2020.02.19
日本企業は世界と戦えるのか?「洋上風力発電」のポテンシャルとビジネスチャンス
ファイナンスから見る「海の風力」。日本参戦のカギになるのは浮体式
2019年4月、新法「海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律(以下、再エネ海域利用法)」が施行され、洋上風力発電事業の実現に向けた動きが加速している。洋上風力発電が既に広く普及している欧州では、最もポテンシャルが高い再生可能エネルギー(以下、再エネ)電源と期待されており、実際に発電容量は急速に成長している。エネルギー分野における世界的潮流の一つである洋上風力発電をめぐる動向と発展性について聞くため、欧州の状況を調査した三井住友銀行 企業調査部を訪ねた。
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世界が洋上風力発電に注目する理由
「世界の洋上風力発電は、ここ10年で10倍強(発電容量ベース)と急成長が続いています。2017年末の発電容量は世界で約19GW(ギガワット、1900万kW)で前年末比+34%。2030年までには70GWを超える見通しになっています。そのうち、5割近いシェアを持つ英国を先頭に、ドイツ、デンマーク、オランダ、ベルギーの欧州諸国がけん引している状況です」
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最新の欧州における洋上風力発電容量の推移。2017年は15.78GW、2018年は18.499GW、2019年は22.072GWと、この2年で約1.4倍に(1GW=100万kW)
出典)欧州風力協会(WindEurope)『Offshore Wind in Europe Key trends and statistics 2019』(2020年2月6日発表)p.7より引用
そう語るのは、三井住友銀行 企業調査部に所属するアナリスト。同部では2018年11月、日本での「再エネ海域利用法」制定を見据えて世界の風力発電の現状と今後について、レポートを作成した。
2019年4月に施行された再エネ海域利用法は、洋上風力発電を長期的、安定的かつ効率的に行うことを目的としており、促進区域の指定を経て業者を選定し、最大30年間にわたって洋上風力発電を行うことを認めるものだ。
では、日本や欧州で洋上風力発電が急速に事業化される背景には、どのような要因があるのだろうか。
「まず、大きな流れとして、エネルギー安全保障、つまりエネルギー自給率の向上があり、加えて近年顕著になった脱炭素化に向けた動きがあります。このような動きの中で、洋上風力発電の優位性が高まってきたことが直接的な要因であると言えます」
加えて、風力発電はこれまで陸上がメインだったが、騒音問題や対建設費で考えたときのコストパフォーマンスの低さなどで事業展開できる場所に限界が見えてきた。また、陸上では発電効率化のために大型風車を設置しようにも、道路幅によって資機材搬入などが制限される。その点、洋上ならばそのハードルは低くなるのだという。
「そして、技術の進歩で洋上風力の発電コストが大幅に下がり、競争力が高まったことも要因の一つでしょう。英国で現在建設中の原子力発電所からの買取価格が1MWh(メガワット時)あたり92.5ポンド(約1万3200円※2020年2月18日現在)となるのに対して、2022年から操業を予定している洋上風力発電所は57.5ポンド(約8200円※前出同)。他の電源(発電方式)と比べて遜色がないどころか、むしろ安い電源になっていく可能性も少なくないのです」
英国同様、四方を海に囲まれた日本にとって、広大な海洋はフロンティアだと言えるのではないだろうか。そのフロンティアはエネルギーだけでなく、洋上風力発電所の建設や運用に伴う新たな産業や雇用も生み出す。
「そもそも洋上風力発電について調査したのは、欧州で普及が進み、金融機関のビジネスチャンスも拡大してきたからです。洋上風力発電は広大な海洋に発電機のファームを建設します。陸上は発電機を10本、20本設置するほどの規模が多いのですが、洋上は100本、200本と圧倒的に大規模な事業になるのです」
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海底に打ち込む必要のある着床式に対して、浮体式は埋め込む必要がなく、水深の深いところでも設置が可能となる。欧州で稼働中の多くは、砂質の海底に適したモノパイル式(図左)が主流
出典)国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構『浮体式洋上風力発電技術ガイドブック』(2019年4月10日発表)p.14より引用
「資料を作成した際には2030年時点で70GWに達すると見られていましたが、今では2030年時点で228GWになるとも見込まれています。これは現在の発電容量の十数倍の規模です」
さらに、2019年11月にデンマーク・コペンハーゲンで開催された洋上風力発電業界の国際会議「Offshore Wind 2019」では、欧州風力協会が「2050年に洋上風力の発電容量450GWを目指す」と発表している。
「このように洋上風力発電は、大規模な事業であるため投資効率が良く、将来性も高いため、再エネで先行していた日本企業の参画余地もあるはずです。しかし、日本企業が参画する上での課題も調査から見えてきました」
日本企業に洋上風力のビジネスチャンスはあるのか?
