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「復興」から生まれるイノベーション

自然エネルギー×IoTで実現! 福島・浜通りで始まるハウス農業イノベーション

地元異業種の連携「AgriNova」プロジェクトが未来を切り開く

福島県浜通り地域などの産業回復のため、当該地域の新たな産業基盤構築を目指す経済産業省による「福島イノベーション・コースト構想」。その構想下の事業である「AgriNova(アグリノヴァ)」プロジェクトは、2017年、南相馬市に設置されたハウス施設で農業分野の実証実験に取り組んでいる。自然エネルギーとIoTを活用し、“未来志向の農業”の実用化を目指す同プロジェクトは、どのようなイノベーションが創出されているのだろうか?「AgriNova」事務局の方々にリモートで話を伺った。

ハウス農業を再生可能エネルギー活用で効率的に

株式会社馬渕工業所(宮城県仙台市)と福相建設株式会社(福島県南相馬市)の2社を中心としたプロジェクトである「AgriNova」。

馬渕工業所は、温泉水を用いた再生可能エネルギー利用促進技術の研究・開発など再エネ活用に宮城県と福島県で取り組んでいる。一方、福相建設は南相馬市周辺の道路・河川の一般土木工事、体育施設工事、太陽光発電システムの工事などを受注している。

馬渕工業所の小野寿光代表取締役はプロジェクト発足の経緯を、こう話す。

南相馬市小高区の中山間地に設置された「AgriNova」。ビニールハウス棟の周囲にはソーラーパネルをはじめ、太陽熱集熱システムや小型風力+太陽光発電システム「ハイブリッド・ポール」など馬渕工業所が開発・施工した発電・蓄熱システムが並ぶ

「2014年に福島イノベーション・コースト構想が始まったころは、ロボットやドローン開発・研究、医療分野が補助事業の中心でした。県外から最先端テクノロジーの研究者や団体が流入することで、県内の研究者・企業と交流が増し、地域を活性化させる意味ではそれらは有効ですが、2~3年が経過し見直すと、被災地の方々が新たに始めるには難易度が高いものだと気付きました」(小野氏)

浜通り地区は元々農林漁業が主な産業で、震災以前から労働従事者の高齢化が課題だった。震災から10年、地元へ帰ってくる農業従事者の大半は70代を過ぎ、広大な田畑で再び農業を行うには体力的にも厳しく、それを補う機械・ロボットが進化したとしてもコスト面がネックとなる。

そこで大規模でなくても年間を通して作物を効率よく栽培できるハウス農業に注目したという。

ハウス農業は通常、温室を維持するためのエネルギーコストが生じている。

そこで小野氏は、再エネの活用と低コストによるIoT技術の導入で、高効率なハウス農業の実現を目指し、福島イノベーション・コースト構想の補助事業の認可を受け実証実験に取り組んでいるのだ。

「AgriNova」における再エネおよびIoTなどテクニカルな面を中心に担う馬渕工業所のスタッフ。南相馬市の福相建設のスタッフとは月1回ペースでオンライン連携している(画像奥が小野氏、その左がプロジェクト担当・岩本一帆氏 ※撮影:本村幹男氏)

「IoT導入の意図としては、これまで農家の皆さんが日々、経験と勘で行ってきた作業の知見を科学的に積み上げられないかと考えたことに起因します。将来、新しい世代が農業を始める際に使えるデータの集約を目指しています」(小野氏)

だが、農業分野における実証実験は馬渕工業所にとって初の試みとなる。そんな同社を現地でサポートする福相建設は、南相馬市の一般土木工事を請け負っていだが、中小企業向けの勉強会で小野氏と結び付き、意気投合。ビニールハウスをはじめ、施設の建築・整備・補修、そしてハウスにおける農作業を担っている。

馬渕工業所とのオンライン会議を行う福相建設のスタッフ。同社は従業員の半数以上が稲作中心の兼業農家で、その経験を生かして事業をサポート。「『天候に左右される農業からIoTによる農業への移行を』をという馬渕工業所さんの提案は、農業従事者として魅力的でした」(画像奥の右から2番目が農事プロジェクト担当・佐藤 洋氏)

