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氷の大地に持続可能な拠点を造る!「南極移動基地ユニット」の実証実験がスタート

国立極地研究所 極地工学研究グループ、気水圏研究グループ教授 本山秀明および同所 南極観測センター 設営グループ マネージャー 樋口和生【後編】

マイナス50℃を超える極限の環境で、通年観測できる基地を造ることができるのか? そのための大きな一歩となる「南極移動基地ユニット」の実証実験が開始された。後編では、日本の南極観測を主導してきた国立極地研究所の本山秀明教授と樋口和生氏に、プロジェクトの意義と将来の展望を聞いた。

「持続可能な住宅システム」を南極で検証!

日本の南極観測は、一貫して国家事業として実施されてきた一方で、PPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ:公民連携)に大きく支えられてきた側面もある。エネルギーシステムの刷新や衛星通信能力の増強のためにも、今後はさらなるPPPの拡大が必須となる。

その可能性を広げるために、国立極地研究所は南極観測のプラットフォームである昭和基地を民間企業の技術開発や実証実験の場として開放する取り組みにも力を入れている。

2月からは、JAXA(宇宙航空研究開発機構)、ミサワホーム、ミサワホーム総合研究所と共同研究を進めていた「南極移動基地ユニット」の実証実験がスタート。

南極と宇宙……奇妙な組み合わせにも思えるが、実は両者には大きなつながりがある。
※【前編】の記事はこちら

昭和基地に搬入中の南極移動基地ユニット。1ユニットのサイズは、全長約6、全幅2.5、全高約3(各m)、床面積は約11.82m2。単独のユニットを2基連結することで床面積を約33m2まで拡張できる

画像提供:国立極地研究所

「過去には、南極と宇宙という閉鎖環境における医学研究を共同で実施したり、南極観測隊用に開発されたフリーズドライ食品が宇宙飛行士の食事に採用されたこともあります。今回は、将来の有人宇宙探査に向けた居住ユニットの機能実証を、JAXAとミサワホーム、ミサワホーム総合研究所と協力して進めることになりました」(本山教授)

「南極におけるわれわれの観測拠点である昭和基地では、建築経験のない隊員でも短期間で組み立て可能で、過酷な自然環境に耐え得る気密性が求められる建築ノウハウが培われてきました。それが、宇宙基地や未来の住宅に結実するのは、決して夢物語ではないと思います」(樋口氏)

南極と宇宙の関連性について語る本山秀明教授(左)と樋口和生氏(右)

実証実験で大きな焦点の一つとなっているのが、極限の環境である南極において「簡易施工性」を確立することだ。

「今回のユニットは重機がなくても、ちゃんと平行に置けば建設の素人でも組み立てやすい構造で造ってもらっています。ただ、日本でシミュレーションするのと、現地でいざ実践するのとでは勝手が全然違います。整地されていない南極で、自分たちで雪をフラットにするところから始めなければなりませんからね」(樋口氏)

9月に共同研究が終わった後も、ユニットを譲り受けて隊員の居住スペースとして利用する予定になっている。

「共同研究の期間中は昭和基地でユニットを活用しますが、そこから先は内陸に1000km進んだ『ドームふじ』に持って行きたいと考えています。3週間ぐらいかけて運び、組み立てる作業は非常に大変だと思いますが、新たに15~18人が過ごせるスペースが確保できるのは非常にありがたいです」(樋口氏)

「内陸の観測拠点であるドームふじには、まだ通年観測できる環境が整っていないので、今回のプロジェクトがその足掛かりになってほしいですね。厳しい環境ですが、越冬できる基地の完成を夢のままにしないで実現させたいと思っています。やはり気候変動や環境変動に関わる調査は、夏期のみでなく一年を通して観測しないと分からないことが多いので」(本山教授)

新型ソーラーシステムでエネルギーを有効活用

南極では、人間は電気や暖房がなければ生きていけない。昭和基地では、必要物資の補給を南極観測船「しらせ」による年に1度だけの輸送に頼っているが、万が一、厳冬期に発電機の燃料が不足すれば隊員の命を脅かす事態に直結する。

限られたエネルギーを最大限に有効活用することはもちろん、南極の自然環境への負荷を低減するという意味でも、自然エネルギーの積極的な利用が必須となっている。それは資源の限られる宇宙や、再生可能エネルギーを基に持続可能な社会の実現を目指す地上と共通する課題でもある。

