中にあるあらゆるものだ。

「医療分野での活用で言えば、肉体に装着することの次に、家の中の壁やテーブル、さらには衣類など、生活の中で使われているあらゆるものに組み込むことができるでしょう。日常の中で知らず知らずのうちに生体ログが収集されて、そのデータを医療関係者が解析し、病気を未然に防ぐ、というようにつなげていきたいですね」

スポーツ、特にマラソンが好きだと話す横田准教授。「運動中の生体信号を読み取り、疲労を数値化するなんてこともしてみたいです」

横田准教授がこう考えるのには、理由がある。

2019年7月から12月までの約半年間、サバティカルという研究休暇制度を使って渡米し、米国・X社(旧Google X)で研究を行った。X社とは、米・Google社傘下にあった先端テクノロジーの研究施設が母体である研究開発機関。そこで横田准教授は、ウエアラブルデバイス開発における“世界の最先端”を目の当たりにしてきた。

「既に衣類へセンサーを組み込むことは、世界中で研究が進められています。その段階が過ぎれば、次はどう人体と一体化させるかという流れになるでしょう」

もちろん人体と一体化させるには、まだまだ高いハードルがある。人間の皮膚と同じような伸縮性が求められるし、着けっぱなしでも炎症などの異常反応が起きないようにしなければならない。また、センサーで生体ログを日常的に取られ続けるとなると、倫理的なルールも必要になるだろう。

「コロナ禍で、ウエアラブルデバイスの需要はさらに増してくると思います。全部がすぐに実現するわけではありませんが、少しずつでも目指すところに近づいていければ」と横田准教授。元々人工皮膚を研究しているだけに、人体装着デバイスの開発にはアドバンテージがある

※画像はイメージ

しかし、そういった課題をクリアできれば、このイメージセンサーを搭載したスマートウォッチやスマートグラス、あるいはさらに小さなサイズのデジタルデバイスが、家にいながら病気を未然に察知してくれるようになるかもしれない。

スマートフォンのロック解除によって身近になった生体認証だが、その先にはヘルスケアの仕組みを大きく変える可能性がある。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

Twitterでフォローしよう

この記事をシェア

  • Facebook
  • Twitter
  • はてぶ!
  • LINE
  1. TOP
  2. プロトタイプリポート
  3. 【生体認証の未来】ウィズコロナ時代のウエアラブルデバイスを変える「極薄イメージセンサー」