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帰るまでが宇宙旅行です!宇宙専門医「フライトサージャン」が教える宇宙空間におけるカラダの話

いずれは「軌道常駐医師」が生まれるかも?宇宙に行って帰ってきたときに起こる体の変化

これまで本特集では、宇宙旅行の交通手段、滞在中の生活がどうなるのか、その可能性を見てきた。3週目となる本稿では、宇宙旅行ができる人の身体的条件と宇宙滞在を経て地上に帰ってきたときの肉体変化など「宇宙旅行の健康状態」について、JAXA(宇宙航空研究開発機構)のフライトサージャン(航空宇宙医師)・樋口勝嗣氏に聞いた。

宇宙飛行士の健康はフライトサージャンが管理

「フライトサージャン」という職種をご存じだろうか?

もともとは、航空機のパイロットにつく専門医のことを指す。空を飛行する乗り物は、地上と機体などの安全が、操縦者の健康状態によって大きく左右される。そのため、飛行環境による人体への影響や、心的・身体的変化がフライトに与える影響などについて専門的な知識を持つ医師が、パイロットの健康状態を逐一チェックしているのだ。

それをさらに宇宙分野に特化した「航空宇宙医学」へと発展させたのが、NASA(アメリカ航空宇宙局)やJAXAが認定する「フライトサージャン」だ。

「私はもともと宇宙飛行士を志望していて、実は金井さんたちと同じく2008年に試験を受けているんです。残念ながら、そのときは不合格でした。ですが、その後フライトサージャンという仕事があることを知り、3年前に勤めていた病院を退職して、JAXAに入りました」

そう語るJAXAの樋口勝嗣氏は、本特集第2回に登場した宇宙飛行士・金井宣茂氏を担当するフライトサージャンの一人。日本でフライトサージャンになるために必須となる、「JAXAフライトサージャン」という内部資格を所有している。

「国際宇宙ステーション(ISS)に行く宇宙飛行士を担当するためには、国内外で航空宇宙医学の研修を受け、米国、ロシア、日本、カナダ、そして欧州宇宙機関(ESA)というISSを共同運用する5つの国と機関の承認を得なければなりません。そこでISSのフライトサージャンとして認められれば、JAXAフライトサージャンならJAXAの宇宙飛行士、ESA加盟国のフライトサージャンならESAの宇宙飛行士という具合に、それぞれ自国の宇宙飛行士について、健康管理などの業務を担うことができます」

専門は神経内科という樋口氏。子どものころから宇宙に憧れ、宇宙飛行士を目指していた

現在は、ISS第60次/第61次長期滞在(ソユーズMS-13宇宙船「59S」)のバックアップクルー(予備の宇宙飛行士)に選出されていた宇宙飛行士・野口聡一氏のフライトサージャンを担当。野口氏は搭乗しなかったが、59Sは、2019年7月21日(日本時間)に打ち上げられ、無事ISSに到着している。

「野口さんが訓練を始めたのは1年以上前。でも、われわれの任務は、さらにその前の宇宙飛行士の選抜試験から始まります。医学的に見て健康面に問題ないかをチェックし、それが選考基準の一つとなるのです。宇宙飛行士として選ばれ、さらにフライトにアサインされると、そこからミッションを終了して帰還するまでの間ずっと、選任のフライトサージャンが彼らの健康状態を管理します」

2005年、2009年の2度、宇宙空間に飛び立っているJAXAの野口聡一宇宙飛行士。2009年時はISSに約5カ月半滞在し、翌年6月2日に地球へと帰還した

写真)ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

通常、宇宙飛行士はアサインされた飛行の1つ前、約半年前に出発するミッションのバックアップクルーとして、訓練を開始することになる。プライムクルー(ミッションに任命されている宇宙飛行士)が何らかの理由によって「飛べない」と判断された場合、そのクルーに代われるよう、準備しておかなければならないのだ。

