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2023.01.30
EUで進むエネルギーの“脱ロシア化”。変革を迫られるエネルギー課題とは
設備増強と技術革新が「脱ロシア化」のポイントに
ロシアによるウクライナ侵攻を契機に、EUはロシア産化石燃料の利用を段階的に取りやめることを公表した。これに伴いさまざまな問題や課題が浮上している。三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 調査部副主任研究員である土田陽介氏に、欧州における現在のエネルギー事情を解説していただくとともに、今後の動向を予測してもらった。
カルーセル画像:ホソヤン / PIXTA(ピクスタ)
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天然ガスの供給断絶は大きな痛手
欧州にとって、距離的に近いロシアは身近なエネルギー資源国だ。
従来の欧州では、石炭、石油、天然ガスの多くをロシアから輸入してきた。その中でも、とりわけEUにおける依存度が高いのが天然ガスだという。
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EUにおける一次エネルギー総供給量(域内生産+輸入)の構成比率(2020年) 。化石燃料が全体の72.9%を占めている (注)総供給量(域内生産+輸入)に占める割合
出典:ユーロスタット
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EUの化石燃料の供給構造(2020年) 。ドイツ国内最大の炭田であるルール炭田やドイツからチェコ、ポーランドに広がる一帯にはシュレージエン炭田があるため、EUの石炭自給率は高い一方で、天然ガス及び石油は輸入に頼らざるを得ない状況だ (注1)総供給量(域内生産+輸入)に占める割合(注2)ロシアから直接輸入された量に限定される
出典:ユーロスタット
このようにロシア産エネルギーへの依存度の高かったEUが「脱ロシア化」を図っている今、どのような現実に直面しているのか。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社の土田陽介氏の見解はこうだ。
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欧州各国とその周辺国の経済、金融事情にも精通している土田氏
「ドイツやポーランド、チェコを中心とする地域には炭田が数多くあるため、石炭はEU内で自給自足することができます。石油もイタリアで産出されるうえ、(資源輸出地域である中東から地理的に)EU域内に運び入れやすいという特徴があります。また、タンカーに積んでどこからでも運搬できるので、ロシアからウクライナや東欧諸国、ドイツへ石油を送る『ドルジバパイプライン』に頼らずとも、比較的容易に入手できます」
さらに土田氏は「脱ロシア化の成否は天然ガスにある」と続ける。
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EU 主要国の天然ガスの対ロシア依存度(2020年) 。EUでは、天然ガスが産出される場所が極めて少ない。おのずと天然ガスは、ロシアをはじめとする他国への依存度が高くなっている (注1)総供給量(域内生産+輸入)に占める割合(注2)ロシアから直接輸入された量に限定される
出典:ユーロスタット
「欧州は天然ガスパイプラインを通して、ロシアから天然ガスを輸入してきました。このパイプラインが使えなくなると、さまざまな問題が起きます。例えば、ロシア以外の国からはLNG(液化天然ガス)を輸入していますが、現状、欧州にはこれを貯蔵・気化する施設は多くありません。LNGの輸入量を増やすにしても施設建設にかかる費用や期間を考慮すると、ロシアからパイプラインを使って天然ガスを輸入できなくなることは、大きな痛手と言えます」
LNG貯蔵・気化施設の新設には莫大なコストが必要
ウクライナ危機の勃発後、欧州委員会はロシア産化石燃料からの脱却計画を記した「リパワーEU」を2022年5月18日に発表した。
「リパワーEU」には、2030年までにロシア産化石燃料の利用をゼロにするという意志が明記されている。
「EUは政治的な約束として『脱ロシア化』を宣言した手前、これを進めざるを得ません」
土田氏によると、今後EUが進めると思われる対策は「短期的なものと中長期的なものに分けられる」という。