先述したように、日本は世界のトップを走る英国と同じく、国土の四方が海に囲まれた島国だ。環境面では好条件を持っているように思われるが、洋上風力発電が目に見えて発展していないのはなぜだろうか。
「日本の状況を見た場合、まず着床式洋上風力発電機の設置に適した水深15~30mの遠浅な海域が少ないという制限があります。そして、2019年4月になって再エネ海域利用法がようやく施行されたように、普及に向けて制度面をさらに充実させる必要があるという状況です」
洋上風力発電は日本や欧州で次世代エネルギーの柱と期待される一方、エネルギー大国であり、広大な国土を背景に陸上の風力発電を伸ばしている米国や中国などでは目立った動きはない。そこには大きく2つの理由がある。
第1は、資源小国と産油国のエネルギー安全保障に対する政府・国民の“考え方”の違い。第2は、洋上風力発電に関する“基礎的条件”の違いだ。なぜ洋上風力発電が欧州で先行したのか。それを解き明かすことで、日本の先が見えてくる。
「欧州では、市場統合への取り組みやエネルギー安全保障に対する危機感、環境意識の高さを背景として、再エネ拡大施策や電力自由化が推進されてきたという経緯があります」
近年、いずれの国でも環境配慮は重く受け止められている。しかし、国内資源の特性や産業の構造など多くの条件によって、どのように対応するかは変わってくる。その中で欧州諸国は、洋上風力発電を手段の一つとして選択した。
「そして、遠浅な海域が広がっていることに加え、沿岸部に北海油田(英国、ノルウェー、ドイツ、デンマーク、オランダの各経済水域にまたがる北海にある、海底油・ガス田の総称)の開発・運用を担ってきた洋上プラント関連産業が集積しています。つまり、人為的な政策と自然や産業の基礎的条件が土台となって、洋上風力発電が発展してきたのです」
現在、洋上風力発電の主流となっているのは、風車型発電機の柱を海底に固定する着床式だ。欧州の洋上風力発電を牽引する英国、ドイツ、デンマークなどの国々は北海油田のインフラが利用でき、同時に遠浅の海に面しているという地理的特性が大きい。
「先行する欧州での洋上風力発電のサプライチェーン(製造から消費までのプロセス)は、既に固まっています。基礎部分のサプライヤーや工事事業者は、石油・ガス開発を展開する事業者が多く、人材の融通も可能です。そして、風車部分のサプライヤーは自動車部品メーカーが多く見られます。ここに日本企業が新たに参画することは、ハードルが高いと言わざるを得ません」
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サプライチェーンの中に参入することは難しいものの、大手総合商社を中心に、日本企業も欧州の洋上風力発電市場へ積極的に出資している。こうした状況からも事業価値の高さがうかがえる
出典)Bloomberg New Energy Finance、各社プレスリリースより作成
着床式から浮体式へ。日欧間の連携でノウハウを蓄積
現在、欧州の洋上風力発電は、デンマークのオーステッド社(Ørsted)、ドイツのエーオン社(E.ON)など電力会社の上位5社が、発電容量の半分以上を占めている。緒に就いたばかりの日本の洋上風力発電市場は、それら先行する大手からすれば、狙い目のようにも思える。
「欧州企業は日本の洋上風力発電を新たなビジネスチャンスと見ており、日本市場への期待値が大きいことは確かです。日本の洋上風力発電事業における今後のストーリーとしては、開発や資金面など全体の効率を考えて、日本企業と欧州企業の協働が進むと考えられます。実際、2019年1月に日本の電力最大手の東京電力ホールディングスとデンマークの洋上風力最大手・オーステッド社が協働の覚書を交わしました。この動きは、日本での洋上風力発電の今後を占う意味で注目しています」
欧州諸国の独壇上とも思えるが、まだチャンスがないわけではない。世界の潮流が、将来的に「着床式」から「浮体式」へ移行していくと予測されているからだ。
「日本の場合は、遠浅で十分な風が吹く海域は限られますので、より沖合の海域での浮体式が主力になります。浮体式では、欧州投資銀行(EIB)が浮体式洋上ウインドファームへの融資を開始するなど、環境整備の点では欧州の方が先を行っている状況ですが、日欧とも技術的にはまだまだの段階。そこまで大きな差はありません。だからこそ、技術面から伸ばしていければ、日本にもチャンスがあるのではないかと思います」
日本における洋上風力発電の発展は、着床式で欧州企業と協働してノウハウを吸収し、その後の浮体式に向かうというのが道筋のようだ。
「洋上風力発電を安定した電源としつつ、新たな産業として育成するためには、政策面の後押しも必要だと思います。例えば、資金援助などによって開発規模を大きくしてコストを下げ、民間銀行や投資家が入っていく流れをつくることが考えられます。そしてもう一つ、漁業など海域の先行利用者との調整のルールを整備し、企業が参入しやすくなるよう、海洋利用についての規制緩和も必須ではないでしょうか」
資源、水産、輸送に至るまで、日本にさまざまな恵みを与えてくれた広大な海は、クリーンな電力までも私たちにもたらそうとしてくれている。そこに向けて、日本の企業や研究はどのように取り組んでいるのか。本特集で伝えていく。
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