特集
ペットと生きる、未来。~テクノロジーが犬・猫との暮らしにもたらす変化~

AIoTで獣医療改革も!ペットテックベンチャー・シロップが目指す「ペットライフコンシェルジュ」とは?

犬・猫・飼い主のビッグデータからペットライフを支えるコンシェルジュサービスが生まれる

本特集第1回では、ペットテック市場の全体像や主要テクノロジーの動向、市場拡大の可能性について見てきた。カギとなるのは、ベンチャーによる飛躍的な進化。第2回は、日本のペットテックシーンで実際に活躍しているベンチャー企業・株式会社シロップ(SYRUP)のメンバーから、サービスの背景や展開、そして市場全体の未来について、分析を聞いた。

DX化が進むペット市場

「シロップは2015年の創業当初、ペット専用のクローズドSNSを運営していましたが、その後、インスタグラムなどが台頭したためサービスを閉鎖。現在は保護犬・保護猫と、彼らを迎えたい人をつなぐマッチングサイト『OMUSUBI』(お結び)と、ペットの食事や健康に関する情報を発信するペットライフメディア『PETOKOTO』(以下、ペトこと)を運営しています」

そう口を開いたのは、シロップのCEOを務める大久保泰介氏。ペット市場は今、「世界的にオンライン化の流れに入った」と大久保氏は分析する。加えて、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)など先端テクノロジーを使ったサービスやソリューションが増えているという。

人の暮らしに関わるさまざまな市場では、エネルギーが下支えとなり、新たなテクノロジーによって生活変化を起こすDX(Digital Transformation:デジタル技術による生活変革)化が進みつつあるが、ペット市場もまた、同様の動きを見せ始めているということだ。

起業する数年前までは犬や猫が苦手だったという大久保氏。1匹のトイプードルを家族に迎えたことがきっかけとなり、ペットライフをサポートするビジネスをスタートした

その理由の一つに、飼い主の年齢層の変化がある。これまで、飼い主の年齢のボリュームゾーンは50代以上だった。それが、30~40代へと下がるにつれて、情報取得や購買行動などがオフラインからオンラインへと変容を始めている。

例えば、ペットフードはホームセンターで買うことが一般的だったが、最近はAmazonとはじめとするEC(electronic commerce:電子商取引)サイトを通じて購入するケースが増えている。米国では近年、Chewyというペット用品専門EC企業が上場を果たしている。

また、晩婚化により独身者、子どもがいない家庭が犬や猫を迎える割合が増加し、「家族化」していることも要因だろう。ペットにかけるお金が増えており、飼い主が人間基準のサービスを求める時代になってきているのだ。

「ペットテックを中心に据えたサービスは世界的に増えていくでしょう。ただ、まだまだ市場の規模は大きくありません。大手企業が失敗していることや、成功の青写真が見えにくいため、大きな投資を躊躇(ちゅうちょ)せざるを得ない状況があります。今後は、大企業が気鋭のスタートアップを買収したりしつつ、エコシステム(ビジネス生態系)が徐々に醸成されていくはずです」(大久保氏)

OMUSUBIに集まる犬・猫・飼い主データの価値

黎明(れいめい)期のペットテック市場において、シロップが仕掛けるサービスには共通点がある。それは業界における慣習やタスクをデジタル化することで課題を解決し、新たな価値を生むこと。また、ペットと飼い主の「データ」に焦点を当てる点である。

2016年にスタートした保護犬・保護猫のマッチングサイト「OMUSUBI」は、新しく犬・猫を迎えたい人と、保護犬・保護猫および保護団体をマッチングするサービスだ。新たに犬・猫を迎えたい人が、自分のライフスタイルや好みなど6つの質問に答えることで、既に登録されている膨大なデータの中から相性の良い保護犬・保護猫を提案してくれる機能を持つ。その背景には、犬・猫の殺処分を減らすため、譲渡を促進するという目的がある。

また、OMUSUBIの最大の特徴は、審査制のマッチングサイトであることだ。個人申請による譲渡だとトラブルが起きやすい。そのためシロップでは、保護団体の方針や活動内容をヒアリングし、基準をクリアした団体だけが里親を募集できるような仕組みを作った。現在、登録されているのは全国約140の保護団体。審査制としては日本最大規模となり、里親希望の会員は約1万5000人に上っている。

