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“イノベーション×フィールド”最新研究施設

“ビッグバン”を再現!巨大粒子加速器で物理学のイノベーションに挑む

【イノベーション×宇宙】大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構(KEK)

茨城県つくば市の地中には、宇宙誕生の秘密を解き明かす可能性を持った巨大な施設が存在する。この春3月から、そこで最新の実験装置を本格稼働させた、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の後田(うしろだ)裕教授と飛山真理(まこと)教授に話を伺った。
TOP画像:(C)高エネルギー加速器研究機構(KEK)

筑波研究学園都市に加速器が誕生した経緯

地球上すべての生命・物質は、100種類ほどの原子の組み合わせから成り立っている。その原子は、中性子や陽子から、さらにそれらは“これ以上分けられない最小の粒子”=「素粒子」で構成されている。

この素粒子の構造や法則に秘められた多くの謎を解明するのが素粒子物理学である。素粒子物理の研究は、ひいては宇宙が誕生した「ビッグバン」によって生まれながら消えてしまった物質や宇宙の仕組みの解明にもつながっていく。

高エネルギー加速器研究機構(KEK)では、「B中間子」と呼ばれる複合粒子を、電子・陽電子衝突型加速器「SuperKEKB(スーパーケックビー)」で電子と陽電子を衝突させることにより大量に生成。その衝突点に設置された測定器「Belle II(ベルツー)」で測定を行い、新しい物理法則の解明に挑んでいる。

周囲約3kmにもおよぶ大型の加速器が用いられているのは、光速まで加速した電子・陽電子ビームの衝突反応から生成されるB中間子を捉えることで詳細な情報を測定するためだ。

筑波山麓の南側、「筑波研究学園都市」北部に位置する国内最大級の素粒子実験施設 KEK つくばキャンパス。敷地内の周囲約3km 、直径約1kmの地下11mに2つのリングからなるSuperKEKBが敷設され、筑波山寄りの地点に縦・横・高さが各8m、総重量1400tものBelle II測定器が設置されている

(C)高エネルギー加速器研究機構(KEK)

SuperKEKB、Belle IIの概要図。入射器より放たれた電子と陽電子のビームはそれぞれのリングへ。ビームはリング周辺の磁石(磁力)により曲げられリングを進み、2つのリングが交差する地点で衝突する。衝突時に生成されたB中間子など、さまざまな粒子が同地点に設置されたBelle IIで観測される

(C)高エネルギー加速器研究機構(KEK)

つくばに加速器が敷設された経緯を、飛山教授はこう話す。

「粒子加速器は戦後の1956(昭和31)年、東京都田無町(現在の西東京市)の東京大学原子核研究所に本格的なものが開発されました。ですが、将来的により高性能で大規模な加速器を望む声が高まり、1970年代より開発が進んだ筑波研究学園都市の北部、広大で加速器の開発に適した土地へ、まず陽子加速器、その後電子・陽電子衝突型加速器『TRISTAN(トリスタン)』が敷設され、科学万博が開催された翌年の1986(昭和61)年に運用が始まりました」

TRISTANは、当時世界最高のエネルギー研究施設としてトップクォーク(第三世代の素粒子)発見への期待が寄せられるも、トップクォークの質量がTRISTANのエネルギー範囲になかったため発見には至らず運用を終える。しかし、運用を経て先進的な技術を培い、TRISTANのトンネルなどを再利用して同じ場所に敷設された加速器「KEKB(ケックビー)」が1999年より稼働。さまざまな予想外の事態に悩まされながらも、性能をいかんなく発揮し、数々の実験で結果を残してきた。

そのKEKBの運用を2010年に終え、さらに増強したのがSuperKEKBである。

飛山教授(左)が所属する同機構の加速器研究施設では、研究に必要な粒子加速器の設計・開発・運用を担っている。一方、後田教授(右)が所属する素粒子原子核研究所は、素粒子や原子核の観測を通して、宇宙の成り立ちを研究。粒子加速器実験などで検証されるさまざまな理論を提唱している

粒子加速器の性能の良しあしは、「ルミノシティ」(1秒あたりに生成される現象の数)の大きさで決まり、SuperKEKBの開発はさまざまな新技術の導入などによる、この数値の大幅向上が命題となった。

「ルミノシティを引き上げるには、まず加速器で衝突させる粒子の数を増やす方法があります。これは電流を上げると比例して増します。加速器の運用に大量の電気が必要な理由の一つでもあります。それから(陽子・陽電子の)ビームの太さを絞ることで、陽子と陽電子が命中するポイントも絞られ当たりやすくなり、より多くのB中間子が生成できます」と、飛山教授が続けて語る。

SuperKEKBでは、KEKBよりもルミノシティの数値を40倍に引き上げ、大量のB中間子を生成。B中間子を大量に得ることで、10年規模の期間を要する実験を大幅に圧縮させ、宇宙の謎の解明をよりスムーズに、効率よく進めたいと考えている

「宇宙誕生」を再現し、「消えた物質」の謎を解く

SuperKEKBで宇宙の誕生「ビッグバン」を再現し、Belle IIでさまざまな角度から分析を行う。

この実験で、宇宙のどんな謎が分かるのだろうか──。

同機構で素粒子物理学を研究する後田教授が説明する。

「粒子には必ず対応する『反粒子』というものが存在します。ビッグバンで宇宙が始まったとき、エネルギーの塊だったものが粒子と反粒子に分かれたはずなのですが、今、私たちの周りに反粒子は存在しません。粒子と同じ数だけあったはずの反粒子がどこかで消えてしまったんです。

“宇宙が誕生したときに生まれた物質がなぜ消えたのか?”

