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衛星データ×AIで農業課題の改善を実現する若きイノベーターの挑戦

サグリ株式会社 代表取締役CEO 坪井俊輔【前編】

耕作放棄地の増加や農業事業者の高齢化など、日本の農業における課題を衛星データとAIを掛け合わせたアプリで解決するサグリ株式会社。これまでアナログで行われていたさまざまな調査の大幅な省略化を実現しており、この技術を軸に同社は脱炭素ビジネスのグローバル展開も狙っている。もともと教育事業に携わってきた代表取締役CEOの坪井俊輔氏は、なぜ農業にシフトチェンジしたのか? 未来を創る若きイノベーターの挑戦をひもとく。

アナログで行われていた農地調査をアプリで効率化

サグリは高解像度の衛星画像を用いて農地の情報をAIで解析する特許技術を持つ。そのノウハウを生かして、農業課題の解決に特化した多数のアプリケーションを開発してきた。

例えば「アクタバ」は、農地を地図上で色分けして表示することで、耕作放棄地(過去に耕作されていたが、1年以上作付けされていない農地)が一目で分かるアプリだ。

「アクタバ」のインターフェース。Google マップの地図に衛星画像から解析した情報を載せて表示することで、地方自治体の農業委員会の担当者が耕作放棄地のパトロール調査を行う目安や参考データになる

これまで岐阜県下呂市をはじめとした多くの自治体で導入・実証が進んでいる同サービスが生まれた背景を代表取締役CEOの坪井氏はこう話す。

「日本の耕作放棄地は、滋賀県とほぼ同じ面積が存在しており、直近25年間で2倍に増加しています。この耕作放棄地が増えてしまうと、国内の食料自給率の低下だけでなく、鳥獣害被害や雑草・害虫の増加など、大きな課題が生まれる原因となってしまう。そのため各市町村では農業委員会が設置され、農地法に基づき現況確認のパトロール調査を行っているのですが、その作業が現場の大きな負担になっています。そこで我々は商用可能で無償利用できる衛星データに目を付け、AIを用いて『アクタバ』を開発しました。このアプリケーションによって、目視調査や作業時間を大幅に削減することができるのです」

サグリの坪井氏は1994年生まれ。『Forbes Japan』誌による「日本発『世界を変える30歳未満』30人」に選ばれるなど注目を集めている起業家だ

耕作放棄地には、農地に戻せる可能性が高い土地も含まれる。使える農地は守り、復元が可能な農地は適切に管理するためにも、耕作放棄地を早期発見することが重要。調査の効率化を図れる「アクタバ」は行政現場が待ち望んでいた革命的なソリューションだった。

他にも同社は「デタバ」というアプリを展開している。「デタバ」は高精度な作物判定モデルによって水稲や麦などの作付け状況を効率よく把握できることが特徴で、こちらも市町村に設置された専用調査チームの作業負担を軽減することができる。

「デタバ」は衛星データを基に作付けされている作物を推定し、アプリ上に表示する。農地の所有者から申請されている作物と合っているかが一目で確認できる

つまり「アクタバ」と「デタバ」はどちらも行政現場のDX(デジタルトランスフォーメーション)促進に役立つアプリだが、一方で農家の業務効率化を目指したアプリも提供している。

「農業生産者が管理する農地をワンタッチで登録することで、生育状況および土壌解析をスムーズに行うことが可能な『サグリ』というアプリも提供しています。昨今、施肥コストの増大により土壌分析のニーズが高まっている中で、多くの農業生産者の方々に活用していただいています」

教育事業で訪れたルワンダで農業課題に気付く

子どもの頃から宇宙が好きだった坪井氏は、大学在学中の2016年に宇宙関連の教育プログラムを行う企業「株式会社うちゅう」を創業。同年、事業の一環でルワンダに行った際に発展途上国の農業課題に直面したことがサグリを立ち上げるきっかけになった。

「農家は世界の労働人口の中でも最も従事者数が多い仕事なのですが、その大部分が発展途上国で暮らしており、アナログな手段で作業を行っています。そして私がルワンダに行った際には、農家である親を手伝うために、多くの子どもたちが中学や高校などに通えない現状を目にしました。そこで感じたのは、教育に専念するだけでは、起業の目的であった『子どもたちの夢を支えること』を実現する範囲が限られてしまうということ。それから『まずは農業課題を解決しなければならない』という意識を持つようになりました」

当時、宇宙領域では人工衛星を有効活用するべく衛星で撮影されたデータが民間へ無償公開されるという画期的な動きがあった。欧州の地球観測衛星「Sentinel-2」の衛星画像データが2017年より日本でも無償利用できるようになり、坪井氏はそれを農業課題の解決に結び付けることを考え始める。

「衛星データを使えば、世界中のどの農地でも土地の情報を集めることができて、現地の営農水準が上がり生活も向上するのではないかと思いました。ただ、衛星データを用いた土壌分析の研究は世界でも成功事例がほぼなくて、私は農業も素人だったため、どちらもイチから学びながら開発を進めることに。『うちゅう』の教育事業で交流のあった丹波市の農業生産者の方々の協力を得ながら検証と改善を繰り返し、『アクタバ』のコアとなるアプリケーションを作ることに成功しました。そして2018年にサグリを創業。サグリ(Sagri)という社名は『Satellite(人工衛星)×AI(機械学習)×Grid(区画技術)』を意味します」

導入1例目で証明された「アクタバ」の実力

その後、複数の自治体での実証実験の後、2020年に「アクタバ」がリリースされる。翌年、岐阜県の下呂市農業委員会が全国に先駆けて正式採用したことで注目を集め、各自治体への導入が進んでいった。

「下呂市では約3カ月かけて利用してもらった時点で、目視確認が必要な農地が減り、4日かかっていた農地パトロールが1日半程度で終わるという結果が出ました。『アクタバ』のクオリティーには自信がありましたが、分かりやすい事例ができたことで自治体の方々に興味を持っていただくことができました」

「アクタバ」を使用すると、農地をタブレットで確認できる。農地へのナビゲーション機能を用いて現地へ赴き、調査結果や撮影した写真を登録することができる

全国で初めて「アクタバ」を正式導入した下呂市農業委員会は、その取り組みが評価され2022年3月に農林水産大臣賞を受賞

既存アプリの普及活動と並行して、坪井氏は農業課題を解決するためのルールメーキングにも尽力。農地法第30条に記された「全ての農地を見回らなければならない」「国に報告しなければならない」という義務を果たすために、市町村の農業委員会が大きな負担を被っていたからだ。

そして新たなルールの必要性を国に提唱していったことで、2022年6月には農地パトロールの調査要領が変更され、衛星データやドローンを使った「画面上での目視確認」も許容されるようになった。

今後の課題は各アプリの機能をアップデートさせながら、全国各地で農業のスマート化を後押しすること。

「当社のアプリが普及することで、衛星データを利用した農業の“見える化”が進みます。最終的にはスマート農業といわれる領域に着手していきたいですね。AIで解析した土壌の状況をベースに最適化された肥料をドローンが自動で散布するような仕組みを作ることが日本での今後のステップです」

最終的には、現在、タイやインドで先行して行っている脱炭素事業の成果を日本に還元することを目標にしている。「人類と地球の共存を実現する」ことを掲げてサグリを立ち上げた坪井氏のビジョンについて、後半で掘り下げていく。

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