1. TOP
  2. 特集
  3. 来る超高齢社会に向けて。介護テック最前線
  4. 地域の産官学が連携! 介護×AIで描く未来
特集
来る超高齢社会に向けて。介護テック最前線

地域の産官学が連携! 介護×AIで描く未来

自治体、大学、介護事業者、通信会社が取り組む実証とこれから

介護産業では、全国で介護テックの導入が進められている。ただ、導入にも訪問、入居、デイサービスなど介護形態や規模を踏まえ、適切に進めなければ十分な効果は得られない。また、近年は生成AIを生かした介護テック研究も始まっている。今回は、立教大学、社会福祉法人フロンティア、東日本電信電話株式会社(以下、NTT東日本)に、地域の介護事業者と研究者が結び付き、実用化を目指す“介護×AI”の取り組みについて話を伺った。
(<C>メイン画像:Neirfy / PIXTA<ピクスタ>)

地域が直面する課題を解決するために

介護テックの導入は国や都道府県による支援の下、各メーカーや研究者が開発、介護施設などで実証というプロセスを踏んで行われる。

東京都豊島区では、こうした取り組みが地元の“産官学連携”で継続的に進められている。参加団体は、立教大学 大学院人工知能科学研究科、特別養護老人ホーム(以下、特養)「池袋ほんちょうの郷」などを運営する社会福祉法人 フロンティア、豊島区および社会福祉法人 豊島区社会福祉事業団、そして4者を結び付けたNTT東日本の東京北支店だ。

発足の背景を、プロジェクト全体の調整役を担うNTT東日本 東京北支店 第二ビジネスイノベーション部の戸田達也氏が解説する。

「2019年10月ごろより、弊社と豊島区にてデジタル技術を用いた介護福祉分野の課題解決の検討を始めました。2020年4月に立教大学大学院が人工知能科学研究科を開設されたと聞き取り組みに加わっていただき、豊島区からはフロンティアと豊島区社会福祉事業団へお声掛けいただき、プロジェクトが発足しました」(戸田氏)

「1年目(2020年)は『(産官学で)どういう部分でどういう課題に取り組むべきか』を5者のメンバーで議論させていただき、2021年よりAI活用の実証を開始しました」(戸田氏)

豊島区は、65歳以上の高齢者人口における単身世帯の割合が全国1位で、超高齢化社会へ向けた介護福祉への取り組みは、自治体としても大きな課題である。

そうした状況において「地域で産官学連携がスムーズに図れたことは光明だったのでは」(戸田氏)と考える。

プロジェクトに参加した5者は議論を重ね「産官学の連携により、介護福祉関連 AI を共同検討し、開発・社会実装を経て、全国的な課題への先進的な取り組みをつくり上げる」というミッションを掲げた。

介護福祉関連のAI活用を進める上での、プロジェクトにおける産(フロンティア、豊島区社会福祉事業団、NTT東日本)、官(豊島区)、学(立教大)それぞれの役割

資料提供:NTT東日本

立教大学 大学院人工知能科学研究科(以下、立教大)は、日本初の“AIに特化した研究科”で、AI・情報科学をさまざまな学術分野と掛け合わせることで、社会課題の解決や起業創出に取り組んでいる。2023年度より着任した大庭弘継特任教授は、同研究科について次のように話す。

「世の中にオープンにされ、自由に活用できるAI技術が数多くあります。そこでわれわれが実践する社会実装は『現場に入っていってニーズを把握し、活用できるAIをくみ上げていく』という形をとります。AIというブロックを、積み木のように理想の装置へと組み立てていく、試行錯誤のような研究です。今回、学生たちは産官学の共同プロジェクトへの参画を通じて、試行錯誤しながら実地で、AIの組み立てやAI活用のためのデータの収集に取り組みました」(大庭氏)

大庭教授(右から2人目)とプロジェクト参加メンバー。「立教大は、AIのバックグラウンドを持つ学生が毎週、介護現場を訪問しドメイン知識を学びつつ、何が必要か手探りで構築していく取り組みを年度単位で行っています」(大庭氏)