これがとても大きな謎になります。ですので、ビッグバンの高エネルギー状態をSuperKEKBで人工的に再現、Belle IIで測定し、解き明かそうとしています」

素粒子は現在、物質を形成する粒子クォークとレプトン、素粒子の間に働く強い力、電磁力、弱い力を伝えるゲージ粒子、2012年に発見された素粒子に質量を与えるヒッグス粒子が確認されている(標準理論)。「“なぜクォークとレプトンは別のもので3世代あるのか”についても、実は誰も分かっていません。あくまで説明が成り立つ理論上のこと。実証・説明が難しい現象もあるのです」と後田教授

膨大なデータの「わずかなズレ」を突き止める

「測定器内で起きた現象をさまざまな角度から解析したいので、まずは実験でデータをかき集めて、後から現象ごとに解析していきます。Belle IIの検出器は1秒間で3万回シャッターを切る性能を有するものもあり、データは非常に膨大です。コンピューターで演算できるとはいっても、KEKの計算機だけでは解析が追い付きません。そこで世界中の研究施設と連携してデータ解析を行っています」

Belle IIでの測定は、実に23の国と地域で働く700人以上の研究者が参加している世界有数の国際的なプロジェクトだ。

地下4階の巨大な空間でメンテナンスを受けるBelle II。現在、昼夜24時間続けられているという衝突実験では、Belle II内で起きた全ての反応を7種類の最新鋭の検出器が信号としてデータ化。データは計算機の演算にかけられ、特定の現象が発見・解析される

(C)高エネルギー加速器研究機構(KEK)

大量のデータを観測することで発見した“わずかなズレ”を検証することで、仮定した現象の解明も可能になるという。

「反応に必要なエネルギーが足りない現象でも、量子力学の世界では『トンネル効果』(超えられない壁を粒子が超えたと仮定する考え)があり、膨大なデータを集めて、ほんのわずかの“反応のズレ”を精密に測定することで、“トンネルを通っている間に起きたこと”を解析できる場合があります。これはデータがあればあるほどより精密な測定になります。また、今回の実験では、KEKBで発見された“わずかなズレ”を詳細に解析し、近い将来、データがたまっていけば新たな理論に伴う現象の発見を発表できる可能性も秘めています」

こうした実験による素粒子分野の発見は、物質そのものの根幹につながる発見でもあり、科学の進歩、生命の探求分野においても革新をもたらすことも十分に考えられる。難しい分野ではあるものの、私たちに決して無関係な研究ではないといえるだろう。

「トンネル効果」の解説図。宇宙誕生の状態に近い高エネルギー状態を「粒子がトンネルを通過」(エネルギーを借りたと例えることも)することが極めてまれにあったとし、このまれにしか起きない状況を徹底的に精密に測定。「わずかなズレ」を解明する

つくばブランド、つくばプライドの加速器・測定器

「だからこそ、飛山さんに『ルミノシティ、じゃんじゃん上げてください』と言うわけです」と、一連の流れを説明しながら笑みを浮かべる後田教授。

素粒子物理の研究と並んで、今回のSuperKEKB、Belle IIの性能向上はもちろん、“加速器を開発すること”そのものがKEKにおいては大きな研究テーマ・プロジェクトである。飛山教授の言葉にその苦労も感じ取れる。

「より性能が発揮できる加速器を設計し、非常に強度の大きなビームを回していますから、実際に発して何が起きるかを検証し、不具合が起きそうであれば起きない方法を考える。さらに運用中に起きた現象を一つ一つ解明していきます。『加速器ビーム物理研究会』などが存在し、素粒子研究とはまた別に、加速器物理そのものが研究分野です。『こういうのを造れないですか?』と依頼されることもありますので、ハード(加速器)だけやっていて理論が分からない…というわけにもいきませんので、一生懸命勉強しています(笑)」

後田教授サイドが「もっとルミノシティを上げてくれないか?」と依頼すれば、飛山教授サイドが「ここまでは上げるが、これ以上は難がある」と返し、後田教授サイドが「いやいや、もっと上げてほしい」というような、研究と開発をめぐるせめぎ合い・切磋琢磨(せっさたくま)もあるという。

また、加速器や測定器の部品は“世の中に存在しないもの”ばかり。

「例えば、Belle IIのピクセル検出器はドイツの研究者が苦労して開発したもので、そういった開発を国内外で連携することもあります。国内では、浜松にスーパーカミオカンデにも用いられるセンサーを開発している企業があり、よく相談します」と後田教授が話す。

Belle II測定器を構成する検出器の一つ「シリコンバーテックス検出器」の組み立て作業。国内外の研究者や技術者、大勢の尽力と長い期間を費やすことで、大掛かりな実験を成功に導く部品が一つ一つ精密に開発されている

(C)高エネルギー加速器研究機構(KEK)

連携や相談が難しい場合は「本当に町工場のように手作りでパーツを開発することもある」という。

「ドリフトチェンバー検出器という実験装置があるのですが、5万本以上の細いワイヤーを張り巡らせる必要があり、地元企業のおばさま方にも手伝っていただいて、実に1年以上を費やして手作業で一本一本取りつけました。基本的に研究しながら開発するものなので、業者の方々に『こういう部品ありますか?』ではなく、一から一緒に組み立てていく感じです。SuperKEKBはそういった苦労を7年費やしましたが、“やっと完成した”で終わりではなく、これからが本当の始まり、大事になりますね(笑)」

世界に点在する粒子加速器は、その規模はもちろんのこと、それぞれに独自の特徴を伴うゆえ予算面でも維持が難しく、近年は世界の高エネルギー研究施設が減少しているという。

そんな中、KEKでは研究者たちが誇りと地道な努力をもって研さんし、宇宙の謎を解き明かそうとしている。

筑波の大地から宇宙規模のイノベーションの萌芽はすでに始まっている。

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