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シロアリから燃料を生成? シロアリが持つ驚異のメカニズムの謎に挑む

理化学研究所 環境資源科学研究センター 環境代謝分析研究チーム 理学博士 守屋繁春【前編】

シロアリといえば、木造住宅を食い荒らす害虫というのが一般的な認識ではないだろうか。だが今、シロアリの持つ独自の消化システムが、思わぬ分野で注目されている。植物に新たなエネルギー資源を求めるバイオマス研究の分野だ。それによれば、将来シロアリが生物資源になるかもしれないという。今回、シロアリとバイオマスを十数年にわたって研究してきた理化学研究所の専任研究員、守屋繁春氏にその可能性を聞いた。

樹木がエネルギーになりにくい理由とは?

化石燃料に代わり、再生可能な生物由来の動植物資源から液体燃料や樹脂材料を得るバイオマスエネルギー。

そのバイオマスの利活用において、現在さまざまな手段が研究開発されている。

一般的にはサトウキビやトウモロコシなどの穀類、微細藻類などが知られているが、今回登場するのは樹木を材料として利用する「木質バイオマス」と呼ばれるもの。樹木の中に含まれている炭水化物(多糖類)を取り出し、そこからバイオエタノールなどを作って燃料や樹脂材料にする技術だ。

材料には間伐材や製材残材など、現状では廃棄されている部分を利用できるため「穀類と違って、本来、食料となる作物を作れる農地を犠牲にしない」「経済的」「新たに生産しなくても既に資源が大量に存在する」「森林を有効に利活用できる」など、メリットがたくさんある。

だが、木質を分解し、そこからエネルギー源を得るのは、実はとても難しい。樹木は光合成を行って太陽光と二酸化炭素から糖(エネルギー源)を作り出しているが、その本体であるリグノセルロースという高分子混合物はとても強固な結晶構造になっており、分解することが難しいのだ。もともと分解されやすい穀類のデンプンを使うものとは、そこが異なる。

※ユーグレナの微細藻類研究「バイオ燃料飛行機が飛ぶ日も近い!IoT×AIでミドリムシ大量増殖計画」
※山の中から切り出したままの丸太を燃料とする画期的な発電所建設構想「水分を含んだ丸太がそのまま燃料に!新技術を用いた木質バイオマス発電が来春稼働」

シロアリの研究を20年以上、バイオマスに十数年携わってきた守屋氏。シロアリの遺伝子解析から始まり、酵素を応用した木質バイオマス利活用の研究へと行き着いた

「植物細胞の主成分であるセルロースはグルコース(ブドウ糖)の塊なのですが、デンプンとは分子の結合方法が全く違っていて、分解するための酵素が入り込みにくい構造をしています。さらに木質細胞のリグノセルロースではリグニンという化合物がセルロース、ヘミセルロースに結合していて、まずこれを引きはがさなくては、糖にアプローチすることができません」と守屋氏は言う。

リグノセルロースの構造を解説したもの。内部のセルロース自体も分解されにくく、さらに周囲をヘミセルロースと強固に結合したリグニンが取り囲んでいる

リグノセルロースは繊維やパルプなどに使われるセルロース、さまざまな糖原が得られるヘミセルロース、そして木質成分リグニンで構成される物質。あらゆる植物の主成分であり、陸上最大のバイオマス源だ。

にもかかわらず、分解することが難しく、自然界で樹木を栄養源とする生物はほとんど存在しない。既存の木質バイオマスではこのリグニンを除去するために、希硫酸やアルカリ蒸解といった手法で化学的に前処理する方法が主に使われているが、「前処理自体にエネルギーを消費してしまう」「有害な廃棄物、廃液の処理」という難題があり、これまで普及につながらなかった。

そこでシロアリの登場である。

「シロアリは他の動物が食べられない木質をいとも簡単に分解して消化できる、実に希少な生き物です。樹木から得た栄養分を自らの活動に役立てると共に、他の動物に食べられることで環境全体にエネルギーをもたらす、自然界ではなくてはならない存在なのです」

守屋氏は、シロアリが木質を分解して消化する仕組みを解明し、バイオマスとして利用しようという研究に長年携わってきた。そこで生まれたのが「シロアリ型タンデム糖化リアクター」というアイデアだ。

