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2024.03.18
2025年問題にテックで挑む! 介助や見守りなど現場から知る“介護ロボット”の今
社会福祉法人 善光会・宮本隆史理事に聞く研究開発拠点“リビングラボ”の役割
介護現場の働き手不足への打ち手「介護テック」は実際どのようなものか──。介護施設を複数運営する社会福祉法人 善光会は介護ロボットを早期より導入、開発にも取り組んでいる。今回は同法人の最高執行責任者であり統括施設局長を務める宮本隆史理事に、介護ロボット導入・開発の現状や課題を現場の目線から伺った。
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介護をする人・受ける人、双方の負担を減らすために
善光会は、2007年に東京都大田区に複合福祉施設「サンタフェガーデンヒルズ」を開業し、高齢者介護、障害者支援などの事業を展開。2009年に筑波大学発のベンチャー企業・サイバーダイン株式会社の動作補助装具「HAL(R)」※1を導入したのが、同法人と介護ロボットの関わりの起点である。宮本氏は、導入の理由について「利用者の自立支援につながるものとして役立てられると感じたため」と振り返る。
「介護施設、社会福祉法人のこうしたプロダクト導入事例は、当時まだなかったと思います。HAL(R)導入をきっかけにさまざまなメーカーから『うちのプロダクトを実証してほしい』と相談を受ける機会が増え、2013年に介護ロボット研究室を法人内に立ち上げました」
善光会ではこれまで200種類以上の介護ロボットを導入・実証し、現在、サンタフェガーデンヒルズをはじめとする運営施設で20種類程度が稼働している。
※1…Hybrid Assistive Limbの略称。身体機能の改善・補助・拡張などを可能にする装着型サイボーグ。センサーが装着者の生体電位信号を検出、意思に従い動作する
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稼働中のロボット「PALRO(パルロ)」(富士ソフト株式会社)は、話し相手の名前を記憶し、自然な会話が可能。クイズの出題やダンスもこなし、職員に代わり利用者との交流を担う
介護へのテクノロジー導入に乗り出した背景について、宮本氏は「必然でした」と語る。
「日本では今、少子高齢化という大きな問題を抱えています。私たちの産業は高齢者が増えるほどマーケットも大きくなりますが、それを支える人材は減り、かつ、財源は社会保障関係費なので、人件費をかけて人を集めることにも限度があります。人が絶対的に足りません。それをフォローする手段としてテクノロジーを使う必要に迫られているのが実際のところです」
善光会では利用者の移乗を支援する「Hug」(株式会社FUJI)、「SASUKE」(マッスル株式会社)といった介護ロボットが導入され、職員のオペレーションを補助している。
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移乗サポートロボット「Hug」は、ベッドから車椅子、車椅子からトイレといった座位間の移乗動作をサポートする
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「Hug」の使用イメージ。要介護者、介護者双方の体力的な負担の大幅軽減が見込める
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「SASUKE」は、利用者とベッドの間に通した専用シートにSASUKE本体の左右のアームをシートの両端に差し込み、利用者を優しく抱き上げ、ゆっくり姿勢を整えながら車椅子へ、または逆の移乗を行う
また、センシング技術により見守りのリモート化を促す介護ロボットも活用。居室での利用者の体動、睡眠状態をモニタリングする「眠りSCAN」(パラマウントベッド株式会社)、一人一人の的確な排尿タイミングを見える化、スムーズな介助を可能にする「D Free」(トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社)などが用いられている。
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「眠りSCAN」はマットレスの下に敷き、利用者に非接触の状態で寝返り、心拍数、呼吸数など睡眠状態を計測
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「眠りSCAN」の計測データはリアルタイムで一括確認でき、見回りの負担を軽減する
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「D Free」は、利用者の下腹部に装着し超音波で膀胱の尿量を測り尿意を事前検知。排せつサイクルをデータとして蓄積することで、利用者の体調管理にもフィードバックされる
これらの介護テックに共通するのは、申し送り、書類作成などのタスクにも日々追われる職員の負担を減らし「利用者にとっても“不必要なタイミングで介助を受けずに済む”という快適さ」(宮本氏)へつながっている。
リビングラボは、現場と開発の感覚を合わせる共創空間
介護施設を運営、介護を行う善光会は、さまざまなメーカーの製品の実証・実用化をサポートし、時には共同開発にも取り組んでいる。テクノロジーをいわば“導入する側”が、開発にも乗り出した背景には「現場での感覚を伝える必要性があった」と宮本氏は話す。