「まずEUは短期的な対策として、オーストラリアや中東の国からのLNGの輸入量を増やすでしょう。スペインやその周辺にはLNGの貯蔵・気化施設があり、LNGの受け入れが可能です。またドイツなどでは、LNGの貯蔵・気化施設を新設する計画があり、今後はこれが立ち上がってくるでしょう。EUはこうした新旧の貯蔵・気化施設を通して、輸入したLNGを活用していくと考えられます」
短期的な対策はいわゆる応急処置とも捉えられる内容だが、中長期的な対策、つまり3~10年先を見据えた対策は、計画性と規模が格段に増したものになるようだ。
「現在EUは、地中海と西アフリカで天然ガスを開発する計画を進めています。計画がうまく進み、それぞれにおける生産能力が確固たるものとなれば、パイプラインを使って安定的に天然ガスを入手できるようになるでしょう」
しかし、一連の対策を実行するためには莫大な資金と人手が必要となり、これがネックになり得るという。
「LNGの貯蔵・気化施設を新設するには、巨額の資金だけでなく、多大なマンパワーが必要です。しかし、短期間でそれだけの資金と人手を集められるのか?そう考えると、クエスチョンマークがつくのが正直なところです。実際、ドイツは貯蔵・気化施設を続々と設ける計画を公表しましたが、稼動までには相応に時間を要します」
また、計画通りにLNGの貯蔵・気化施設が増え、さらには地中海と西アフリカで天然ガスが開発されても、一般市民の暮らしに多大な影響が及ぶことが予想されるという。
「EU各国の政府には、国の事業にかかったコストをすぐに現役世代に転嫁するという傾向があります。そのため、諸々の施設が新設されるのを機に電気料金が大幅に上がるか、高止まりするかもしれません。一旦は政府がコストを抱え、長い年月をかけて税金として回収したり、電気料金体系に組み入れたりするといった工夫を加えなければ、一般市民からの不満が噴出するはずです」
水素、再生可能エネルギーにも注目が集まる
EUは、石炭、石油、天然ガスだけではなく、新しいエネルギーにも目を向けている。
「リパワーEU」には、「水素アクセラレーター」という方針が設けられており、そこには2030年までに再生可能エネルギーを用いた水素の生産を1000万トンにまで拡大する旨が記されている。
しかし、土田氏によると、EUにおける水素需要は依然として弱いままだという。
「フランスなどではバスをはじめとする公共交通機関の動力を水素に転換する試みが行われていますが、やはり航空機や船舶(商船)にも水素が使えるようにならなくては水素需要が伸びず、生産するメリットは薄くなります。今後、航空機や商船など経済に深く関わる機器や施設で水素を使えるようにすることが、水素利用における肝となるでしょう」
温室効果ガスについて「2030年までに、1990年時点の排出量の少なくとも55%にまで削減する」と公言しているEU。これを実現するための対策の一つとして、再生可能エネルギーの利用拡大を挙げている。
「脱ロシア化」を図っている今こそ、再生可能エネルギーを利用拡大する好機と言えそうだが、実際はどうなのか。
「端的に言うと、再生可能エネルギー導入における進捗度については、国家間で差が生まれています。例えば、EUとはきわめて密接な関係にある未加盟国のリヒテンシュタインは再生可能エネルギーで100%近くの電力を賄っていますが、ドイツなどの他国は、どうしても突破できない壁にぶつかっています。太陽光、水力、風力といった自然に頼った発電は、どこでも安定的にできるわけではありません。欧州の土地は東西南北に伸びており、山や海に恵まれた地域もあれば、そうでない地域もあります。後者の地域では、再生可能エネルギーによる発電がどうしても不安定です。将来、技術がさらに進歩し、どのような環境下でも安定的に再生可能エネルギーによる発電ができるようになるかもしれませんが、こればかりは予想がつきません」
莫大なコストと人手に加えて、新たなエネルギー源の確保が不可欠となるエネルギーの脱ロシア化。
そのためには地理的な問題、技術革新に要する時間、エネルギー価格の高騰や物価上昇といった消費者への影響など、乗り越えるべき壁は多い。
課題山積と言えるが、エネルギーの安定化のためには一歩一歩着実に脱ロシア化を進めることが求められる。
日本をはじめ、世界のエネルギー事情に影響を及ぼすEUの動きから今後も目が離せない。
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