温室の中に“もう一つの温室”がある理由

「AgriNova」は、A~Fの大温室6棟と再エネ活用設備で構成。棟ごとの育苗施設は、温室(ビニールハウス)の中に「Agrin(アグリン)」と命名された小さなビニールハウスが立つという二重構造になっている。

この小温室にはどのような機能が備えられているのだろうか。

馬渕工業所の設備開発担当・岩本一帆氏が次のように解説する。

「AgriNova」施設の全体図、およびIoTネットワークの構築図。A棟、C~E棟の温室内には小温室が1~3棟ずつ設置されていることが確認できる。加えて、作業記録用の動態検知カメラを20基ほど設置。無人であることが大半の施設にとって防犯システムの役割も担う

「長らく農業や畜産業が途切れていた浜通りで安心・安全な育苗を行う上で、病害虫を介した感染症の防止は大きな課題です。『Agrin』は内側の温室の気圧を外側の温室より高く保つことで病害虫の侵入を防ぐことができます。また、年間を通して気圧と室温の維持を太陽光や地下水など自然エネルギーで賄えるよう、エネルギー量の推移を計測し実証実験を続けています」

与圧式二重構造の棟内は、FRP(繊維強化プラスチック)製の船型の台(画像の緑色部分)の上に設置された小温室で育苗。外部からの熱伝導を遮断し室内環境をIoTでコントロール・ 管理している。FRPの台は、茨城県鉾田市の船舶・水槽製造業者に開発を依頼した

小温室で育てられる苗。2~3月は水耕栽培ではバジルやブロッコリー、葉物、トマト、イチゴ、パセリ、ニンジンなど多様な作物を育てている。最近は、地元特産の唐辛子の種を分けてもらい栽培に挑戦したが、なかなか育成は難しいとのこと

内側の温室は、与圧構造を維持するために地面との接触を避けて船型の台上に建てられている。

「与圧のためのアイデアですが、災害時に作物への影響を最小限に抑えられる効果も狙えます。何らかの緊急事態が発生した際、企業の損害を抑えスムーズな復旧を図る 『事業継続計画(BCP)』の観点からも、意味のある構造と言えます」(岩本氏)

「従来の農業では、農地に他の事業のための施設を建てることを禁じる農地法の規制があり、何かを建てる発想は起きません。『Agrin』の場合は、実用化に向けた実証実験ということで認証されています」(小野氏)

この農地非接触型の温室構造については特許出願も進めているとのこと。農地法の整備など法的な課題は残るものの、被災地だからこそのオリジナリティある発想ともいえる。

農業へのIoT導入が、安心とゆとりをもたらす

「AgriNova」のもう一つの大きな特徴がIoT。施設では「AgriKarte(アグリカルテ)」と呼ばれる農業の見える化システムの実証実験も行われている。馬渕工業所のシステム担当・本村幹男氏が解説する。

「農家がどんな作業を行い、そのときの苗の育成状況や温室内の温度、湿度といった環境を情報として蓄積し、見える化された知見を共有・継承することを目指しています」

「AgriNova」内の情報を管理・コントロールする「AgriKarte」は、小野氏が開発した住宅履歴情報管理ソフト「e家カルテ」を応用したIoTシステム。情報を施設内のデスクトップパソコン1台に集約して管理できるのが特徴。将来的には農業従事者が安価で導入できる製品化を目指している

「AgriKarte」の情報を表示した画面。作業と育成(写真)、環境(グラフ)に分けられ、まとめて確認できる。A棟、C~E棟の小温室の水耕、土壌の各スペースでさまざまな作物を育てて、データを蓄積。「種類ごとに育生条件は異なり、多種多様に試しています」(本村氏)

蓄積された情報は、その場にいなくても専用アプリを介して外部のパソコンまたはスマートフォンなどの端末からでも確認することができるという。

小温室で育てられている苗は、毎日生育の様子が撮影され、作業・環境データと一元的に確認することができる。写真は2月に植えられたイチゴ(通常の水で育成)