では、介護を行う立場はどのような期待を寄せてプロジェクトに参画したのだろうか。フロンティアの山内雅代理事はこう話す。

「今後、介護を必要とされる高齢者の増加が予想される中で、介護人材不足も一層深刻化すると 思います。そうした背景から、話題となっていたICTを活用して介護資源の効果的な提供方法や介護経験が少ない職員へのサポートの仕組みができないか?という話題が持ち上がったことがありました。すぐに実現できることではありませんし、その良しあしも現場としては分かりません。ですが産官学での取り組みを通して、さまざまな課題が整理され、解消の糸口が見えてくるかもしれません。そうした思いからプロジェクトに参画しています」(山内氏)

高齢者の笑顔を、AIで生み出す

1年目の議論を経て、2021年よりAI活用の実証が始まった。

最初に実施されたのは「特養と入居希望者のマッチング」というDX。これは「よく目にする“特養は空きベッド不足で、入居待ちの高齢者が増えている”という報道が、必ずしもそうではない」(戸田氏)という事情が発端だ。

フロンティアは2019年より「池袋ほんちょうの郷」を運営。特養以外にも在宅介護支援の拠点としての機能を有し、実証も同施設にて行われた

画像提供:社会福祉法人フロンティア

「フロンティアの皆さんに伺った話では、特養から入居希望者のご家族へベッドが空いた旨をお伝えしても、そこから『本当に入居させるべきか』『在宅介護でいいのでは?』といった家族会議が始まり、エントリーしていたにもかかわらず結果的にキャンセルされる事例も多く、これを繰り返されると経営にも影響を及ぼしてしまうそうです」(戸田氏)

立教大は、これまでの入居者の属性を個人情報が特定されないよう配慮した上でクラスタリングし、入居希望者の申し込みデータと掛け合わせ、より入居につながりやすい候補の選定をAIで補助する実証を行った。

実際に「より入居につながりやすい希望者の見極め方、分かりやすい視点が得られました」(山内氏)と一定の成果が挙げられた。

続く2022~23年の実証は、施設利用者に寄り添った“笑顔の創出”へ主題をシフトした。楽しい体験を通じて笑顔になる、元気になることは、高齢者にとって健康維持にとどまらず認知症予防にも効果的だが、立教大 同研究科の池田浩平氏は「実証の背景には、施設利用者の皆さんの笑顔の創出の機会減少もありました」と説明する。

「コロナ禍の影響で『池袋ほんちょうの郷』入居者の皆さんも面会や外出の機会が減り、日常生活で笑顔になる機会も少なくなっていました。そこで、2022年は入居者の皆さんが日常のレクリエーションを行う様子を記録、AIで検証し、より効果的なレクリエーションの取り組み方を見いだしました」(池田氏)

実証では、それまでの介護士による童謡や早口言葉などのレクリエーションとは別に、自律走行型ロボット「temi(テミ)」と会話や歌を楽しむレクリエーションや、VR(ゴーグル装着型)のレクリエーションを新たに実施。レクリエーション後に利用者一人一人に行ったインタビュー映像の様子を記録した映像・音声データを、AIアプリ「Amazon Rekognition」 を用いて感情・発話推定を行い、どんなプログラムが効果的だったかを検証した。介護ロボットのより効果的な用い方を、AIで検証した構図だ。

「介護ロボットによるレクリエーションの立案と実施、AIによる表情・感情推定、その検証を定量的に行うPDCAサイクルを確立することで、笑顔の創出はもちろん、介護事業者が介護テックを導入する上での指標になればと考えています」(池田氏)

2023年度は「PALRO」のような体操・ダンスも可能なロボットや、身振り手振りを交えて遠隔で会話が可能な「OriHime」を活用。レクリエーションの映像から発話量、発話内容、表情をAI解析した

資料提供:立教大学大学院 人工知能科学研究科

「池袋ほんちょうの郷」で実施されたコミュニケーションロボット「PALRO(パルロ)」を用いたレクリエーションの様子。立教大学の学生がコミュニケーションをとりながら進められた

