未来創造ビジョン20XX

JR東日本が思い描く、MaaSで広がる鉄道の未来

東日本旅客鉄道株式会社 技術イノベーション推進本部MaaS事業推進部門 次長 鷲谷敦子

MaaS(マース)に代表される交通の新しい考え方により、人々の移動は今、大きく変わりつつある。日本において、人の移動の中心的役割を担ってきたのは言うまでもなく鉄道だ。鉄道会社が考える移動の未来とは、どのような姿なのだろうか? 輸送人キロ(輸送人数と距離の掛け算)、運輸収入で日本最大、世界でも最大級の規模を誇る東日本旅客鉄道株式会社(以下、JR東日本)のMaaS事業担当者に話を聞いた。
TOP画像:(C)metamorworks / PIXTA(ピクスタ)

交通事業者からサービスを提供する会社への転換

交通の新たな概念として昨今話題のMaaS──。

“Mobility as a Service”の略、つまり“サービスとしての移動手段”という意味だ。

単に移動中の利便性や快適性を充実させるという目的に留まらず、ICT(情報通信技術)など先進技術を活用して鉄道、バス、カーシェアリングなど複数の交通手段を一つのサービスとしてまとめる、という概念が示されている。

観光部門など幅広いキャリアを経験してきた鷲谷次長。JR東日本のMaaSへの取り組みにおけるキーパーソンだ

「MaaSのMはモビリティなので、まずは移動をスムーズに、案内を分かりやすくし、鉄道会社としてお客さまが使いやすいアプリケーションを提供することが大前提です」

そう語るのは、JR東日本 技術イノベーション推進本部MaaS事業推進部門の鷲谷敦子次長。入社後、旅行業やグループ経営戦略策定などに従事し、その後、官民人事交流により国土交通省で外客誘致事業などにも携わってきた異色の経歴を持つ人物だ。

JR東日本が昨年発表したグループ経営ビジョン「変革2027」のテーマは、「鉄道を起点としたサービス提供」から「ヒトを起点とした価値・サービスの創造」への転換。その中核となるコンセプトサービスの基盤「モビリティ・リンケージ・プラットフォーム」が示す複数の移動手段をシームレスにつなぐ仕組み作りは、まさにMaaSな未来像そのものとなっている。

自社の鉄道はもちろん、バスなど他の交通事業者と連携してスムーズでスピーディな移動の実現を目指す「モビリティ・リンケージ・プラットフォーム」のイメージ

「鉄道が大好きで、乗ることそのものが目的というお客さまは一定数おられます。鉄道会社としてそうしたファンはもちろん大切にしていますが、多くの方は目的地があって、そこに向かうための移動手段として鉄道を利用し、目的地に到達した後はそこで何かしらの行動をされます。そうしたお客さまの生活全般を一つのサービスとしてカバーしていきたい。『変革2027』には、そうした理想が込められています」

JR東日本が感じている危機感とは?

国鉄の民営化からことしで32年。JR東日本はこれまで、鉄道の進化を通じたサービスのレベルアップ、鉄道の再生、復権に取り組んできた。そうした努力が実り、日本の鉄道がネットワーク網の広さ、運行管理の緻密さ、安全性などあらゆる面において、世界に誇れる高度なレベルに達したのはご存じの通りだ。

「究極の安全を追求していく姿勢はこれからも変わりません。しかしながら、それだけで将来も安泰だとは考えていないのです。2020年以降、人口減少、働き方の変化やネット社会の進展、車の自動運転技術実用化などが予想される中で、私たち鉄道事業者も社会の変化に対して迅速に、柔軟に適応することが求められています」

たとえクオリティの高いサービスを提供し続けたとしても、同じ内容のままでは人口減少などの要因によって鉄道の移動ニーズ自体が減っていく。変わりゆく社会に適応しなければ、鉄道会社の存在価値が薄れていくかもしれないという危機感を抱いている。

JR東日本が持つ最大の強みは、広い鉄道網や人が交流する拠点となる駅などの強力なインフラを既に備えていることだ。

「ICT、クラウドなどの技術を活用しつつ、他の交通手段ともタッグを組みながら、既にあるネットワークの価値を最大限に高めていく。そうすることで便利な世の中が実現し、お客さまの生活がより豊かになっていくに違いないというのが当社のMaaSに対する考え方です」

「利用者の事前予約に合わせて運行する地域の公共交通であるオンデマンド交通など、新しい交通システムとの連携にも積極的に取り組んでいきたい」と鷲谷次長は語る

JR東日本ではMaaSの概念が発表される以前から、複数の交通手段をシームレスにつなぐ試みを実施してきた。2013年、ITS世界会議(道路交通のインテリジェンス化についての研究成果を情報交換する国際会議)が東京で開催された際に、テクニカルビジットとして催したトライアルが第1期。鉄道とバスのリアルタイム位置情報データを連携運用した国内初の取り組みとなった。