「宇宙飛行士は出発の2週間前より隔離されます。ケガや病気(病原菌)から身を守り、健康面を万全な状態にして打ち上げの時を待つのです。野口さんは結局59Sには乗りませんでしたが、現在は米民間企業が手掛けるISS行きの宇宙船に乗る準備が進められています。そうなれば、私は最初期の民間機宇宙飛行士のフライトサージャンの一人になるわけなんです。機内にどんな救急キットが用意されるのかをはじめ、医療の観点から国が運用するソユーズと民間機にどんな違いがあるのか、われわれがチェックしたことが、今後の民間宇宙船の基準となるかもしれません」

宇宙はそれなりに健康なら誰でも行ける

現状では、世界中で一握りしかいない宇宙空間に行ける人。その健康を管理する「航空宇宙医学」と聞けば、やはり気になるのが“宇宙ならでは”の病気や体調変化があるかどうかだ。

「人が地上から高所・上空に移動すると、体にはさまざまな変化が起こります。例えば、気圧が下がって酸素欠乏になり意識を失ったり、液体の沸点が下がって血液が沸騰したりします。これらは宇宙船内を与圧(大気圧よりも室内の気圧を高くすること)することで起きないようにできますが、重力のあるところからほとんどないところに急に移動することで、“車酔い”に似た状態になります。また、地上で見られた病態が、宇宙では良くなったり悪くなったりするものもあるんです」

樋口氏の仕事の舞台は地球。7月にはロシアの有人宇宙船・ソユーズ打ち上げのためにモスクワとカザフスタンへ。8月上旬にはJAXAフライトサージャンの資格更新のため一時帰国し、下旬には民間宇宙船のチェックのため米国へと渡ったため、7~8月で地球を一周したそう

ただ、それらの変化に対応するために宇宙飛行士と同等の身体能力が必要かというと、そういうわけではないようだ。

「例えば、重度の不整脈がある人なら、突然心臓が止まってしまうと、地上では対処できても軌道上では対処できないので、さすがに事前の医学審査は必要になるでしょう。しかし、長期間滞在する宇宙飛行士と違って、“数時間や数日程度”宇宙旅行”なら厳しい訓練を受ける必要はないと思います」

樋口氏は、「不整脈のほか、人工透析を受けているなど、定期的な医学管理が必要な人は、その体制が軌道上で整うまではやめておいた方がいいかもしれない」としつつも、いずれも何か起きた際にすぐに対応できる医療環境が整っていないことが問題であり、「1日地球を離れたら悪化するような病気ではなく、加えて打ち上げの衝撃で悪化する病気がない限り、それなりに健康であれば、誰でも“上”に行けますよ」と話す。

太陽の活動次第?気になる宇宙放射線の影響は

宇宙を扱った映画やアニメでもよく耳にする「宇宙放射線」についてはどうだろうか?

「実際に、宇宙飛行士たちの放射線被ばく量は厳密に管理されています。宇宙放射線の強さは常に一定ではなく、例えば太陽の活動が活発になっているときには強くなるというものです。ISS内にある放射線管理モニタで常時放射線量をチェックしながら、必要があれば宇宙飛行士たちにISS内の壁の厚いところへ避難するよう指示を出すなどしています」

これまでの計測結果などから、地球上で日常生活を送っていると、場所によって差異はあるものの、平均的な被ばく量は1年間で約2.4ミリシーベルトと言われている。一方、ISS 滞在中の宇宙飛行士は1日当たり0.5~1ミリシーベルト程度とのことだ。この数値は地球上で暮らした場合の平均的な被ばく量の半年分ほどになる。そのため、JAXAでは宇宙飛行士の生涯被ばく量制限値を独自に設定し、管理を行っているそうだ。

ISS、スペースシャトル軌道における宇宙放射線環境。太陽の表面では、太陽フレアと呼ばれる爆発現象などが起き、その際に大量の太陽放射線が放出されることもある。そのため、太陽に近いと放射線量が多くなることも