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2018年、サンタフェガーデンヒルズに導入された「HitomeQ(ひとめく)ケアサポート」(コニカミノルタQOLソリューションズ株式会社)。居室のカメラ型の行動分析センサー(画像中央)が、利用者の転倒など注意行動を認識し、職員のスマートフォンなどへ映像を伝達。利用者への迅速な連絡・対応が可能に
「多くのメーカーは、自社の技術を『介護にも応用できるのでは?』という着想から製品を開発されています。それ故“現場の解像度”が低いまま開発された製品が、市場で受け入れられないケースも少なくありません」
一口に介護施設といっても、利用者の要介護度、適用される保険の種類、役割などで「特別養護老人ホーム」「介護老人保健施設」など数十領域にも分類される。だからこそ、宮本氏の言う“現場の解像度”を高めなければ、プロダクトが施設から「必要ない」「使えない」と拒まれてしまう事態も起こり得る。
「開発には、介護施設の領域ごとの特徴、加えて廊下の幅や居室の広さなど細かく定められた設計上のルールの把握は必須です。現場訪問やヒアリングを行わなければ気付けないことも多々あります。こうした現場の知見、マーケットインの視点からアドバイスを行い、施設での実証とフィードバック、時には開発から携わらせていただいてきました」
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「移乗サポートロボットは、パワードスーツのように装着するタイプからHugのような機器が主流に変わってきました。利用者や職員が“装着する”手間を省きつつ、質を落とさずにサービスを提供するなど、実証と開発の繰り返しで生産性が向上しています」(宮本氏)
2020年、厚生労働省は事業者の「使い勝手が悪い」「使いこなせない」という声を解消し、介護ロボット普及を目指し「介護ロボットの開発・実証・普及のプラットフォーム」事業を推進。本事業で善光会は社会福祉法人として唯一のリビングラボ※2「Care Tech ZENKOUKAI Lab」を擁し、企業の介護ロボットの研究、開発を支援している。
「ロボットの開発に携わっている方々へ現場の声を届けることが、実際に稼働している施設を持つ善光会の一番の役割と感じています。現在、介護関連のプロダクトに挑戦している企業にはベンチャーやスタートアップも多く、一度の失敗が命取りになることもあります。より集合的な現場の声を伝えられることで、開発者にも私たちにもより良い結果につながるはずです」
※2…実際の生活空間を再現し、利用者参加の下で新しい技術やサービスを開発するなど、介護現場のニーズを踏まえた介護ロボットの研究を促進する施設。厚生労働省より全国8カ所の企業、大学、病院などが指定を受け、互いに連携している
テクノロジーの力で、介護の“勝ち筋”を見いだす
団塊の世代が後期高齢者に加わり生産活動へのさらなる支障が懸念される「2025年問題」を前に、介護業界の危機も間近に迫っている。2040年に高齢者増加のピークに達し、約70万人もの介護人材が不足すると試算される中、宮本氏は2022年の介護業界に起きた状況への危惧を示す。
「介護業界の離職者数が入職者数を初めて上回りました。今までは増える需要に供給が追いつかなかった構図が、供給もされない事態へ変わりつつあります。この状況が進み続ければ、2040年を前に介護サービスの維持が危うくなりかねません」
介護ロボット導入を軸とした業務改善により、善光会は2019年~配置比率(職員1人当たりが対応する利用者数)2.79を達成。介護の質を保持しつつ生産性を高めることを実現した。しかし、介護業界が抱える課題は「善光会だけが頑張って解決する問題ではない」と断言した上で、同業者や未参入企業への横展開、ナレッジ共有にも積極的だ。
「介護の管理システムに、医療機関向けの電子カルテ技術を応用したサービスを使用していました。ですが、介護施設向けにはオーバースペックでコストも高く、どうしても費用対効果が見込めませんでした。そこで『それなら自分たちで使いやすいものを』とシステムを独自開発し、現在は同業の他法人や事業所へも提供しています。
また、テクノロジーを介護に正しく、効果的に用いるための知識を測る『スマート介護士』資格制度を設けました。介護ロボットやICTを導入しやすい環境づくり、人材育成の支援になればと考えています」
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善光会が独自開発し、他法人の介護事業所へも提供するスマート介護プラットフォーム「SCOP(スコップ)」。利用者の体調、食事、睡眠など個々のケアに必要な事項を入力・共有し、職員間の口頭による申し送りなどを省くことが可能
厳しい時代であっても、介護の持続可能性の維持、生産性の向上は「テクノロジーが浸透すれば十分可能なはずです」と宮本氏は言う。
「デジタル技術において、日本は世界に後れを取る状況です。ですが、それを介護に掛け合わせることで、海外がいまだ直面していない超高齢社会、介護人材不足といった課題解決のソリューションを確立できれば、将来的に海外とも渡り合えるのではとも思います」
残された時間は有限だ。テクノロジーの導入を可能な限りスピーディーに進めるために、善光会をはじめさまざまな企業、団体が介護テックの開発・導入を加速させている。
本特集ラスト第3週は、AIのさらなる活用を視野に研究・実証が進められている“これからの介護テック”をレポートする。
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