全国の保健所や動物愛護センターなどで殺処分された犬と猫の数。年々減少してはいるものの、2018年には犬7687匹、猫3万757匹が対象となった

出典:環境省『統計資料 「犬・猫の引取り及び負傷動物等の収容並びに処分の状況」』(平成30年度)より

OMUSUBIの責任者・井島七海氏は、その仕組みをこう説明する。

「保護団体の方々は多忙を極めるため、ITの利活用や導入を検討する時間が足りません。そこで私たちのようなプラットフォーム事業者が譲渡促進やサポートでお役に立てると考えています。OMUSUBIを運用する上では、飼育放棄につながるようなミスマッチを防ぎ、相性の良い家族をマッチングすることが非常に大事だと感じています。そのためOMUSUBIには相性度診断機能があり、里親希望者さんのライフスタイルや好み、地域などを入力することで、保護犬・保護猫との相性がパーセントで可視化できるのです」

これまで、保護犬・保護猫をペットに迎えようとすると、自分の好みで一方的に選んでしまうことが多かったという。ただ、保護犬・保護猫と里親がうまく関係を築くためには、それだけでは不十分であるとシロップのメンバーは感じていた。

そこで、飼い主側のデータを詳細に収集することで、マッチング精度を高めることに注力しているのだ。先述の6つの質問は、あくまでも相性の良い保護犬・保護猫を提案してくれる機能。実際に里親希望を申請するには、家庭環境や世帯収入、家族構成、住居タイプ、自宅の訪問可否、世話ができない留守番平均時間、飼育経験、飼育中のペットといったあらゆるデータを登録しなければならない。

OMUSUBIでは、自身の環境や条件、希望を事細かに入力していくことで、マッチング精度が高まっていく

「集められたデータは、迎えることとなる飼い主さんのペットライフをより充実させるため、そして犬・猫たちが迎えられた家庭でずっと飼い主さんと時間を共にできるようにするために大切な役割を果たします。保護犬・保護猫を迎えるには譲渡条件のクリアが必要で、ペットショップで迎えるよりも厳しいです。しかしその背景に、『二度とつらい思いをさせたくない』という保護団体さんの思いがあります。私たちはその思いもくみ取りながら、里親希望者さんとのミスマッチをなくすためのロジックを、日々改良し続けているのです」(井島氏)

今後は、保護犬・保護猫に対する認知を高めていくこともOMUSUBIのミッションの一つだと井島氏は続ける。そのため現在、外部の大手企業との協業も活発に行っており、その一つがAmazonだ。

一般ユーザー向けに、Amazonが独自に運営する動物保護施設支援プログラムがある。参画したい保護団体は、Amazonの掲載審査に通る必要があるのだが、その審査をOMUSUBIが担当している。これは既に保護団体に関するデータや実績を把握しているからこそ可能な役割だ。

「そもそもペットを家族として迎えることは、本来ハッピーなライフイベントだと思っています。そのためにも、ペット流通システムは根本から変わっていく必要があります。その中で、データ主導かつ、業界の本質的な構造に根差したサービスとしてOMUSUBIを成長させ、業界や社会にとって必要な存在へと育てていきたいと思っています」(井島氏)

OMUSUBI事業部の責任者で、執行役員の井島氏は、現在愛犬・愛猫と暮らしている。テレワークが進む中、彼らが会議を邪魔することもしばしば

なお、欧米では寄付文化が根付いているため、保護犬・保護猫を継続して守れる環境が整っているという。一方の日本では、「業界や民間企業なども関連団体をもっとサポートしていく必要がある」と井島氏は語る。日本でも新型コロナウイルスの影響でオンラインによるペットとの出会いが普及しつつあるが、ある意味で現在が大きなターニングポイントとも言えそうだ。

目指すはペットライフのコンシェルジュサービス

シロップが仕掛けているもう一つのサービスが「ペトこと」だ。獣医師、トレーナー、トリマーなど、ペットの健康に詳しい専門家が執筆したコンテンツが並ぶペットライフメディアで、目標の一つに「ペットの食事体験を根本的に変える」ことを掲げている。

