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「転送寿司」が実現間近!? フードテックで食の概念を覆す

「OPEN MEALS」クリエイティブディレクター、Future Vision Studio代表 榊良祐【前半】

3Dプリンターを用いた“転送寿司”など、斬新な食の未来を打ち出している「OPEN MEALS」代表の榊良祐氏。飛躍的に進化するフードテックによって、今後、人々の食生活はどのように変化するのか? 魅力的な未来を妄想して、あらゆる分野の専門家を巻き込みながら革命を起こそうとしているクリエイターの手腕に迫る。

「寿司の転送」構想で食の未来を提示

榊氏はクリエイティブディレクターとして株式会社電通に所属する傍ら、2016年にフードテック・クリエイティブ集団「OPEN MEALS」を立ち上げ、未来の食体験をテーマにさまざまなプロジェクトを発信してきた。また、自身の武器である“ビジョンの可視化”を用いて、「Future Vision Studio」の代表として幅広い企業の未来事業づくりをサポートする活動にも取り組んでいる。

OPEN MEALSが世間の注目を集めたきっかけは、2018年に米国で開催された世界最大級の複合フェスティバル「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)」で発表した「SUSHI TELEPORTATION」だった。タイトル通り、にぎり寿司をデータ化してインターネットを介して離れた場所へ届け、転送先でフードプリンターなどを使って出力することで元のすしを再現するというプロジェクトだ。

味覚センサーや3Dスキャナーを使い、味、形状や色、食感や水分量、栄養素などをデータ化。粒ごとに味や色が異なるゲルキューブをフードプリンターで出力し、世界中で食べたいときにダウンロードできる仕組み

斬新な概念と完成度の高いビジュアルイメージで強烈なインパクトを与え、世界各国のメディアから問い合わせが殺到。大きな反響があったのは、OPEN MEALSが技術に裏打ちされたビジョンを打ち出していたからだ。

「電通のクリエイティブディレクターとして働く一方で、もともと僕はフードテックに興味があって最新の技術をリサーチしていました。OPEN MEALSを立ち上げてからは、専門知識を持つ大学や企業と一緒にディスカッションを重ね、そこで得られた知見をヒントに食の未来を描いたものがSUSHI TELEPORTATIONです。SXSWで大反響をいただけたのは、我々のプレゼンテーションに少なからず説得力があったからだと思います」

OPEN MEALS代表の榊良祐氏。2004年アートディレクターとして電通入社。2016年からフードテック領域に集中し、OPEN MEALSを率いてアートプロジェクトや企業共創プロジェクトを推進している

2018年の時点で寿司の転送は“妄想”に近いアイデアだったが、既存の技術でも食材の形状や食感、味、色、栄養素をデータ化することは可能だった。榊氏は、その情報をデータベースに保存すれば食の転送は可能だと考えたのだ。

「僕はデザイナーで、CMYK (シアン・マゼンタ・イエロー・ブラック)の4原色を使って広告を制作していました。そこで、たった4色の混ぜる割合を変えるだけであらゆるビジュアルを再現できるCMYKの仕組みを、食に置き換えることはできないかと考えたんです。まずは味の4原色としてSSSB(スイート・サワー・ソルティー・ビター)という独自の基準を設けました。それを基に、フード用のインクジェットプリンターのカートリッジに調味料を振り分けて入れ、大豆由来の紙に寿司の写真から色を抽出したCMYK値を出力。そんな実験を通して、食をデータ化して転送することは可能だと確信を持つことができました」

世界初となるデータ食世界標準規格を発表

食のデータ化が実現すれば、人々の食生活を劇的に変える可能性がある。自分の考えた料理を世界中で気軽にシェアできるし、遠方にいる家族やパートナーにも手料理の味を届けることができる。貧困地域や災害時の支援にも役立てることができるし、宇宙に移住しても多様な料理を食べられるようになる。