「このときはあくまでトライアルでしたが、実際にバスの位置情報が電車内などからリアルタイムで把握できるようになれば、多くのメリットが生まれます。たとえば、『バスの到着が5分遅れているようだから、その間に買い物しておこう』といったことが可能になり、お客さまは時間をより有効に使えるようになります。するとサービス提供者側は新たなビジネスの機会が得られるというわけです」

2015年10月~翌年2月に東京で実施された第2期トライアルでは、3つの鉄道会社と7つのバス運行会社、レンタサイクル、タクシー、地域行政と連携させたシステムに実証実験の規模を拡大。現在も社会実装に向けて研究開発が進められている。

動的データの活用が次世代交通のカギに

列車の時刻表などのデータは既に民間の経路探索アプリで簡単に入手できる。遅延情報も「到着が何分遅れている」といったシンプルなデータならば既に提供済みだ。鉄道事業者として今後、取り組むべき課題は「列車が今どの場所を走っている」という動的データの活用にあるという。自社以外の交通機関といかに連携させていくかもカギとなる。

「スムーズな移動を実現するために、お客さまがより正確に判断できる材料を提供することが目下の課題です。将来的には個人ごとの行動パターンを予測し、最適な移動経路を提案できるような仕組み、さらにその先では『今日は気温が高いから、この交通手段で』といった変動する要因を考慮した仕組みも作ってみたいですね。ただ、そうしたサービスをどの程度まで実装するかは、トライアルなどを通してお客さまの意見をリサーチしながら開発していく必要があります」

「膨大な情報の中から何を選び、ユーザーにどんなサービスを提供していくかはチャレンジしがいのある課題」と語る

JR東日本におけるMaaSへの取り組みでは、いわゆるアジャイル開発の手法が取られている。ひとまず実現しやすい小さなプロジェクトから始め、ユーザーの意見を取り入れながら徐々に目標とするサービスに近づいていく方法だ。

「鉄道会社ですので、何か事業にあたるときには事前に綿密な計画を立て、予算などもしっかり決めてから動き出すのが当然でした。橋を架ける、線路を敷く、といったときには、この方法でしか実現できません。しかしMaaSへの取り組みについては従来とは異なる姿勢で臨んでいます。次世代交通の登場など変化の激しい時代に対して、柔軟に、迅速に適応するためです」と鷲谷次長は語る。

移動だけでなく購入、決済もワンストップ化

「変革2027」ではモビリティ・リンケージ・プラットフォームだけでなく、サービス事業者化の色合いがより強いビジョンも示された。

JR東日本が発行するICカード「Suica」を利用した多様なサービスのワンストップ化である。

移動だけでなく、目的地周辺での食事や駅構内のシェアオフィス、駅型保育園の利用、観光などを、一つの予約、決済手段でより便利に利用できるようにする構想だ。

既に広く普及しているSuicaを活用し、利用者がスムーズに購入や決済を行えるプラットフォームの実現をJR東日本は構想する

「これまでも当社ではエキナカなどで日常生活全般に関わるサービス、また日常を離れた観光の場面においてもさまざまなサービスを展開してきました。その一つが現状ではそれぞれ個別に予約、決済しなければならないものを、Suicaによる共通基盤を構築することで、移動→購入→決済までをまるっとカバーしようという試みです。全く新しい環境を作ろうというのではなく、MaaSを使って既存のサービスをより便利にしていこうというイメージですね」

モビリティ・リンケージ・プラットフォームとも連携させることで、新たに生まれる時間を上手に活用していく。それは私たち一人一人の、時間が持つ価値を高めていく壮大なプランと言えるだろう。

進化の先にある鉄道の未来像

もし将来的にJR東日本が提唱するビジョンが実現されたなら、人々の移動が劇的に変わることは間違いない。世界的に見ても人の移動量が多い首都圏を管轄する鉄道会社のビジョンだけに、その恩恵は各地方にもたらされ、さらには他国にも輸出されて一層大きな価値を生み出すことが期待される。

「もちろん首都圏でのMaaS実装は大いなるチャレンジであり、実現すれば基盤となるサービスを地方や外国に応用することが可能になると思います。ただ、東京で求められたものがそのまま地方でも通用するかというと、そうではないでしょう。地域によって理想的な交通サービスの姿は異なるはずです。たとえ私たちがどんなに優れたサービスを作り上げたとしても、使う人に喜んでいただけなければ全く意味がありませんから」

「変革2027」では、理想とする将来像を明確に持ちつつも、具体的にどのようなサービスを実現するのか、そこに至るプロセスをどうするのかは、あえて定められていない。

その理由を「利用者の反応を見ながらニーズをくみ取り、段階的に最適な形へと近づけていくことが、変化の激しい時代に適応できる唯一の手段だと考えているからです」と鷲谷次長は説明する。そうした柔軟な姿勢は、これまでの鉄道会社と異なるものだ。

モビリティの未来像は事業者が決めるものではなく、利用者である私たちによって変わるのである。

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