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真冬にサンゴの産卵に成功! 海の生態系を守るイノカの「環境移送」技術とは

株式会社イノカ 代表取締役 高倉葉太【前編】

2022年2月、高倉葉太氏が代表を務める株式会社イノカは一年に一度しか産卵しない種類のサンゴを真冬に産卵させることに世界で初めて成功させた。それを可能にしたのは、AIやIoTを駆使して水槽の環境を精密にコントロールする「環境移送」という技術。海洋生物の多様性を守ることを目指して研究に打ち込むだけでなく、イノカはサンゴの魅力や重要性を伝える教育事業にも力を入れている。もともとAppleのようなプロダクトを開発したいと考えていた高倉氏は、なぜサンゴに魅せられたのか。

「三度目の正直」で人工環境下でのサンゴの産卵に成功

都内ビルの1フロアにある株式会社イノカ。オフィスの中央に巨大な水槽が置かれ、色鮮やかなサンゴの周りで熱帯魚が泳いでいる。これは単なるアクアリウムではなく、イノカが強みとする環境移送技術によるもの。

環境移送技術とは、天然海水を使わず、水質(30以上の微量元素の溶存濃度)をはじめ、水温・水流・照明環境などを独自に開発したIoTデバイスでコントロールすることにより、水槽内に特定海域のリアルな環境を再現できる技術を指す。

オフィス中央に置かれた水槽。イノカ独自の環境移送技術によりサンゴ礁生態系が再現されている

写真提供:イノカ

その人工的に管理された水槽でイノカはサンゴを長期的に飼育している。自然界と4カ月ずらして四季を再現することで、日本では6月に観測されるサンゴの産卵を2月にずらすことに成功した。水槽内で真冬にサンゴの産卵を成功させたのは世界初の事例。イノカ代表の高倉葉太氏が2022年2月の快挙を振り返る。

「2019年に創業してから年に一度のペースで挑戦を続けてきたのですが、初回は卵を持ったものの、産卵には至らず。2年目は抱卵どころか親サンゴの不調を招いてしまいました。よく『サンゴに一番重要なパラメータは何ですか?』と聞かれるのですが、それが分からないのが難しいところ。結局は全ての要素が大事で、我々も数々の失敗を経験して理想的な飼育環境を研究してきました。そして、三度目の正直でようやく産卵に成功。トライ&エラーを重ねたことで水槽内を制御するシステムの精度を高められたことが成功につながりました」

イノカ代表取締役の高倉葉太氏

今後の目標は産卵を安定して成功させ、時期にとらわれずサンゴのライフサイクル研究が可能な状況を作ることだ。

「前回は1個体のサンゴから卵を取ることができたので、次回はそれを再現することでラッキーではなかったことを証明したいですし、複数の個体を受精させることにも挑戦します。これまでの研究では産卵直前のサンゴを海から実験室に持ち帰り産卵させる方法がメインでしたが、人工環境下で安定して産卵できるようになれば、研究の効率化が進みます。この実験が進むことで、いずれはハツカネズミやショウジョウバエのように何世代にもわたって研究調査を行うモデル生物としてサンゴを扱えるようになるはず。そうなるとサンゴの詳細なライフサイクルが解明されて、サンゴ礁の保全にも寄与できると考えています」

産卵中のエダコモンサンゴ

写真提供:イノカ

水槽にはイノカが独自に開発したIoT水槽管理デバイス「moniqua(モニカ)」が取り付けられている。生態系のデータ収集を行うだけでなく、ライトやヒーター、カメラを自動でコントロールする

サンゴのポテンシャルに引かれ起業を決意

サンゴは約4億年前に誕生し、熱帯を中心に生息している生き物だ。生物多様性の面で重要な役割を果たしており、海の表面積のわずか0.2%にすぎないサンゴ礁海域に、海洋生物の25%が暮らしているとされる。

また、人間の社会生活を支える上で必要な護岸効果や漁場の提供、建築材料や生活道具の材料にも活用されており、近年はサンゴから医薬品を生み出す研究も盛ん。生物多様性の担保や環境保全、市場経済や社会生活に不可欠なサンゴは、年間で推定3750億ドル以上の経済価値があるといわれている。その潜在能力を広めることにイノカは使命感を抱いている。

「サンゴ礁は体内に緑色蛍光タンパク質(GFP)を持っていて、紫外線や青色光を受けると緑の蛍光色を発するんです。既に医療の現場では実用化されており、がん細胞などをマーキングする際に使われていますし、近年米国ではサンゴによるがん治療薬の研究が進んでいます。しかし、20年後には気候変動に伴う海水温の上昇により、サンゴ礁の70〜90%が消滅する可能性が高いといわれている状況です。私としては、海の生物多様性やそこから生まれる経済価値を守るために、サンゴ礁の保全が重要であることをもっと世の中に伝えていきたいなと。その気持ちがイノカ設立のきっかけになりました」

UVライトにサンゴのGFPが反応している様子

中学生の頃からアクアリウムが趣味だった高倉氏にとって、サンゴは身近な存在だった。一方、スマートフォンなどのガジェットも好きで、世界を変える製品を作ったスティーブ・ジョブズに憧れて高校生の頃には将来、家電メーカーを立ち上げることを決意する。

「大学で工学部に入ってAIなどの研究をしていたものの、その分野にはライバルも多く『自分にしかできないこと』を見つけるのは至難の業でした。そこで、もともと好きだったアクアリウムとAIを掛け算することを思いつきました。同じテーマを選んでいる研究者は少ないと思いましたし、それなら自分の独自性を打ち出せるのではないかと。社名はINNOVATE AQUARIUM(アクアリウムの革新)からイノカと名付けました」

教育プログラム開発でブレイクスルー

ライバルがいない領域だからこそ、創業当初は道なき道を行く苦労があった。

「最初は自分たちで手掛けた水槽をいろいろな施設に売ったり、水族館にサンゴの飼育方法を指導する事業をメインに考えていて、必死に営業していた時期もあります。ただ、創業当時はまだ国内でSDGsという言葉もほとんど普及していない状況で、サンゴの重要性を理解してもらうことが難しかったです。『御社の考え方は素晴らしいけど、我々にサンゴは関係ない』という感じで……。創業から1年かけて営業しても、水槽が1台しか売れていないような状況でした」

「サンゴを守るだけでなく、海洋環境の問題を伝えていくことも我々の使命です」と高倉氏

適切に管理されたサンゴ用の水槽は希少性には自信があったが、優先すべきはサンゴの価値や危機的な状況を伝えることだと気付く。そこでイノカは教育プログラムの開発に力を入れ始めた。

「サンゴ生態系の魅力を広め、サンゴを守っていく意義を伝えるために『サンゴ礁ラボ』という教育プログラムを作ったところ、三井不動産さんに賛同していただくことができました。そして2020年から、三井アウトレットパークなどの商業施設に我々の水槽を置かせてもらい、子どもたちに生態系や環境問題への理解を深めてもらうイベントを継続的に行っています。その頃は国内でSDGsへの関心が高まってきたことも追い風となり、企業やステークホルダーにもサンゴの価値を理解してもらいやすくなりました」

サンゴを守り、活用するための取り組みを続けるだけでなく、イノカは環境移送技術を用いて大企業や行政とさまざまなプロジェクトに取り組んでいる。イノカが目指す未来について、後編ではさらに掘り下げていく。

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