2023.8.23
産学連携の新たな形。「波動制御」を軸にして先端技術を次々と社会実装
ピクシーダストテクノロジーズ株式会社 取締役CRO 星貴之【後編】
頭皮に触れることなく、本格的なスカルプケアを実現。それこそ魔法のような体験を提供するデバイスが、2022年11 月に発売された「SonoRepro™(ソノリプロ)」だ。そこには、開発をけん引したピクシーダストテクノロジーズのCRO(最高研究責任者)星貴之氏が積み重ねてきた超音波研究の知見が存分に注がれている。これまでの紆余曲折と、産学連携を得意とする同社の強みについて語ってもらった。
超音波の力で幅広い社会課題にアプローチ
超音波を傷に当てることで治癒を早めるための研究を通して、マウスの発毛が促進されることを発見。その「意図していなかった結果」を社会実装するために発足したプロジェクトがクリニック向け大型デバイスにつながり、それを家庭向けに小型化した製品がSonoReproだ。1秒間に約4万回の音(空気の振動)を振幅変調させ、非接触で皮膚に届かせる独自の技術が採用されている。
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高級感のある洗練されたデザインのSonoRepro。男性の場合は、脱毛症の治療に用いられるミノキシジルを塗布した頭皮にも使える
画像提供:ピクシーダストテクノロジーズ株式会社
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本体重量は約260g。コンパクトで出張でも持ち運びやすい
画像提供:ピクシーダストテクノロジーズ株式会社
ピクシーダストテクノロジーズのCRO(最高研究責任者)としてSonoReproの開発をけん引した星貴之氏は、超音波を活用したコンシューマ向けの製品を発売することで長年の念願をかなえることができた。
「私は東京大学で博士号を取得した2008年ごろから超音波の研究に携わっており、当時は超音波によって非接触で手のひらに触覚を感じさせる装置を開発していました。これをAR/VRの技術と組み合せると、現実には存在しないバーチャル物体に触れた感覚を提示してリアリティーを増強することができます。その後、弊社CEOの落合(陽一)と一緒に超音波で物体を浮かせる技術を開発しました。『Pixie Dust』と名付けて論文発表し、社名の由来にもなっている技術です」
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ピクシーダストテクノロジーズの星貴之氏。「さまざまな超音波研究の積み重ねがSonoReproの開発に生かされています」と語る
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「Pixie Dust」のデモ機。超音波の力で白い粒子が空中に浮かんでいる
超音波で物体を浮かせることができることは従来から知られていたが、Pixie Dustは超音波の空間分布を制御することによって、浮かせた物体を自在に動かすことが可能。粒子を面状に配列することによって空中にスクリーンを設置するなど、エンターテインメントやアートに応用することもできる。
また、農業の分野でも超音波のポテンシャルを探る研究が行われてきた。2017 年より始まった国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構との共同研究では、超音波を用いた害虫防除の可能性が示されたという。
「研究の対象になったのは、さまざまな野菜や花に集まるタバココナジラミとワタアブラムシです。どちらも多くの化学農薬に対し耐性を持ち、農家を悩ませてきた存在ですが、超音波を用いた非接触力を与えると、対象の作物から離脱することが明らかになりました。特にタバココナジラミについては、1~480 Hzの振動を1分間与えることで、50~60%の成虫を照射した葉から追い払うことができました。農薬を使わずに害虫を防除する技術を確立すれば、SDGsの一環である『持続可能な農業生産』に貢献できる可能性があります。今後も照射範囲などを改良し、開発を進めていきたいと考えています」
将来的には傷の治癒を早める機能も
長年にわたり超音波研究を積み重ねてきた星氏とピクシーダストテクノロジーズにとって、SonoReproは初のコンシューマ向け製品だった。
「ずっと超音波技術を社会に役立てる方法を模索してきましたが、多くの人にとって身近なパーソナルケア分野で初の製品を出せたことがうれしいですね。これをきっかけに超音波技術がさらに社会に広まり、製造のコストが下がっていけば、研究も進んでさらに画期的な製品を生み出せる。そのような好循環につながることを目指して今後も突き進んでいきたいです」
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SonoReproの発売日に行われた合同発表会の様子。左から星氏、落合氏、アンファー株式会社代表の叶屋宏一氏、Dクリニック新宿院長の小山太郎氏
画像提供:ピクシーダストテクノロジーズ株式会社
SonoReproを開発する過程で、超音波のスペシャリストである星氏も新たな気付づきが得られたという。
「SonoReproが出している超音波の刺激は、1gにも満たないほど。これまで超音波で触覚を感じさせるような用途では、もっと強い出力を目指していました。今回のように弱い刺激でも製品化が成立することに気付けたことは、大きな収穫です。いずれはヘアケアだけでなく幅広い領域に広く転用していけたらうれしいですね」
将来的には本当の“魔法の道具”が生まれる可能性もある。
「SonoReproは、超音波をメカロバイオロジー(機械的な刺激に対する生体の応答を研究する学問)に活用して傷の治癒を促進することを目的にした研究がベースになっています。将来的には、その研究の製品化も目指していきたいなと。傷だけでなく、皮膚のさまざまな症状にも良い効果が得られるのではないかと期待しています。現時点ではまだ夢のような話ですが、根気よく研究を続けていきたいですね」
スムーズな産学連携を実現する独自のビジネスモデル
大学発ベンチャーは、一つの研究成果を製品やサービスにするために会社を作るケースが多い。一方で2017年設立のピクシーダストテクノロジーズは、「「社会的意義」や「意味」があるものを連続的に生み出す孵卵器になる」というミッションを掲げている。
一つの技術をベースにするのではなく、超音波、電磁波、音、光などの計測や制御をする「波動制御技術」をコアとして、大学や企業との連携を通じ、先端技術をプロダクトに仕上げることで社会実装させるビジネスモデルだ。
現在、ピクシーダストテクノロジーズは筑波大学(2018年~2022年)、東北大学(2020年~継続中)と意欲的な産学連携に取り組んでいる。共同研究で生まれた知的財産権(IP)を100%譲渡してもらう代わりに同社の新株予約権(ストックオプション)を提供し、大学側と良好な関係を築いている。独自のスキームが生まれた背景とは何か。
「新たな発明は市場価値が定まっておらず、大学側は早く渡すなら高く売りたいし、企業側は早いからこそ安く買いたいと考えてしまうものです。そういった事情で知的財産権の譲渡は交渉が難しいのですが、我々は新株予約権を大学に持ってもらうことで対等な関係を築くことを目指しています。発明を渡してもらう代わりに、それを活用して弊社が大きくなった暁には、将来的に大学側もキャピタルゲインが得られるわけです」
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ピクシーダストテクノロジーズは特定の技術を持つ企業との連携にも積極的で、コラボレーションの実績は60社を超える
企業にとっても大学にとってもメリットが大きい建て付けを用意することで、先端技術がどんどん社会に出ていく。
「例えば大学で発明が10個出たら、その10個全てを弊社が活用できるスキームです。個別に発明の価値を議論して譲渡価格を交渉していたら、途方もない時間がかかってしまいます。実際に、日本ではあらゆる大学で非常にレベルの高い研究が行われているものの、産学連携がスムーズにできない影響で、先端技術がなかなか社会に出ていかないことが見受けられます。弊社CEOの落合も大学の人間ですし、その状況を変えていきたいという気持ちが強い。これからも先進技術を世に出し続けていきたいですね」
独自のビジネスモデルを構築したことも手伝って、同社ではこれまでに数十個の「事業の卵」が生まれてきた。SonoReproを超えるイノベーティブな製品が生まれる日は遠くなさそうだ。
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