そこで「南極移動基地ユニット」では、太陽エネルギーを最大限に活用する“カスケードソーラーシステム”が採用された。
※「南極移動基地ユニット」公開時(2019年12月)の記事はこちら

カスケードソーラーシステムの概要図

特徴は、太陽高度の低い南極に対応するための工夫が施されていること。

壁面に配置されたPVモジュール(ソーラーパネル)による太陽光発電だけでなく、現地の低温と、太陽光で温められたPVモジュール裏面の空気との温度差で発電する仕組みも搭載。その際に発生した熱を暖房として利用することもできる。

「太陽光パネルを黒く塗るなど、効率良く熱エネルギーを吸収する工夫はこれまでにも昭和基地でやってきました。日照時間が少ない南極で、再生可能エネルギーの割合を上げていくのはハードルが高いことです。新しいシステムを浸透させるには時間がかかると思いますが、実証実験が終わっても使い続けることで、各所に結果をフィードバックしていきたいですね」(樋口氏)

「昭和基地でもドームふじでも、エネルギーが活動の生命線になっています。発電機の熱を利用して氷を溶かしたり、その熱を暖房にも利用しているので。発電機が止まると、全てが凍りついてしまいます。したがって発電担当の隊員は一年中、気が抜けません。今はディーゼル発電がメーンですが、将来的に再生可能エネルギーにシフトさせていきたいですね」(本山教授)

未開の地での新たな“発見”が原動力

南極で観測される地球環境のデータは、ある特定の国や地域だけに有効というわけではなく、人類全体に関わってきている。例えば、南極の巨大な氷床には過去の気候変動の記録が、その下に広がる岩盤には地殻変動の記録が、そして南極で大量に見つかった多様な隕石には太陽系の記録が保存されている。

これらの記録を分析して、地球の過去から現在までの変動とその様式やメカニズムを解明すれば、将来の予測に役立てることも可能となる。

「われわれのような研究者は、どんなことでもいいから毎日“発見”をしたいのです。日本には未開の地はないかと思いますが、南極だと自分が最初に足を踏み入れることになります。そこで前例のない検証を行うことができるのは、僕らにとって非常にありがたい環境です。決して楽な仕事ではありませんが、他の人が経験していないことに挑戦することで、やはり自尊心も芽生えます」(本山教授)

今後、観測拠点が増えれば、われわれももっと南極を身近に感じられるようになるかもしれない。

「内陸のドームふじで越冬すると、約4カ月間は太陽が出ないんですよ。でも昼間だけ、ちょっと太陽の光がのぞいて、それが赤っぽくなったり、紫っぽく見えることがあるんです。昭和基地は通信環境が整っていて現地の画像を配信していますが、内陸にも通年観測できる基地を造って、あの絶景をリアルタイムで世界中の人々に見てもらいたいですね。非常に感激してもらえると思います」(本山教授)

また、地球上の淡水の約7割が氷床として存在する南極は、それ自体が地球温暖化を抑制する巨大な冷熱源の役割を担っている。誰のものでもない、人類共通の財産として守っていく必要がある。

「温暖化の影響で、このままだと氷河が溶けてなくなってしまうと言われています。そこで、今のうちに、低緯度や中緯度の山岳氷河の氷を南極の内陸に運んで保存することも検討されています。内陸はマイナス50℃以下の環境なので、電気代をかけずに貴重な資源を守ることができますからね。日本と比較して地震や火山などの災害の可能性が低いとされているので、氷だけではなく長期保存しなければいけないものを南極に保存できるような仕組みも実現させたいですね」(本山教授)

国立極地研究所内のモニターでは、昭和基地の様子をリアルタイムで確認することができる

地球の未来を読み解くために、今日も南極観測隊は氷の大地で調査を続けている。

そして、この記事を読んでいるあなたにも、その一員になれるチャンスがある。

「南極の環境は苛酷ですし、目的を達成するためには一人では何もできません。仲間と協力し合いながら目の前の課題を一つ一つ解決していくところにやりがいを感じます。南極の魅力を自分の目で見てみたい、体感してみたい人は、ぜひ観測隊を目指してください。南極観測隊には公募で選ばれた隊員もいるんですよ。僕も、もともと山岳ガイドをしていた人間ですし、研究者じゃなくても観測を支えることは可能です。専門的な知識や経験、そして情熱をお持ちならぜひ応募してみてください。現地では、かわいいペンギンたちにも会えますよ(笑)」(樋口氏)

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