「これまでもSNSなどでレシピを共有する文化はありましたが、食をデータ化して伝えたい味を正確に届けられるようになれば、世界中の食卓の底上げにつながりますよね。シェアできる情報の精度が上がることで、これまでにない革新的な料理が相次いで生まれるかもしれません。また、ヘルス分野でも革命が起きます。昨今は自分のDNAや体内の栄養状況などを調べることが身近になっていますが、そのデータを基に、不足する栄養素を補うなど、繊細にパーソナライズされた料理を作ることもできます」

SUSHI TELEPORTATIONを発表した後、OPEN MEALSは次の一手としてデータ食の標準規格づくりに着手。「JPG」などの画像ファイルと同じようなフォーマットを目指して、「データ食世界標準規格」として「.CUBE」を発表。規格となるのは、一辺が3cmの積層構造を持つゲル状のキューブ。食感や味、香り、温度などの要素で構築されたアルゴリズムを基に、あらゆる料理をフードキューブとして出力することができる。

「.CUBE」は世界初となるデータ食のデジタルフォーマット。料理を構成する要素を分解し、3cm角のキューブ形状に再構成。食感や味の異なる層を重ねることで料理を表現する

「食感や味、香り、温度、積層数など9つの要素を組み合わせてプログラミングすることで、あらゆる食が再現できると考えています。将来的には、クリエイターがデザインした料理のデータを誰もがダウンロードしてプリンターで出力できることを目指し、その仕組みも用意しています。写真や動画をやりとりするように、これからは料理もデータでシェアする時代になるのです」

“ビジョン・ドリブン型”の事業開発を貫く

続いて2019年にはフードキューブを取り扱うレストラン「SUSHI SINGULARITY(スシ・シンジュラリティ)」のコンセプトを発表。細胞培養や植物工場で生産されたサステナブルな食材を用い、調理に3Dプリンターやロボットを駆使することで人材不足を補う。榊氏は「2025年の大阪・関西万博でお披露目できるといいですね」と、社会問題の解決につなげることを視野に入れて研究開発を続けている。

SUSHI SINGULARITYのイメージ

「これまでOPEN MEALSが大切にしてきた研究開発のスタイルは、最初にさまざまな制約を無視して妄想レベルの未来を考えることです。そして、専門家に取材することでアイデアが実現できるのか可能性を探り、それをベースに未来構想をリアルにビジュアライズ化します。その構想に魅力があれば、実現に必要な技術と人を巻き込んでいくことができるんですよね。企業や産業を超えて共創R&D(Research & Development:研究開発)が始まり、前例のない未来産業を共創することができる。これを僕はビジョン・ドリブン型の事業開発と呼んでいます」

電通の広告クリエイターとしても、榊氏はこれまでさまざま企業の事業づくりに携わることが多かった

現在は「VUCA(Volatility=変動性、Uncertainty=不確実性、Complexity=複雑性、Ambiguity=曖昧性)」の時代。未来は一切予測不可能であり、過去の経験や常識が通用しない時代に突入するといわれている。そんな中で、ビジョン・ドリブン型の事業開発がイノベーションを起こすカギとなると榊氏は考える。

「『未来は一人の妄想から生まれ、社会の選択が育てる』と、僕は考えています。一人が打ち出した未来の妄想が魅力的であれば、幅広い技術を持った仲間が集まり、投資家も動きます。それが加速すれば、本当に妄想が実現してしまう。そのためには、やはり最初に打ち出すビジュアルの力が重要であり、我々クリエイターの役割は、デザインやビジュアライズの力を使って、より多くの人に『こんな未来になってほしい』という気付きを与えること。今後はOPEN MEALSの経験で磨き上げた事業開発のメソッドを用いて、幅広い業界・企業の未来づくりをお手伝いしていきたいと思っています」

最初は妄想だったOPEN MEALSのプロジェクトも、いよいよプロトタイプを披露できそうなフェーズに入っている。後編では、データ食産業の最新の動向と、ビジョン・ドリブン型の事業開発をメソッド化して提供する「Future Vision Studio」の取り組みについてさらに掘り下げていく。

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