出典)JAXA 有人宇宙技術部門 有人宇宙技術センター公式サイトより引用

「宇宙飛行士は宇宙へ何回も行き、合わせて数カ月も宇宙に滞在するため、生涯被ばく量を記録して放射線による影響がなさそうか判断しています。宇宙旅行で1日、2日間ISSに滞在したからといって通常は生涯被ばく量に大きな影響はありませんが、太陽活動が盛んなときは例外です」

いずれ頻繁に宇宙旅行に行くことができるようになれば、「宇宙放射線予報」に従ってフライトの欠航が決まるかもしれないし、マイルが多量にたまる程の頻度で飛行するならば、「生涯被ばく管理手帳」のようなものを携行しなければならないかもしれない。

近未来、軌道上には「宇宙クリニック」が誕生する!?

「宇宙に行くまで、そして宇宙に滞在している期間よりも、一番心配なのは地球に戻ってきたときかもしれません」

本特集第2回で宇宙飛行士の金井氏も指摘していた通り、樋口氏もまた、帰還時の変化が最も身体的負担が大きいはずだという。

「地球にいるとき、私たちは1Gの重力がかかった環境に身を置いています。それがなくなる、つまり無重力(0G)になると、自然と頭の方に血が上っていくことになります。これが、いわゆる『体液シフト』という状態なのですが、地球に帰ってもすぐに元に戻るわけではありません」

体内を流れる血液は、地上の重力に影響されて、通常は下へ下へと向かっている。全身に血液が循環されているのは、ふくらはぎなどがポンプの役割を果たしたり、自律神経が働いたりして重力に逆らって血液を押し上げているからだ。0Gの宇宙空間に長く滞在していると重力がないため、逆に顔など上半身に血液がたまってしまい顔がむくんでしまう。体がその状態になれていくと、地上に帰った直後にはすぐ元には戻らない。

「地球に帰還した宇宙飛行士が、ロケットから降りるときにフラフラで歩けなくなっている、という様子を見たことがありませんか?あれは、足の筋力が落ちただけでなく、体内の水分バランスが悪くなっているから、というのも理由の一つとされています。これにより、血圧のコントロールを悪化させて、立ちくらみが起こりやすくなるのです。それを防ぐために、宇宙飛行士は帰還前に大量に水分を取って、立ちくらみが起きにくくなるようにしています。もちろん、数日間の宇宙旅行の滞在期間ならそこまでにはならないかもしれませんが、1、2カ月のバカンスならきっと対策は考えておいた方がいいでしょうね」

NASAをはじめとする国際宇宙ステーションのパートナー国の宇宙機関に所属するフライトサージャンたちと、週1回の電話会議を実施。宇宙飛行士たちの健康状態を基準に、ミッション継続の可否などについて協議している

とはいえ、これまで軌道上にまで行った宇宙飛行士は、世界中でたったの500人程度。しかも、アメリカ人とロシア人がその多くを占めているため、例えば「日本人が宇宙に行くとどうなるのか」という答えを見いだすデータは、圧倒的に少ないのが現状だ。

「まだまだ、宇宙でどんなことが起こるのか、われわれにも未知数なことが多いのです。東洋人と西洋人では体のつくりが違いますから、こうした反応にも差があるかもしれませんし、他にもっと重大な問題が出てくるかもしれません。ただ、もう数十年後には、数千人、数万人の人たちが宇宙に滞在するようになるかもしれない。そのころにはきっと、もっと宇宙医学も発展しているでしょうし、軌道上に“常駐医”が必要になっているかもしれないですね。そうなれば、少しのケガや病気なら、宇宙滞在中に診てもらうことが可能になる。宇宙クリニックができるのなら、私もぜひ勤めたいです!」

実現の日が、そう遠くないところにまで迫った宇宙旅行。そこには、不安よりもはるかに大きな期待と希望がある。チャンスが来たらすぐに宇宙へと飛び出せるよう、今から健康管理に気を付けたい。

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