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森さえあればエネルギーには困らない? シロアリから学ぶ木質バイオマス利活用術

理化学研究所 環境資源科学研究センター 環境代謝分析研究チーム 理学博士 守屋繁春【後編】

原生動物と共生することで、他の生物が利用できない「木質バイオマス」をエネルギー源としているシロアリ。その消化システムを解明し、そこで使われている酵素を木質バイオマス利用に役立てようというのが「シロアリ型タンデム糖化リアクター」だ。前編に引き続き、このプロジェクトをライフワークとしてきた理化学研究所の守屋繁春氏に話を伺った。

シロアリなくして存在できない生物

実は守屋氏が考える「シロアリ型タンデム糖化リアクター」に、シロアリ本体は一度も登場しない。

「私たちはシロアリのバイオマス利用を研究する中で、彼らの腸内にすんでいる原生動物の中から、高い活性で木質バイオマスを分解する酵素が存在することを突き止めました。その酵素をトリコデルマ・リーゼイのようなセルロースを分解できる特定の菌と組み合わせることで、木質バイオマスを効率的に糖化(エネルギー変換)する仕組みを考えています」
※【前編】の記事「シロアリから燃料生成!? シロアリが持つ驚異のメカニズムの謎に挑む」

シロアリの腸内にいる原生動物のメッセンジャーRNAを解析し、発現する酵素の種類を突き止めた。その酵素を利用すれば、木質バイオマスをエネルギー源として利用することが可能になるかもしれない

シロアリの腸内には、複数の原生動物がすみ、それぞれが代謝活動を営んでいる。

守屋氏いわく、彼らは「シロアリと共生するためだけに存在しているような生物」であり、なんと外に取り出して培養することができない。シロアリの腸内以外には存在せず、どこからやって来たのかすら分からない、謎多き生物なのだという。

そのため、それらの原生動物が持つ遺伝子を個別に見るのではなく、一つのコミュニティとして網羅的に遺伝子(メッセンジャーRNA)を解析する「メタトランスクリプトーム解析」という手法を用いた。この方法は「あらゆる生活反応のスナップショットを撮る」ようなもので、今そこで起きている代謝系を丸ごと全て理解することができるのだという。

シロアリの種類ごとに、腸内で使われる酵素の種類を特定したもの。いずれも5種類の糖質加水分解酵素(GHFs)が働いており、種類ごとにほぼ同じ量比で使われているらしいことが分かった

こうした研究から、全発現遺伝子の5~10%程度が木質バイオマスの分解、つまり消化に要されていることが判明。5種類の糖質加水分解酵素が共通して働いていること、これらの酵素はリグニンとヘミセルロース間の強固な結合を切断し、分解効率を上げる働きがあることを突き止めた。

生物の正体は分からなくても、何をしようとしていたのかさえ分かれば、今回の研究においては十分だったということだ。

森林がエネルギープラントになる未来

わざわざシロアリを連れ出さなくても、これらの酵素を利用すれば木質バイオマスを高効率で分解できる。しかも化学的前処理に頼ることなく、エネルギーロスや廃液処理の問題も発生しない。それが「シロアリ型タンデム糖化リアクター」最大の特徴だ。

では、実際にはどのような形体で実現されるのだろうか?

「大規模なプラントのような形でも実現できないことはないと思いますが、私個人としては林業や製材業の現場に近いところに、比較的小規模なリアクター(生化学反応を行うための装置)を配置する仕組みを考えています。木材の運搬には多大なエネルギーが必要なため、バイオエタノールなどの生成物にしてから運搬した方が効率的だからです」

木質バイオマスの研究開発は、「森から人間の利用に至るまで、トータルでのエネルギーで考えるべき」と語る守屋氏

その形は例えば、日本酒の醸造所に似たスタイルになるかもしれないという。日本酒の醸造には、まず米のデンプンを麹菌の酵素によって糖に変え、さらに酵母で発酵させ、アルコールを作る「並行複発酵」という技術が使われる。シロアリ型タンデム糖化リアクターも有機物のみを利用する仕組みで、両者はプロセスが似ているのだ。

この方法なら、大規模な設備ではなく、昔からある酒蔵のような規模での実現も十分に可能だ。

「このリアクターを使って木質バイオマスからグルコースを作ることができれば用途はいくらでも広がります。バイオアルコールを作ることができるのはもちろん、海にすんでいる原生動物の中にはグルコースから軽油を作れる種類がいるので、それらと組み合わせるのも面白いかもしれません。

さらに最終的な残渣(ざんさ)として出るリグニンもエネルギー密度が高く、燃やしてコジェネレーション(熱電供給)に使うことができます。あるいは熱と圧力をかけると固まるので、プラスチックのような物を作ることも可能です。地球上に豊富に存在する木質資源を、全く無駄にしないシステムを作りたいですね」

原生動物との共生により、他の生物が食べられない木質を食料にすることができたシロアリ。写真は守屋氏が研究室で飼育しているもの

現在、守屋氏は前述の酵素を安定的に発現する菌類などの育種といった研究作業を進めると同時に、林業の現場にも足を運びながら、トータルで効率のいいエネルギー生産システムを思案しているところだという。

ただ、われわれが実際にシロアリの消化システムを応用したバイオエネルギーを見られるのは、もう少し先のことになりそうだ。

シロアリの生態をバイオマス利活用に応用するプロジェクトに取り組んで十数年。今のところ、順調に研究成果が出ているとのこと

「このプロジェクトは2007年から始まり、これまで30年計画で進めてきました。ですので、2037年までにはシロアリ型タンデム糖化リアクターのパイロットプラントを完成させたい、と考えています。気の長い話に聞こえるかもしれませんが、生物を扱う分野だけに、実現までに長いスパンがかかるのは仕方のないこと。例えば、森を作る仕事をしている人と話をすると、彼らは100年先の未来を見据えていますからね」

2037年は守屋氏がちょうど定年退職する年とのこと。まさに研究者人生を懸けた一大ミッションなのである。

燃料だけでなく食料にもなり得る?

さらに、シロアリが持つ可能性は代替エネルギーに留まらない。

守屋氏の研究対象からは外れるが、シロアリの腸内にいる原生動物の中には「大気中の窒素からアンモニアを作る」種類のバクテリアを保有しているものがあるそうだ。アンモニアからアミノ酸を作る酵素も存在する。つまり、大気からタンパク質を作れるのである。こうした研究は将来、食料問題の解決に役立つかもしれない。

守屋氏は最後にバイオマス分野全体を見渡した上で、こう語ってくれた。

「バイオマス研究は、化石資源に頼っている現状の社会を、自然の中で現在循環している物質だけに再接続し、持続可能にしようという取り組みです。とても難しいことのように思えますが、実現不可能だとは思いません。産業革命以前の時代は人口が今より少なく、社会の規模が小さかったという背景があるにせよ、実際にそれで回っていたわけです。科学の力で自然界とのつながりをより太くし、エネルギーの流れを見直して、新たな資源利用モデルを作り上げる。50年後の社会が、そうした進歩的な姿になっていたらいいな、というのが、私が研究を続けるモチベーションになっています」

人間が作ったものを食い荒らす害虫だとばかり思われているシロアリ──。

しかし、この地球で私たちよりも先に誕生し、生き抜いてきた生態からわれわれが学ぶべきところが多いのもまた事実。

地球で暮らす全ての生物が一つのチームとなって創造する、よりよい未来に期待したい。

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