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2025.02.10
“断熱”で住まいはどう変わる? 鳥取県が推進する健康省エネ住宅とは
国の基準より高性能な省エネ住宅が育む、快適で健康的な未来を目指して
2025年4月1日の建築基準法改正に伴う新築住宅の省エネ基準適合の義務化を控え、ハウスメーカーや建築事業者は断熱等性能等級4以上の住宅を建築する動きで適応を進めている。一方、自治体では国とは別に省エネ住宅建築の支援施策に取り組み、地域活性につなげる動きが見受けられる。本特集第2回は、暮らしに密接した住宅政策を先駆けて推進してきた鳥取県の取り組みについて、同県生活環境部 くらしの安心局住宅政策課の槇原章二氏に伺った。

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断熱性能は住まい手の健康を左右する
2000(平成12)年10月6日、最大震度6強の鳥取県西部地震が発生──。
鳥取県は地震の被災者の住宅再建を直接的に支援する施策を全国で初導入した。槇原氏は、県が当時の支援に動いた背景を次のように説明する。
「当時、国の被災者生活再建支援制度では、私有財産である住宅への公的資金投入は認められていませんでした。ですが個人の復興がなければ、地域の復興はあり得ません。県としては、復興を断念された方の県外流出を抑える観点からも支援に動きました」
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「鳥取県は人口が少ないですが、施策の進めやすさという強みに代えて、地震後も市町村と鳥取県被災者住宅再建等支援基金を創設するなど、暮らしに密接した住宅政策に注力しています」(槇原氏)
2015年、県内の建築・医療分野の有識者らが参加する「とっとり健康・省エネ住宅推進協議会」が発足した。
「発足当初から協議会では国の基準を上回る断熱性能の必要性を啓発するセミナーの開催などの活動を行っていました。一方で、私たち行政は国の基準である『断熱等級4なら高断熱』と理解していました。これは、国の基準を上回る基準がなかったためです。施主にとっても真に高い省エネ性能を選択する術(すべ)がない状況だったわけです。また、断熱性能が一般の方には分かりづらいという課題もありました。」
※国の省エネ基準、ZEHについては本特集第1回参照:2025年は“省エネ住宅元年”! 変わる住まいのスタンダード
性能の分かりづらさは、省エネ住宅を建てる意義もぼやかしてしまう。施主は“地球に優しい”という説明だけでは、高コストで新築し、住むことで得られるメリットが感じられない。
こうした課題は、2019年4月に県と協議会が開催した「鳥取型健康・省エネ住宅の推進を考える懇談会」を契機に打開へ進み出した。
「大学教授の方々に断熱性能が住まい手の健康に及ぼす影響について講演していただき、日本の住宅は温暖な地域ほど断熱性能を軽視し、冬季に亡くなる人が多いことがエビデンスを基に示されました」
断熱性能の高い住宅は、例えば部屋の暖かさを朝まで保つことで起床時の血圧上昇が抑えられ、お風呂周りが温暖になることでヒートショックを防ぎ入浴時の体調急変による死亡者数を減らすといった効果がある。
また、都道府県ごとの死亡者数が夏に比べて冬に増加する割合は、実は北海道が最も少ないという。国内で最も寒冷な北海道は、建築物省エネ法でも他県よりも高い基準が適用され断熱性能の優れた住宅が普及している。気温の変化が影響する病因での死亡者数を抑えていると言えるのだ。
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厚生労働省「人口動態統計(2014年)」より、4~11月の月平均死亡者数に対する12~翌年3月の月平均死亡者数の増加割合=冬季死亡者数の増加率を都道府県別にグラフ化したもの
出典:慶應義塾大学理工学部伊香賀研究室
「鳥取県も冬は雪に見舞われますが、こうして数値で示されると、いかに断熱性能を軽視していたか実感できました。会の参加者からも実務レベルで『住む人の健康を守るために、県独自の高い省エネ基準を策定してほしい』との意見が上がり、翌2020年に『とっとり健康省エネ住宅性能基準』を策定、基準を満たす住宅を、とっとり健康省エネ住宅『NE-ST』に認定・助成する施策を開始しました」
鳥取県による「とっとり健康省エネ住宅『NE-ST』」紹介動画住まい手視点と気密性能に着目する「NE-ST」とは?