上のイチゴと同時に植えられ、養分を多様に含むバクテリア水を与えているイチゴ。葉も実もより密度が濃く育っていることが確認できる。「普通に育ててデータを蓄積するだけでなく、より良く育てられる方法を試しプラスオンの蓄積を目指しています」(本村氏)

「『AgriNova』は環境面については、基本的にIoTによる遠隔コントロールで管理します。現地作業が必要なものについては、両社と育苗環境面でアドバイスを頂いている産学連携組織JASFA(持続可能で安心安全な社会をめざす新エネルギー活用推進協議会)の方々で週1回、オンラインミーティングを行って情報を基に対応を協議します。

例えば、ある苗に虫が付いたとき『なぜそうなったのか?』を検証し、現地へ赴いた際に対応します。現地へは福相建設さんが週2回、私どもは週1回程度赴いています」(本村氏)

毎日休みなく畑へ通う旧来のスタイルから、記録を読み取りスケジュールを立てて対処するスタイルへ──。

農業におけるIoT導入は人的エネルギーの効率化を目に見える形で促進するに違いない。

そんなIoTシステムは、先日2月13日に発生した福島県沖地震の際にも大いに活用されたという。

福島県沖地震での損傷個所も撮影・記録。遠隔で状況を把握できたため、慌てず、焦らず省力で対処することができたという(写真は2月15日、現地へ赴いた際に撮影)

「建物への被害はありませんでしたが、水槽や配管など設備の損傷が画面越しに把握できました。ただ、すぐに対処が必要な事態でないことは記録から確認できたので、福相建設さんと連携し、元々施設へ赴く予定の日に修繕していただき事なきを得ました」(本村氏)

福相建設の佐藤 洋氏も「被害状況を遠隔で確認していただき、その情報のおかげで無駄な動きをせずに対処できたのは、このシステムの大きなメリットだと改めて感じました。精神的にもありがたいことです」と振り返る。

今回の結果は、状況次第でさまざまな対応に追われる現地が、施設に赴くことなく対応の優先度を把握できたという意味で、とても意義深い事例であった。

「AgriNova」から切り開く浜通りの未来

「AgriNova」では今後も自然エネルギーを効果的に活用し、「Agrin」や「AgriKarte」の実用化を目指し実証実験を続けると同時に、地域との連携をより強めていきたいと考えている。

「小高区(施設の所在地)の農家の方々が見学に訪れ、いろいろご指摘を頂いています。厳しい声も含めて、地元の方々の反応は励みになりますし、事業を推し進める意味を感じられます。

また、南相馬市はもちろん楢葉町などで復興支援を行っている方々が自治体との交渉事を手伝ってくださったり、これまでご縁のなかった業者の方々と結び付けてくださるなど、『AgriNova』をきっかけに地域の皆さんとのつながりが深まってきました」(小野氏)

「農業を通じて人々が集う“アグリの場”という意味」(小野氏)が施設の名に込められている『AgriNova』。地元住民、企業、学生はもちろん、新規事業者もすべてがつながり、地元へ還元されるイノベーションのビジョンが描かれている

そうしたつながりにおいて、一番大切にしたいのは若者だ。

「高齢化による人口減少が進む浜通りで、IoTの活用を若者の流入に結び付けたい」と小野氏は改めて考えている。

「高齢者の農業経験・スキルを継承していく意味でも、IoTはこれからの農業に必須。経験・スキルを持っている高齢者、今後を担う若者たち。そういった方々の出会いの場、新しい農業スタイルの発信基地として『AgriNova』を発展させたいと思っています。そのために、これからも実証実験を通して、改善、改修を続けていきます」

2021年度の実証実験では、育苗に関する悩みや困り事の改善を、地元の農家とのコラボレーションで取り組む方法を模索中とのこと。

福島・浜通りに植えられた農業イノベーションの苗が、さらに大きく生育し始めようとしている。

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