シロアリだけが木を分解できる理由

リアクター(生化学反応を行うための装置)について話す前に、シロアリがどのようにして木質を消化しているのかを知っておく必要があるだろう。

「シロアリはまず、強いアゴによって木を噛み砕きます。そして咽頭と前腸の間にある臼のような『磨砕器』と呼ばれる器官で木片を十数マイクロメートル(1mmの1000分の1)の大きさまですりつぶすのです」

シロアリは咽頭~磨砕器~前腸~中腸~圧縮機~後腸と連なる消化器官で、食料となる木質バイオマスをほとんど残さず、エネルギーに変換できる

体の中に「臼」があるとはなんともユニークだが、シロアリのバイオマス利用で注目したいのは中腸から後の消化工程だ。

「その後、細かくすりつぶされた木質は中腸に入ります。中腸はとても不思議な構造で、二重のチューブのようになっているのですね。そこでまずはシロアリ自身が持っている酵素で木質を分解し、糖を作る。糖は内側にある半透膜を通り抜け、外側の膜から吸収されます。さらに中腸と後腸の間に圧縮機のような器官があり、絞りかすだけが後腸に行き、液体は中腸に戻ります。シロアリ自身の酵素は腸内から排出されず、循環しながら使われることになるのです」

最大でも体長10mmに満たないシロアリ(イエシロアリ・働きアリの場合)の小さな体内に、これほど複雑な仕組みが隠されていたのだ。

名は「下等」だが、高度な消化システム

守屋氏が「シロアリ自身が持つ酵素」と強調するのには理由がある。

ある種のシロアリは後腸の中に原生動物を飼っており、その原生動物も酵素を生産しているというのだ。そうしたシロアリは「下等シロアリ」と呼ばれている。

「シロアリが食べたものは中腸でも分解されますが、大部分は後腸に流れていきます。下等シロアリの後腸の中では、原生動物が木質バイオマスを体内に取り込んで分解し、最終的にリグニンだけが残ります。その分解効率(エネルギー変換効率)はシロアリの種類にもよりますが、最大で99%にも達すると言われています。実に効率的な仕組みと言えますよね」

シロアリの消化器官の中でも、特に重要な働きをするのが中腸~後腸。中腸ではシロアリ自身の酵素が、後腸では腸内にいる原生動物の酵素がリグノセルロースを分解する

「下等シロアリ」と呼ばれている理由は進化の過程上、最初にゴキブリの仲間から分岐した系統と考えられているからで、何かの機能が劣っているわけではない。ここからさらに分岐してさまざまな植物バイオマスの適応した系統は「高等シロアリ」と呼ばれており、腸の中に原生動物を持たないことが特徴。彼らがどのようにして消化しているのかは、まだ解明の最中だ。

ちなみに、下等シロアリは地球上の木質資源が現在ほど多くない時代に誕生し、その後、高等シロアリに棲息域を追いやられていったと考えられている。現在、木質資源が大量にある熱帯のジャングルにすんでいるのは高等シロアリのみで、下等シロアリは日本を含む温帯~亜熱帯地域にしか生息していないのだとか。

少ない資源を有効に利用するその生存方法は今、まさに人類が直面しているエネルギー問題、食糧問題で活用されるべきだ。

取材時、シロアリの腸内にいる原生動物を取り出し、顕微鏡で拡大して見せてもらった。最初は元気よく活動しているが、みるみる動きが止まっていった。シロアリの腸内以外では生存できない生物なのだという

「下等シロアリのおなかの中にいる原生動物は、それ自体も優れた機能を持っています。まず取り込んだセルロースを分解して糖にし、さらに糖を酢酸と二酸化炭素、水素と水に分解します。ただ、二酸化炭素と水素は動物にとって有害なので、濃度が高くなると原生動物自身が死んでしまいますよね? そのため、原生動物の体内には二酸化炭素と水素を材料にして酢酸を作るバクテリアがすんでいるのです。バクテリアが二酸化炭素と水素から酢酸を作り、さらにその酢酸も消費されて、残るのは水だけ。それぞれの生物が共生することで、必要なエネルギー源を得ている。みんながハッピーという関係です」

まさに生命の神秘を感じる共生システムだ。

後編では、このシロアリの優れた消化システムを用いた木質バイオマス利活用技術についてお届けする。



<2020年9月8日(火)配信の【後編】に続く>
森さえあればエネルギーには困らない? シロアリから学ぶ木質バイオマス利活用術

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