ペトことの執筆人には獣医師も多く、安心して必要な情報にアクセスすることができる

その中で、身体を作る食事にフォーカスした完全総合栄養食を開発し、2019年からD2C(Direct to Consumer:直接販売)によるサブスクリプション(期間契約)サービス「PETOKOTO FOODS」(以下、ペトことフーズ)をリリースした。

多くの飼い主にとってのペットライフとは、ペットを家族の一員と考え、共に生きることである。生活する上で、何を食べさせるかは重大な要素だろう。しかし、これまでのペットの食事、つまりペットフードは原材料や製造過程がブラックボックスだった。「人間の食品メーカーの余り物で作ったのがペットフードである」という歴史的な変遷がそこにあるからだ。

「例えば、ドッグフードは豆粒型ですが、その一粒一粒のカロリー量は大きさが同じでも商品によって異なります。しかし、飼い主の皆さんはそれほど意識せず、違うメーカーのフードであっても、だいたいコップ1杯分というような目安で食事を与え続ける。結果、ペットの栄養が偏ったり、肥満になったりします」(大久保氏)

実際、飼育されている犬たちの半分が肥満という統計もあるという。そういった課題解決のため、ペトことフーズはペットの体重や年齢などのデータを基に個別にカロリー計算。適正な給餌量を算出し、“家族の食事”を定期配送してくれる。

「鹿児島県産の食材を使用して、保存料など添加物は不使用。調理後に冷凍してお届けするので、新鮮な食材の香りや味を楽しめる、人間も食べられる犬のごはんです。これまで、体調管理は病院に出向いて獣医師に相談しなければなりませんでしたが、このサービスを通して、われわれが提携する獣医師にオンラインで相談することも可能です」(大久保氏)

飼い犬の名前、種類、生年月日、体重、行動の傾向など14項目を質問に沿って回答していくと、自動的にその犬に合ったごはんをカスタムしてくれる「PETOKOTO FOODS」

シロップが最終的に目指すのは、マッチングによる出会いから始まり、食事などのライフスタイル、体調管理などのヘルスケアまでを一気通貫で提供できる「ペットライフのコンシェルジュサービス」だ。そのため、今後もペットテックとして、新たなサービスやソリューションを形にしていくことを検討している。その最たるところが、AR(拡張現実)・VR(仮想現実)である。

「ペット市場において殺処分問題は大きな課題ではありますが、その前提として需要と供給のミスマッチという根本的な問題があります。ペットショップなど小売店では、人が犬や猫に出会える数は限られている。せいぜい10匹くらいでしょう。一方、OMUSUBIはオンラインのため、500匹くらいと出会うことができる。しかしながら、物理的な制約は非常に大きい。実店舗では実際に触れて、直感を刺激することができますが、オンラインではやはり難しいのです。そこで、没入感や感覚を刺激するAR・VRの活用は大きな手段の一つになっていくと考えています」(大久保氏)

また、大久保氏は、「IoT」もしくはAIとIoTを組み合わせた「AIoT」の活用にも大きな可能性があると考えている。現在ペトことで収集しているペットの体重や年齢といったデータは、あくまでも飼い主によって計測、記入されたもの。AIやIoTを活用すれば、データをもっと客観的かつ自動的に取得することが可能になるからだ。

「今、獣医療や動物病院も一気にDXの方向に向かっています。これまでの法律では動物医療の現場も対面診療が義務付けられていて、医療品の配送もできませんでした。しかし現在、遠隔相談を行うサービスや、一部では会員制で遠隔診療を行う動物病院が現れ始めています。1~2年以内には規制がさらに緩和されていくでしょう。われわれのサービスにAIoT技術を実装し、ペットの体調や行動量を客観的に取得することができれば、医療やヘルスケアとの連携を、より高度化させることができるはずです」(大久保氏)

これからの時代に、ペットと人の暮らしをより豊かに発展させるには、センサーなどのハードウェアに加えて、AIなどのソフトウェア、それらを高度化するためのビッグデータを、ペットテックという形に落とし込んでいかねばならない。また、サービスを提供する側には、ペットと人の間に新たな価値を定義する観察力や思考力といったビジネスの知見とともに、「ペットは家族」という現代の価値観に対する深い理解も必要になることだろう。

そんな家族が考えていること、気持ちがもっと分かるようになれば――。次回は、ペットと飼い主のコミュニケーションのあり方を変えるウェアラブルデバイス「イヌパシー」にフォーカスする。

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