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世界のエネルギー事情 2024

エネルギー消費大国・インドが秘める可能性と現状における課題

日本貿易振興機構(JETRO)現地研究員に聞く、脱化石燃料・再エネ転換への道筋

世界のエネルギー事情を知る上で、これまであまり注目される機会がなかった大国・インド。世界銀行の発表によるとインドの2023年4月~2024年3月の実質GDP成長率は6.3%と予測され、引き続き高い成長が見込まれている。しかし、インドがこのまま成長を続ければエネルギー消費量の大幅増が懸念される。こうした状況下でインドは今、再生可能エネルギー(以下、再エネ)への取り組みを加速させようとしている。今回は、独立行政法人 日本貿易振興機構(JETRO)ニューデリー事務所駐在の大瀧拓馬氏に、インドの最新エネルギー事情について伺った。
(<C>メインおよびカルーセル画像:koma / VLADJ55 / PIXTA<ピクスタ>)

高いポテンシャルを持つインドの再エネ

インドは現在、中国、アメリカに次ぐ世界第3位のエネルギー消費国だが、国際エネルギー機関(IEA)の試算では、2040年には1次エネルギー使用量が1.7倍となり、アメリカに拮抗(きっこう)すると予想され、その約7割が化石燃料由来との見込みが示されている。

産業調査員という立場で南西アジア地域の経済動向を調査している大瀧氏はこう解説する。

インドにおける1次エネルギー需要の見込み。縦軸はMtoe=石油換算メガt(1単位当たり石油100万tに相当するエネルギー)

資料提供:大瀧拓馬(IEA「India Energy Outlook 2021」出所に基づく)

インド中央電力庁による、インド国内の電源構成推移計画(容量ベース)。縦軸はGW(ギガワット)

資料提供:大瀧拓馬(インド中央電力庁出所に基づく)

「インドの電源比を見ると石炭が石油以上に用いられています。インド産の石炭はエネルギー密度が低く良質とはいえないものの、2021年度では8割を国内生産しています。2021年度では、電気の約72%が石炭から発電されており、今後も石炭の発電利用は継続する見込みです」

インドはエネルギー安全保障の観点から石炭の生産を継続しているが、脱化石燃料という一面では足かせになり得る。さらに、一般的に脱硫装置などの設備が不十分なものも多く、深刻化する大気汚染の問題をさらに加速させる可能性もある。

その一方で、大瀧氏は「日照時間、風況など地理的特性から再エネ供給の潜在性に恵まれ、再エネ転換への期待が高まっています」と説明。インド政府が再エネ容量の目標として、2030年までに合計500GW分の導入実現を掲げたことを解説する。

「インド政府の投資誘致機関であるインベストインディアが発表している2023年における再エネ容量の最新値は、太陽光は44.5GW、風力72.3GW、バイオマス10.2GW、小水力4.98GW、水力46.88GWとなっています。この中でも太陽光は非常に多く、特に自然環境的にポテンシャルの高い西側の地域で積極的な投資が行われています」

※…排ガスに含まれる硫化水素など有害物質を取り除く装置

「広大なインドでは陸上における風力発電の敷設も進んでいますが、遠浅な海も多いため浮体式よりハードルが低いといわれる着床式の洋上風力発電の設置が可能で、高いポテンシャルを持っています」(大瀧氏)

日本も貢献! インドのバイオマス燃料事情

インドが今後、経済成長に伴い増加するエネルギー需要を満たすためには、安定した送配電システムの構築が非常に重要な課題となる。しかし大瀧氏は「インドの電力供給における課題は、地域によって大きく異なることを前提としなければ話がかみ合いません」と、その実情を指摘する。

「インドの1人当たりのGDPを見ると、2021年度の時点で首都ニューデリーは約5500ドル、IT都市として知られるベンガルールは約8000ドルといわれていますが、ニューデリーから飛行機で3時間ほどのビハール州では約650ドルという水準まで下がります。そうなると、同じ国とはいえ経済圏としての需要も供給の形も全く異なります。

インドの2021年度におけるエネルギー需要に占める電気の割合は全国で16%程度といわれています。残りの84%は、農村部におけるまきや農作業の残りかすなどの伝統的なバイオマス燃料です。インドの一般家庭ではまだまだこれらの燃料を調理や暖房に用いることが多く、呼吸器疾患などの健康問題が深刻化しています」

このような状況の下、インドの新車販売で大きなシェアを占める日本の自動車メーカー、スズキ株式会社の取り組みが注目を集めているという。

スズキがインド政府と進めるバイオガス実証事業の全体像

2022年、スズキ株式会社プレスリリースより

「スズキは、牛ふんを発酵させて発生するバイオガスを精製し、自動車用燃料として圧縮天然ガス(CNG)の代替となる圧縮バイオメタンガス(CBG)を製造するプロジェクトを進めています。インドはウシの飼育頭数が多く、ウシから排せつされるふん尿は大量にあります。スズキの取り組みは、このような廃棄物を有価値化させ、農村の人たちの所得向上にもつながるため注目を集めています」