画像提供:立教大学 大学院人工知能科学研究科

「2023年度はさらに踏み込み、実証の対象者をデイサービス利用者の皆さんに拡充したことで、より多様なデータを取得できました。また取得するデータを、レクリエーション中の様子を撮影した動画にすることで、よりリアルタイムな表情を分析できるようになりました」(池田氏)

利用者の反応も良好で、山内氏も「利用者一人一人の満足度まで分かるようになると現場のスタッフもうれしいですね」と、継続した実証へ期待を寄せている。

少しずつ、着実に進化する“介護×AI”

介護におけるAI活用、その実証はまだまだ道半ば──。

大庭氏の言葉を借りれば「AIというブロックを理想の装置へと組み立てていく試行錯誤」の途中である。そうした中、2024年度は新たにChatGPTに代表される生成AIの活用を検証する。

これまでの介護テックに用いられてきたAIは人の動作や表情、会話に対し、あらかじめ記録・記憶されたデータから適切な対応・推測を行うものであり、生成AIの活用は今後の課題である。

「生成AIを活用して高齢者の話し相手の創出に取り組んでいるのですが、2023年度の実験で高齢の被験者が子供のアバターに戦争体験やペットが亡くなった話を悲しそうに語る出来事がありました。私たちは“笑顔の創出”を考えて取り組んでいましたが、孤独を抱えた高齢者には心に秘めた感情を吐き出せる相手も必要かもしれません。介護×AIの研究からコミュニケーションの奥深さを実感しました」(大庭氏)

立教大が研究・実証を進める子供アバター。「声色も語り口もまだまだぎこちなく、2024年度以降そういった部分も改善させていきたいです」(大庭氏)

画像提供:立教大学 大学院人工知能科学研究科

介護の現場はこうした実証を経て、どういった思いを抱いているのか?

山内氏も「池袋ほんちょうの郷」スタッフの感想を聞き取った上でこう話す。

「レクリエーションの一から十までを介護ロボットに任せて職員は別の仕事に専念する状態が必ずしも理想ではなく、そこは人が見守る必要ももちろんあります。あくまで任せるのではなく、安全に、安心して部分的に託して、職員の負担を軽くする感じだと思います。そのあたりは今後の取り組みに期待したいです」(山内氏)

これまでの実証は、明確な実用化などには至っていない。しかし、介護×AIの活用を前進させるきっかけを投じている。

「学生の皆さんが施設を頻繁に訪れてくださることで、介護の現場をより身近なところとして受け入れ、また職員にとってもICTやロボットという言葉への抵抗感がなくなることで、介護テックによる“専門性を要する業務”と“それ以外の業務”の仕分けへとつながり、結果、皆が協働しやすい環境づくりを推し進めることができました」(山内氏)

「2021年、介護施設と入居者間のマッチングは、より正確なデータ取得のための個人情報の扱いが実用化への課題として残りました。豊島区はこの課題を解消し、2024年度より介護施設の入所案内に活用されることになりました。私たちの取り組みがフィードバックされ、これからも新しい介護の取り組みにつながっていくことを期待しています」(山内氏)

本プロジェクトを通して、山内氏は「立教大の皆さんに、ぜひ施設を訪れ、高齢者と触れ合ってほしい」と願い出た。学生たちは高齢者へのあいさつを欠かさず、一緒に行動し寄り添い、現場の職員たちはその姿を見て実証への期待が高まったという。

介護の効率化を、サービスの質を維持しつつ実現する介護テック──。

日々研さんされるテクノロジーと、それを扱う人々の思いが介護の未来を切り開く。

後期高齢者が急増する2025年問題も、生産年齢人口の減少も、介護テックで明るく乗り越えていける。

これまでの取材を通して、そう強く感じさせられた。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

Twitterでフォローしよう

この記事をシェア

  • Facebook
  • Twitter
  • はてぶ!
  • LINE
  1. TOP
  2. 特集
  3. 来る超高齢社会に向けて。介護テック最前線
  4. 地域の産官学が連携! 介護×AIで描く未来