「とっとり健康省エネ住宅性能基準」は2025年4月以降の国の省エネ基準、さらにZEH(Net Zero Energy House)の基準を上回る数値、また前述の基準では触れられていない要件が設置されている。
「基準は快適性の度合いで3段階が設定されています。住まい手は経済的に家全体を暖めることができる必須レベル=T-G1から快適性に優れたT-G3までを選べるよう幅を持たせました。T-G1は、窓を樹脂性にするなど大きなコストアップを伴わず達成でき、国の省エネ基準と比較して冷暖房費が年間約30%削減される計算です。
また、国の基準を上回る断熱性能の公的な基準を策定することで、住まい手が高い断熱性能と効果を正しく理解して家を建てられる環境を提供しています」
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国の省エネ基準、ZEH基準、とっとり健康省エネ住宅性能基準の比較表。「世界保健機関(WHO)のガイドラインでは『冬の室温を18℃以上にする』よう勧告されていて、策定の際に強く意識したことで、欧米並みの基準になりました」(槇原氏)
資料提供:鳥取県生活環境部 くらしの安心局 住宅政策課
NE-STの補助制度では県独自の基準を満たすほか、県内の登録事業者が設計・施工を行うこと、県産木材を活用するといった要件が盛り込まれている。
「先着順にならないよう十分な予算を確保し、要件を満たせば年度をまたいでいても利用可能です」(槇原氏)など、国の制度にない利用者視点の施策展開も特徴である。
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NE-STで助成される補助金(2025年1月現在)。「県の事業者、県産木材の利用など、助成には県内事業者の活性化を図る側面があります」(槇原氏)
資料提供:鳥取県生活環境部 くらしの安心局 住宅政策課
加えて、NE-STは国の省エネ基準、ZEH基準にはない「気密性能」が定められている。新築住宅では24時間換気設備の設置が義務付けられており、これらの換気設備が正しく機能してきれいな空気を循環させるには高い気密性能が必須である。
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気密性能の高い家は、きれいな空気が循環する。一方、気密性能が低い家では、給気口と排気口以外の隙間から空気が入り込み、適切に循環されにくいケースも
資料提供:鳥取県生活環境部 くらしの安心局 住宅政策課
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従来の基礎には床下の湿気を逃がす通気口があるが、これにより冷たい外気が入り込む。気密性能が低いと、壁の断熱性能が高くても床と壁の間やコンセントなどの隙間から冷気が入り足元を冷やしてしまう
資料提供:鳥取県生活環境部 くらしの安心局 住宅政策課
「気密性能は国の基準では要件となっていません。隙間から失われる熱を換算するとNE-STのT-G2は2022年に導入された国の最上位等級である等級7をしのぐ断熱性能となります。NE-STの基準に気密性能を盛り込むことでエンドユーザーに気密の必要性を理解してもらうこともできます」
改修・賃貸も。拡張し始めたNE-STのこれから
鳥取県における新築木造戸建て住宅におけるNE-STの割合は、認定を開始した2020年度の14%から2023年度には4割まで増加した。NE-STを施工した事業者数は73社に到達。この数は、県内で戸建住宅を建設する工務店等の約8割に相当する。
「NE-STの普及には、国の基準以上の住宅の設計・施工を行う事業者へのサポートも重要です。県の技術研修を受講していただく他、新たにNE-STへ取り組む事業者を対象に省エネ計算の無料サポートを実施しています」
省エネ計算は、省エネ基準に基づく建築に必要な建築物のエネルギー性能を数値化、評価する作業だ。独自基準の策定当初、県内の事業者の9割が「今後の住宅はNE-STの基準を満たすべき」と賛同した一方、4割が「省エネ計算を行っていない」状況だった。
こうした状況を踏まえ「複雑な省エネ計算を県が初回だけでも代行するなど、工務店に対する1棟目のサポートを最優先で行うことでNE-STは順調に増えていきました。これにより、断熱工法のノウハウの蓄積、ひいては県内の建築事業の活性化を促進したと考えています」と槇原氏は語る。
一方で、県は既存住宅にも着目。
「県内の住宅の9割以上が国の省エネ基準を満たしていない」(槇原氏)状況を踏まえて、省エネ改修を助成する「Re NE-ST」の認定など施策の拡張も進めている。
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省エネ改修の助成は全面改修する「Re NE-ST」の他、日常的な生活空間に限定し、新築に比べて膨らむ工事費用を抑える「ゾーン改修」、国の基準を確保する「国省エネ基準改修」の3種類
資料提供:鳥取県生活環境部 くらしの安心局 住宅政策課
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鳥取県は2023年から賃貸住宅向けの「NE-ST賃貸」の認定も開始。木造2階建ての集合住宅16戸、また同県岩美町には公営住宅初のNE-STが6戸完成した
画像提供:鳥取県生活環境部 くらしの安心局 住宅政策課
NE-STの補助申請件数は2024年12月末時点で賃貸を含め735戸に達している。
普及は順調に進んでいるものの、2030年の100%標準化に向けて、増加の割合が目標をやや下回っており、槇原氏は「2025年4月の省エネ基準適合義務化スタートをNE-STの拡大へつなげていくことが重要」と話す。
「県はエンドユーザー向けのPRの一環で『NE-ST体感ハウス』を県内イベントなどに出展しています。ご家族で体感していただくと、比較用の国の基準のユニットで退屈そうにしていたお子さんがNE-STのユニットに入った瞬間、笑顔になって床で転がったりし始めるんです。そうしたお子さんの素直な反応を見て、親御さんがNE-STを検討することもあります」
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トレーラーで移動可能な「NE-ST体感ハウス」。県内各地で国の省エネ基準の住環境と快適さの違いを体感してもらい、断熱性能の高さの周知活動を行っている
画像提供:鳥取県生活環境部 くらしの安心局 住宅政策課
家族が笑顔で喜び、健康で過ごせる住まいを選ぶ──。
鳥取県は、そんな家族の幸せづくりをサポートする住宅政策を、今後より一層広げていく。
本特集第3回は、高い断熱性能を実現する企業の最新技術について取材する。

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