このようにインドに貢献する日本の技術として、大瀧氏は「揚水発電の技術に大きな期待を寄せています」と話す。

「再エネ導入が進み容量が増えるほど、蓄電池のような役割を持つ設備で電力供給のバランスをとることが必要になります。そうした設備を導入する上で、揚水発電の技術は特に有効であると考えています」

揚水発電は水力発電の一種で、発電所の上部と下部両方に貯水池を備え、下部から上部へ水をポンプでくみ上げ(揚水)、その水を電気が多く必要とされる時間帯の発電に再利用する。上部の貯水池が水をエネルギーとして蓄える「蓄電池」の役割を担う。
※揚水発電に関する参照記事:https://emira-t.jp/topics/22197/

「例えば、昼間の太陽光で発電した電気で揚水し、夜に発電するということが可能です。このような仕組みは、太陽光発電のポテンシャルの高いインドにおいて非常に有効であり、エネルギーの安定供給に貢献する可能性が高いと言えるでしょう」

これからのインドと日本の関わりを見据えて

インドは再エネのポテンシャルが高いため、安価な水素(H)を製造するポテンシャルも高いと考えられている。水素発電は二酸化炭素(CO2)を排出しない次世代の主力エネルギー源として期待されるが、その実現には安価な原料で水素を作ることが必須条件となる。

水素を製造する方法には、化石燃料を燃焼してガス化し、その中から水素を取り出す「改質」と、水を電気分解し水素を取り出す「電解」がある。インドの場合は、安価な再エネを電解に必要な電力に使用することで、世界でも高い価格競争力を持つ水素が製造できると見込まれている。

インドの水素需要予測。2030年の段階で1億tの需要が見込まれ、うち5%程度がグリーン水素によって賄われると試算。今後インドでは鉄、肥料、石油精製、いずれの産業も増産、発電用資源ではなく産業用資源は底堅く増えることが見込まれる

資料提供:大瀧拓馬(インド政府「Harnessing GREEN HYDROGEN」出所に基づく)

こうした背景から、インド政府は2023年「国家グリーン水素ミッション」の策定を発表しており、政府として水素産業の活性化を目指している。一方、大瀧氏は「欧米をはじめとする水素生産を推奨する国と比較して、政策支援は弱い」と問題点を指摘する。

「ミッションの中身は、水素事業に対するインセンティブが製造者向け中心で、需要側への言及が相対的に少ないです。『水素の製造を推進していきます』『そのための歳入を増やし、投資もします』『雇用もつくります』『化石燃料の輸入も減らします』といったメッセージはありますが、インド国内における水素需要の創出に向けたメッセージが弱く、輸出に力点が偏重しています」

このような現状ではあるものの、最近は水素関連の良質なプロジェクトで日本の企業が参画しているケースが見られるようになってきた。

「2023年12月、三井金属鉱業株式会社はインド工科大学(IIT)デリー校とグリーン水素製造技術分野での共同開発を実施し、同校内に開発センターを設置したことを発表しました。三井金属鉱業は、電解による水素製造において、水電解装置内に高価な貴金属を用いる点を課題に掲げ、IITとの共同研究で水電解装置のコストを下げ、水素関連設備の社会実装の加速化に貢献したいと明かしています。このような取り組みは他にもありますが、個人的にはより多くの日系企業の参画に期待したいです」

2023年12月11日、インド工科大学デリー校にて三井金属鉱業と同校のMOU(基本合意書)締結式が実施された。本年以降の共同研究への期待が寄せられる

画像提供:日本貿易振興機構(JETRO)

再エネのポテンシャルが高いインドとの結びつきは、「日本のエネルギー安全保障において重要になる」と、大瀧氏は可能性を示す。

「IT関連の優秀な人材も豊富なインドへの進出は、日本企業にとってプラスに作用するはずです。水素に限らず、太陽光や風力発電の分野でも協力が進み、近い将来、日印間で共同の技術研究やサプライチェーンの構築を軸に、再エネ利用促進において強く結びつくことで両国をハブにした世界展開も考えられると思っています」

インド政府は、COP27で発表した「長期低排出発展戦略」(LT-LEDS)に則り、EV(電気自動車)の導入、ガソリンへのエタノール混合など運輸部門の低炭素化、再エネ活用による産業部門の低炭素開発への移行を推進している。

その推進には、新しい技術やインフラの開発・導入が必須であり、エネルギー分野でアジア各国との協力を強める日本との関係はより深まるだろう。

こうした視点からもインドの動向は今後も目が離せない。

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